【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part26 この世界で、俺にしか出来ないこと

 

 

 そんな彼女の謝罪に、キラの感情はさらに激発したのか。

 荒ぶる怒りが、彼女の上に降りそそぐ。

 

「そうじゃない! 

 僕は君の意思に、本当に共感したんだ。

 最初はフレイの姿に惑わされたかも知れない。傷を癒したかっただけかも知れない。

 ラクスまでもを傷つけた世界が、憎かった。それだけだったかも知れない。

 だけど、これ以上誰かが傷つき続ける世界は嫌だったから──

 だから君を信じて、ラクスを守り続けると誓った!! 

 それなのに……君は今更、それを!!」

 

 キラの、行き場を失ったどうしようもない感情が、フレイに叩きつけられる。

 その銃口は次第に、彼女の頭へと向かいつつあった。

 咄嗟にその銃口からフレイを護るように、サイは彼女をしっかり支えたまま、キラと彼女の間に身体を割り込ませる。

 

「もうやめてくれ、キラ。

 これ以上、苦しむことなんかない。お前も、フレイも」

「サイ……どいてくれよ。

 僕は彼女と話がしたいんだ」

「話なら、もう終わっただろ。

 キラ。フレイの言った通り、お前たちアマクサ組は負けたんだ」

 

 その言葉に――

 キラはフレイに向けようとしていた銃口を、思わずサイへと向けていた。

 今度はモビルスーツごしではない。正真正銘、キラ自身が、サイへと銃を向けた。

 そんなキラを前にしながらも、サイは横目でちらりとラクス一世の様子を確認する──

 この地獄そのものの状況を生み出した元凶たるラクス一世は、ここにきても未だ唇に微笑みをたたえながら、様子を見守っていた。

 まるで、子供の喧嘩を見守る母親のように。

 

「──全く!」

 

 自らを鼓舞するようにそう呟きながら、サイは改めてキラを見据えた。

 キラと、その手に構えられた銃口を。

 

「キラ。フレイを撃つつもりなら、まず俺を撃て。

 お前が本当に憎いのは、俺のはずだろ」

「君は……また、そんなことばかり! 

 だから君は、ずるいんだ。僕が君を撃ったらみんなどうなるかって、分かってる癖に!」

「仕方ないさ。

 俺、そういう風にしか生きられないんだから。

 人の気持ちも分からないまま、人に手を差し伸べるふりをして、人を傷つける。

 そういう俺が嫌だったんだろ? お前は」

「嫌だなんて……そんなこと……! 

 嫌じゃなかったから、苦しかったんじゃないか。

 僕がずっと苦しかったのは、君がずっと優しかったせいなんだ!」

 

 キラの感情のはけ口が、フレイからサイへと向けられる。

 それは、3年もの間封じていた湧き水が、一挙に噴き出すかのように。

 

「嫌だったのは、自分だ。

 君の、決して悪気のない言葉だけで傷つく自分が。

 優しいはずの君の言葉で、傷ついてる自分が。

 僕に縋るしかなくて、それでも必死に僕の力になろうとして、命を預けてくれた君を……

 どこかで憎んでた自分が!」

 

 ──あぁ。

 やっぱり3年前、キラを一番傷つけていたのは、俺だった。

 あの唄声も遺伝子弄ったせいで、とか。

 お前は帰ってくるよな、とか。

 

「自分が、とてつもなく嫌で嫌で仕方なくて……

 それでもあの時は、戦うしかなかった。

 力で無理矢理、君を傷つけてしまったのが。

 力で誰かを殺していくのが、一番嫌だった。

 どこまでも優しかった君と、あそこまで憎み合ってしまった自分が……

 お前を見てると惨めになるって、君は言ってたけど。

 そんなの、僕だって同じだった!!」

 

 感情のままに言葉を吐き続けるキラ。その姿も表情も言動も、3年前に戻ってしまったように見える──

 否、戻ってしまったんじゃない。キラの時間も、3年前から動いていなかっただけだ。

 そう確信しながら、サイはそっと告げる。

 子供に戻ってしまったようなキラを、労わるように。

 

「キラ。覚えてるか? 

 俺とお前と、トールとカズイとが教授にとんでもない課題出されて、1週間近くぶっ通しでゼミに籠ってたこと、あっただろ」

「え……?」

 

 突然のサイの言葉に、キラの視線は宙を彷徨う。

 多分、俺が何を言い出したのか分かってないんだろう。だけどこれは、大事なことなんだ──

 俺にとっても、キラにとっても。

 

「毎日徹夜同然で、みんな提出後はへとへとになって、公園でぶっ倒れながら空見上げてたよな。幻が見えるとか言いながら。

 でも、今なら分かる。あの時も──

 お前、ホントは、そこまできつくはなかったんだろ?」

 

 そんな問いに、キラは少しの間逡巡していたが

 ――やがて観念したように答えた。

 

「……そうだよ。

 正直、みんな何でそこまで疲れてるんだろう、って思いながら……

 何となく、話を合わせてた気がする」

 

