【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 燃えないゴミ

 

 

 あくまで軽妙に運んでいるように見える社長の喋りを横で聞きながら、サイは動揺を隠せない。

 正直社長の言動は賛成できない部分も多かったが、いちいちそれに突っ込んでいる余裕などない。

 それほどサイにとってこの状況は衝撃だった。戸惑いというより、恐怖。

 一体この空域は何だ、異空間か!? 

 フレイが自分の目の前に現れ、モビルスーツで戦っている。それだけでも十分サイの精神を押しつぶせるほどの事態なのに、社長と呑気に会話しているこの声は──

 

「……フラガ、少佐?」

 

 

 

 

 その声に戦慄している者が、もう一名いた。ザクウォーリアの中の、ディアッカ・エルスマンだ。

 

「――まさか。ありえないさ」

 

 かつてアークエンジェルと対峙した時、刃を交えたこともある相手。

 また、自らの意思でアークエンジェルに乗り込んだ時、共に戦い、軽口を叩く仲にまでなり──

 そしてアークエンジェルを守り、散った男──ムウ・ラ・フラガ。

 

 それだけではない。かつてアークエンジェルで銃を向けられた少女もまた、自分の目の前にいる。

 彼女は死んだはずだ。だって、ミリィがあれだけ泣いていたんだ!

 

「幽霊を呼ぶ船か、アマミキョは!」

 

 

 

 

 そのような事情は全く関知しない幼い少年は、ティーダの中で一人、拳をディスプレイに叩きつける。

 

「命の計算かよ! 

 だから嫌いだ、社長なんか!!」

 即座に社長の反応が響いた。《聞こえたよー、ナオト君?》

 

 ナオトはさらに鼻孔を膨らませ、叫ぶ。

 

「構いませんよ! 

 みんなおかしいです、この空域!!」

 

 社長の皮肉を覚悟してのナオトの言葉だったが、代わりにサイの怒鳴り声が飛び込んできた。

 

《ナオト……

 君は、自分が何をしたか分かってるのか!?》

「いけませんか?」それはあまりにも真っ正直な、少年の正義の貫き方。

 

「こんな命のやり取りなんて、ありえません! 

 止めるのが当然でしょう?」

 

 

 

 

 このようなナオトの態度に、サイは久方ぶりに額に青筋が浮く感覚を味わっていた。

 

「開き直るのもいい加減にしろ! 

 軍なら銃殺刑でもおかしくないぞっ」

《関係ないでしょ。ここは軍じゃないんですよ!》

「だからって、サッカー場でもない!」

 

 畜生、ついさっきはしっかりした子供だと感心したってのに。

 横からアムルも口を出す。

 

「腐ってもレポーターなら、少しは冷静な視点を持つべきよ」

 

 戦火に巻き込まれ、同僚をいっぺんに失い、帰る場所も失った上に、強制的にモビルスーツのパイロットなどにさせられてしまったのだ。

 これ以上犠牲を出すまいと、無茶もしたくなるだろう──

 そんなナオトの気持ちは、サイも理解できる。だが。

 

 何なのだ。フレイといい、このナオトといい、マユ、アムル、テロリスト、この船の連中──

 

 サイは必死で冷静さを保つよう努力したが、見かねた社長がもう一度サイを押しのけた。

 

「ナオト君、キミにも言ってるんだよ。

 あんまり頭の悪い運用方法で、貴重なモビルスーツをすり減らしてほしかないの。いい?」

 

 

 

 

 その社長のゆっくりとした言葉は、エグザスの中にも入り込んでいる。

 

《前の大戦でほとほと飽きてるのよ、聞いてます? 紫の貴公。

 モビルスーツってのは兵器であると同時に、この時代まで人間が培ってきた技術と魂と金の結晶なんだよ。それがバカスカとデブリになっていくのを見るのは、少しでも開発に協力してる人間としちゃ耐えられんワケ。

 貴公もその歳なら知ってるでしょう、技術はヒトの歴史なんだ。

 レールガン一発にしたって、整備士5人分の命ぐらいはかかるんじゃないのかなぁ?》

 

「それがヒトの命を、100人単位で吹っ飛ばすことが出来る。

 皮肉なものです」

 

《それが戦争と、安易に一言で決めつけるのは単純すぎるよ。具体的に計算してこそ、価値が分かる。考えるんだ。

 貴公らの部隊はウーチバラ襲撃で、何千人分の命を無駄にした? 

