【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part31 少年の結末

 

 

 

 再び目を開いた時──

 サイの視界に最初に入ってきたものは、フレイの、少し寂しげな笑顔だった。

 頭を回してみると、身体の感覚が少しずつ元に戻っているのが分かる。

 腕も脚もろくに動かせないものの、眼と耳は大分はっきりしていた。

 

 どうやら俺はモビルスーツコクピットで、またフレイの膝枕を楽しんでいたらしい。ということは……

 俺はキラに運ばれて無事セイレーンに戻り、またハーモニクスシステムに繋げられたのか。

 

 そんな彼に、フレイは静かに答える。

 

「サイ。私たちは、何とかウーチバラからの脱出に成功した。

 他の艦艇も、港口から全て離脱を果たしている……操縦不能なまでに大破したもの以外はな」

 

 その彼女の言葉に、サイは反射的に身を起こそうとする。

 しかし、僅かに首を振るぐらいが関の山だった。

 

「待ってくれ。それじゃ、アマミキョは……

 みんなは!?」

 

 思わず声を荒げるサイ。アマミキョはウーチバラ到着時に大破して、既に動かなくなってしまったはずだ。

 しかしフレイは答えないまま、コンソールに手を滑らせる。国際救難チャンネルが開かれ、回線から酷いノイズが漏れ出した。

 その雑音をものともせず、飛び出してきた声は。

 

《サイ君! 

 サイ君、返事しろ! 無事か!!?》

《サイさん! 副隊長!! 

 こちらアマミキョ、応答してください!》

 

 トニー・サウザンと、ヒスイ・サダナミの声が、サイの鼓膜をつんざいた。

 離れ離れになったのはほんの数刻前のはずなのに、懐かしくさえ感じる声。思わずサイは息を飲みながら、改めてメインモニターを見上げる。

 モニターに映し出されていたものは、漆黒の宇宙。その中心で、蛍をいっぱいに詰めたガラス瓶のように輝いているのは、コロニー・ウーチバラ。

 

 フレイの言葉どおり、俺たちはあの死の塔から脱出出来たのか。

 そして俺はキラに助けられながら、フレイと共にセイレーンに乗せられたというわけか。

 

 ウーチバラの宙域から、ミネルバJr、アークエンジェル、その他多くのオーブ艦が次々と離脱していくのが確認出来た。ストライクフリーダムも、インフィニットジャスティスも、デスティニーも──

 全機ボロボロになってはいるが、それでもまだ脱出できるだけの余力はあったらしい。

 そして、マユ・アスカとナオト・シライシが乗ったストライクフリーダム・ルージュの姿も肉眼で見える。

 ルージュは未だに、ティーダZの残骸を脇に、大事そうに抱えながら──

 次の指令を待っているかのように、静かにたたずんでいた。

 

 さらに慎重に頭を回すと──

 アークエンジェルのすぐ近くに、アマミキョ後方ブロックが接舷しているのが見えた。サイ自身が強引に切り離したはずの、後方ブロックが。

 トニーとヒスイからの通信は、そこから発されていた。

 サイは彼らに答えるべく、思いきり腹から声を出そうとする。しかし、どうしても呟くような掠れ声にしかならない。

 

「隊長……

 俺なら、大丈夫です。フレイが、みんなが、助けてくれました。

 それより隊長。そちらは……?」

 

 サイの声が届いたとほぼ同時に、どうやら向こう側ではわっと喝采が起こったらしい。

 思わず男泣きを漏らすトニー。ひたすらに泣きじゃくるヒスイ。

 心の底からほっとしたというため息を漏らすスズミ。エリカの、ちょっとした愚痴も聞こえる。

 

《なんという……なんという奇跡だ、サイ君! 

 君と共に行動してきて、これほど喜ばしいことはない!!》

《ふ、副隊長……っ! 

 ネネさん、オサキさん、見てますか。副隊長、生きてますよ!!》

《貴方という人は、本当に無茶ばかりして……! 

