【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
そんなフレイの言葉に、ラクス一世は大仰なまでに肩を落としてみせた。
そしてもう一度フレイを軽く睨むと、ゆっくりと腰を上げる。
祈り続けるラクスを背に、その母は前へ進み出た。フレイの銃口の前へ。
「それが、貴方の言った『奇跡』の意味……
その心根を、貴方は愛してしまったというわけですか。まこと、世の中とは皮肉なものですわね……
その結晶も、既に貴方のお腹の中にいる」
フレイの横顔に、はっきりと動揺が走った。
サイの胸にも、酷い痛みと共にその言葉は響いていく。
――知っていたのか、この女は。俺よりも遥かに早く。
観念したように、フレイは言葉を継いだ。
「ご存じだったのですね。
アマクサ組さえも、ニコル以外は気づかなかったというのに」
「ふふ。ずっと昔から貴方を見てきたのですもの……
分からないはずがありませんわ。それにそのお腹、もう誤魔化しきれないところまで来てしまっているでしょう? そろそろ5カ月というあたりかしら。
ずっと気になっていました。貴方がどうするつもりなのか……
でも、今ようやく、その答えが出たようですね」
今度は首を傾げるのはフレイの方だった。
既にラクス一世には見抜かれている、それぐらいは彼女も覚悟していたのだろう。それでも幸か不幸か、お腹の子を抱えたままのフレイをラクス一世は泳がせていた。
目的があってなのか、それとも本当にフレイの判断に任せていたのか、それは分からない。
しかし最も意味が分からないのは、今のラクス一世の言葉だ。
「答えが出た……とは?」
『母』たる彼女から銃口を逸らさぬまま、フレイは次の言葉を待つ。
そんな『娘』に対し、ラクス一世は一言一言、ゆっくりと答えた。朗らかな笑みと共に。
「フレイ。
貴方は、お腹の子供を殺すつもりなのですね」
そんな『母』の言葉に、フレイの横顔が一気に青ざめる。
「……!!!」
引金にかかった指が、ほんの少し動きかける。
その手を、反射的にサイは右手に無理矢理力をこめて抑えた──
自分の手首も震えているのを自覚しながら。
「意味が分かりません!
私は、サイと共に生きようと決めた。それは当然、子供と共に、本当の家族としてっ……!」
しかしそんな彼女の言葉を封じるように、ラクス一世は言葉を割り込ませる。
「貴方は分かっているはずです、フレイ。
貴方はオギヤカを分離させ、自らセイレーンに乗り込み、セイレーンの歌を宇宙に響かせた。
しかしオギヤカのミドルリングと、そこに封じられたステラだけでは、セレブレイトウェイヴをこれほどまでに弱体化させることは難しいはずです。たとえそこに、ティーダの黙示録が重なったとしても。
だから貴方は、子供をステラと同様の『御柱』とした。もしくは、SEEDを持たぬステラの代わりに御柱とした、と言った方がいいでしょうか。
通常、御柱は単独であっても十分な効果を発揮します。しかしセイレーンとミドルリングの設備だけでは、今のセレブレイトウェイヴと同等の波長は生み出せない。
だから貴方は、ステラと一緒に、自らの胎児を――」
「違う! 誰がそのような真似をするものか!!」
「そうでなければ……
子供が自ら、貴方がたを守る為に戦った。自らの身を犠牲にして。
そうとしか考えられませんね」
あまりのことに、完全に言葉を失ってしまうフレイ。
腕こそしゃんと伸ばしていたものの、両膝が震え始めていた。
そんな彼女を眺めながら、ラクス一世はさらに言葉を紡ぐ。その表情から、微笑みは消えていた。
「当然、それほどまでに力を使ってしまったお腹の子の寿命は──
一気に縮まってしまったでしょう。
ただでさえ、薬で無理矢理もたせて戦闘を繰り返していた母体。その中でダメージを受けながら、必死で命の力をふるった胎児は決して育たず、間もなく死を迎える運命です。
奇跡的に生まれてきたとしても、恐らく、
これは、フレイ。貴方も知っていた結果でしょう?
御柱として胎児が使われた場合どうなるかのデータは、貴方も把握していたはずです」
「……!!」
フレイの横顔が蒼白になる。唇は紫を超えて一気にどす黒くなっていた。
それだけでサイは理解した──
ラクス一世の言葉が、決してこちらを惑わす為の偽りでもハッタリでもないことを。
だとすれば──俺は
──俺たちは。
そうとは知らずに、自分の子供を戦争に使って。
そうとは知らずに、子供の首を絞めていたのか。
いや、俺はまだいい。子供の存在を知ったのはついさっきみたいなものだ。
しかし、フレイは──彼女は!!
ラクス一世に向けられたフレイの銃口。サイも一緒に支えていたその腕が、力を失う。
細い両膝が、がたがた震えながら草むらに崩れ落ちた。
「……分かっていた。
分かっていたんだ。この戦いにおいては、お腹の子供への負担も避けられぬということぐらいは……
それでも私は、子供の生命力を信じるあまり……
しかし、まさか子供が、自ら御柱になるなど!!」
そこから先は最早言葉になっていない。それでもサイには分かった──
ティーダZとセイレーンから出現した、光のフィールド。あれはナオトとアマミキョ、フレイの意思が共鳴し翼の形となって現れ、セレブレイトウェイヴを防いでいた──そう思っていた。
しかし実際には、ずっとフレイと共にいた存在──つまりお腹の子もまた、『御柱』として加わっていたのだ。
勿論それはフレイの意思ではない。ラクス一世の指摘通り、これは、子供の意思そのものなのだろう。
俺たちの子。その汚れなき純粋な意思が、ナオトやフレイの想いと共鳴し、命がけで俺たちを守っていた
──そういうことか!