 勿論、単純に死者を数えろってことじゃないよ。そこには生活空間があったんだ。

 そして、コロニーってのはやすやすと壊していいものじゃない。

 あれは──人間の進化の象徴なんだよ》

 

 呑気な調子だったはずが、いつの間にかその声には静かな怒りがこめられている。

 爆発するような怒りではなく、気がついたらそこにしっかり張りついている巨大な蛾を思わせる

 ──そんな、ムジカ社長の怒りの表現だった。

 ネオはため息をついてみせたが、その時突然割り込みが入った。

 

 それはフレイ・アルスター──紅い髪の女から。

 

 

《そして、現時点で既に貴様らに抵抗は出来まい。

 相手をしてやってもいいが、ガンバレル全基被撃墜の最速記録を作るだけだ。

 ……ちなみに、聞かせてもらおう。ウィンダムはその娘の何人分だ?》

 

 

 勿論、収容されたステラの件である。

 ネオはエグザス後部に収容したステラの姿を、サイドモニターで確認した。

 彼女はまだパイロットスーツのまま、喘いでいる。水から助け出した小鳥のように──

 

 

「無礼を言う。

 この娘には、あのフリーダム以上の金がかかっているさ!」

 

 

 と同時に、ネオはエグザスのバーニアを力いっぱい噴かした。

 ステラの状況を確認しつつ、一気に離脱する。真紅のストライク・アフロディーテからの通信が、轟いた。

 

《その甘さ……

 いずれ子供たちの価値をゼロにするぞ。ネオ・ロアノーク!》

 

 ネオは構わず、デブリの河を突き抜けて戦闘空域外を目指す。

 

「記憶をもて遊ぶ連中の言うことか、メンデルの皇女様!」

 

 

 

 

 

 

 フレイはそのまま、離脱していくエグザスを見送った。

 カイキの声がアフロディーテコクピットに響く。

 

《追わないのか? 

 フレイ、あいつは俺やチグサと同じ……!》

 

 血気に逸るカラミティのカイキを、フレイは制する。

 

「同じことを何度言わせる気だ? 

 当面の危機は去った――文句はあるまい」

 

 彼女の声の調子だけで、カイキは黙った。カイキにとって、マユの次に優先度が高いのがフレイの言葉だ。

 さらにフレイは続ける。

 

「そうそうエネルギーが残っていないことを忘れるな。

 出来れば不可視戦艦の秘密も暴きたかったが、十分だろう――

 記憶が欲しければ、奴はまた私の処へ来る。

 ただ……」

 

 闇に沈む星のかけら──その彼方へ去っていくエグザスを見守るように眺めた直後。

 フレイは、ティーダを振り返った。全く感情のない眼差しで。

 

 

「やっかいだな。燃えないゴミは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフロディーテ、カラミティ、ジュール隊、そしてティーダの帰還直後。

 重力制御のかかったアマミキョモビルスーツデッキでは、またしても騒動が持ち上がっていた。

 ティーダから引きずり出された途端、ナオトがカイキに殴り倒されたのだ。押し倒され、馬乗りになられ、ナオトはその上から何度も何度もカイキの鉄拳を浴びていた。

 顔も既に二度ほど蹴り飛ばされている。しかもパイロットスーツが強引に剥かれ、上半身が殆ど裸だった。

 

 ナオトの口からは血があふれ出していたが、その光景をフレイは何も言わずに冷たく見下げている。

 マユとハロがその周りを、踊るように跳ねていた。相変わらず笑顔のままで。

 さらに、依然としてバイザーを下げたまま、表情を見せないアマクサ組数名がこの光景を眺めていた。

 整備士たちも、カイキの暴行を遠巻きに見るままで、手が出せない。

 ハマーに至っては、当然とでもいいたげな嘲笑を見せている。その手には何処から持ち出したか、酒瓶が握られていた。

 