 やっぱりそうだ。

 ナオトがずっと、自分を偽っていたように。

 キラもずっと、俺たちの前では隠していたんだ。その本来の能力を。

 平和なままだったら、使う必要もなかった力を。

 

「そういう小さなことでもいい。俺は、お前と苦しみを共有したかった。

 お前の苦しみを知りたかった。

 だけど、俺には出来ないんだよな。お前が俺の嫉妬を理解出来ないように、俺もお前の痛みを理解出来ない。

 アマミキョみたいな、他人の心と痛みを強制的に感じ取ってしまうシステムが出来たところで──

 俺は未だに、お前の苦痛を理解出来てない」

 

 断絶宣言とも取れる、サイの静かな言葉。

 そんな一言に、キラの視線も銃口も、ただ宙を彷徨う。

 フレイもまた、そんなサイをじっと見据えていた。

 

 ──そうだ。

 さっきラクス一世に言われた通り、キラを理解出来ないということは、このフレイを理解出来ないということにもなる。

 彼女は、性別以外はキラとほぼ同じ。特別なコーディネイターなのだから。

 ……だけど。

 

「だけどさ。

 完全には分かり合えないってことが分かっただけでも、いいじゃないか」

 

 そんな言葉と共に、微笑みすらたたえて、サイはキラを見つめる。

 思わぬ台詞に、一瞬呆けたようにサイを見つめ返すキラ。

 

「サイ……どうして?」

「考えてみりゃ人なんて、男女に分かれてる時点で、分かり合えないなんて当然なんだよ。

 男と女なんて、身体の構造からして絶対に分かり合えないのに、それでも互いに惹かれ合い、必要としてしまう。血を継いでいく為に。

 それに比べれば、コーディネイターとナチュラル──互いが互いをそこまで必要とはしない分、男と女ほど深刻じゃないさ。

 お互いつかず離れずの距離で争うことなくいられれば、それで平和だったんだ。オーブが──ゼミの頃の俺たちが、そうだったように。

 そもそも、人同士が完全に分かり合えるなんてこと、あるか? 

 仲のいい夫婦だって親子だって、全部分かり合ってるなんて言いきれる人間、どんだけいるか」

 

 サイはほうっと一つため息をつくと、改めて歯をくいしばる。

 セイレーンとの接続が弱まっているのか。呼吸が次第に苦しくなり、冷たい汗が次々と額から首筋へと流れ落ちていた。

 膝の感覚が、再び消失し始めている。

 

「なのに──

 3年前の俺たちは、お前に依存しすぎた。だから、ここまで歪んじまったんだ──

 俺も、お前も」

 

 喉から絞り出すかのような、サイの言葉。

 それに答えるように、キラも呟く。胸の奥底、決して癒えることのない傷口から響くような呟きを。

 

「……そうだよ。

 その心の内が分からなくても……

 そばにいてくれて、そっと支えて抱きしめてくれる存在であれば、それで良かった。

 僕が苦しいって、気づいてくれる存在であれば。

 痛みを分かち合えなくても、痛みを感じていると気づいてさえくれれば!」

 

 次第にその感情を吐露していくキラ。

 フレイを庇うサイをひたすらに映し出している、紫の瞳。そこにはいつしか、涙までが滲んでいるように見える。

 その痛ましい眼差しは3年前、サイの腕を捻り上げた瞬間のそれとほぼ変わらないように見えたが──

 サイはそんなキラを見て、何故か安心していた。

 それは、フリーダムに片腕を奪われたあの時も感じた、奇妙な安堵。

 

「そっか。

 それが出来たのが、あの時のフレイだけだったんだな。

 俺はあの時、キラを追いつめてばかりで。

 俺は、お前がいなくなるのが怖くて。お前に裏切られるのが怖くて──

 お前の心、全然、分かってなかった。

 少しでもお前の助けになりたいと思って、ヤキンまでついていったけど。

 結局お前にもフレイにも、何も、出来なくて。

 ……本当に、ごめん」

 

 ふらつく両膝を自ら折りながら、サイは静かにキラに頭を下げる。

 キラの銃口のすぐ下に、自分の頭を差し出すかのように。

 

 ──そうだ。俺の方こそ、こうしてキラに謝らなきゃいけなかった。

 俺はずっと、自分の非を認められず、キラからの謝罪を心のどこかで求めていた。

 だけど、今なら分かる。本当に心から謝らなきゃいけなかったのは、誰よりキラを追い込んだ、この俺だった。

 キラに傷つけられ、自暴自棄になり、フレイもトールもいなくなって、3年前は何もかもが有耶無耶になっていたけど。

 俺はあの時──自分の過ちを自覚さえしていなかった。

 優しい味方のふりをして、キラを死地へ突き落とし続けた分際で、謝るどころかその罪に気づいてもいなかった。

 キラはずっと、命を削りながら俺たちを守ってくれたのに。

 

「サイ……顔を上げろ! 

