【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part29 貴方を見つけて、私は幸せになりました

 

 

 身体に巻きついた電極ケーブルを無理矢理自ら引きちぎりながら、ラクスは母親のそばから離れ、キラの元へと歩み寄る。

 サイに向けた銃口を下ろせないまま、キラはただ茫然と、ラクスを見つめていた。

 

「ラクス……僕は……!」

 

 子供のように首を横に振りながら、現実を拒絶しかかるキラ。

 守るべき人を失い、その傷も癒えぬまま、もう一人の守るべき存在を傷つけられた。

 自らも壊れ、大規模神経兵器に加担し──かつての仲間も友も、全てを敵に回した。

 サイを、ナオトを、大勢の人々を傷つけた。

 そうして振り上げた手は、今更下ろせない。たとえ、守るべき存在が再び現れたからといって──

 そんなキラの心情は、今やサイにもはっきりと読める。

 

 だが、キラ。俺も限界だが、お前も限界だ。

 どうかこれ以上、自分を傷つけるのはやめてくれ。

 

 そんなサイの祈りに答えるかのように。

 ラクスはそっと、キラへ囁く。嗄れてはいたが、それでも確かに彼女の、はっきりした声で。

 

「キラ──

 どうか、銃を下ろしてください。

 私なら、もう、大丈夫です」

 

 そうするのが当たり前というように、サイとキラの間に割り込むラクス。

 必然的に、キラの銃口はラクスへと向けられることになった。

 今のキラが決して撃てない、決して撃ってはならない存在へと。

 殆ど壊れたようなキラの震え声が、その喉から漏れる。

 

「どいて……お願いだ、ラクス。

 僕は、君を守らなきゃ……!」

 

 それでもラクスは、変わらない微笑みをそっとキラに向けた。

 そして全く怯えることなく、キラの手をその両手で包み込む。

 銃を構えたままのキラの、震え続ける手。その手が、親殺しの血に汚れたラクスの指で、包まれていく。

 そんなラクスの手もまた、少しだけ震えていた。

 それは、たった今母親を殺し、その最期を看取った彼女の感情の──

 唯一の発露だったのか。

 

「キラ。貴方を見つけて、私は幸せになりました。

 貴方がいなければ。貴方が私を助けて下さらなければ、私はここにいません。

 だから──どうか、信じて下さい。私を。人を……

 そして、貴方自身を」

 

 

 そんなラクスの言葉が、キラへの最後のとどめとなったように。

 

 

 キラの両膝が、崩れ落ちる。

 力を失ったその手から、銃が滑り落ちた。

 喉から漏れだしたものは、絶叫に近い声。

 

 

「分かってた。どこかで、分かってたんだ……

 こんなことを続けちゃ、駄目だって! 

 でも、止められなかった。世界が、ラクスまでもを傷つけるならって──

 君までもを僕から奪うならって、そう考えたら、どうしても自分を許せなかった!!」

 

 遂に崩れ落ちたキラ。

 彼はそのままサイに向かって、酷く不器用ながらも頭を地に伏せる。

 

「サイ。ごめん……本当にごめん!! 

 僕は、フレイも、君の腕も……

 ナオト君まで、君から奪った。それだけじゃない──

 僕のせいでどれだけの犠牲が出たか。分からないほど、みんなからたくさんのものを奪った。

 犠牲が出るたびに……これを無駄にしない為に……前に進まなきゃって……

 ずっとそう思って、気が付いたらここまで……っ!!」

 

 もうその後は、殆ど言葉になっていない。

 ずっと抑えに抑え続けていた、キラの感情。それが一気にぶちまけられたかのように、彼は天も裂けよとばかりに大声で号泣していた。

 

 サイの眼前で遂に瓦解してしまった、キラの心。

 その絶叫は、サイの感情と心臓までもを激しく揺り動かす。

 

 

 遂に、動いた。

 フレイ。動き始めたんだ、キラの時間も。

 君がいなくなってから、ずっと止まっていたキラの時間が!! 

 

 

 自分でも気づかないうちにサイはキラに手を伸ばし、地を這いずるようになりながらも、その肩を抱き止めようとしていた。

 最早指の感覚さえなくなりかけている右手では、どうにかキラに触れるのが精一杯だったが、それでもサイは声を絞り出す。

 

「もういい。もういいんだ。何で謝る、キラ!! 

