【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 アフロディーテの威容

 

 

 重力制御のされた医療ブロックにサイたちがさしかかった時、看護師のネネが仕事の手を休めて駆けつけてきた。

 

「ナオト君、お待たせ!」

 

 ナオトの包帯の様子を確認しつつ、ネネはナオトに小さな包みを渡す。

 中には首からかける形の、布製のオーブ風お守りが入っていた。紅い刺繍のされた外袋を開くと、脱脂綿の中にきれいな桃色の月が見える。

 ――それは爪だった。今はもう、何処にもいない女性の。

 

「フーアさん……か」

 

 ナオトは中身を大事そうに外袋にしまうと、一度きゅっと握り締める。

 そんなナオトに、ネネは優しく笑いかけた。

 

「大丈夫。彼女もアイムさんも、いつでも貴方のそばにいる。

 だからあんまり、無茶はしないで」

 

 ネネはナオトの頬の傷を診つつ頭を軽く撫でてから、すぐにサイを振り返った。

 

「大丈夫ですか……昨夜殴られた処、まだ腫れてません?」

「ナオトよりはずっと軽いよ。君たちは、朝礼には?」

「出られる状態に見えます?」

 

 医療ブロックの状況は、相変わらず目茶目茶だった。

 まだ放置されている患者、泣き喚く子供、怒鳴り散らす中年。

 血だまりは徹夜の清掃で何とかなったが、今度は隅に座り込んだ老人の股から何かが垂れ流されている。悪臭と共に。

 

「こちらのことは気にしないで下さい。それより……」

 

 ネネはくりくりした大きな目をサイに向けた。その視線は、昨日までの彼女とは微妙に違っている。

 明るさは変わらないが、こちら側を探ろうとする興味本位の眼──

 そう感じたのは、自分が意識しすぎなのだろうか。サイは自分が嫌になりそうだった。

 

「……フレイさんのこと、気をつけてくださいね。

 今、人がいっぱいいますから。この船」

 

 色々言われているから気をつけろ。そう言いたいのだろう。

 

「噂なら、慣れてるさ。

 何をどう言ってもいいけど、俺とフレイはアークエンジェルでは何もなかったよ。哀しいくらいに。

 ――これが真実」

 

 その時、スズミ女医がネネを呼ぶ怒鳴り声が轟いた。彼女は飛ぶように反応し、中へと駆け込む。

 そしてサイに向けて、念を押すように叫んだ。

 

「いえ、あの! 

 私、何も言ってませんからね!」

 

 ──そうだろうな。

 自分は何も悪くないと思いたいのは、人の習性だ。そういう人間に限って、噂を面白がって聞きたがる。

 ネネがそうだとは言わないが、別にそれは否定すべきことでもない。噂というのは、生き抜く上で貴重な情報源となることもよくあるから。

 

「サイ、遅れるよ!」カズイとナオトはとっくに先を急いでいた。

 アマミキョのクルーたちがサイを見る目は、明らかに変化していた。アークエンジェルにいて、しかも「あの」フレイ・アルスターとただならぬ関係にあった男──

 サイが噂の種となるまで、大して時間はかからないだろう。

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツデッキでは、集合可能とみなされたアマミキョクルー──シュリ隊メンバー全員がひしめきあっていた。

 奥には、ストライク・アフロディーテがしっかりと固定され、堂々とメンバーを見下ろしている。紅の巨大な人型兵器の持つその威容は、人の心を服従させる力があった。

 しかも、オーブ人にとっては伝説の「ストライク」の顔と名前を持つモビルスーツだ。

 

 そして今、右腕の掌部分──マニピュレータが水平に持ち上げられ、そこにフレイが立っている。

 巨神が、少女を掌に乗せている。この光景だけで、十二分に人の心を捉える威力はあった。

 

 フレイのすぐ背後に控え、同じくアフロディーテの掌に乗っているのはカイキだ。

 アフロディーテの後方では、ティーダの真っ白な機体が輝いている。そのおかげで、アフロディーテに後光がさしているようにすら見える。

 

「何も、ここに重力制御かけることはっ!」

「ティーダまで動かして……マユ?」

 

 サイたちが喚きながら飛び込んでくるや、カイキの怒声が飛んだ。「遅いぞ!」

 構わず、サイは叫んだ。「今度は何だ、フレイ!」

 

 アフロディーテの掌の上で振り返ったフレイが、腰に手を当てたポーズで言い切る。

 

「時間すら守れぬ分際で、いっぱしの口をきくな」

 

 サイはそのフレイの姿を見た瞬間、心を一気に逆なでされる感触を味わった。

 フレイは、連合の少年兵の制服を着用しており──

 つまり、サイが最も思い出したくない時期のフレイと全く同じ容姿をしていたのだ。

 

 自分を裏切り、キラを傷つけていた時と同じ──

 何のつもりだ! 

