【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 囚われのジュール隊

 

 

 

 ブリッジの陣容は、一瞬で変わった。

 アマミキョの命ともいえるブリッジには当然成績優秀者たちが集められ、その結果

 ――元々少なかったブリッジ勤務のナチュラルは、オペレーターのサイ・アーガイルと操舵手サキ・トモエの2名だけとなった。

 後は全員コーディネイターである。

 しかもサイにとって都合の悪いことに、隣席のオペレーターにアムル・ホウナが正式につくことになった。

 

 暫くは沈静を保っているブリッジで、アムルは冷徹なまでにデータを監視し、航行ルートを探っていた。

 彼女の本来の業務は数学教育だったが、今はそれどころではない。カズイによれば、そもそも彼女が目指したかったのは戦艦のオペレーターだったというのだ。

 

 ここにも、戦いを好む女性がいる──

 

 サイはデブリの状態とアマミキョの各ブロックの運行状況と、隣席の彼女を見比べながら、心中で舌打ちをする自分に気づいた。

 アムルはサイには目もくれず、モニターを見つめたままでいたが

 

 ――やがて唐突に、口を開いた。

 

「知り合いだったの? 『彼女』と」

 

 サイは沈黙を守る。フレイのことは絶対に話すべきではない。

 

「随分な因縁に見えたけど」

「……F56区画の配線状況、大丈夫ですか。

 先の戦闘で破損して、電圧がかかりにくくなってる。通信も切れやすいし」

 

 彼女を振向きもせず、ひたすら業務を続けるサイ。

 それでもアムルは執拗だった。

 

「ごまかさないの。

 噂になってるわよ、貴方」

 

 アムルはコンソールパネルから手を離し、いつのまにかサイに顔を寄せていく。

 

「知ってます。

 嬉しいですよ、船に余裕が出てきて」

 

 アムルの、白目の面積の若干多い眼がサイの前で瞬き、長い金髪が揺れた。

 カズイが言うほど、美人でも蠱惑的でもない。サイは咄嗟にそう感じてしまった。

 

「優秀なナチュラルって、それだけで興味の対象だしね」

 

 アムルは微笑んだ。サイも笑ったが、勿論心からの笑みではない。

 家族や恋人の死を願ったかも知れぬ女──

 自分の勘違いであろうと信じているが、そのような疑いのある女に心を許せるほどの余裕は、サイにはなかった。

 

「貴方がまだここに残れるなんて、正直思わなかった。

 あまり無理しないでね」

 

 微笑んだアムルの目元の皺が、さらに深くなった。

 それきりサイとアムルは視線を合わせず、互いに黙り込みながらそれぞれの業務に邁進する。しかし――

 

 サキ・トモエ──通称オサキは、その会話を背後に聞きながら、精一杯沈黙を守っていた。

 だがその拳は、今にも自動操縦用パネルを打ち壊さんばかりにギリギリ震えている。

 アムルの言葉は、捉えようによってはナチュラルに対するコーディネイターの、無意識からの侮蔑だったから。

 

 しかしそんなオサキの様子に、アムルは一切気づかない。

 明らかに自分を避けているサイに対し、彼女はさらにモニター内の、別のウィンドウを開いて話しかける。

 

「あと──

 貴方の知り合いらしき人、もう2名ほどいるんだけど」

 

 サイはちらりとそのウィンドウを覗き──

 途端、眼鏡がずり落ちるほどに心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 ブリッジから出て船体後方へ通路を進むと、第一ブリーフィングルームがある。

 そこはフレイたちアマクサ組と、ムジカノーヴォ社長の溜まり場だった。

 壁いっぱいに無数のモニターがひっきりなしに明滅し続けるその部屋には今、ナオト・シライシが呼び出され、驚くべき指示を受けていた。

 

「二度と、ティーダには乗れないと思ってました……」

 

 さすがのナオトも、フレイ、カイキ、でんと座る社長、の前では萎縮せざるを得ない。

 さらに、相も変わらずにこにこ笑うマユ・アスカが、カイキの後ろからナオトに向かって顔を突き出しているのだ。

 すかさずフレイが、叩きつけるように言う。

 

「私とて、史上最低パイロットの誕生は避けたかった」

 

 冷たい言葉に、ナオトは喜ぶより先に肩を落す。

 そんな彼に、マユが遠慮なく抱きついてきた。

 

「よろしく、ナオト! 

