【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 キラの記憶

 

 

 ベッドにぶっ倒れて天井を見上げてバカみたいに笑い続ける以外に、その時の俺に何が出来ただろう。

 フレイはそんな俺を見て最初は茫然としながらも、しばらくするとぽつぽつ話し始めた。

 

 どうやら彼女は、自分の身に何が起こったのかということは知っているらしい。

 だがそれは、全てが終わった後に他人から聞かされたというだけの話だ。

 ヘリオポリスの崩壊も、アークエンジェルでの脱出も、父親であるジョージ・アルスターの死も。

 

「パパが亡くなったって、後から聞かされた時は、本当にショックだったけど……

 そのことも覚えてないの。状況から考えて、私はパパの近くにいたはずなんだけど……」

 

 いたよ。そして君は、目の前で父親の爆死を見たんだ。

 その瞬間、君の中で一つの世界が崩れ去った。君が守ろうとしていた小さな世界が。

 アークエンジェルでオーブ、アラスカへと逃げ回り、俺たちと離れた直後に何故かザフトの捕虜となり、その後解放されて連合艦・ドミニオンに乗ったことも

 ――本人は知ってはいても、思い出せないらしい。

 トールの戦死も、直後のミリアリアの慟哭も。

 勿論、救助艇の爆発からどうやって逃れたのかも、だ。

 

 

「気がついたら、この国の軍施設にいた。

 ポッドで漂流していた処を東アジアの救助隊に拾われた……らしいんだけど」

「キラは、君は確かに救助艇にいたと言ったよ」

「彼、救助艇に乗ってた私が見えるような場所まで、近づいてたの?」

「本当に見えたかどうかは……俺にも分からないよ」

「少しずつ、思い出せてはいるの。現に、サイのことも思い出せたし」

 

 フレイは俺の両腕をつかむ。真剣なまなざしが、俺の目をまっすぐに覗き込んだ。

 

「もうちょっとなの、私何かとんでもないことを忘れてる! 

 思い出せれば、前に進める気がする」

 

 俺は彼女の手をゆっくり下ろさせて立ち上がる。彼女の視線を真正面から浴びるのは、正直つらい。

 鞄から新しいシャツを出し、無造作に羽織った。

 

「キラが、命がけで俺たちを守っていたことは覚えてる?」

 

 そう聞くのが精一杯だった。

 

「それも聞いてる。一人でアークエンジェルを守り続けた学生がいたって……

 でも、やっぱり覚えてないの。

 キラって、あの目立たない子でしょ? 顔は可愛いけど、おとなしくて地味めで、いつもサイたちの陰に隠れてるような感じの子じゃなかったっけ」

 

 そこまで覚えていて、何故肝心なことを思い出せない。

 俺をからかって何が楽しいんだ、君は? 

 俺の心の底にあるものを、彼女はわざと刺激している。そんな気すらした。

 

 全ての状況が、俺に都合のいいように動いている。

 いなくなったはずのフレイが、突然俺の前に天使のように舞い降りた。

 しかも彼女はキラとのことをきれいさっぱり忘れ、俺と婚約の話があったことはきっちり覚えている。

 

 今のフレイは、俺だけを見ている。俺だけを頼っている。

 思い出すな。どうかそのまま、思い出さないでくれ

 ──腹の底から聞こえるその声を、俺は必死でねじふせる。

 

「コーディネイターだったんだよね、もうびっくりよ。

 コーディネイターってずっと化物みたいって思ってたけど、ああいう普通に見える子もいるんだなって」

「キラは実際、普通だよ」

「嘘だぁ、普通の子がたった一人でモビルスーツ動かして敵全部やっつけたり出来るわけ?」

「そうじゃない。キラはいい奴だってだけさ」

 

 フレイはベッドに座ったまま、ちょっと不審げに俺を見上げる。

 しかしその眼には同時に、悪戯っぽさも含まれていた。

 

「どうだか。そのキラって子、随分増長したりしなかった? 

 自分だけがモビルスーツ動かせるからって勝手な行動したり、同胞相手に本気で戦わなかったりしたことだってあったんじゃないの? 

 そりゃ、ナチュラルばかりの中にいて寂しいこともあったでしょうけど」

 

 

 ──心臓が、フレイに聞こえるほど音を立てたような気がした。

 俺は動揺を隠そうと、慌てて洗面所の方へ視線をそらす。

 思い出すな。思い出すな、どうか……

 

 

「ひょっとして、サイをバカにするようなことだってあったんじゃない?」

 

 

 フレイが俺の正面に回りこんだ。またしても視線がかちあう。

 俺がよほど青ざめていたのか、フレイの顔から悪戯の色が消えた。

 

「ごめん。いきなりこんなこと言われたって、サイが困るだけだよね。

 でも私、思い出したいんだ。アークエンジェルに乗っていた時のこと。そうすれば、止まったままの時間が動くような気がする……

 分かってもらえないかも知れないけど、どんなに頑張っても時間が動かない感覚って、虚しいだけ」

 

 分かる。俺には分かる。

 今の俺がまさしくその状態だから。

 

「キラのこと、あまり悪くいうなよ」

「あは、ごめん。友だちだもんね」

 

 フレイは再び、にっこり笑った。

 一体どれぐらいぶりだろうか、彼女の屈託のない笑顔を見るのは。

 俺の推測が正しければ、おそらくキラにもこんな笑顔は見せなかったはずだ。

 

 いや……それは単なる俺の願望か。

 この笑顔は今、俺だけのものだ。

 俺さえその気になれば、簡単に手に入る。

 

「ね、どうしたのサイ? 

