【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
サイの眼前で、震える銃口。
ひたすら首を振り続けるキラの唇から、否定の言葉が溢れる。
「嘘……だ。
嘘だよ、そんなの……だってあの時、僕は思ったんだ。
僕たちは間違ったんだって……だから、フレイとは……!」
その感情のままに溢れ出る言葉の意味は、サイには分からない。
恐らくキラにしか分からないことなのだろう。それはキラと、あの時のフレイにしか分からないやりとりなのか──
幼子のようなその否定を断ち切るように、サイは腹の底から叫んだ。
「嘘じゃない。
彼女がザフト艦から、ポッドで投げ出された時、お前も聞いたはずだろ!
フリーダムを見てお前を認識した時から、お前を必死で呼ぶフレイの声を!!
その想いまで、お前は、嘘だって言い張る気か。
もしそのつもりなら、俺は絶対にお前を許さないからな。
お前に蜂の巣にされたって、俺はお前を許さないからな!!」
自らの心臓を掴んで引きずりだすかのような、サイの絶叫。
その言葉に弾かれたように、キラの指が引金にかかる。
場にこだましたものは、フレイの──フレイを模した少女の叫び。
「やめろ、キラ!
サイを撃つなら、お前を撃って私も舌を噛む!!」
その言葉と同時に、サイをかばうように前へ出る少女。
しかしサイはそれでも彼女を留め、キラの銃口の前から動かなかった。
キラがひとたびその引金を引けば、俺の命も、「フレイ」も終わる。
恐らくナオトも、アマミキョも──
そう分かっていても、俺はここで退くわけにはいかない。
銃口を睨んだまま、サイは決してその場から動かなかった。
血を吐き出すかのように叫ぶキラ。
「何でそんな……
何で今更、そんなこと!
そんなこと言われたら、僕はもう二度と、自分を許せなくなるじゃないか!!」
髪を振り乱しながらサイを否定し続けるその痛々しい姿には、最強のコーディネイターとしてメサイアを落とした時の貫禄など、最早微塵も残されてはいなかった。
だが、これでいいんだ。
このまま俺が撃たれたとしたって──
ずっと届かなかったフレイの想いが、遂にキラに届いたのなら。
彼女の死を認め、彼女の想いを受け取ることで、キラの時間が動くなら──
ずっとキラを追いつめ、傷つけ続けた俺の罪が、それで少しでも軽くなるなら。
サイがそう心に念じ、銃弾を受け止めるかのように静かに目を閉じた、その瞬間
「駄目だ、キラさんっ!!」
――その場の誰もが予想しなかった方向から、一発の銃声が響き渡った。
キラの足元、その草むらと土を削り、そのまま後方へと消えていく跳弾。
同時に、散りゆく桜を吹き飛ばすかの如く、轟いた叫びは。
「誰を撃とうとしているのか分かってるんですか、あんたは!
あんたは、俺に言ってくれたじゃないですか。何度吹き飛ばされても、花を植えるって──
なのにキラさん、あんたは!!」
サイもフレイもキラも、殆ど同時に振り返った。
桜並木の向こう、キラが現れた場所とほぼ正反対の方向から一歩を踏み出したのは、
キラと同じ黒いパイロットスーツに身を包んだ、紅眼の少年──シン・アスカ。
キラと同様、額から血を流し、その黒髪は激しく乱れていた。それでも草むらを踏みしめながら拳銃を握りしめ、彼は少しずつ歩みを進めてくる。
その叫びは殆ど、泣き声に近かった。
「あの時のあんたの言葉……
正直、とても曖昧なきれいごとに聞こえた。
だけど、それでもあの時俺は、あんたについていってもいいと思ったんだ。そこに、怨讐だけに囚われない俺の道があるのなら!
あの言葉、今、返します。
咲こうとしてる花を、吹き飛ばそうとするなら──
俺は何度だって、あんたを撃ちます! キラ・ヤマト!!」
シンの叫びで、凍りついたように動かなくなってしまうキラの手。
その喉から漏れ出たものは、ひたすらに否定の言葉だけ。
「悪いけど……
シンには、分からないよ」
しかしそんなキラにも怯まず、銃口を逸らすことなくシンは叫ぶ。
怒れる紅の眼から、血と共に零れ落ちる涙。
「えぇ、分かりませんよ!
だけど、分からないからこそやれることだってある!
サイさんは、あんたにとって大事な人だ。絶対に失っちゃいけない人なんだ!!
