【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
そんな会話を続けているうちに──
ヒマワリ畑からはやがて、子供たちの笑い声が響いてきた。
肩にかけていた鞄から、サイは包みを取り出す。
「久しぶりに、自分で作ってみた。
みんなで食べようと思ってさ」
「えっ?」
目の前に差し出されたのは、ひと切れのサンドイッチ。
一瞬、怪訝そうな眼で見つめるフレイ。
「お前の料理は……噂はよく聞いていたぞ。
色々酷いと」
「大丈夫だって。
今回はちゃんと、マユにもナオトにも、レイラにも味見してもらったから」
「そうか。
……なら」
サイの手からサンドイッチを受け取り、フレイは注意深くほんの一口、端の方を味わってみる──
「……ふむ……
カツサンドか。意外に、悪くはない」
「はは。どんなの想像してたんだよ」
「パンが湿りすぎているのが気になるが、それさえ何とかなれば十分食べられる」
「……結構、頑張ったんだがなぁ」
思わずちょっとむくれ、そっぽを向くサイ。
そんな彼の前で、フレイは言葉に反して結構な速度でサンドイッチを頬張っていた。
「いや……すまない。
これは、意外にいけるかも知れん」
「だからその、意外にって何だよ」
「ヘソを曲げるな。美味いと言っているんだ」
そんなフレイの言葉に──
サイはすぐに笑顔に戻って、また一つサンドイッチを差し出した。
「じゃあこっち、ハムとレタスのサンド。これはレイラも結構絶賛してくれたんだぞ。
ちょっと効いてる辛子が最高だって」
その左手をじっと見つめながら、フレイは少し首を傾げる。
「随分、慣れてきたようだな。その手も……
少し安心した」
「あぁ。今じゃ前よりスムーズに動くくらいだ。
バルトフェルドさんには、武器を仕込んでおいた方がいいって真面目に言われたけど……
さすがにまだ、そこまではね」
「──笑えない冗句を言うものだな、虎は」
サイの左手から、ハムサンドを受け取るフレイ。
平穏な午後の時間が、過ぎていく。
ナオトが無邪気にはしゃぐ声。それを軽く叱るマユの声。
そんな二人を、まるで自分が保護者であるかのように見守っているレイラの背中。
日差しの中で優しく揺れ続ける、ヒマワリ。
「随分育ったな……ハマーさんの種。
不自由な中でホント、頑張ったんだな。フレイ」
「病院内での務めが評価されて、何とか自分用の土地を貰えたのは幸いだった。
どれほど償っても、償い切れるものではないが……
可能な限りのことはしたい。そう思っている」
膝の上に置いた小さな包みを、そっと撫ぜるフレイ。
サイもじっと、その手に視線を注いでいた。
「……ありがとう。
君にあの種を託して、良かった。
多分──ハマーさんも、娘さんも……」
声を詰まらせるサイに、フレイが言葉を継ぐ。
「そうだな。
ほんの少しでも彼らが報われれば、私は嬉しい」
ほうっと一息つきながら、空を見上げるフレイ。
ある程度気候の調整がされつつも、それでもコロニー上空には、自然に形成された白い雲が見える。
――その時ふと、サイは気づいた。
ベンチの隅に、小さくもやや分厚い冊子が置かれているのを。
それは紛れもなく──
五十年近くもの昔、パレスティナ公会議で失墜した宗教の概念、その象徴。
サイは尋ねる。
「聖書の朗読──最近、しなくなったんだって?」
「あぁ。
あれは元々、母への強迫観念を抑える為の、私流のまじないのようなものだったからな」
「母親がいなくなったから、もうその必要もないってことかい?」
「いや。
母が亡くなったからといって、その言葉と妄執が娘の中で容易く消えるわけではない。
むしろ、母の死によってより強くなるケースもある。
しかし私の場合、幸いなことに、そこまで亡霊に苦しめられてはいないからな。
……苦痛が全く残っていないわけでもないが」
「そうか。
良かった……って言っていいのか、分からないけど」
ヒマワリの向こうでは、またもやマユが軽くナオトを叱る声が聞こえる。
そんな彼らの背中を眺めながら、フレイは尋ねた。
「あの子らは……あれでいいのか?