 帰ったら、ベッドに縛りつけてじっくり診察するから。覚悟してなさい》

《こっちはこっちで大変だったのよ、サイ君。ヒスイさんなんか、副隊長が戻らないなら私が特攻します!! なんて言い出すくらいだし》

 

 それだけではない。アークエンジェルからはミリアリアの声が、ミネルバJrからはヴィーノの涙まじりの罵倒が聞こえてきた。

 

《サイ……サイなのね!? 

 本当に、本当に生きて戻ってきたのね!!》

《バッキャロー!! ティーダあんなにボコボコにしやがって、マジにちょっとだけ心配しちまったじゃねぇかよ!!》

 

 静かだったセイレーンコクピットが、一気に外部の雑音で騒然となった。だが、決して鬱陶しくはない騒々しさだ。

 アマミキョに繋がっていない今では、他人の心など読み取れなくなっている。しかしサイには彼らの感情が、手に取るように分かってしまった。

 

 自分の帰還を、涙が出るほど喜んでくれる仲間がいる──

 今はただ、それが、とてつもなく嬉しかった。

 

 やがて、やけに改まったトニーの咳払いがひとつ聞こえた。

 

《つい先ほど、我々アマミキョクルーはウーチバラでの救出活動を終了し、全員後方ブロックへの避難を完了した。

 負傷者も含め、クルーは皆、こちらに移動している。心配はない》

 

 それに呼応するように、ミリアリアの声も響く。

 

《ウーチバラ周辺の南チュウザン軍残存部隊は、全て活動停止を確認。

 多分──ウーチバラ内部の指令システムダウンと同時に、彼らも止まったんだと思う》

 

 彼女の言葉を証明するかのように、セイレーンのモニターを横切っていく、黒ダガーLの残骸。

 それを眺めながら、サイは息切れを抑えつつトニーに尋ねた。

 

「隊長……ウーチバラの住民は。

 俺たちが救出すべき、人たちは……」

 

 サイの問いに対して答えが来るまで、ほんの少しの間が空いた。

 先程のラクスの言葉と、ユテルスでの光景を思い出す限り、あまり良い結果ではないのだろう。そう覚悟しながら、サイは身構える。

 やがて返ってきたのは、トニーの静かな言葉。

 

《サイ君……

 我々はあの後、懸命にコロニー内の捜索を続行した。

 結果、発見出来た生存者は8147名。全員、住民IDも確認済みだ。

 殆どが、実験台に使われる寸前で地下へ逃げ込んだか、運よく実験を免れたかで命を長らえていた人々だ》

「8000名超……ですか」

 

 ウーチバラ襲撃直後、コロニーからは大量の住民が他コロニーや地球へ流出したという。その結果、残留した住民は当初の半分以下、1万にも満たないという話はサイも聞いていた。

 そんな中で、8000名以上もの住民を救出出来た──

 アマミキョクルーの能力の高さに改めてサイは感心しながら、トニーの言葉に耳を澄ます。

 アークエンジェルの周辺をよく見ると、コロニー港口から飛び出してきた救助艇が今もアマミキョやアークエンジェルへと収容されている最中だった。

 

《彼らは全て保護され、現在アマミキョやアークエンジェル、オーブ艦に収容している。

 また、例の塔に残っていた南チュウザン兵を、捕虜として数十名収容した。

 可哀想に……唯一の拠り所を失って、子供みたいに右往左往するしかない人間たちだったよ。

 ──とはいえ、機能の半分以上を失った今のアマミキョでは、収容人数にも限りがあってな。

 ミネルバJrにも応援を頼んで、何とかやってる》

 

 サイは思わずほっと息をついたが、すぐに思い直す。

 救助出来なかった、残りの人々は──

 その疑問に答えるように、トニーの声は沈痛さを伴って響いた。

 