それだけ分かってれば、十分でしょうが!!」
どこまでも真っ直ぐにキラへ言葉を吐き、銃を向けるシン。
その銃口は確実に、キラの手元を狙っていた。
そして──
シンに続いて、静かに樹の後方から姿を現した者は。
「それ以上動くな、キラ。
動けば急所に当たる可能性がある。なるべく傷が深くならないように撃ってやるから」
「……アスラン」
シンに寄り添い、キラに相対するように銃を向けるアスラン・ザラが、そこにいた。
彼の姿を認めた瞬間、何かを完全に諦めたかのように、キラの顔から感情が抜け落ちていく。
サイに銃を突きつけたまま、ぼうっとアスランの方へと頭を向けるキラ。
そして、ラクス一世はといえば──
また珍客が来たと言いたげに、興味津々で事態の推移を見守っていた。
自分には決して被害の及ばぬ観客席で、演劇でも楽しんでいるかのように。
音程のない歌を歌うように、キラは呟く。
「そう……アスランは、いつもそうだった。
僕を分かろうとしてるようで、自分の言葉を僕におしつけているだけだって。
僕にも、他の人にも、どこまでも不器用で……」
そんなキラの呟きを聞きながら、アスランは冷徹に銃の安全装置を解除する。
「……3年前。
お前がアークエンジェルを見捨てて、プラントに来てさえいれば……
こんな歪んだ状況にはならなかったかも知れない。俺はずっと、そう考えていた。
思えば、お前がラクスをアークエンジェルから解放した時が、最大のチャンスだった」
「……」
キラは黙したまま、答えない。
そしてサイは思い出す。
アスランの指摘した、3年前。キラがラクスを解放した時というのは
──多分俺が、何度もキラに呼びかけた時だ。
心のどこかでキラを疑いながら、「帰ってくるよな」「信じてる」などとキラに呼びかけ、プレッシャーをかけ続けたあの時。
「何度思ったか分からない。あの時、ラクスと一緒に強引にでもお前を連れ帰っていればと。
恐らくお前は、仲間たちの助命を嘆願しただろう。そうすれば、連合の軍人たちは無理でも、最低限、お前の友人たちは助けられたかも知れない。
それで全てはうまくいったのかも知れないと……
今更すぎる話だがな」
「……今更、だよね」
ぽつりと吐き捨てたキラ。
サイはその銃口に身を晒したまま、じっと二人の会話に耳を澄ます。
今思えば、ラクスを返還したあの時が、キラとアスランにとっても俺たちにとっても、最大の分かれ道だったのかも知れない。
あの直後から、フレイによってキラは戦いに縛り付けられ。
俺たちもなし崩しに、正式に軍属となってしまったのだから――お前がやるなら自分もとばかりに、何も考えずに軍に志願して。
その運命を決定してしまったのが──何も知らなかった、俺の言葉だった。
俺の言葉通りにキラはアスランと別れ、アークエンジェルに戻ってしまい。
あとは、激化する戦いで命を削り、アスランの仲間を殺し、トールまでもを失い──
しかし、そんなサイの思惑を知ってか知らずか。アスランの冷静な言葉が響く。
「だがそれは──俺にも言えることだった」
「え?」
意外な言葉を聞いたというように、キラは顔を上げる。
不器用だが淡々としたアスランの言葉が、風の中へ流れた。
「俺があの時ザフトを見限り、キラについていっていれば。
あの時ラクスと一緒に、アークエンジェルに行っていれば……
あるいは、何かが変わったのかも知れない」
本当に今更すぎる。
そう言いたげに、キラは目を閉じながら首を振った。
「でも、そんなことあの時のアスランには、無理だったでしょ。
僕がサイたちを裏切れなかったように、アスランも、ザフトを捨てられるわけがなかった」
「だが結局は、俺もラクスもザフトを裏切り、アークエンジェルと行動を共にすることになった。
もっと早い段階でそうしていればと──今は思う。
お前も俺も、ここまで歪むことはなかったと!」
悔やむように唇を噛みしめながら、アスランは実に正確にキラへ銃口を向ける。
そんな彼を、横目で若干蔑むように睨むシン。
ここまできてそれしか言えないのか、アンタは──紅の眼は如実にそんな文句を呟いていたが。
それでもキラは、サイに向けた銃口を動かさないまま、呟いた。
「……ずるいよね。アスランも、サイも。
今更そんなこと言われたって……」
だがアスランははっきり首を横に振り、エメラルドの眼光でキラを見据えた。
「違う。今気づけたからこそ、変われることだってある。
キラ。俺はここに至るまで、お前を殆ど分かっていなかった。
幼い頃から一緒にいて、お前を分かってやれるのは、お前を助けられるのは俺しかいないと
──ずっとそう思っていた。
だがそれは、とんでもない思い上がりだった。
お前がどれほどの痛みを抱えていたかも、どれだけ苦しんでいたかも知らずに、俺はただ
──お前の行動を責めるだけの人間だった。
だが、それが分かっただけでもいい。それだけで、人は変われる。
俺は、そう思う」
決然と言葉を口にしながら、アスランは改めて銃を構え直した。それは明らかに──
キラだけでなく、その背後のラクス一世をも狙っている。
「だから──キラ。そして、ラクス一世よ。
今すぐに、この神経兵器から手を引け。
知っての通り、ウーチバラには続々とザフトとオーブ、連合艦隊が集結している。どれほど祝福の歌を放たれても、負けなかった者たちが。
これ以上の抵抗は、無為に死者と負傷者を増やすだけだ」
そしてアスランの瞳はやがて、まっすぐにラクス一世の白い顔を見つめた。
不器用ではあるがどこまでも真摯な言葉が、彼女に向けられる。
「どれほど人倫から外れたといえど、ラクス一世。貴方はラクスの母親だ。
自分はキラも、貴方も、殺したくはない。
どうかラクスを解放し、降伏して下さい」
そんなアスランの言葉を、ただ茫然と聞いているキラ。
しかしラクス一世はそんな中、ふと立ち上がる。祈り続けるラクスをそのままにして、彼女はキラを守るように、その傍らにそっと寄り添った。
花びらが舞う中、彼女の柔らかな髪もふわりと風に流れていく。だがサイもフレイも、彼女のこの行動に反射的に身構えた。
アスランもシンも改めて銃を構える。風景に見合っていない緊張感が、場を満たした。
やがて、微笑みと共にラクス一世の唇から零れた言葉は。
「ふふ、可愛らしいこと。
いつ聞いても、うら若い方々の熱のこもった言葉は良いものですわね……
でも、残念。そろそろ、遊びの時間はおしまいですわ」