 謝るのは俺の方だ。俺こそ、何も知らずにお前を散々傷つけて、追いつめて……!!」

 

 キラと同じように、サイの言葉も、そこから先は最早言葉の形を成していなかった。

 静かに桜が舞い散る中、キラはいつしかラクスに抱きとめられながら。

 サイはフレイに支えられながら、二人で泣き叫んでいた。魂の底から。

 

 それは、あまりにも痛ましい戦争によってあらゆるものを失い、生きながらに時間を止められてしまった、かつての少年たちの──

 真の和解だったのかも知れない。

 キラとサイの、お世辞にも美しいとは言えない号泣を聞きながら、シンもアスランもただじっと、二人のそばに立ち尽くしていた。

 やがて、誰にともなくシンが呟く。

 

「駄目だと分かってても、犠牲を無駄にしたくなくて。

 ここまで走ってきた自分を否定したくなくて……それ以上に突き進んでしまう。

 やっぱりキラさんも、そういうところ、あったんだな」

 

 状況の変化にいまいち追いつけていないながらも、肩の荷が下りたかのようにほっと溜息をつくシン。

 しかしアスランは、ふと我に返ったように顔を上げた。

 

「待て……まだ、終わっていない。

 ラクスの母親が死亡したということは、つまりセレブレイトウェイヴの第四射が撃たれるということじゃないのか? 

 ラクス!」

 

 その場の殆どの人間が感情の奔流に呑まれかかっている中、思わずアスランはラクスに向かって呼びかけていた。感情に身を任せるより、現状の把握が優先と促すように。

 だがラクスはそっとアスランを振り返り、先ほどよりも一層はっきりとした声で告げた。

 

「ご迷惑をおかけしてすみません、アスラン。

 でも、先ほど私は申し上げました。もう、祝福の歌が鳴り響くことはないと──」

「……?」

 

 彼女の言葉の意味を即座には掴めず、少しだけ首を傾げるアスラン。

 そんな彼に、ラクスはふっと微笑む。

 

「私は母の指示により、このユテルスでずっと、セレブレイトウェイヴの核となるハーモニクスシステムへと繋げられていました。

 サイさんがアマミキョのハーモニクスシステムと成り代わったように、私自身も大規模神経兵器の動力源となっていたのです。

 他の、多くの人々の命と共に──」

 

 ラクスはそう語りながら、ふと、桜の舞う空の遥か向こう側を見上げた。

 その刹那──

 不意に、場を満たしていた柔らかな光が消える。無数に舞い散っていた桜の花びらも、優雅に枝を伸ばしていた木々も、光の粒子となって一瞬で消え去っていく。

 夢のように美しい光景が消失した直後、その場に現れたものは。

 

「──これは!?」

 

 サイとキラは勿論、アスランもシンもほぼ同時に息を飲んだ。

 特に驚愕の表情を示していなかったのは、ラクスとフレイ。そして、静かに横たわる彼女らの母親のみ。

 彼らの周囲に出現したのは、円状の広い空間。天井はどこにあるのか全く分からないほどの高さで、壁は黒くはなく、透明な強化ガラスで覆われている。

 

 しかしそのガラスの向こうは全て、紅の液体で満たされており。

 その中には──どれほどの数か分からないほどの、無数の人間たち。その裸体が詰め込まれていた。

 

「やっぱり……

 これは……みんな、ヒト

 ……人間?」

 

 よく見るとそれぞれの身体は、紅い液体の入ったガラス状の箱に覆われたままで壁に埋め込まれており、それが全て縦になって整然と壁に並べられている。どの人間たちも無数のチューブに繋がれたまま、両手を組み合わせていた。

 彼らの性別は、きれいに男女半々ずつに分かれているように見える。年齢は子供から老人まで様々で、また髪や肌の色も雑多だった。中には明らかに似ている容姿の者もいたが──

 

 まるで、ガラスの棺桶に入った無数の死体に見つめられているような嫌悪感。

 アスランもシンもほぼ同時に口を塞いでいたが、その感覚はサイも痛いほど分かった。

 人々の埋められた壁を、ラクスは哀しげに見上げる。

 

「彼らもまた、祝福の歌の実験台となり、自らの意思を全て奪われ、システムの一部となり果ててしまった人々です。

 カーボンヒューマンの素体として、空っぽのまま育てられた者が殆どですが……

 ウーチバラで平和に暮らしていながら、不運にも災禍に巻き込まれた人々も、確かにいます」

「な……ウーチバラの住民も、ここに!?」

「数はごく少数ですが……

 催眠ガスによって眠らされ、実験に強制的に参加させられた彼らは、ウェイヴの影響で完全に意思を奪われ、生きる屍と化した。

 その結果こうして、システムの核へと──」

「やめろ! 

 もうやめてくれよ、ラクスさん!!」

 

 シンの、悲痛な絶叫がガラスの壁に反響する。

 それでもラクスはじっと紅の壁を見上げたまま、表情を崩さなかった。

 

「分かっています。

 ここまでの事態になったのは、今の今まで母を止められなかった、私の責任でもある。

 母の意思に、私は逆らえなかった。逆らいたくとも、身体が動かなかった。

 その呪縛を断ち切ってくれたのが、彼女です」

「彼女……? 

