【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part22 彼女の膝の上で

 

 

 

 頬に、風を感じなくなった。

 脳のあちこちで、様々な人々の声が微かにこだまする。トニー、ヴィーノ、ヒスイ、スズミといったアマミキョの仲間たち──

 そして、キラの叫びまでも。

 どこか暖かい場所に寝かされている自分に気づき、サイは重い瞼をゆっくり開いた。

 

 

 ──ここはどこだ。

 俺は一体、何をした? 

 キラの手からみんなを守ろうとして、無我夢中でティーダに祈っていた。

 まさか、それが──? 

 

 

 視界は判然としない。ただ、目の覚めるような紅がすぐそばにある。

 あの騒動の中でも、眼鏡だけは奇跡的に落ちずにすんでいた。しかしかけ直そうとしてもレンズの半分以上が砕けており、今や外界からの光は直接瞳を刺激している。

 そして、聞こえたものは──

 とても懐かしく、愛おしい。

 しかし、どこか張りつめた少女の声だった。

 

「やっと、起きたな」

 

 自分を真っすぐ見降ろしていたのは、やや青みがかったグレーの瞳。

 細い身体を包んだ、真紅のパイロットスーツ。

 メットの中に押し込まれた、紅の髪。上げられたバイザーから見える頬は、何故かかつてよりも白く、痩せて見えた。

 

 間違いない──フレイだ。

 俺がずっと会いたかった、ずっと話したかったフレイが、今やっと、目の前に!! 

 

 偽りと分かっていても、サイは敢えてその名を呼ぶ。

 ──そう。フレイの名を偽ったこと自体が、『彼女』の真実なのだから。

 

「──フレイ。

 どうして。何故ここに……」

 

 そんなサイの額にそっと触れたものは、グローブに包まれた指先。

 彼の声を聞いて、ほんの少し安堵したのか。ため息と共に呟くフレイ。

 

「何を言う。

 私を呼んだのは、お前じゃないか」

「俺は──

 よく分からないまま、キラからみんなを守ろうとして……

 気がついたら、ティーダが動いていた。

 そうだ。確か、その時……

 君がコロニーの中に入ってきたような、気がして……」

 

 肺はまだぜいぜいと音をたてている。簡易なものではあるが、人工呼吸器が口元に取り付けられていた。

 サイの額に浮かんだ汗を、ガーゼでそっと拭うフレイ。

 瞬く間にそのガーゼも血に染まる。

 

「無理して喋らずとも大丈夫だ。

 ここはセイレーンコクピット。お前の乗ってきたティーダも、共にいる」

「俺は……アマミキョから離れたら、ダメになっちまう身体だ。

 なのに……どうして?」

「今、お前の身体をセイレーンに繋いでいる。

 しばらくはこれでもつはずだ」

 

 唇に微笑みさえ浮かべ、フレイはサイの額に右手を触れる。

 そしてサイは思い出した。ひどく昔のように思える、ミントンでのチグサとの会話を。

 

 ──出来るだけ早くアマミキョか、それに類するハーモニクスシステムに繋げば、回復可能だから。

 

 確かにこのフレイの機体は、オギヤカから分離したリングと──

 つまり、アマミキョと同様のハーモニクスシステムと繋がっている。だから今の俺でも、何とか命を長らえているんだ。

 

 背中にはアマミキョの副隊長席と同様、ケーブルで繋げられた感触があった。身体のあちこちに、冷たい電極が触れているのも分かる。

 フレイはサブモニターを確認しながら呟いた。

 

「大したものだな……

 アマミキョを自沈させたのみならず、大破したはずのティーダまで動かしてここまで来るとは。アマミキョのハーモニクスシステムは、想定外の進化を遂げていたということか。

 たった12秒間の稼働とはいえ、よく……

 脳が焼き切れなかったものだ」

 

 皮肉めいた口調を装ってはいたが、明らかに声が震えていた。

 頭に感じている暖かさと柔らかさ。それがフレイの両膝だったことに、サイはようやく気が付いた。要は、コクピットで膝枕されているも同然の状況になっている。

 ほんの少し頭を回すと、眼前に彼女の下腹部があった。彼女の太ももを通して、微かに脈動も聞こえる。

 

 それは彼女自身のものなのか。それともお腹の中の──

 サイは大きく一つ息を吐きながら、改めて質問した。

 

「……フレイ。

 どうして、嘘をついた?」

 

 額をそっと撫ぜていたフレイの指が、止まる。

 酷い擦過音を立てる肺を無意識に右手で押さえながら、サイはそれでも尋ねた。

 

「俺は、君と離れ離れになったとしても……

 君が子供を育てられない状況になるなら、俺が引き取って育てようとも思ってた。

 それが当たり前だろ。親なんだから」

「レイラから聞いたか。

 お喋りな娘だ」

「……質問に答えてくれ。何故、嘘をついた? 

