【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その光景は、コロニー内への潜入に成功したミリアリアも目撃していた。
大破して不時着したアマミキョから、ティーダと共にサイが担ぎ出されていった――
その情報を聞きつけ、いてもたってもいられなくなった彼女はマリューの許可を得て、単独でアークエンジェルを飛び出したのである。
黒ダガーLとの戦闘は未だ継続していたが、大分遅れて追撃してきたオーブ軍の援護もあり、彼女はどうにか無事にコロニー上層へたどり着いた。
しかし──彼女が侵入直後に見たものは。
コロニー上層、つまりコロニーの空を構成するデッキ上で、殆ど脚部のみの状態となって焼け焦げているティーダZ。デッキ内部の電源を利用して、どうにかティーダは生きのびているらしい。
そのコクピットへ横たえられている、サイとナオト。必死に彼らに取り付いているクルーたち。
コロニーの威容に比べると、電線のようにか細く見えるデッキの上で、その様子は酷く不安定に思えた。
そんな彼らを吹き飛ばすかの勢いで、ティーダZの眼前に降り立ったものは──
ストライクフリーダム。
ジャスティスとの戦闘で損傷したのか、白い機体はあちこちが黒ずみ、関節部の至る処から煙さえ噴いている。
そのスピーカーから漏れ出たのは、間違いなくキラ・ヤマトの声だった。
《サイ。残念だけど──
ここから先へは、行かせない。
これ以上、ラクスを傷つけさせはしない》
そんなキラの言葉に──
意外とはっきりした声で、サイが反応した。
「……何言ってんだ。
見りゃ分かるだろ。もう俺は、ここから一歩も動けやしない」
どこか投げやりにも聞こえる、サイの声。
しかしミリアリアは直感した。サイはまだ、諦めていない。
隣に横たわっているナオトの反応は全くない。アマミキョとティーダZの最後の状況から考えても、彼は恐らく──
そんな思考を追い払うように頭を振りながら、ミリアリアはメットの中でセンサーを調整し、キラとサイの会話に耳を傾けた。
「だけど。
これ以上俺の仲間に手ェ出すなら……俺は絶対に、お前を許さないからな。
金輪際、死ぬまでお前を許さないからな」
はっきりと憎悪のこめられた、サイの声。
それはコロニーの空に、奇妙なまでに響いた。
《分かってる。
ナオト君のことは──本当に……》
「死んじゃいないよ。勝手にナオトを殺すんじゃねぇ、バカ。
というか、お前は……どうする気なんだ。
まだお前は、この兵器を守るつもりか。世界中を敵に回しても。
この戦いだけで、どれだけの人間が犠牲になったと思ってる。俺たちもだが──
南チュウザン側も。
外壁に埋められてた人間たちを見ただろう。あんな真似してまで、お前は戦うつもりか。
オーブとも、ザフトとも、連合とも!」
静かな怒りのこもったサイの声が、一帯に流れる。
しかしフリーダムは沈黙したままだ。両腕部には何も武装しておらず、一見無防備なようにも思えたが──
それでもミリアリアには分かった。頭部の機関砲が、真っすぐにサイたちを捉えているのを。
恐らくサイにも分かっているのだろう。それでも彼は怯えることなく、キラと対峙していた。
そんなサイの口から出た言葉は──
ミリアリアにとっても、意外な言葉だった。
「なぁ、キラ。覚えてるか?
お前が、ヤキンの直後に……アークエンジェルに帰ってきた時のこと」
サイが何を言い出したのか、ミリアリアは一瞬理解出来なかった。
それはキラも同じだったようで、ほんの少し戸惑ったような声がスピーカから漏れる。
《ヤキンの直後……?
僕が、フレイのことを報告した時の?》
「そう。
あの時、俺はフレイのことで頭がいっぱいで……
何も出来なかった自分を、悔やむばかりだった。
必死に戦ってくれたキラを労うことぐらいしか、俺には出来ない。そう思って、無我夢中でお前を励ましてた」
ミリアリアも思い出す。
もう3年も昔のことになってしまった、ヤキン直後のキラの慟哭を。
キラの口から厳然たる事実を聞かされ、茫然と立ち尽くしてしまったサイの背中を。
そんな彼を、必死で揺り戻そうとした自分を。
同じようにキラも思い出したのか、ぽつりと呟く。
《そう……だったよね。
あの時も、ずっとサイは優しかった。僕は……》
「違う」
サイの冷静な声が、キラの言葉を遮断する。
「あの時、本当に優しい奴なら……
お前をぶん殴っていたはずだ」
思わぬサイの言葉に、ミリアリアも顔を上げる。
確かにあの時、サイは必死でキラに言葉をかけていた。
──お前が生きていてくれて、うれしい。
そんな彼の一言に、ミリアリアでさえ救われた気持ちになったのを、覚えている。
それが──本当の優しさではなかったと?
