【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part20 ウーチバラ――はじまりの場所へ

 

 

 

 どれほどの時間が経過しただろうか。

 ほんの少しだけ、頬に当たる風を感じたサイは、慎重に目を開こうとした。

 同時に電流の如く走ったものは激しい頭痛と、左肋骨からの痛み。

 両腕両脚とも、感覚がまるでない。

 

「──動ける者は負傷者の救出、急げぇ!」

「ブリッジクルー、全員の無事を確認しました。

 しかしブリッジそのものは現在、完全に機能停止。センサー類も2割程度しか動きません」

「構わん。稼働出来るセンサーも全て動かして、住民の捜索に当てるんだ」

「アークエンジェルからも救援が来てる。

 向こうはミネルバ共々、無事着陸出来たみたいね」

 

 聞こえてきたものは、トニーやヒスイ、エリカの声。すぐ近くからはスズミの言葉も響いてきた。

 

「シモンズ主任。サイ君の緊急再接続、とりあえず90%まで終了したわよ。

 ティーダも大破している以上、予断を許さないけど……

 とにかく、呼吸も脈拍も正常値に戻った。まずはリドカイン静注で様子を見る」

 

 うっすらと目を開きかけると、心配そうに自分を見つめているスズミと、どういうわけかヴィーノの真っ赤な前髪が見えた。

 どうやら彼らは二人ともノーマルスーツを身に着けているようだが、自分は副操縦席に半裸で座っていた時と同じ状態だ。エリカに借りたジャケットの袖が、腕にそっと触れているのが分かる。

 それに、一応人工呼吸器はつけられているものの、空気の流れがあるのも分かった。

 

 あの後、何が起こった──? 

 サイは激しい眩暈のする頭を少しずつ動かしながら、思考をまとめようとする。

 

 カタパルトブロックをリフレクターに直撃させ、その崩壊を確認してすぐ、アマミキョはウーチバラ内部への強行突入を試みた。

 その衝撃でブリッジもろとも、船体は大破。ブリッジのメインモニターが真ん中から火花を散らし、見事にひしゃげるのを見た瞬間、自分は激痛のあまり気を失った──

 両目を眼鏡ごと、金槌で正面から叩き潰された。そんな痛みだった。

 しかし今のヒスイの言葉によれば奇跡的に皆、無事だったのか。

 

「サイ君。目が覚めたのね!」

 

 サイの顔を注意深く覗き込みながら、スズミがガーゼで額を拭く。ガーゼに滲む真っ赤な血液。

 

「……先生。アマミキョは? 

 みんなは、どうしたんですか」

 

 呼吸器ごしに、やっとそれだけを尋ねるサイ。

 全身に付けられたままの電極を確認しながら、彼女は答えた。

 

「大丈夫。サイ君……貴方の作戦、成功したわ。

 アマミキョはウーチバラのリフレクターを突破。現在、ジャスティスとデスティニーが中枢部へと向かってる。

 アマミキョは港区画へ不時着した。船そのものは大破して、負傷者も何人か出てる。だけど安心して、誰も死んではいないから。

 一時は貴方の生命維持にも支障が出たのだけど──」

 

 風に乗り、微かな硝煙の匂いが鼻をつく。

 サイの今いる場所は、先ほどまでいたはずのアマミキョブリッジ――

 その副操縦席とは、明らかに違っていた。

 

「ここは……

 もしかして、ティーダの……?」

 

 膝の間には、見慣れた白い球体──ハロが灰を被っているのが見える。球体の中心で、二つの小さな目が弱々しく瞬き続けていた。

 サイが答えを出すより先に、彼とハロの上に被さるようになりながらヴィーノが説明を始める。

 

「そ。

 まだハロは生きてたから、何とかお前を繋ぎ直せたんだよ。ティーダに。

 だけどアマミキョの電源の殆どは使えなくなっちまったし、ミネルバJrもまだ港で戦闘中だ。

 だから、ウーチバラ上層の電源区画までティーダをみんなで運んできて、どうにかお前とティーダを生かしてるってワケ。

 使えそうな電源があるの、ここだけだったし」

「そうだったのか……

 つまり俺たちは、もうウーチバラ内部に?」

 

 改めてサイは、自らの感覚を確かめた。

 空気も薄くはなく、風も吹いている。しかし、重力は地上ほど強くはない。少し油断すれば無重力状態と同じく浮き上がってしまいそうだ。

 恐らく自分たちは、コロニーの中心軸部分に近い──つまり、コロニーの上空部分にいるのだろう。

 いわば、コロニーの梁とも言うべき場所に。

 