 ミゲルは操縦無理だし、ラスティとも相性悪かったんだ」

 

 マユの無邪気な態度に眼を白黒させつつも、ナオトは社長に問わずにはいられなかった。

 

「本当に、……

 本当に、いいんですか? 僕で?」

 

 前髪をかきあげ、社長は指を鳴らした。背後のモニターのスイッチが入る。

 

「君をティーダに乗せることにしたのは、僕でもアルスター隊長でもない」

 

 モニターに映し出された人物、それは──

 

 

「アスハ代表!?」

 

 

 ナオトが、この世で最も尊敬する女性二人のうち一人。それが、今モニターの中からナオトを凛々しく見据える。

 カガリ・ユラ・アスハの深い金色の瞳。それは、ナオトの眼と心を同時に撃ち抜いた。

 

 フレイが冷徹に呟く。「カガリ『姫』だよ」

 嫌味なほどに「姫」の部分を強調した言葉にムッとして振向くナオトだが、そんなやりとりとは無関係に、モニターの中のカガリ姫──

 アスハ代表は語り始めていた。

 

 

《アマミキョ乗員の諸君。出発に先立ってのウーチバラの惨事、誠に遺憾である。

 私も、未だ世界を乱そうとする心ない者たちへの怒りを禁じえない……

 だが、突然の災難に対する諸君らの奮闘、尽力、私は感動した! 

 一部はムジカノーヴォ社長よりの映像で見せてもらった。諸君らの力、想いは今後の世界に絶対不可欠なものとなろう。

 このように、大幅に時間を隔てた形での協力しか出来ぬこと、許してほしい》

 

 

 まだ不慣れな為か、若干緊張気味のカガリの表情と言葉だった。

 

「こりゃまた、抽象的な単語をお使いのようで」

 

 小さく嘲るカイキを、フレイがさりげなく肘でつついて黙らせた。マユもクスクスと笑う。

 しかし――ナオトはきらきらと眼を輝かせて、まるで女神へ祈るようにカガリの言葉を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、こうなって初めて気づく──

 宇宙こそ、最も孤独な空間だと思っていた。

 果てのない闇を漂い、八方からの火線に怯え、棺桶にも似たコクピットの中、たった独りで死の恐怖に耐える。これ以上の孤独はないと思っていた……」

 

 

 アマミキョの後方には、船体周りを360度囲むようにして居住ブロックが造られている。

 無重力空間を想定して設計された、シリンダ型コロニーにも似たブロックだが、さらにそのブロックを守るようにして食糧・生活物資貯蔵庫がある。

 その第12貯蔵庫の奥に、天井がかなり低い、通勤電車1両分ほどのスペースがあった。

 船体の中でも、最も装甲の脆い区画の一つ──通称・瞑想室だ。

 

 アマクサ組の統制が始まってからそこは、命令違反者の謹慎場所となっていた。

 暴行、乱闘、盗難騒ぎを起こした者は勿論、遅刻や些細な違反を重ねた者がクルー、避難民関係なく、次々と放り込まれた。

 格子状の柵で囲まれた部屋には今、100名を超す違反者が詰め込まれ、息も絶え絶え、汗と悪臭に満ちた地獄と化している。

 流石に男女で部屋は別になっていたが、半数以上の人間は立ったままびっしりと詰められ、座るどころか息をする余裕すらない。

 勿論、この部屋は厳重な監視下にあった。そんな場所に

 

 

「──だが、大きな間違いだった。

 大勢の中に押しつぶされ、息も出来ずに存在を抹消されていくこと。

 それこそが本物の……」

「さっきからブツクサブツクサ、やかましいぞディアッカ! 