 あんまり恐い顔しないで、せっかく会えたんだもん

 ……お願い」

 

 無邪気に俺の右肩に、自分の顎を乗せてくる。

 くすぐったさに思わず抵抗しようとしたが、彼女の力は思った以上に強かった。

 その勢いで俺は、もう一度ベッドに座り込んでしまう。

 

「やっぱりサイって、固いよね。

 ひょっとしてこういうこと、したことない?」

 

 耳元で囁かれる。

 吐息が首筋にかかり、耳たぶにフレイの唇が触れた。

 両肩に手がからまり、俺はそのままもう一度ベッドに倒される。

 

「でも変よ、恋人同士なのに。

 私たちちゃんと、子供産めるんだからね」

 

 まだ乾いていないブラウスの襟の間から、玉のような雫のついた肌が見えていた。

 部屋が最高に暑いということに、その時になって初めて気がついた。

 

 

 ──駄目だ。

 絶対に駄目だ! 

 

 

 俺はとっさに身を起こして、かなり乱暴に彼女を振りほどく。

 その勢いで、フレイの身体はベッドの上で思い切り弾んだ。

 俺は彼女のブラウスの襟に触れ、はだけた胸元を直し、白い肌を視界から隠した。それ以上見ていたら気が狂いそうだった。

 

 目の前に、フレイの大きな灰色の瞳がある。

 今度は明らかに俺を非難している眼だ。こちらの心臓の動きまでも探り出そうとする眼でもあったかも知れない。

 

 

「ごめん。

 でも、やっちゃいけないんだ」

 

 

 もしここで俺が過ちを犯すようなことがあれば、彼女の時間はどうなる? 止まったままの彼女の時間は。

 俺が彼女にすべきことは、変わらない。たとえ、彼女がリセットされていたとしてもだ。

 

 彼女が時間を戻してしまっても、俺の時間は戻らない。

 俺はもう一度ボタンをはめなおし、服の裾も直した。

 その時には、既に決心は固まっていた。

 

「フレイ。明日は空いてるか?」

 

 俺は出来るだけ笑顔になるよう努め、振向いた。

 案の定、フレイは何を言われたか即座に理解できなかったらしく、穴があくほど俺の顔を見つめている。

 

「フレイがこの国にいてくれてよかった。

 俺に教えてほしいんだよ、この街のこと。

 今度本格的に、居座ることになるかも知れないから」

「ここへ来るの? 何しに?」

 

 俺は手短に、モルゲンレーテと文具団との共同計画・緊急援助隊の件を話した。

 

「――偽善めいた計画ってことは分かってる。

 でも、たとえ偽善からくる行動だろうと、人を助けられるなら俺はそれでいいと思ってる」

「アークエンジェルの行動理由と同じね。

 ラクス・クラインやカガリ姫の正義感と自己陶酔極まるご立派な話なら結構、私あの子たち嫌い。

 人を助ける? 安全なところから見下ろしてモノ言わないでよ」

 

 フレイは乱れたシーツもそのままに身を起こし、じっと俺を睨みつけていた。

 

「君が降りた後のアークエンジェルのことやラクスさんのこと、少しは知ってるのか」

「話に聞いただけ。虫唾が走るわ……

 生ゴミ漁って地を這う鼠なんか振向きもしないで、お綺麗な星屑のもとで平和の歌? オーブの理念? 

 一度でいいから、チュウザンの生臭い満員電車乗ってみりゃいいのよ、きっと3分もたずに貧血ね。そして公衆トイレに駆け込んだら宇宙一汚いトイレの有様に卒倒するの、見ものじゃない?」

 

 意地悪く笑うフレイは、間違いなく嫉妬をストレートに露にするフレイそのままだった。

 俺は思わずたしなめる。

 

「言うことは分からなくもないけど、言い方選べよ。そういうところは変わってないな」

「ということは、サイも同じように思ってるんだ。彼女たちのこと」

「尊敬してるよ、ただ賛成できない部分もあるだけだ。

 今政治論議したってしょうがない、返事を聞かせてくれ」

 

 フレイはもう、落ち着きを取り戻していた。

 探るように俺を見ていたが、やがて覚悟を決めたように言う。

 

「いいわ。サイなら許す。

 ただ、今日明日はダメ。仕事があるの」

「仕事って?」

「私ね、どっかのお姫様がたみたくのんべんだらりと暮らしているわけじゃないのよ?」

 

 唇をとがらせ、フレイはハイビスカスの花束を取り上げて帰り支度をはじめた。

 

「これから?」

「そう。昼と夜」

 

 

 

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