「君には本当に助けられてるな。わざわざミネルバJrから?」

「感謝しろよな。艦長とチーフ説得して救助艇で飛び出してここまで来るの、結構大変だったんだから」

「だろうね。外の戦闘も終わってないだろうし……

 ダガー共から狙われたりしなかったかい」

「とり囲まれて、終わったかと思った瞬間もあったけど。

 でも、そのたびにシンが助けてくれたからさ」

 

 軽い口調でとんでもない事実を口にしながらも、ヴィーノはハロの上蓋を開き、修理キットから手慣れた動作で電極を繋いでいく。

 ハロはかすかに煙すら噴きつつあったが、それでも内部ディスプレイはまだ生きていた。

 

「墜落の時点で、アマミキョの再生機能はほぼ動作しなくなってた。

 強制遮断も効かずお前は船と繋がりっぱなしだったから、アマミキョのシステムダウンと同時に、お前は激痛に耐えきれず気絶したんだ。

 つまり俺が駆けつけた時、お前もアマミキョも死にかけてたってことなんだけど」

 

 エリカがその先を継ぐ。

 

「でも、既に大破していたティーダZ──そのシステム自体は、まだ生きていたの。

 貴方は副隊長席から投げ出されて完全に瀕死状態だったけれど、ヴィーノ君の発案でティーダまで運んで、擬似的にハーモニクスシステムに繋ぎなおした。

 それで今やっと、どうにかなってる」

 

 説明を聞くうち、サイの視界もようやく鮮明になってきた。

 横へ頭を回してみると、確かにティーダのシートに自分は座っていた。

 ──血まみれのシートに。

 その血が誰のものか。思い出したサイは、すぐにスズミに尋ねた。

 

「ナオトは……

 ナオトは、大丈夫だったんですか?」

 

 スズミの肩ごしに、コクピットの状況を確認するサイ。

 コクピットの前方部分を構成していたメインモニターは、ハッチごと殆どが大きく吹き飛んでいた。コンソールパネルも半分以上が炎熱で焼け落ち、断線したケーブルが露出している。どの機器も最早使い物になりそうにない。

 スズミはサイの問いに、少しだけ目を伏せる。そして無言のまま、シート左側の補助席へ頭を向けた。

 サイも彼女の視線を追うように、そちらにゆっくり頭を回すと──

 

 

 パイロットスーツを着たままの、少年の細い身体が、ぐったりと横たえられていた。

 抹茶色のスーツは至るところ紅に染まり、コクピットの破片でも飛んだのか、焼け焦げている部分も少なくなかった。右腹部と左肩に大きな裂傷が見え、包帯による応急処置が為されていたが未だに出血はじわじわと続いている。

 メットは着けられたままだが、バイザーの左半分が吹き飛んでいる。その上から人工呼吸器が無理矢理、バイザーの割れ目に突っ込まれるように装着されていた。

 血の気が全く失せ、青白くこけてしまった頬。

 瞼はうっすらと開かれてはいたが、殆ど瞬きすらしていない。

 完全に光を失った大きな瞳が、何もない中空をただ見つめていた。

 

 

 あまりにも痛々しい、ナオト・シライシのなれの果て。

 それを前にしながら、ただサイは茫然と、スズミの言葉を聞いているしかなかった。

 

「呼吸も脈拍も非常に微弱ではあるけれど、それでもナオト君は……まだ、生きている。

 ティーダと共にね。

 だからサイ君。貴方とアマミキョを、もう一度繋ぎなおすことが出来たの。

 ただ──

 貴方も感じたでしょうけれど、ナオト君の脳神経はもう、完全に焼き切れてしまった。

 恐らく、魂と呼べるものは吹き飛んでしまったでしょうね」

 

 そんなナオトに触れようとして、思わずサイは右腕を少しだけ上げた。

 アマミキョとの神経接続が切れた影響なのか──接続前の身体の感覚に戻ってきている気がする。

 両脚は未だにびくともしないし、左腕の義手も煙を吹きながら肩からだらりと垂れ下がったまま、一向に動かない。

 そして、あれだけ四方八方から聞こえていた人々の思惟も、今は殆ど感じ取ることが出来ない。ティーダZやアマミキョのシステムが最小限しか稼働していない影響か。

 あれだけ処理に苦痛を強いられた情報の滝も、今や意識の端々に微かに漂う残滓のようにしか感じ取れない。そこそこの人数がサイの周りにいるにも関わらず。

 