 この程度の試練、誇りをもって耐えぬ……う、うぐぅ、腹が……」

「誇りで何とかなるなら苦労しないぜ、隊長」

 

 

 ――イザークとディアッカは、仲良く押し込まれていた。

 周囲の立ちっぱなしの人間はもはや、言葉を発する気力すら失せている。発すればそれは愚痴か怒声になるしかなかった。

 

「空調もろくなもんじゃなし、酸素来てんの?」

 

 『アマクサ組』の手により捕縛された時点で二人とも、パイロットスーツは脱がされていた。

 ディアッカはほぼ下着同然の状態だが、それでも汗だくだ。イザークは衝撃吸収用のインナーだけはきっちり着込み、顔を真っ赤にしている。

 当然二人とも、携帯していた銃器類は全て奪われていた。

 

 脇を掻こうとして動こうとしたディアッカは、またも周りに小突かれる。

 見知らぬ大の男同士、心音がお互いの身体に響きあうほど背中合わせになり、肌と肌をくっつけあい汗を流すなどという状況は、いかにコーディネイターとはいえ気持ちのいいものではない。

 安全の為にもイザークと離れ離れにならぬよう気をつけていたが、この壮絶な混雑では身動きが取れず、何とか手を触れ合える距離を保つのが精一杯だった。

 

「宇宙漂流とどっちがマシかな、こりゃ」

「貴様それでも元──」

 

 赤服かっ、と叫びそうになって、イザークは何とか喉元で抑えた。

 この場でザフト兵などということがばれては、何が起こるか分からない。一応周囲には、自分たちはチュウザンに駐留していたオーブ軍関係者であり、何らかの誤解か手違いで捕らえられた、と説明していたが。

 

 ある程度冷静さを持つ普通のクルーたちならともかく、短期間に騒ぎを起こした者どもの集まり。

 そしてこの中に、連合寄りの者がいないとは限らない──

 今右腕がひっついている隣人が、ブルーコスモス信者でないという保証はないのだ。

 何より、ウーチバラを襲ったのがザフト脱走兵だという事実を、忘れてはならなかった。

 

 

「勘弁してくれ、詰め込まれて20時間だ、死んじまうよぅ」「俺は50時間だ!」

「最高の拷問だぜ、こりゃあ」「おい、もう下痢は勘弁」「違う、ゲロだ」

 

 

 あちこちから男どもの情けない声が響く。

 トイレは部屋の隅に設置されているものの、たどりつける者はごく少数だった。結果として──

 瞑想室の床は、言葉にするのも憚られる状態となっていた。重力制御がきちんとかかっていたのが、不幸中の幸いといえる。

 イザークとディアッカがこの状態になってからかれこれ100時間以上は経過していたが、そこはコーディネイターの中でも選び抜かれた、ザフトの戦士。その中でも超エリートでありヤキンの英雄として知られた二人である。

 イザークは白服の誇り、ディアッカは元赤服の意地をもって、ほぼ直立不動で耐え抜いていた。

 

 しかしその我慢も、いい加減限界に達しようとした時──

 瞑想室の閉じられた格子の扉、その向こう側の暗い通路、さらにその向こうの自動扉が開いた。

 

 

「説明願いたい! 

 何故我らジュール隊が、このような恥辱を!?」

 

 

 勢いよく飛び込んできた者がいる。

 りんと張りつめた女の声に、律儀な青年の声。

 

「申し訳ない、自分にも事情がよく掴めてなくて……

 エルスマン! ディアッカ・エルスマン!」

 

 その声に、思わず顔を上げるディアッカ。

 しかしイザークの反応の方が早かった。

 

「ハーネンフース! 