 

 そこへ、ブリッジの作業を無理に中断したサイが駆け込んできた。カズイとアムルも、その後から走りこんでくる。

 アマミキョの他のクルーも、興味津々で集まってくる。

 何と言ってもナオトは今まで、報道レポーターというより新人アイドルに近い扱いをされていたのだ。アイドルがボコボコにされるなど、めったに見られる事件ではない。

 

 フレイの声。

 

「そろそろ止せ、カイキ。

 貴重なパイロットスーツを血まみれにされても困る」

 

 血まみれのナオトを、大勢が取り囲む形になった。

 好奇と哀れみと侮蔑が入り混じる無数の視線の下、ナオトはさらに顎を蹴り飛ばされる。歯が割れたのではないか、と思える嫌な音が響いた。

 実際に手を下しているのはカイキだが、明らかに彼はフレイの指示によりナオトに暴行を加えていた。

 

 あまりの光景に、サイは思わず叫びかかる。

 

「フレイ! 君は一体、何して……」

「来るなっ!」

 

 サイに皆まで言わさず、フレイは彼を黙らせる。

 

「全員に見せる必要がある。

 無断で自己中心の主義を押し通し、周囲を巻き込んだ結果がどうなるか!」

 

 彼女の声はいつの間にやら、船内の全区画に流されていた。マユがちゃっかり壁際の操作盤にとりつき、楽しそうに船内の回線をいじっていたのである。

 

 

 ――眼前で繰り広げられる血の暴行に、このマユという娘は何の感傷も抱いていないのか? 

 それどころか、いそいそとフレイに協力している。

 自分を助けようとした少年が傷だらけになる光景を、この娘は無邪気に笑いながら見ている──

 

 

 背中に蛇を入れられた感覚に、サイは戦慄する。

 そういえば、ディアッカとイザークの姿がない。確かに彼らの帰還は確認したはずだ、機体も健在。

 ――なら、ジュール隊はどこへ消えた? 

 

 

 あまりのアマクサ組の行動に、トニー隊長は勿論のこと、他のクルーは誰も手を出せなかった。社長と副隊長はブリッジに張りついたまま、不在だ。

 ナオトは既に顔と言わず腹と言わず、20発は殴られていた。悲鳴もろくにあげていない。意識がしっかりしているのが不思議なくらいだ。

 暴行を一旦止めたフレイはゆっくり歩み寄りカイキを退けると、倒れたナオトの前髪をつかんで起こす。

 驚いたことに、ナオトはまだはっきり言葉を口にした。

 

 

「無断でモビルスーツを使ったことは謝ります。でも――

 僕は、悪いことをしたとは思ってません!」

 

 

 フレイはその眼をまっすぐ凝視しつつ、懐から紙切れを取り出した。

 

 

「天候予定表によりますと本日は快晴、絶好の出航びよ……

 ここで、チェックが入っている。

 貴様の、今朝のレポートだ。後生大事にしていたようだが、要はカンペというヤツだな」

 

 

 メモと、それをわざわざ読み上げるフレイの声に驚愕し、ナオトの眼が瞼の裏が見えそうなほど一気に見開かれる。

 異様な反応だ――すぐにサイは気づいた。

 

 

「今のようなチェックが何箇所か入っている。貴様が噛んだ箇所だ」

「あと、日付の部分もちょっと間違えてたよー。

 私、ナオトのことなら何でも分かるもん!」

 

 マユが朗らかに、血まみれのナオトを見ながら笑う。

 彼女の笑い声を背後に、ナオトの身体が痙攣でもするかのように震えだす。

 

 

「レポートの後から……チェックしたんです、同じような間違いをやらないようにって……

 みんなから、言われて、その」

 

 

 先ほどとはうってかわって、ナオトの口調がたどたどしくなっている。

 誰から見ても明らかな、咄嗟の嘘だった。

 

「なのに、同じような間違いを何度も繰り返すってのはどういうわけだ! 