《だが残念ながら、我々は全てを救えたわけではない。

 ユテルスでの件は、我々もラクス嬢から聞いた。既に実験台となり、いわゆる人柱として利用された人々は

 ──どうやっても、我々には救う手立てがなかった》

 

 それ以上、トニーは説明しようとしなかった。

 セレブレイトウェイヴの実験台として利用され、自我を喪失した人々。

 もしくは、カーボンヒューマンの素体として生まれ、最初から自我などなく、住民としてすら数えられていない人々。

 物理的に救助は出来ても、恐らく人としての生を享受することは最早不可能な人々。それは一体、どれほどの数に及ぶのだろう。

 そこまで救出する余裕は、アマミキョにもどこにもない。トニーは何も言わなかったが、その程度の事情はサイも十分想像出来た。

 

 ──それでも俺たちはみんな、自分たちに出来ることを、全てやり尽くした。

 

「……ありがとうございました。

 皆に、伝えてください。本当に、よくやってくれたって」

 

 大きく息をつき、再びサイは目を閉じる。

 

 まだ色々終わっていないのは分かっている。まずは、フレイの身体をスズミに診察してもらわねばならない──

 今、俺とフレイが真っ先にやるべきことはそれだ。

 フレイが胎動を感じなくなったのであれば、なおのこと。

 

 息を整えながら、サイがその件をトニーとスズミに告げようとした、その時。

 

 

《きら……

 きら。きら、きらぁ》

 

 

 その場に全く相応しくない、無邪気な声が、宙に響いた。

 サイは勿論、フレイも首を傾げ、その声に耳を澄ませる。

 場違いな声は明らかに、ストライクフリーダム・ルージュから響いていた。

 

《きらきらぁ!》

 

 字面にすれば幼子にしか思えない声。しかしその声は明らかに、変声期を経た少年のものだった。

 

「まさか、この声……

 ナオト、か?」

 

 信じられない。信じたくなかった。

 これが──ナオト・シライシの、変わり果てた声だなどと。

 いや、声が変わったわけではない。声が変わっていないからこそ、その言葉があまりにも衝撃だった。

 

《ナオト君……? 意識、戻ったのか? 

 だけど、どうして?》

 

 ずっと沈黙を保ったままだったストライクフリーダムから、キラの戸惑いの声が漏れる。

 自分の名がナオトに呼ばれたと一瞬だけ勘違いしていたようだが、すぐに違うと判断したようだ。

 それにも構わず、ナオトの、とても楽しげな声はルージュから響いてくる。必死で彼を押さえつけようとする、マユの声と共に。

 

《きらぁ、きらぁあ》

《ちょ、ナオト……勝手にそこ触っちゃ駄目ぇ! 危ないから!!》

《あはは。きら、きらぁ》

《うん、そうだね。すごく、キラキラだね……

 コロニー、っていうんだよ。あそこ》

 

「そんな

 ……まさか……そんな!」

 

 どうしようもない言葉しか、サイの口からは出てこない。

 自我も、記憶も、意思も、全てが吹き飛んだナオトの魂。

 赤ん坊に近い幼子まで退行してしまった、ナオトの精神。

 

 嫌だ──信じたくない。

 あそこまで自我が強く、自己主張が激しく、強固な意思の塊のような子供だったナオトが。

 記憶を失うのをあれだけ恐れ、俺に縋りついてきたナオトが──

 今では目の前のコロニーすらろくに認識出来ず、ただ、「きらきら」に輝くものとしか受け取れていないなんて。

 

 サイは思わず、激しく首を振る。

 しかしフレイがそんな彼を諫めるように、ぽつりと呟いた。

 

「そうか。

 ようやくあの子も、解放されたのか。修羅の人生から」

「解放? 

