【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ラグランジュポイント3に新たに造られたコロニー──ニュー・ウーチバラ。
所謂ウーチバラ戦役当時は建造中だったこの医療用コロニーも、今は世界各地の戦争被害者を受け入れながら、順調に稼働している。
街はどちらかと言えば簡素な作りで、白い病棟が幾つも立ち並ぶ医療区域を中心に構成されていた。ショッピングモールなどの派手な建築物はほぼないと言って良い。
しかし医療区域よりやや離れると、大規模な自然公園として造成された土地もある。
その一角──
鬱蒼と茂る森の果てには、なだらかな丘があり。
太陽光がよく当たる斜面には、ヒマワリが幾輪も華々しく咲き誇り、ちょっとした黄金の畑を形成している。
丘の頂付近にある小さなベンチに腰かけているのは、一人の若い女性。
身体の線が見えにくい青いワンピースに身を包み、肩までのセミロングに切り揃えた黒髪は、先端から半分ほどが紅に染まっている。否、紅に染められていた髪がやっと元の黒に戻ってきた、という形容の方が正しいか。
その両手は、花模様をあしらった白いハンカチにくるまれた何かを、大事そうに包み込んでいた。
穏やかな風が吹くその空間へ、突如響いた声は。
「お姉さま! お姉さまー!!」
「さいー! こっち、こっちー!」
「ナオト、あんまりはしゃがないで! そんなに引っ張ったらサイの左腕、また曲がっちゃうよ!?」
元気に騒ぐ子供三人の声。ただし、そのうち一人は明らかに変声期を過ぎた少年の声だ。
黒髪の女性はそんな彼女たちの声に、弾かれたように顔を上げた。
森を抜けて、彼女の眼前に現れたのは──
「お姉さま、お久しぶりです!」
ウインクしながら軽く会釈しつつ朗らかに笑う、金髪の少女──レイラ・クルー。
「またお薬打ちに来たよ!」
無邪気に片手を振る、黒髪の少女──マユ・アスカ。
そして──
「フレイ、久しぶり。
アマミキョでまたちょっと、色々あって……遅れた。ごめん」
紅のワイシャツに黒のネクタイという出で立ちで現れた、眼鏡の青年──
サイ・アーガイル。
但し、その右手は手の甲まで包帯が巻かれ、右頬も大きなガーゼで覆われていた。
それでも彼は笑顔のまま右手を上げ、女性に向かって微笑む。
途端──
彼女は包みを大事そうに持ったまま立ち上がり、草を蹴り上げて一息に彼のところまで走り出した。
「この……バカ……バカ者がぁ!
あの一件を聞いて、こちらがどれだけ心配したと思っている!?
今の私は、お前に何も出来ないんだぞ!!」
しっかり包みを抱えたまま、サイへ走り寄る女性。彼女はその胸へと、何度も額を打ち付ける。包みを持っていなければ両拳でその胸を叩いていただろう。
そんな彼女を一切拒むことなく──
サイは彼女の頭をゆっくり右手で撫ぜながら、眼鏡の奥で決まり悪げに笑っていた。
今ではほぼ無色同然まで色が薄くなったレンズの奥から、どこまでも澄んだ青の瞳が、じっと彼女を見つめている。
「でも、もう大丈夫。
俺のことよりもさ。今日は、ちゃんと連れてきたんだ──
ナオト。ほら」
サイはそう言いながら、ふと背後に目を遣る。
その背中では、先ほどからずっと一人の少年がしがみついていた。
「さい……さい?
……いや、いやぁ」
不安そうにサイの背中ごしに相手を見上げては、すぐに顔を引っ込めてしまう。
身体は成長した少年のはずなのに、その行動はまるで人見知りの幼児そのものだった。
サイのシャツをぎゅっと握りしめたその手は、恐怖でぶるぶる震えている。
それは紛れもなく、ウーチバラ戦でセレブレイトウェイヴから皆を護り切った立役者、ティーダZパイロット――ナオト・シライシ。
どれほど魂が枯れ果てようと、相手との意思疎通を図ろうと叫び続けた彼の
――現在の姿だった。
そんな彼を少し悲しげに見やりながら、サイはその頭もぽんぽんと優しく叩く。
「ナオト。言っただろ、そんなに人を怖がっちゃいけないって。
俺は彼女と話をしたいんだ。お前もその為に、ここに来たんだろ?」
しかしサイの言葉にも、勢いよく頭を横に振るナオト。
「いや……いや!」
──その状況を見かねたのか。
不意にマユがナオトの腕を掴み、強引にサイから引き離した。
それまでの彼女からは考えられない、強い口調で。
「お前、ホントいい加減にしろよ!