 それって、まさか」

 

 何かに気づいたように、シンはラクスを見つめる。

 それと同時に辺りに響きだしたものは、けたたましい警報。そして、塔全体を揺さぶるほどの地鳴り。

 何が起こっているのか。戸惑う一同を後目に、ラクスはガラスの壁の一点を凝視したまま叫んだ。

 

「だから、今ここで、全てを終わらせます。

 どのような大罪を犯すことになろうとも!!」

 

 まるでその声に応えるように、ラクスの見上げていた壁に、衝撃と共に大きな亀裂が入る。

 次の瞬間、溢れ出た大量の水と共に、轟音をたてて崩壊する壁。

 何が起こったのか即座には把握出来ず、戸惑うサイ。そんな彼の足元にも、早くも紅い水が溢れてくる。流れ出した人間の裸体と共に。

 ガラスの壁は飛沫を散らしながらさらに崩壊を続け、その破片は花弁のように宙を舞う。

 キラキラ輝く破片の向こうから姿を現したものは、見覚えのある紅の巨体。

 そして、サイにとっても懐かしい少女の声。

 

《みんな、逃げて! 

 今からここ、全部ぶっ壊すから!!》

 

「チグサ……

 いや、マユか!?」

 

 思わず叫ぶシン。その声には、嬉しさと同時に奇妙な寂しさが入り混じっている。

 壁の向こうから現れた巨人──ストライクフリーダム・ルージュは、酷く強引にガラスの壁を、そこに眠る人間ごと叩き壊しながら、こちらへ向かってきつつあった。

 忌まわしき場所を消し飛ばすかのように、何度も何度も壁を殴るルージュ。

 よく見ると、ルージュは左腕部に何かを抱えたまま、右腕だけで壁を破壊していた。その抱えられたものは──

 サイとフレイが塔の進入口へ置いてきたはずの、ティーダZ。その残骸。

 泥にも似た感触の紅の水に膝まで浸かりかけながら、思わずサイも叫ぶ。

 

「ティーダ……? 

 ナオトも、そこにいるのか!?」

 

 そんなサイの問いに、元気よく答える少女の声。

 

《うん! ナオトはね、今、私の膝にいる。

 随分疲れちゃって寝てるけど、でも、ちゃんと生きてるよ!》

 

 間違いない。それはナオトがずっと探していたはずの、少女の声だった。

 自分の言葉を証明しようとするように、ルージュのコクピットハッチが内側から勢いよく開かれる。

 そこにいたのは、紅のパイロットスーツに身を包んだ、マユ・アスカ。

 そして──彼女の膝で静かに眠る、ナオト・シライシ。

 二人の姿を確認した瞬間、サイの視界がまたもや、熱く滲んだ。

 

 ──良かった。

 どういう過程でかは殆ど不明瞭だが、それでも──

 ナオト。マユはこうして、やっと、お前の元に戻ってきた。

 随分回り道になってしまったけど。

 お前は記憶も、感情も、魂までもを失ったけど。

 それでも──マユは、帰ってきた。帰ってきたんだ! 

 

 ハッチを開いたまま、マユは全員に叫ぶ。

 血のような水に呑み込まれんとしている一行へ。

 

「サイ、フレイ、みんな! 早くしないと、ここは崩れちゃう。

 自分の機体のとこまで、走って逃げて!!」

 

 右腕で強引にガラスをぶち抜きながら、一行へ向かってカメラアイを光らせ避難を促すルージュ。

 先程まで桜吹雪の舞っていた草原は今や、人の裸体が無数に浮かぶ血の池と化していた。

 ルージュとそのパイロットたるマユを見上げながら、ラクスはなおも呟く。

 

「チグサ・マナベは、その魂を賭して私の呪縛を断ち切った。

 そんな彼女の行動を呼び起こしたのは、ナオト・シライシが全てを擲った、決死の呼びかけ」

 

 その呟きに、思わずシンが反応した。

 

「そんな……

 それじゃ、チグサは……?」

「恐らく、その意識は既に消失してしまっています。肉体は生存していても」

「……!!」

 

 マユの姿を使って、シンを誘ったチグサ。

 それでもシンにとって、彼女は決して放っておけない存在だった。キラと同様に。

 それが――

 

「また俺が、何も知らないところで……

 クソッ!!」

 

 思い切り床を蹴り上げるシン。

 それでもラクスは、決然と言い放つ。

 

「幼き魂の犠牲が、セレブレイトウェイヴを止めたのならば──

 私はどんなことがあっても、その責を負わねばなりません」

 

 ラクスは再びキッとルージュを見上げ、マユへと呼びかけた。

 

「聞こえますか、マユ・アスカ。

 私は、ラクス・クライン。全ての人々の代表として──これより、貴方に命じます。

 私たちが脱出したのち、直ちにこの、セレブレイト・ウェイヴなる大規模神経兵器の破壊を実行してください。

 構うことはありません。ルージュの全力をもって、この忌まわしき兵器の完全消去を!!」

 

 

 

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