 ……これが、ナオトにとっての、解放なのか?」

「そう思わなければ、お前もやっていられないだろう。

 これだけの戦争と差別の地獄で、耐えられなかったんだ──あの子の心は」

 

 ティーダに乗った時から、必死で守ろうとした。

 キラのようにはさせまいとして、どれだけ拒絶されても追いすがった。

 何度忘れたって、そばにいると誓った。そんな存在が──

 今、完全に、俺の手の中から失われた。

 覚悟はしていたはずだ。ナオトの意識の消失を感じたあの瞬間から。

 それでも──この現実を前にして、自分の情けなさを痛感せずにいられない。

 

《でも……

 ごめんね。ナオト》

 

 そんなナオトをあやすような、マユの声。

 それは何故か、サイをも慰めているように思えた。

 マユがこの状況を正確に把握しているかどうかは分からない。しかし以前のマユでは考えられないような、包み込むような優しさが、その声には確かにあった。

 

《もうすぐ壊れちゃうんだ、あそこ。

 私が、壊さないといけないの》

 

 そんなマユの言葉と共に、火がついたように泣き出すナオトの声。

 

《うぅ……わぁぁああん!! 

 いやぁ、きら、きらぁ!!》

《そうだよね。きれいなものを壊すの、嫌だよね。

 でも、駄目なの。これ、私がやるべきことだから》

 

 交錯するナオトの泣き声と、マユの穏やかな声。

 それを聞きながら、サイは息を整え、改めて眼前で輝くウーチバラを見つめる。

 コロニーの外壁は一部崩壊し、そこからはまだデブリが放散されている。光の粉のように舞い散るデブリの中には、確かに人の四肢らしきものが確認出来た。

 そのすぐ手前には、コロニーに衝突し半壊している機動要塞・オギヤカも見える。

 

 あそこには──

 もう、俺たちが決して助けられない人たちが、いる。

 これだけ手を尽くしても、救えなかった人たちが。

 

 諦めたようにサイが目を瞑ったその時、ストライクフリーダムから、ラクスの声が凛と響いた。

 

《皆さま。

 先ほど、コロニー・ウーチバラで発見された生存者の方々、全員の収容を確認いたしました。

 セレブレイトウェイヴの破砕、及び住民救出に参加された、勇気ある全ての人々。その避難も完了しています──

 これより、ラクス・クラインの名において、忌まわしき神経兵器の完全破砕を命じます。

 この行為により失われる人命。及び、失われる資産に対する責任は全て、ラクス・クラインにあります。

 これは単に、人類の未来、世界平和の為だけではない。

 私たちの誇りと、前に進むという尊い意思。その全てを賭けた一撃です。

 遠慮はいりません、ストライクフリーダム・ルージュ。

 撃ってください。貴方のドラグーンXを、あのコロニーへ!》

 

 その言葉と同時に、ルージュの背部から全周囲攻防システム・ドラグーンが6基、次々に発射された。

 ルージュを中心として、直径1キロほどの円を描くように浮遊したドラグーン。それらが紅蓮の光を纏うと同時に

 ――ルージュ自体もティーダを抱いたまま、炎のように輝き始める。

 円の中心へと収束していく光。

 それは、かつてチグサがキラとラクスを追いつめ、幾度も街を焼き払った、地獄の炎──

 ドラグーンX。

 

《いやぁ!! 

 きら、きらぁあぁああああ!!》

 

 恐らく状況など殆ど理解出来ていないのだろう。それでも何かを察したのか、激しく駄々をこねるようなナオトの絶叫が響く。

 それにも構わず、ルージュに収束した炎はやがて爆光となり──

 やがて、幅約3キロ以上にも及ぶ膨大な炎の帯となって、コロニー・ウーチバラを直撃した。

 

 

 中心部の塔を狙ったかのように外壁を貫いたその爆炎は、付近を浮遊していたオギヤカをも巻き込み、一瞬で情け容赦なく粉砕していた。

 キラ・ヤマトを捕らえる為に造られた決戦兵器は今、皮肉にも、人類を穏やかな世界に導く為の兵器を焼き尽くし、破壊し、消滅させていく。

 サイが祈るように目を瞑っている間にも、宇宙の片隅は激しい光と熱に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

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