 

 そんなサイを傍らに、カズイはクルーの中にアムルの姿を見つけ、そちらに寄っていく。

 アムルの横顔に表情は無かったが、カズイに気がつくと彼女は途端に張り付いたような笑顔を見せた。

 一方でナオトはきょろきょろとマユの姿を探すが、見つからない。ティーダを見上げても、答えはない。

 

 ――と、その時フレイの声がアフロディーテのスピーカーを通じ、デッキ全てに響きわたった。

 声は船内回線を通じ、宙域を征くアマミキョ、その全区域に轟く。モニターの設置されている場所ではほぼ強制的に、彼女の姿が映し出されていた。

 

「アマミキョ乗船中の諸君、挨拶が遅れた。

 私はフレイ・アルスター。

 緊急国際援助隊シュリ隊、及びこのアマミキョ護衛の任に当たる、アマクサ組一番隊隊長である!」

 

 スカートから伸びた長い脚。その下の聴衆を見下ろし、フレイは言い切る。

 人々のどよめきを、心地よさげに聞きながら。

 

「先日のウーチバラ襲撃事件を鑑み、本日よりアマクサ組は、シュリ隊及びアマミキョ管理の任を兼務することとなった。

 これはムジカノーヴォ社長よりの、直々の要請である」

 

 デッキに備えつけられた何台かのモニターに、ブリッジにいるムジカノーヴォ社長の笑顔が映し出された。

 

《皆さん、突然のことで申し訳ないが、よろしくお願いしますね~

 僕も色々と忙しい身。アマミキョ周辺も色々と騒がしいようだし、餅は餅屋と判断しました。ご了承願いたい》

 

「そんな無責任な」「契約の時には何も!」

 

 カズイとアムルを皮切りに人々が騒ぎ出したが、その時トニー隊長が突如、アフロディーテの脚部の裏から飛び出した。

 

「無礼を言うな! 

 彼女が我々の為に、どれほどの戦いぶりを見せたと思っているっ!」

 

 

 

 

 

 

 ブリッジではその様子を、社長とリンドー副隊長が満足げに眺めていた。

 社長が回線に向かって笑う。

 

「規約にはきちんと明記されていますよ。

 運営管理規程第11条、アマミキョ運営管理責任者は自薦・他薦に基づいて、文具団幹事が任命する」

 

 ブリッジには他に、操縦と警戒の為、最低限の要員が残されていた。全員、不安げな面持ちでフレイの声を聞いている。

 アフロディーテのそばにひっついて喚くトニー隊長をモニターで眺め、自動操舵の調整をしながらオサキが呟いた。

 

「早速、隊長からして犬かよ……」

 

 

 

 

 

 

 

「本来その予定はなかったが、周辺状況がアマミキョの放置を許さぬ。

 従って、この船を本来の目的──救難船としての使命を完遂できるよう、我々が統率する!」

 

 フレイは人々の遙か頭上から、宣言を続ける。

 あまりのことに、怒りを通り越して笑いが出そうになったサイの後ろから、ナオトが飛び出した。

 

「卑劣です! 

 アマミキョは民間の船ですよ、こんな軍人みたいなこと!」

 

 ざわめきの中でも、ナオトの鍛えられた声は響いた。しかしすかさず、ハマー・チュウセイの笑いがそれをかき消す。

 

「さすが、わざとミスる半端ガキは違うな!」

「関係ありませんよ! 全員の問題でしょっ」

 

 ナオトが激怒してくってかかろうとした、その瞬間──

 

 

 

 奥で不気味な輝きを放っていたティーダが、動いた。

 とはいえ、ただ単に右腕部を動かし、装備されていた攻盾システム・トリケロスの威容を知らしめただけなのだが、それでも十分にナオトやクルーを圧する力はあった。

 

 

 

「マユ……?」

 

 ナオトは絶句する以外にない。

 彼の上に、マユの声が響く。ティーダの外部スピーカーからだ。

 

《ナオト! 