 オギヤカで話した時も、何故、あんな虚勢を張った? 

 あの時知っていれば……俺だって……!」

 

 声をつまらせるサイ。

 それでもフレイは表情を全く変えずに呟いた。

 

「知ったとして、どうなる? 

 お前がそれまで以上に無茶をして、殺される危険性を上げるだけだ。

 お腹の子の素性が知れれば、ラクス一世がどう出るかは明白だった」

 

 しかしサイは、殆ど無意識のうちに頭を横に振る。

 

「君は言ったじゃないか。俺との証が欲しいって。

 あれは紛れもなく、君の本心だった。そうして出来た子の命を──

 君は、捨てるつもりだったのか?」

「違う!」

 

 サイの言葉に、彼女の表情が苦痛に大きく歪んだ。

 同時に吐き出された言葉には、激しい感情が入り混じる。

 

「分かっていた。私がオギヤカに戻りこの子を産めば、どうなるかぐらい! 

 オギヤカに、この子の居場所などどこにもない。そんなことは分かっていた! 

 それでも、お前との証が欲しかった。欲しくて欲しくてたまらなかった、それは分かっているはずだろう、お前も! 

 諦めようと幾度も考えた。だが、それだけはどうしても出来なかったんだ!!」

 

 激情に満ちた言葉。それは、数秒前の冷静な彼女からは考えられぬほどの勢いで、サイに降りかかる。

 

「私は一度、腹の子供を自ら殺した人間だ。

 親に逆らえぬまま、腹の子に薬を打ち、腹から無理矢理引きずり出して殺したんだ。

 あの時の痛みを、もう一度この子になど……耐えられなかった!」

 

 フレイがタロミとの子を一度堕胎した事実は、サイもレイラの話で既に知っていた。

 だが、事実だけを聞かされるのと、本人の話を実際に聞くのでは、まるで現実味が違う。

 いつか彼女の中に幻視した、血まみれの少女の姿。あの血はもしや、チュウザンの人民だけでなく、彼女の子供のそれも混じっていたのかも知れない。

 サイをじっと見つめる灰色の瞳。それが潤んでいるように見えるのは、気のせいか。

 自分でも気づかないうちに、サイは右手をそっと上げていた。

 その指先が、フレイの頬を微かに撫ぜる。

 

「だからずっと、こらえていたんだな。

 だからずっと、俺たちを敵に回してまで、頑張ってたんだな。

 俺が拒絶すると分かってても。一度はアマミキョを盾に俺を脅してでも、一緒になろうとしたくらいに」

「……私の目の届く場所にお前がいれば、何とかなるかも知れないと考えた。

 あの時は……自分でも、愚かな行為をしたと思っている。

 私のそばにお前がいたところで、あの母から守り切れるわけがないのに。

 ……結局あの時は単純に、私はお前にそばにいてほしかったんだよ。どれほど恨まれたとしても」

「そうだったのか……

 それを思うと、ものすごく不器用だったね。あの時の君は」

「…………」

「あの時の君の目論見は、俺がオギヤカから逃げたことでダメになっちまったけど……

 それでも君は、自分が南チュウザンの中で力をつけて、アマクサ組がラクス一世を越えるほどの勢力になれば、子供を無事に産むことができる。

 ……そう、信じてたのかい?」

 

 大きく見開かれる、灰色の瞳。

 その眦で、どこまでも透明な雫が盛り上がる。彼女の感情の波を現すように。

 それは熱い涙となって頬を流れ落ち、サイの指先を濡らした。

 

「お前が平穏に生きてさえくれれば、私はそれで良かった。

 たとえ共にいられずとも、お前が幸せに寿命を全う出来るなら。

 だからお前には、嘘をついた。知ればきっとお前は、その命を捨ててでも私を追いかけてきてしまう!!」

 

 コクピットの中で、いつしか声を荒げて感情を吐露するフレイ。

 

「この戦乱の世が続く限り、世界に未来などない。お前はいつか殺されてしまう。

 南チュウザンの手によらずとも、連合とザフトのくだらぬ争いに巻き込まれ、いずれお前は──」

 