サイが困ってんだから、さっさと離れろってば。いつまでもきかん坊なんだから、もー!」
その声に一瞬びくりと飛び上がり、見るからにしょげ返ってしまうナオト。そのまま彼は道端に座り込んでしまった。
「まゆ……ま、まゆぅ。
やだ。それ、いやだぁ!」
「ヤダじゃないだろ!
さっきまであんなに乗り気だった癖に。次同じようなわがまま言ったら、ホントに叩くからね!」
「う、うぅ……」
大きな両目に涙まで溜めながら、サイとマユを交互に見上げるナオト。
レイラはと言えば、この光景に少し驚きながらマユを凝視していた。
「あ、あの、マユさん?
どうしましたの、その言葉……」
ナオトの腕を引っ張りながら、マユは悪戯っぽく振り返る。
「えへへ。チグサの真似~」
「えっ? チグサ……さんの?」
「そっか、レイラは初めて見るんだっけ。
気がつくと出ちゃうんだよ。チグサの口癖。
この言葉でしゃべると、結構ナオトもおとなしくなってくれるんだ。
さっ、ほら、ナオト。ちゃんと立って」
そう言いながらマユはナオトを立たせると、力強くその手首を掴んだ。
「ヒマワリ畑、見たくて来たんでしょ?
なら、怖がらないで行こう。だーいじょうぶ、私はいつでも、ナオトと一緒だから。
ていうか、みんな、ナオトと一緒だからね」
ナオトの首に引っかかっていた、白いお守り。それを彼のワイシャツの襟元から丁寧に押し込むマユ。
すっかり慣れたその手つきに、少しずつ落ち着きを取り戻していくナオト。
マユに手を取られ、彼はよろよろとながらも、畑の方へと歩き出す。
それを眺めつつ──サイは補足するように、ふと呟いた。
「これは、俺の推測というか……願望だけど。
チグサ・マナベは消滅したんじゃない。彼女の中で、まだ生きている。
もしかしたら、『マユ』たる彼女の精神と、融合を果たしたのかも知れない──
俺は、そう思いたい」
「そうかも知れませんわね」
マユたちの背中を見つめながら、レイラもほっと一息ついた。
「自我を取り戻してからの彼女は、驚くほど落ち着いてましたもの。
本当に献身的に、ナオトさんのお世話をなさっていて……
以前の、喜と楽の感情しか知らなかった彼女からは、到底考えられませんわ」
「恐らく、そんな彼女『たち』の感情を呼び起こしたのも……
ナオトなんだよな。
ナオトが最後まで、マユを諦めなかったおかげなんだ」
そんなサイの言葉に──
黒髪の女性は、ひどくいたたまれないものを前にしたように眼を伏せた。
落ちた視線の先にあるのは、彼女が手にした包み。
しかしそんな彼女を、今度はレイラが軽く睨む。腰に両手を当てながら。
「もう、お姉さまったら。
せっかくサイ様と久しぶりの逢瀬なのですから、そんな哀しい顔をなさらないでください。
タロミの血を引く最後の人間としては、痛ましい気持ちになりますわ」
その言葉に、女性は包みをゆっくりと胸元で抱きしめた。
「……そうだったな。
すまない、レイラ。情けない顔を見せて」
「!」
そんな彼女の表情と、包みを交互に見つめながら──
レイラははっとしたように口を噤み、勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさいお姉さま!
あの……今のは……」
「いや、構わないさ。
お前の言葉は事実だし、それに──あくまで現時点では、の話だ」
女性はゆっくり顔を上げ、サイにそっと視線を送る。
一瞬意味が分からず、少し戸惑ったように目を見開くサイ。
その様子を見ながら、レイラも無邪気に笑った。
「……ふふ。
お姉さまは昔から、ため込まれてばかりですから。愛しき旦那様に、少しは弱音を吐かれた方が良いですよ?