 貴様の噛みまくりのレポートにゃ、ウンザリなんだよ!!」

 

 カイキがまた拳を振り上げたが、フレイが片手で制した。

 そのまま彼女はナオトの肩を抱き寄せ、必死で感情をこらえるナオトの顔を覗き込む。

 

 

「種を明かせば簡単なこと──

 よく噛むことで有名な、年端もいかぬアイドルまがいのレポーター。しかもコーディネイターとナチュラルのハーフときた。

 中立国・オーブの宣伝としてはうってつけの存在だな、貴様は」

 

 

 フレイの口調も表情も、何故かやたらと柔らかで優しい。

 その台詞が無ければ、傷だらけの少年を癒す甲斐甲斐しい姉のようにさえ見えるだろう

 ――だがその手は、しっかりナオトの前髪を握っている。

 

 

「コーディネイターといえども完璧ではありえない。貴様のように、ミスをナチュラル以上にやらかす可愛らしい、憎めない存在でもある。

 それを実証するために、貴様は利用されていたというわけだ。SunTV、もしくはアスハに」

 

「違います!」ナオトは血を吐くように叫んだ。実際、歯の間からかなりの血がほとばしった。

 それでもフレイは容赦しない。

 

 

「要するに、オーブの視聴者に対して嘘の自分を飾りたて、上層部の言われるがままにドジっ子を演じ、わざとミスを犯していたというわけだ

 ──中立のシンボル、そのピエロとして」

 

 

 ハマーの大声がデッキに轟く。「つまりそのカンペ、ミス部分まであらかじめ用意しといたってか? 

 素晴らしき役者だぜ、ケッ」

「へー。つまりすっごい嘘つきなんだね、ナオトって」

 

 無邪気に言い放つマユ。

 そんな彼女の一言で──

 

 

 ナオトの肩が、ビクリと反応した。

 血濡れの唇が真っ青になり、大きな眼はもう飛び出しそうに見開かれる。瞬きもしない。

 

 ――ここまでする必要がどこにあるのか。サイの中で、何かが滾った。

 ナオトの行為は許されるものではない。だが、心と身体を同時にえぐられていく子供の姿を見ていると、こちらの心臓までが痛くなってくる。

 

 フレイの眼がさらに優しくなる。唇が明確に、笑いの形に歪む。

 口唇の形が変化したことにより、語調は自然に柔らかくなり

 ──それはかえって、サイの背筋を寒くさせた。

 

 

「というよりも……

 貴様自身、生まれた時からそのように生きてきたのではないか?」

 

 

 その言葉は明白に、ナオトに致命傷を与えた。

 叫びが、デッキ天井までこだまする。「違う!」

 

 

「コーディネイターとナチュラルで世界が二分される中、何をどうしようと、貴様の如き半端な存在は双方から忌避される。

 確か貴様の保護者は、伯父伯母夫婦だったな。両親の存在が見事なまでに伏せられていたが、理由の推測など容易だ。

 例えば──貴様のおかげで両親が別れた、とか」

 

 

 フレイはナオトの肩をさらに抱き寄せ、頬を寄せる。

 残酷な言葉を、歌い上げるように流しながら。

 

「もしくは、ナチュラルの母親がコーディネイターと偶然作ってしまった子供……」

 

 想像を絶する鋭さの言葉の刃が、ゆっくりとナオトの精神にとどめを刺す。

 

「ナチュラルの母親からは能力を疎まれ、コーディネイターの父親からは母子ともども見捨てられた――といったところか?

 愛されない子供だったのだろうな。かわいそうに」

 

 パイロットスーツの手袋に包まれたままのフレイの指が、ゆっくりとナオトの首筋に回り、唇に触れる。

 紅の手袋が、血に濡れた。

 

「悪い子だ、すっごく悪い子! 

 嘘つきナオト、気持ちわるーい♪」

 

 マユが笑いながら飛び跳ね、全く情け容赦なくナオトの足を蹴り上げた。

 

 

 

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