その事実を把握した瞬間、サイの膝もフレイと共に折れそうになる。
しかし彼は片膝をつきながらも何とか踏ん張り、フレイを助け起こそうともう一度立ち上がろうとしていた。
駄目だ。今俺までが崩れたら、俺までが潰れたら、フレイはどうなる!!
そんな彼らに、ラクス一世の静かな言葉は容赦なく浴びせられていく。
「フレイ。貴方が妙な気を起こさなければ。
貴方さえ、キラと共にいれば。
このような悲劇も起こらなかったのですよ……?」
最早何も言い返せず、完全に草むらに膝をつき、うなだれてしまったフレイ。
サイが支えていなければ、彼女はそのまま倒れてしまっていただろう。
冷たい汗を流しながら、フレイはただひたすらに激しい呼吸を繰り返す。銃口は完全に下を向いてしまった。
そんな彼女に、ラクス一世は再び優しく微笑みかけた。
「大丈夫。キラはまだ、貴方を見捨ててはいません。
そうでしょう……キラ?」
唄うように、サイから見て右側の木陰に声をかけるラクス一世。
その声に応えるように――
一人の青年が、音もなく姿を現した。
深い栗色の髪に、紫の瞳。黒地に青のラインが入ったパイロットスーツ。
しかし髪はいつも以上にぼさぼさに荒れ、額から頬にかけて血が流れている。
恐らく、アスランやシンとの激戦で傷つけられたのだろう。
その手は拳銃を携えてはいるが、誰に向けられてもいない。
ただ、その銃口をどこへ向けていいのか分からず、迷ったまま足元に向けられているようにも見える。
そしてサイは気づいた。その瞳から、光が殆ど消え失せているのを──
フレイを守るように支えながら、サイは尋ねる。
「いつから聞いていた──
キラ」
それに対し、まるで抑揚のない口調で、青年──キラ・ヤマトは答えた。
「君たちがここに入ってきた、ほんの少し後ぐらいだと思う。
殆ど全部、会話は聞こえてたよ」
整然とそよぐ草を踏みしめながら、キラはサイとフレイへ一歩一歩、ゆっくりと近づいてきた。そして──
崩れ落ちたフレイを見降ろしたまま、ぽつりと尋ねる。
「君に──ひとつだけ、聞きたい。
さっき君が言ったことは、本当?
僕たちが負けたって……本当に、そう思ってるの?」
呟くような声ではあったが、それでも張りつめたキラの言葉。
その口調で、サイは思わず3年前のキラを連想してしまっていた。自分の腕を捻り上げる直前の、キラの――
酷く突き放したような声を。
さっきフレイが口にした、セレブレイトウェイヴの恒久的停止。それはそのまま、フレイたちアマクサ組の敗北をも意味する。
アマクサ組自らがセレブレイトウェイヴを操り、世界中から敵視されることにより、世界をまとめ争いを抑え込む。その計画が、完全に破綻したことを意味する──
皮肉にも、サイたちアマミキョ・オーブ・ザフト・連合が、フレイの目論見どおりに力を結集したことによって。
しかしキラにしてみれば、決して認めたくない事態ではあるだろう。
たとえどれほど戦況が不利だったとしても、ラクスを救うべく、フレイを信じて戦ってきたキラにとっては──自らの敗北など。
フレイはサイに支えられつつ、左手で下腹部を抑えて俯いている。
その手は拳銃を握ったまま、殆ど無意識のうちにゆっくりと腹を撫でていた。
やがて彼女が顔を上げると、その灰色の瞳はキラに向けられる。
「……キラ」
憔悴しながらも、何とか長としての平静さを留めようと、感情を押し隠している眼。
しかしその頬は、げっそりこけてしまったようにさえ思える。この数分足らずの会話の間に。
だがその憔悴は、キラも同じだった。
フレイとサイに銃口を向けようとして向けられず、宙に留まる拳銃。目の下にははっきりと隈が浮かんでいる。
疲労の色が、明確にその顔に現れていた──
スーパーコーディネイターたる、キラ・ヤマトの顔に。
そんなキラに、フレイは呟いた。
風の中に消え入りそうな声だったが、それでもその声は澄み切った空気の中へ、よく通っていく。
「キラ。もう認めよう──
私たちは、負けたんだ。サイたちに。
私たちアマクサ組をも救おうとする、彼らの意思に」
「!」
その言葉に弾かれたように、キラは再び拳銃を構える。だがその銃口はどうしても二人を狙えず──
明らかに、二人の背後。桜吹雪の舞い散るだけの空間を狙っているようにしか見えなかった。
激しい息づかいと同時に吐き出されたものは、キラの、生の感情。
「どうして……!?
じゃあ君は、アマクサ組を──
トールを、ミゲルを、みんなを!!」
──裏切るつもりか。
──僕を捨てて、サイのところに行くつもりか。
──ラクスを傷つけてまで、僕を利用しようとしたのに!!
喉まで出かかったであろうそんな想いを、必死で抑えているのか。キラの表情が激しく歪む。
そんな彼の怒りに答えるように、フレイはそっと頭を伏せた。
サイに支えられながら、彼女は静かに草むらへ拳銃を置く――
それは明確に、キラへの謝罪の証だった。
「お前との未来を約束されていながら、私は他の男に惹かれた。
かつてのフレイ・アルスターと同じように、私もお前の魂を惑わせ、癒えぬ傷をさらに拡げた。
お前とラクス・クライン……そして、これまでついてきてくれたアマクサ組の者たちには、どれほど謝ろうと謝り切れるものではない。
……本当に、すまなかった」