 お前が謝る必要など、何もない!!」

 

 フレイが咄嗟にそんなサイの上半身を引き上げようとする。しかしサイは、決してその頭を上げようとはしなかった。

 そんな彼に、まるで駄々をこねる赤子のように首を振りながら、キラはがたがた震える手で再び銃口を向ける。

 

「ホントだよ……

 優しいはずの君が、どうして分かってくれないのか。

 優しいはずの君の言葉で、どうして自分が傷つくのか。

 あの時もそれが本当に分からなくて、どうしたらいいのか全然分からないまま、戦いだけが酷くなっていって……

 抱きしめてくれたフレイに縋るしかなかった。フレイの心が僕にないって分かってても! 

 フレイは僕が憎くて、僕を利用していただけだ。心のどこかで、そう分かってても!! 

 それでも彼女だけが、僕を抱きしめてくれたから!!」

 

 積み重ねられ封じ込められた、キラの激情。

 それが一息に、サイへ叩きつけられる。

 彼の背中に泥をぶちまけるように、吐き出されていく想い。

 それでもサイは頭を伏せたまま、じっとその重みに耐えていた。ともすれば遠くなりかかる意識を必死で引きずり戻しながら、決断する。

 

 ──今だ。今しかない。

 俺が、意地でも認めたくなかった事実。認めてはいても、決してキラに告げたくなかった事実を、今ここで言うしかない。

 たとえそれで、キラの心がさらに壊れたとしても。

 

 

「まだそう思い込んでたのか……お前。

 フレイは、確かに、お前のこと……好きだったよ」

 

 

 そんなサイの言葉に、キラは思わず大きく息をのむ。

 唇から咄嗟に転がり出たのは、否定。

 

「嘘……だ。

 だって、フレイは……お父さんを殺したコーディネイターを憎んで……僕を憎んで……

 それが、どうして?」

 

 両肩で激しく呼吸をしながら、サイはそんな彼に向かって再び顔を上げる。

 

「嘘じゃないさ。

 最初はどうだったか知らない……だけど彼女は、お前と、一緒に過ごしているうちに。

 いつの間にか、お前に心を移してた。

 彼女自身も、それを認めたくなかったみたいだけど……

 俺は、何となく分かってた。分かってて、そのままにしてた。

 正直、驚いてる。お前、気づいてるもんだと、ばっかり……思ってたから

 ……ぐっ……!!」

 

 声を出すたび、腹から肺にかけて、酷い痛みが走る。

 息継ぎさえも精一杯な、サイの言葉が終わるか終わらないかのうちに。

 キラは今度こそ本当に、はっきりと銃を突きつけた。

 真っすぐにキラを見つめるサイの眉間に、実に正確に向けられた冷たい銃口。

 それを見据えたサイの心に、じわりと痛みが拡がっていく。心臓が少しずつ裂けていくかのような、長く苦しい痛みが。

 

 そうか──キラにとってこの事実は、フレイの死よりも認めたくないものだったのかも知れない。

 俺がもうちょっと早く、このことをキラに言っていれば。

 妙な意地を張らずに、フレイは俺からキラに心を移したんだって──

 もっと早く、正直にキラに告げていれば。

 あぁ。俺はどこまで、自分の身勝手さで事態を混乱させてるんだ。

 

「嘘だと言ってくれ……サイ! 

 フレイはずっと、()()()()()好きだったんだ。

 でなきゃ僕は、僕を本当に好きになってくれた人を……!」

 

 ──守れなかったことになる。

 飛び出しそうになっただろうその言葉を、キラは必死で抑えているように見えた。

 今にも崩れ落ちそうになるサイの身体を、背中から支える白い手。

 

 それは、フレイの姿でフレイを名乗り続け、キラと俺をかき乱し続けた女の手──

 俺を愛し、俺が愛する女の手。

 

 反射的に彼女の手を握りしめ、肩越しに彼女の灰色の瞳にうなずきながら。

 サイはもう一度顔を上げた。

 

 キラ──お前は、ちゃんと認識しなきゃいけない。

 恐らく死の間際まで、フレイがお前に伝えたかった想いを。

 そう。俺は最初から、フレイとお前にちゃんと話をしてほしくて、フレイを追いかけた。互いの想いを、伝えてほしくて。

 最初からそのつもりで、俺は「この」フレイを追ってきたんじゃないか。

 フレイが伝えられないのなら、俺がキラに伝えるだけだ──

 今こそやるべきだ。キラは勿論、他の誰にも決して出来ないこと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本当……だよ。

 俺だって、正直、絶対に認めたくなかった。

 俺だって、フレイはずっと……俺のことを好きなんだって……

 お前が、利用されているだけなんだって……そう、思いたかったさ。

 当たり前、だろ……!」

 

 身体が限界に達しているのか。左肩から垂れ下がった義手がひたすらに重く、目の奥を金槌で叩かれているように痛い。両脚どころか、比較的無事だった右腕の感覚すらも消失しかけている。

 それでもサイは、焼け付くような喉の痛みに耐えながら、声を張る。

 フレイ。本当に君が、最期までキラに伝えたかったこと。

 それを、俺は──

 

「でも、本当なんだ。フレイは──

 キラ。お前と一緒にいるうちに、お前を……好きになってたんだよ」

 

 

 

 

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