 その先を絶対に口にしたくないのか。フレイは唇を噛んで無理矢理言葉を呑み込んだ。

 その手はいつの間にか、サイの指を折れよとばかりに握りしめている。

 凛としていたはずの声が、次第に掠れてきた。

 

「そうなるぐらいなら、どれほど人倫から外れても。

 たとえ人が人でなくなる兵器を使ってでも、私はお前を守る。そう決めた。

 ……なのにお前は、何故こんなにまでなって、私を追ってきた!?」

 

 あぁ。やっぱり、思ったとおりだった。

 彼女はずっと、俺を守る為に戦っていたんだ。

 俺を守る為に、全てを犠牲にして。

 やっと、その本心を、その口から直接聞けた。

 

 そんな彼女に、サイはそっと尋ねた。囁くように。

 彼女の頭を撫でたい。唐突にそう思ったが、そこまではとても腕が届かない。

 

「……そんなに、信じられないか?」

「え?」

「そんなに、俺たちのこと、信じられないか? 

 ナオトがここまで、ティーダに魂を捧げても。

 みんながここまで、命がけでセレブレイトウェイヴを否定しても。

 それでも君は、人には未来なんかないって。俺みたいな凡人はいずれ死んじまうって

 ……そう、思ってるか?」

 

 サイはそっと頭を反対側に回し、操縦席を確認する。メインモニターには、コロニーの薄暗い夜空が映し出されていたが──

 セイレーンの脇にもう一機、ボロボロの下半身を晒し、関節部の殆どから黒煙を噴き上げているモビルスーツが佇んでいた。

 それは紛れもなく、ティーダ・Zの変わり果てた姿。剝き出しになったそのコクピットでは、ナオト・シライシの身体が横たわっていた。

 ぼんやりと薄く瞼を開いたまま、ぴくりとも動かない少年。それを横目で見ながら、サイは呟く。

 

「自分の子供も守ろうと出来ないのに、人の未来なんて守れるわけがないよ。

 俺は、そう……思ってる」

 

 その呟きは静かではあったが、酷く重い響きをもってコクピットに流れた。

 それに答えるように、フレイの頬からサイの手に落ちる涙。

 

「……分かっている。

 だから、今からケリをつけに行く。私の生を、ここまで歪めた元凶をただしに」

 

 ゆっくりとサイの手を置き、静かにメットのバイザーを下ろすフレイ。

 やがて、セイレーンは緩やかに起動し始めた。

 メインモニターの中心に映し出されたものは、コロニー・ウーチバラの中心部──

 元・リュウタン広場。

 かつては緑溢れる公園だったはずの場所には、コロニーの空まで貫くほどの巨大なガラスの塔がそびえたっている。内部が血液で満たされたかのように赤い塔が。

 

「あれは……?」

「あれこそが、セレブレイト・ウェイヴの発振源。

 そして恐らく今、ラクス・クラインとチグサが囚われている場所──ユテルスだ。

 少し揺れるが、我慢しろ」

 

 そう言いながらフレイは慎重にセイレーンを動かし、ビルの谷間に隠れていた地下への進入口を開いた。そして再びティーダZの残骸を抱え、殆ど音もなく、セイレーンを進入口に滑り込ませる。

 その時、小さな警告音が、サイのすぐそばで微かに鳴った。

 

「これは──キラ!? 

 それに……」

「ジャスティスとデスティニーが、フリーダムを迎撃している。

 コロニーの中だ。さすがに奴らもそこまで無茶はしないだろうが……

 急ぐぞ」

 

 サイの答えも聞かぬまま、セイレーンはコロニー内の地下道を進み始めた。

 脚部に装着されたスラスターが機体全体を地表から持ち上げ、スムーズに滑空させている。それはまるで、モビルスーツが優雅に地下道を滑っているように思えた。

 

「ちょっと待ってくれ。

 君一人で突撃するつもりか!? たった一人で、ラクスさんたちを助けに……? 