 そもそも、借り物の力だ。

 人の意思を全て受け止めるなんて、俺には荷が重すぎた──

 それよりも。

 

 震える指で、ナオトのメットに触れてみる。頬に触れて体温を確かめたかったが、出来なかった。

 あれほどよく怒り、よく叫び、散々泣きじゃくり、それでも嬉しい時は満面の笑顔を見せていたナオトの表情。

 それが今はもう、石のように動かない。

 薄く開かれた目を覗き込んでも、光のない大きな瞳はこちらを見ていながら、どこも見てはいなかった。

 

 呼吸はある。脈もある。だが──

 もう、あの声を聞くことは出来ない。

 声を出せたとしても、もうそれは、かつてのナオトのものではないだろう。

 

 酷く虚しい直感が、サイにそう教えていた。

 医学的にそう判断出来たわけではない。それでも分かった──

 あの光の翼を拡げながら、ナオトは必死で俺たちに、みんなに、全世界に向けて言葉を発していた。

 あれは、ナオト・シライシとして発した、最後のレポート。最後の言葉だったんだ。

 

 涙も、呻きすらも、最早出なかった。

 あれだけ互いを感じとり、強く繋げられていたナオトの想い。それがサイの中で、今は何も感じられない。

 どれだけ手を伸ばしても、ナオトは何も反応せず。

 どれだけ意識の中を探っても、ナオトの声はどこからも聞こえなかった。

 

 

 目の前にいるのに。息をしているのに。

 もう、マユ・アスカは、すぐそばにいるはずなのに──

 

 

 声なき慟哭と共に、サイはいつしかナオトの眼前で、頭を垂れていた。

 コロニー内部から放たれていたセレブレイト・ウェイヴは、今も止まっている。

 恐らくオギヤカの機能停止、それに伴うコロニー外壁損傷、艦隊のウーチバラ港突入、それらの要因が重なってシステム障害を発生させた、そう考えるのが妥当だろう。

 

 だが、サイは思う──

 ティーダZとセイレーンの生み出した光のフィールドが、ずっとウェイヴと相殺し合っていたのが、一番大きかったはずだ。

 現にセレブレイトウェイヴが停止した今、あれだけ輝きを放っていたティーダZは、今や下半身の骨組みしか残されていないボロボロの鉄屑と化し、光の翼は影も形も消え失せている。

 ナオトが命がけで、呪われた祝福の唄を止めたようなものだ。

 

「……畜生」

 

 サイは昂る感情に任せ、ナオトの胸に右手を触れる。満足に動けば、思わず叩いてしまっていたかもしれない。

 少し開かれたパイロットスーツの胸元からは、小さな白いお守りが覗いていた。

 

「ナオト。本当に、もう少しなんだ。

 もう少しで、マユに会えるんだ。だから──!!」

 

 だから、返事、しろよ。

 いつもみたいに、俺を呼んでくれよ。

 冗談ですよサイさんって、言って──

 

 そんなサイの言葉は全て、喉から漏れる嗚咽にしかならず、コロニーの風の中へ消えていく。

 ヴィーノもスズミもエリカも、トニーもヒスイも、サイの周囲の者たちは皆、その様子を虚しく見つめているしかなかった。

 

 

 だが──

 そんな深い悲しみに耽溺している余裕さえ、今のサイには与えられない。

 

 

「……これは!?」

 

 

 悲嘆の海に沈みかけたサイを無理矢理目覚めさせたのは、思考の片隅をよぎった異物感。

 既に自分の身体は凡人のそれに戻り始めているはずなのに、その感覚は頭痛まで伴って脳髄を刺激した。

 今のサイでも感じ取れたのは、その感覚の主が、あまりにも強い意思を抱いているから。

 その優しさが変貌し、異質なまでに強靭な意思となってしまっているから。

 

「──キラ。

 お前か!!」

 

 同時にコロニー内の空気の流れが、大きく変わるのが分かる。ヴィーノもスズミもエリカも、その異変に一斉に顔を上げた。

 彼らが逃げ惑う暇もなく、そのすぐ上を通過する巨大な鋼鉄の塊。

 見間違えようもない8枚の青い翼が、サイにも見えた。

 

 

 かつて、俺たちを何度も助けてくれた青い翼──

 しかし、フレイ・アルスターを救えなかった翼。

 そして今、ナオトの魂を奪った翼。

 

 

 ストライク・フリーダムが、悠然とサイたちの眼前に降り立った。

 

 

 

 

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