マユは今や、ナオトの母親のようなものになってしまっている。先ほどの叱り方は、母親が突然豹変して子供を脅すようなものだ──
一時的に子供がおとなしくなっても、後々に悪影響を及ぼしかねない」
「勿論、今の状態でいいなんて思ったことはないよ。
子供が子供を世話しているようなもんだからね。記憶を取り戻すまでは行かなくても、ナオトには何とか無事、穏やかに過ごしてほしいって思っているけど……」
そこでサイは、一旦口を噤んでしまった。
そんな彼に、じっと視線を注ぐフレイ。
苦渋を無理矢理呑み込むようにしながら、サイは言葉を継ぐ。
「語彙もあの通り、カタコトのままあまり変わらない。
他の人間の名前は、覚えてもすぐ忘れちまう。子供と同じ勉強をさせようとしても、まず机にじっとしていられないし、どうにかして覚えたこともまたすぐ忘れて
……最近やっと、俺やマユの名前を普通に呼べるようになったのが、凄い大進歩に思える」
「…………」
「そういう人間は、チュウザンでは山ほど見たけど──
よく知ってる奴がそうなるのを見るのは、正直、たまらない。
ナオトは俺たちみんなを助けようとしてこうなったんだから……なおさらだ」
そう言ったきり、サイはナオトから視線を外し、じっと俯いてしまった。
畑の向こうで、ナオトは服が汚れるのも構わず、何やら懸命に土を掘っている。マユが止めようとしているが、一向に聞いていない。
「……でもさ。
マユは、いつも言ってるんだ。
ナオトは絶対に諦めなかった。だから、私も絶対諦めないって。
彼女、本当に強くなったよ」
ともすれば風に消えてしまいそうな、サイの呟き。
しかし、まるでそれが聞こえたかのように──ナオトがふと、顔を上げた。
土から掘り出した何かを手に、サイとフレイの方へと駆け寄ってくるナオト。
「? どうした、ナオト。
マユも言ってただろ。サンドイッチが欲しいなら、そんな泥だらけの手じゃダメだって……」
そんなサイの小言を遮るように、ナオトは──
非常につっけんどんでありながら、フレイに向かって両手を差し出した。
「ん!」
本能的に、フレイの視線が怖いのか。ナオトはフレイの方を直接見ようとせず、そっぽを向いたまま彼女に何かを差し出している。
サイとフレイがまじまじと、彼の掌にあるものを確認すると──
それは、酷く泥にまみれ、表面のあちこちに擦り傷がついてはいたが。
それでも微かに輝きを放つ、小さな硝子玉だった。
天の陽光を映し出し、泥の中でひときわ青く輝く水晶。
慌てて駆けつけて、ナオトの背後から覗き込んできたマユが、思わず声を上げた。
「うわ、きれーい!
まるで、サイの眼の色みたいだね!」
無邪気そのもののマユの言葉に、サイもフレイも咄嗟に顔を見合わせてしまう。
二人はそのまま、数秒ほど互いの眼をまじまじと見つめていたが──
やがて、二人して声もなく笑い出した。
ナオトはそれでも二人から視線を背けたまま、じっとフレイに石を突き出している。
──そんな彼の手を、両手でそっと掬い取り。
心からの笑顔を見せながら、フレイは尋ねる。
「本当だな──
サイの瞳にそっくりだ。これを、私に?」
「……うん」
消え入りそうな声でそう頷きながら、ナオトはフレイにぎゅっと石を押しつけた。
「そうか。
──ありがとう。ナオト・シライシ」
石を優しく受け取るフレイ。
その声は、かつて彼女がナオトに投げかけていた言葉の数々が信じられないほど、柔らかだった。
彼女の声音の穏やかさを感じたのか。一瞬、驚いたようにフレイをまじまじと凝視するナオト。
だが彼はすぐに踵を返し、再びヒマワリ畑の方へ駆け去ってしまう。
「しょうがないなぁ……」
そんな彼の背中を見ながら、サイはため息をついた。
「洗えば綺麗になるさ。ナオトには何度も教えたはずだがな……
そのへんで拾ったもの、手あたり次第に人に渡すなって」
「いや……」
じっと石を眺めながら、フレイはふと微笑む。
「洗わなくても、十分綺麗だ。
いや──汚れにまみれ傷ついているからこそ、余計に輝きが増しているのかも知れない。
本当に、お前に似ているよ」
「えっ?」
フレイの言葉に、再び頬を紅くしてしまうサイ。
そんな彼にそっと肩を寄せながら、彼女は子守唄を口ずさむように呟いた。
「何も出来なくても、時間は動き出す。
──この世界で生き続けるだけで、それだけで、人は尊い」
膝に白い包みと、ナオトから貰った石を置きながら。
フレイはじっと、サイに寄り添う。
そんな彼女を、サイは右腕で抱き寄せた。包帯の間から覗く手の甲には、まだ傷跡が見えたが
──それでも。
「……それも、聖書の一節?」
「いや。
私の言葉だ」
そのまま二人は肩を寄せ合い、静かに風に吹かれたまま、目を瞑る。
強くはないがどこまでも穏やかな日差しが、二人に降りそそいだ。
絶え間ない苦難に塗れ、終わらぬ痛みに苛まれ、激しい戦いに翻弄され続けた──
ナチュラルの青年と、究極のコーディネイターたる乙女。
恐らくこれからの道のりも、決して楽ではないであろう二人への──
それは、ほんのささやかな癒しの時間だったかも知れない。
自分の無力に震え、嫉妬に苦しみ、何も成し遂げられなかった過去を悔やみ、自らを傷つけるように行動し続けた少年。
生まれた時から親を奪われ、名前も姿も、自我さえも奪われ、戦いの道へ放り込まれた少女。
その二人が出会い、反目し、それでも恋をして。
敵味方に分かれて争いながらも和解を果たし、互いの時間を動かした事実は──
この世界の片隅で生まれた、どれほど汚れても決して輝きを失わない『奇跡』だったことは間違いない。
二人が失ったものと、犯した罪。
それはあまりにも多く、重く、今も二人の心を苛み続ける。
それでも──
「それでも、俺たちは、生きなきゃいけない。
だって、生きているんだからさ」
サイの呟きが、フレイの耳のすぐそばで流れていく。
膝の上の白い包みと、汚れた水晶に、二人の手が重なった。
「なぁ……
そろそろ、教えてほしい。
君の、本当の名前を」
「何を今更。お前は知っているはずだ……
裁判関連で出回った資料で、確認しているだろう」
「あぁ、知ってる。
とっても、いい名前だと思う。
だけど、俺は改めて、君の口からちゃんと聞きたいんだ。
君の、名前を」
「そうか。
……お前がそう聞いてくれて、嬉しい。
サイ。私の、本当の名前は──」
Fin