 あんまり言うと、今度は『これ』で殴っちゃうよ~♪》

 

 ティーダはわずかにトリケロスの先端部分を稼動させ、人々の上にちらつかせる。

 内側には3連装の貫徹弾、ランサーダートがしっかり装着されていた。もしこれが一つでも腕から落ちれば、数十人単位で圧死者が出るだろう。

 あちこちから飛び出してくる悲鳴。

 顔色を全く変えずに、フレイはなおも言い放つ。

 

「きれいごとでカタがつくなら、私も苦労はしない。

 320名のシュリ隊隊員に2237名の避難民、大量に人間が集まる処で騒動は必然……

 一つになる為の、求心力が必要だ」

 

 ナオトを下がらせながら、サイは一人呟く

 ──君が、その求心力になるってのか。

 

「このアマミキョ、そしてシュリ隊。ひいてはチュウザン本国の危機を救うには、皆の一致団結、そして隊員のさらなる成長が不可欠だ。

 先の戦闘におけるモビルスーツデッキ、ブリッジ、その他各所で発生した隊員どもの騒動──

 あの情けなさ、到底人を救うべき者たちの行動ではありえん!」

 

 フレイの言葉に怒気がこもり、ざわめきが一瞬、消える。

 さらに朗々と響くフレイの言葉。

 

「ブリッジ、デッキ、整備班、救護班、居住区担当、配給担当、その他各ブロックでしかるべき者たちを選び、安全にアマミキョを航行させ救助活動を滞りなく行なうべく、再教育及び統制の必要ありと見た。

 従って、まずは航行スケジュール、各人の配置、行動計画、兵装、物資配送作業全ての再編成を行なう!」

 

 フレイはそこで一旦言葉を切った。訪れる静寂。

 しかし直後、堰を切ったかの如く、クルーたちは口々に彼女に罵声を浴びせかける。

 

「冗談じゃねぇぞ」「仕方ないかも知れないけど!」「せめて、正式な手段を踏んでからに……」

「大事なことは、みんな密室かよ」「たかがパイロットが、統制なんかっ」

「どうせお前らコーディネイターだろ! 目つきが奴らそのものだ」

「力でアタシらを支配できると!?」

 

 これらの言葉を発し騒ぐだけの人々を、フレイは予想の範囲内とでも言いたげな表情で見回していた──

 彼女は黙ったまま手を伸ばし、社長が映し出されている背後のスクリーンに向かって指を鳴らす。

 

 と同時に、マユの可愛らしい声が響きわたった。《みんな~、心配ご無用!》

 スクリーンが切り替わり、ティーダのコクピットに乗るマユの笑顔が大映しになる。

 途端、ナオトが思わず足を踏み出した。

 

「おかしいよマユ……

 どうして、笑っていられる?」

 

 ナオトの震える呟きは、しっかりサイにも聞こえた。

 無理もない。マユはあの笑顔のままティーダを操り、人を殺し、ナオトを罵り、蹴とばした。

 今もその笑顔を振りまき、フレイのやり方に何の疑問もなく従っている──

 

《無期限ってわけじゃないからね。アマミキョが安全に本来の救援活動が出来るって、確認できるまでだから! 

 それまでは、ちょーっとだけキツイことやつらいことがあるかも知れないけど、その代わり私たちも、全力でみんなを守るから! 

 みんなと、みんなに助けを求めている世界中の人たちの為なの。

 マユ・アスカからの、お願いですっ!》

 

 マユはウインクまで交えて聴衆に呼びかけ、しまいには両手を合わせるポーズまでしてみせた。

 その軽妙な声と笑顔により、緊迫した場が一旦、ほぐれていく。

 

「……ってまぁ、そこまで言われちゃ、仕方ないか」

「あんな娘が俺らを守ってくれる、まで言ってりゃなー」「いつまでもってわけじゃないしね」

 

 これらの言葉は、主に若い男性クルーから飛び出していた。

 アムルはそれを聞きながら、一人吐き捨てる。「バカなの? 単純野郎ども……」

 カズイはそんな彼女の静かな罵倒にはやはり気づかぬまま、マユの言葉に疑問を提示した。

 

 

「安全に本来の救援活動って……そんなの、不可能じゃ?