私もマユさんたちと、お姉さまの育てたヒマワリ畑を拝見させていただきますから──
お二人はどうぞ、夫婦水入らずの時間をお過ごしくださいね~!」
一方的にそう告げると、レイラはナオトとマユの後を追って駆け去ってしまい。
後にはサイと、黒髪の女性──
かつてフレイ・アルスターを模し、アマクサ組を率いた『フレイ』の二人が残された。
ヒマワリ畑と、そこではしゃぐ3人の子供たち。
それを前にして、サイと「フレイ」は揃ってベンチに腰かけていた。
「髪の色、随分戻ってきたんだな。
すごく、いい黒髪だと思う」
そう言いながら、一旦言葉を切るサイ。
その右手が自然に、フレイの手元──
彼女の手にした白い包みに置かれる。
包みを守るように置かれたフレイの手に、そっと重ねられるサイの手。
包みに語りかけるように、優しく投げかけられる言葉。
「俺だ。
……また、来たよ」
二人はそのままじっと目を瞑り、数秒そのまま、包みから手を離そうとしなかった。
包みの奥には、掌にすっぽり収まるほど小さいが、しっかり封をされた小瓶の感触が確かめられる。
やがて、サイの唇から静かな言葉が漏れた。
「──ごめん。
あれから結構長いこと、一人にして」
フレイはふるふると頭を振りながら、優しく包みを撫でる。
「いや。お前はかなり無理をしながら、ここに何度も通ってくれている。
ありがたいと思っているよ」
包みの結び紐を丁寧に直しながら、フレイはふとサイに尋ねた。
「今回はどれぐらいなんだ?
お前が、アマミキョから離れていられる時間は」
「そうだね、1週間ってところかな。
いつも通り、第二医療ブロックだけここに停泊させて、他ブロックは周辺宙域を回ってる。
俺の感覚だと10日ぐらいは行けそうだけど、スズミ先生も隊長も、副隊長もうるさいからなぁ」
「それでも、10日だけか。
お前が、完全に人間に戻れるのは──いつのことに──」
そんなフレイの言葉に、サイは思いきりベンチに背を凭れながら、澄み切った空気を吸い込んだ。
「大丈夫。俺には、何となく分かるんだ。
アマミキョのハーモニクスシステムは、人を永遠に縛りつけられるほど万能じゃない。
近いうちに俺はきっとまた、ただの平凡で無力なナチュラルに戻っちまうって。
現にこの通り、傷の治りだって遅れてきてる……
こないだの一件で、心底そう感じた。アマミキョとの連携も一時より大分遅延したおかげで、俺の救出も長引いたんだし。
具体的にいつになるかまでは予想出来ないし、アマミキョと俺が完全に離れた時何が起こるか……不安もあるけど。
それまではこの身体で、やれることをやるつもりさ」
そう語るサイの頬には、しっかりとガーゼが宛がわれている。
その頬をじっと見つめたまま、フレイは吐き捨てるように呟いた。
「時にろくでもない無茶をするのは、相変わらずか。
全くお前は、これだから……っ!」
しかしそんな彼女をからかうように、サイは不意に上目遣いに彼女を覗き込んだ。
「……嬉しいなぁ。
やっぱり君は、すごく心配してくれるんだ」
「当然だろう。お前は私の夫だ、心配にもなるさ」
心底嬉しそうに、眼鏡の奥からフレイを見つめる青の瞳。
その視線が彼女のそれとかちあい、フレイは思わず頬を染めてしまった。
軽い羞恥で逆に視線を外せなくなった彼女を、さらにじっと覗き込むサイ。
「君の眼も、だんだんと戻ってきたね。
俺が人間に戻りかかっているように、君も元の君に戻りかけている」
「人の顔を無遠慮に覗き込むな。
この前も言ったが、ここは化粧道具が少ない……身ぎれいにはしているつもりだが」
「俺の奥さんの顔、ちゃんと見て何が悪い。
十分だって。薄化粧でも、君は十分綺麗だ」
囁かれたその言葉に、さらにフレイは頬を紅潮させてしまう。
そんな彼女の瞳をじっと見つめる、青。
「よく見たら君の眼……
灰色からちょっと、菫色っぽくなっているか?
口紅濃くしたら、バジルール大佐を思い出すかも
……って、イテテテ!!」
恥ずかしさの反動か。フレイはサイの言葉に、思わず彼の頬をつねり上げていた。
勿論、ガーゼで覆われているのとは反対側の頬をだが。
「私は、私だ。他の誰かに似ているなどと、二度と言うな。
そういうところだ、お前が正直すぎるなどと言われるのは」
サイの鼻を軽くつつきながら、唇を尖らせるフレイ。
今度は赤くなるのはサイの方だった。
「ご、ごめん!
でも、本当だよ。綺麗だと思ったのは本当だ!」