「あの時。
フラガさんもバジルール大佐も、みんないなくなって。
ラミアス艦長も、酷く混乱していた。
そんな地獄みたいな中でアークエンジェルに帰還して、フレイのことを話してくれたお前の気持ちって……
どうだったんだろうなと、今じゃ思うんだ」
キラは答えない。
ひたすら、サイの言葉を聞いているだけだ。
「ただ慰めるだけが、優しさだったのかって。
ただ励ますだけの言葉は、あの時のお前を余計に追いつめただけじゃなかったのかって。
俺は、フレイを守り切れなかったお前を──
慰めちゃいけなかったのかも知れない。たとえ、それでお前がさらに傷ついたとしても。
今なら、そう思える」
それは違う。ミリアリアは叫びそうになり、思わず声を抑えた。
たとえそれがキラの為でなく、自分を必死で支える為の言葉だったとしても、あの時のサイの言葉は優しかった。
あれが本当の優しさでないとするなら、一体何を優しさと定義出来るものか。
サイの言葉はなおも続く。
時々呼吸が苦しげになりながら、それでも。
「これ言うの……すごく恥ずかしいけどさ。
俺、今でも、お前がゼミのみんなと映った写真……まともに見られないんだよ。
お前のこと何も分かってなかったのに、あの頃はお前の友達ヅラして、一緒にいたんだなって……自分がすごく嫌になって。
俺の中途半端な励ましが、お前を追いつめていって。
お前を傷つけてるとも知らずに、分かってるふりだけしてて。
そんな俺があの時のお前を慰めるなんて、出来るわけがない。逆に、半端な優しさがお前を追い込むだけなんだって……今なら……」
大きく息つぎをしながら、それでもサイはキラに語りかける。
「俺は、お前を突き放すべきだったのかも知れない。
そうすればお前は、完全に俺と縁を切って、新しい人生を歩むことも出来たのかも知れない。
俺がいなくなれば、いずれフレイのことも、時間が癒してくれたのかも知れない。
でも、それが出来なかったから──
今、俺も、お前も、歪みまくってここにいる。
お互い……あの時のフレイと同じくらい、大切なものを奪われてな!」
次第に感情に満ちていくサイの声。
同時に、下半身しか残っていないはずのティーダZが、脚部を起こし始める。ガタガタと酷く軋みながら。
慌ててコクピットから離れながら、ざわつくクルーたち。
「まさか、再起動!?」
「やめて!
ティーダを止めて、サイ君! もしかして貴方が……?」
一気に騒然となったクルー。
しかしティーダZは両脚部のみで動き出し、やがてサイとナオトをコクピットに乗せたまま、直立した。
何が起こったのか。ミリアリアも理由が分からないまま、状況を注視する。
――だが、その刹那。
コロニーの何処かで、風が変わったような感覚がした。
響き続けるサイの言葉。
「でも……
あの時の俺の言葉は、本当なんだ。
お前が生きていてくれて、嬉しかった。それだけは。
あの日あの時を何度繰り返したとしても、多分俺は、お前に同じ言葉しかかけられない。
そんな気がする」
ストライクフリーダムの威容を前に、よろよろと立ち上がるティーダZの両脚部。
勿論武装などあるはずもなく、まともに歩行出来るかすら怪しい。
それでも──今、ティーダZは確実に動いていた。
それは、アマミキョを通じてティーダZに繋がれたサイの意思によるものか。もしくは、未だティーダZの中に微かに残されたナオトの意思か。
ミリアリアには判断出来なかったが──
それでもなお、ティーダZは前に進もうとしていた。
前方に動き出した機体はやがて、ブリッジの電源に繋がれていたケーブルを引きちぎっていく。
慌てて脚部にすがりつき、身体を張って機体を止めようとするヴィーノの姿も見える。
しかしそれすら振り切って、ティーダZは一歩、二歩と歩み始めた。
キラの声も、空へ反響する。
《サイ、止まってくれ。
ここで君たちが退いてくれれば、僕はもう君たちには何もしない。
僕のことは全て忘れて、オーブでみんな、平穏に生きてほしい。それが僕の──!》
だが、そんなキラの言葉が終わらぬうちに。
歩みを進めようとしたティーダZはよろよろと大きく揺れ、ケーブルまで剥きだしの右脚部が、ブリッジから外れた。
か細いロープを踏み外した曲芸師のように、コロニーの空を横に支えるブリッジから──
サイとナオトを乗せたまま、呆気なく地表へと転落していく機体。
思わず息を飲むミリアリア。
悲鳴と絶叫、そして怒号が、アマミキョクルーたちの間から湧き上がった。
《サイ!!》
咄嗟に機体を反転させ、地表へと向かうストライクフリーダム。
だがその刹那、ミリアリアには確かに聞こえた。
誰かを懸命に呼び続ける、サイの声を。
──受け止めろ、フレイ。
君なら、やれるはずだ。
お前は私が守る──そう俺に誓った君なら!!
コロニーの白い空を、紅の風が駆け抜ける。
ミリアリアは見た。港区画から飛び込んできた紅が、真っすぐに迷うことなく、落下したティーダZに向かって飛翔していくのを。
その機動はストライクフリーダムより、遥かに速かった。
ティーダZの脚部が地上のビル街に叩きつけられるより先に、機体はその紅に、しっかりと空中で抱き止められた。
夕陽を浴びる薔薇。そんな色を連想させるその機体は──
間違いなく、ガンダム・セイレーン。
フレイ・アルスターの駆る、モビルスーツだった。