 つまり、半永久的に支配状態ってことかよ」

 

 

 そんなカズイの呟きを耳にしながら――

 マユの笑顔を前に逡巡するナオトの背中を押しのけ、サイは一息に飛び出す。

 後ろではナオトがまた驚いているだろうが、関係なかった。

 

「傲慢すぎるだろ……フレイ!」またもサイは叫ぶ。叫んでしまう。

 しかしフレイはサイに視線を投げかけながら、全く動じていなかった。

 決して溶けることのない、氷の眼差し。その唇から、サイにとって致命的な一言が飛び出した。

 

 

「ストライクを土下座させるしか能のない阿呆が、ほざくな!」

 

 

 サイの心臓には勿論、船内全てに、この一言は轟いた。

 中途半端に駆け出した処で、サイの動きは止まってしまう。

 胸に猛然と湧きあがったものは、激烈な怒りと後悔。

 

 2年前、なけなしのプライドが見事に崩壊したあの時の傷を──

 よくも、この女は! 

 

 ――言うんじゃなかった。

 キラのことも、アークエンジェルでの出来事も、俺とのことも、何もかも。

 記憶喪失かなんだか知らないが、フレイがこのような女になって帰ってきたと知っていれば、何も言わなかった。俺は! 

 

 ゲタゲタと下卑た笑いが流れる。

 嫌味のハマーが、このような瞬間を見逃すはずがなかった。

 

「聞いたか。おい、ナチュラルども!」

 

 ナオトまでもが仰天して、サイの背中を穴があくほど見つめているのが分かる。

 

「ストライク? キラ・ヤマトの最初の搭乗機を? 

 ……サイさんが?」

 

 アムルがカズイを見やりつつ、そっと微笑む。「へ~ぇ……

 結構色々とあったみたいね、アークエンジェルって」

 

 カズイはどうしていいか分からず、慌ててアムルから目を逸らした。

 彼にしても、まさかフレイがここでサイの傷を露呈させるような発言をするとは、想像すらしていなかったのだ。

 昨日のナオトといい、今のサイといい──

 

「人の傷口暴くの、得意なんですよフレイは……昔っから」

 

 カズイはそう呟くのが精いっぱいだ。

 

 ――こういった人々の反応をゆっくりと確認したフレイの唇に、残酷な笑みが浮かぶ。

 間違いない。この女は、分かっていて傷をえぐる。

 昔のフレイは、言葉が人を傷つけるとは思わずに他人を傷つけていた。しかし今は──

 

 

「無能の分際で勝手に突出する者は、全体の結束を乱す。

 悪くすれば全体を巻き込み、多大な被害を及ぼす。

 特に、現在のような一触即発の状況でそのような行動は、時に命すら奪う」

 

 

 フレイの言葉と共に、アフロディーテの左腕部が、大きく上へと動いた。

 フレイを乗せているのと反対側のマニピュレータが、人々を威圧するように掲げられる。

 すぐ下に位置していた者たちが、反射的に逃げようと騒ぎ出した。

 

「軍に何故軍規があるか、考えたことがあるか。命のやり取りの場ゆえだ! 

 アマミキョは確かに軍ではない。しかし、命のやり取りに関わるという点において、軍も同然! 

 よって、その統率を乱す者あらば──」

 

 アフロディーテのマニピュレータが、一息に振り下ろされる。

 それも明確に、サイの方向へ。

 

「危ない!」ナオトの叫びが飛んだ。

 人々が、クモの子を散らすように逃げていく。

 

 血の色のストライクの両目部分が、ギラリと光る

 ――途端、サイの身体が反応した。

 

 

 恐怖にひきつった手足が暴れだし、サイは一目散に逃げ出す。

 理屈ではない。あんな巨人に生身の人間が睨まれたら、いくらそれが無機物と理解していても、巨大な人間の形は無意識からの恐怖を呼び起こす。

 ナチュラル・コーディネイター関係なく、全ての人間の遺伝子に太古の昔から刻まれてきた恐怖だ。モビルスーツが人型をしている理由は、こういう処にもあるのだろう。

 おそらくアマクサ組の誰かが代わりに操縦しているのだろうが

 

 

 ――何て演出をしやがる、この女! 

 

 

 デッキの空気を押しつぶし、迫ってくる黒いマニピュレータ。

 サイはのけぞり、つんのめり、しまいには無様に尻餅をついた。

 

 

 ──そのすぐ上で、アフロディーテの黒い掌は停止した。倒れたサイの、丁度30センチほど上で。

 自分を押しつぶさんと、目前に迫っていた鋼鉄の掌。その指の間から、あの女の相変わらずの微笑みが見えた。

 その場の全員がこの光景を、息を詰めて見守っていた。

 中には当然、嘲りの目で見ていた者もいた。しかも、少なくない人数。

 

 

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