 お前、よく無事でっ……!」

 

 厳重にロックがかかった格子の隙間から見えた姿は――

 右腕に包帯を巻いたシホ・ハーネンフースに、サイ・アーガイルだった。

 偶然自分たちが扉のそばにいて良かった。サイが格子扉のすぐそばまで走りこんできたのを見た瞬間、ディアッカは小声で囁く。

 

「バカ! 

 見られてる……聞かれてるぞ」

 

 サイは今とっさに、ディアッカの名を叫んだ。この状況下でそれはまずい。

 ザフト兵と多少なりとも親密になっている。その事実を他の連中に知られたら、サイの立場が――

 だがサイは、さらにディアッカを驚かせる行動に出た。ロックにしがみつくようにしながら、覚えている限りのパスコードの入力を始めたのだ。

 

「構わない。

 構うもんか、こんな事ありえない!」

 

 今にも扉を引きちぎらんとする勢いで、サイは次々にロック解除の為にパスコードを入れていく。

 それに気づいた周囲の者たちが、扉側に寄ってくる。ガタガタと鉄製の格子が鳴った。

 

「おい、解放してくれんのか!」「出してくれぇ、頼むぅ」

「お前、あの女のツレかっ」「ブリッジ組なら、しっかりしてくれ!」

 

 格子の幅がもう少し広ければ、サイは男たちの腕に掴みかかられていただろう。

 シホは悪臭に耐え切れず反射的に口を塞いだが、サイは罵声を叩きつけられながらも必死に入力を続けた。

 中の熱気が扉ごしに伝わり、サイもあっという間に汗まみれになる。

 

 ――しかし、ロックが解ける気配はない。

 見かねたディアッカは、観念してサイに声をかける。

 

「もういい。俺らがドジっただけなんだ」

「だからって、許せないだろ。こんなの!」

「よせ。こっち側に来たいのか?」

「君たちは、助けてくれたのに」

「やめろと言ってるんだ」

「これは虐待だっ」

「聞けよ!」

 

 なおも入力を続けようとするサイ。

 ディアッカの叫びに呼応するが如く動いたシホが、無言でサイの肩を強引に押さえ

 ――ようやくサイは手を止めた。大きな失望のため息と共に。

 

 イザークがシホに向かい、目を伏せる。

 

「すまん、ハーネンフース。

 無様な姿を……」

 

 それから先は言葉にならない。

 シホはどうにか冷静さを保ちつつ、丁寧に答えた。

 

「そのようなこと……気になさらないでください、隊長。

 必ずお助けします」

 

 相変わらず、ロックの反応はない。

 サイは苛立ちを露わにしつつ唇を噛む。

 

「フレイに……言うしかないのか」

「そのようで。貴方では、悪戯にここの人数を増やすだけです。

 それは隊長の苦難に繋がる」

 

 シホはばっさりと言い放った。屈辱的な言葉だが、事実だ。

 サイは無言のまま踵を返し、駆け出そうとする。だが──

 

「待てよ!」ディアッカが彼を呼び止めた。

 

 格子の狭い隙間から、ディアッカはサイに小さな布切れを渡す。

 それは、ディアッカの下着の切れ端だった。

 そこには、おそらく血で爪を濡らして書いたものであろう文字があった。かなり乱雑だが、サイには読めた。

 

 

 

 ──気をつけろ。幽霊船だ

 

 

 

 サイはその意味を読み取ろうとディアッカを見たが、彼は黙って顎をしゃくるだけだった。

 イザークは悔しげな表情を隠さず、シホに謝罪を続ける。

 

「本当に申し訳ない、ハーネンフース。貴様もあらぬ疑いを……」

「自分なら大丈夫です、隊長」

 

 身動きが取れたならば、イザークはシホに土下座していたかも知れない。

 

「機会あらば、貴様は先に戻れ! 

 自分らも必ず脱出するっ」

 

 イザークの声が、汗みどろの地獄の中、ひときわキインとよく響いた。

 

 

 

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