 それに、あそこには君の──」

「一人ではない。今の私には、お前がついている。

 恥ずかしい話だが……私一人では、あの方の前で意思を保てるか。その自信がない。

 だから、ついてきてもらう。お前に」

 

 ほんの少し顔を赤らめ、サイから視線を外すフレイ。

 そんな彼女を見て──

 サイの唇から、自然と笑みがこぼれた。

 

 一体、どれくらいぶりだろう。彼女と、心から本音で話しあえるのは。

 いや、本当の意味できっちり話し合えたのは、今が初めてかも知れない。

 そうだ。彼女は常に誇り高く振る舞い、誰よりも自我が強く見えていたけれど──

 芯がとても弱い部分があって、そこから崩れ落ちてしまいかねない女の子だった。

 その原因がずっと掴めていなかったけど、今なら全て理解出来る。

 遺伝子に縛られ、「親」という概念に縛られ、国に縛られ、名前も容姿も奪われ、完全に自我を破壊されていた子供

 ――それが、彼女だった。

 

「……ここまで君を追ってきて、本当に良かった。

 やっと、本当の君と、話が出来た。そんな気がする」

「少し黙れ。戦闘が終わったわけではない」

「分かってる。でも……

 嬉しくて、さ」

 

 呼吸が苦しい。機体に衝撃が走るたび、身体のあちこちに激痛が走る。

 しかし時間経過によってか、セイレーンに繋げられた為か。サイの右腕と両脚の感覚は、次第に戻りつつあった。

 

「これ言うの、すごく恥ずかしいけど……

 俺、ちょっと、安心してるんだ。

 実を言うと、キラと改めて一緒に過ごしてて、君の心が変わってしまったんじゃないかって。

 ほんの少しだけ、心配だった」

「……」

 

 サイの視界からはフレイの表情はバイザーで隠れ、殆ど見えない。

 それでも僅かに、その唇がキッ、と引き締められるのが分かった。

 

「いつかのフレイは……自分が心変わりしたって自覚してても、それを絶対に認めようとはしない、強情な子だったからね。

 君も同じように、心変わりしたとしても、我を張ってるんじゃないかって……」

「口を閉じろ。

 お前がそんな身体でなければ殴っていたぞ」

「いいよ、殴ってくれても。所詮俺は、それぐらい小さな男なんだって。

 だけど、そりゃ心配にもなるだろ。

 君が本来、キラだけを好きになるように意思を操作されたなんて……レイラから聞かされたら」

 

 メットの奥から、微かなため息が聞こえたのは、気のせいだったろうか。サイのすぐ上で、スーツに包まれた大きな胸が揺れる。

 そして零れてきたものは、ややくぐもってはいたが──

 心からの、彼女の、言葉。

 

「サイ。……一度しか言わない。よく聞くがいい。

 私は、お前が好きなんだ」

「……」

「お前のそんな狭量ぶりも。自分ではどうしようもない弱さも。

 相手を慰めようとして、逆に傷つけてしまう不器用さも。

 それなのに、他人の為に自分を犠牲にしてしまおうとする利他主義も。

 全てひっくるめて──お前が好きだ」

 

 心臓に直接沁み込んでいくかのような、それは、暖かな言葉だった。

 この言葉を聞く為だけに、俺はここまで来たのかも知れない。そう思えるほどの。

 目に熱いものが滲み、やがて視界がぼやけ始める。

 

「それを──その言葉を。

 俺は、もっと早く、君の口から聞きたかった。

 もっと早く聞けていれば、ナオトは、こんなことには……!!」

 

 セイレーンに抱かれたまま僅かに揺れている、ティーダZの残骸。

 そのコクピットで突風に晒されるがままの、ナオトの身体。

 そんな彼にちらりと視線を走らせつつ、フレイは操縦桿をぐっと前方へ傾けた。

 

「分かっている。

 だから、一刻も早く終わらせよう。この始末を──

 ナオトや、マユたちの為にも」

 

 その言葉で、サイは確信した。

 フレイがセレブレイトウェイヴをどうする気なのか、正確なところは分からない。しかし──

 もう決して、彼女は俺たちと敵対するつもりはないと。

 それは、アマミキョ墜落直前に彼女の叫びを聞いた時から、何となく分かっていた。

 

 意識を保てと必死で命じた、彼女の声。あのおかげで、クルーも俺も、コロニー自体も何とか命を長らえたのかも知れない。

 この戦いの何処かで、彼女は決心したのだろう。これ以上俺たちを敵に回しても、意味がないと。

 だが、ここに至るまで、互いを知るまで、俺たちはあまりにも時間をかけすぎた──

 その結果が、ナオトの犠牲だ。

 

 しかしサイが嘆息する暇もなく、地下道の遥か上から、再びモビルスーツ同士の戦闘音が聞こえてくる。

 コロニー全体が、僅かに揺れた気がした。

 

「あれは……キラか」

「恐らくな。

 今のキラは、アスランやシンでも止められるかどうかだ」

 

 

 

 

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