【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その言葉どおり──
ムジカノーヴォ社長はミントン2到着と同時に、アマミキョを後にした。
ミントン1及び2は、双子の中立コロニーである。
元々二つのシリンダー型コロニーをひとつのコロニーとして運用していたので「双子」とも言われていたのだが、2年前の大戦でコロニー同士を繋ぐ接続機構が壊滅的な被害を受け、現在は2基に分けての運用を余儀なくされている。
ただでさえ曰くつきのコロニーだったが――
さらに数週間前、テロリストの攻撃によりミントン1の採光ミラーは大きく損傷。
その為、自動調節機構が破壊されたミントン1はそれ以降、時間が停止していた
──夕暮れの時間に。
水の都として有名だったミントン1には、人工的に造られた湖や河川が多かった。しかし現在は、その殆どが泥の沼地と化し、摂氏40度を超える熱と湿気がコロニーに密封されている。
地上にいた住民は殆どが隣のミントン2に逃れていたが、勿論富俗層が優先で、貧困層はコロニー地下へと押し込められる結果となっていた。
飲料水もほぼなく、光もなく、プライバシーも何もないスラムへ。
アマミキョは社長と、牽引してきた救助艇、下船希望を出した避難民をミントン2で降ろした。
これで船内の人数がようやく減ったとクルーたちが胸をなでおろしたのもつかの間――
その後港口からミントン1コロニー内部に進入し、彼らはさらなる地獄を目撃することになったのである。
サイとアムルとカズイがブリッジ上の甲板に出て、コロニー内の熱にその肌をさらした瞬間、アムルが文句を垂れた。
「何これ。
外壁の冷却効果も役立たずってこと!?」
真っ赤な血で満たされたようなコロニーの空。身体じゅうに灼熱の湿気がまとわりつき、サイたちは魂の2割がたが持っていかれそうな気分になった。
サイとアムルのブリッジ組制服が、あっという間に汗まみれになる。
彼らを生身でブリッジから外に出るよう命令したのは、勿論フレイだった。
アムルの薄いベージュのブラウスが一気に汗で濡れ、彼女は衿のネクタイを緩めてわずかに鎖骨を出す。夏服の、大きく広がる袖から二の腕が風でむき出しになる。
それを見て、カズイの顔がメットの中、空と同じ真っ赤になった。
カズイは緊急時用のノーマルスーツを装着していた(本来は反則である)。
スーツ内部の冷却システムが働き、サイたちよりは気楽なようだ。
「いくらコロニー内の空気を直接確認する為って……
頭おかしいんじゃないの、あの女」
アムルの息が早くも上がっている。
チョコレート色のプリーツスカートまでもが湿気と汗でふにゃけ、彼女はスカートを甲板上で思い切りはためかせた。勿論、下着は見えない程度にだが──
ストッキングが実に暑そうだ。
「神経まで煮えたら、どうしてくれるのよ!」
「俺に言ったってしょうがないでしょう」
ネクタイを緩めるサイにしても、アムルと状況は似たようなものなのだ。
夏服とはいえ、やはりノーマルスーツをつけていたほうがマシだ。皮膚や内臓に直接押しつけられるような熱はたまらない。さらに──
「一体何なの、この臭い」
「下水だよ。あそこだ、湖は」
コロニー軸上を航行中のアマミキョ・コアブロックの目と鼻の先に、人工湖があった。
ただし湖といっても、この熱気で半分以上が干上がっている上、下水管の破裂で周囲の汚泥が流れ込む真っ黒な沼と化していた。その泥が市街地にまで流れ込んでいる場所さえある。
女性ならおそらく、生理の血がさらに腐ったと表現するだろうその臭い。
しかしそれは、カズイのメットの奥までは届いていないようで──
彼はきょとんとサイたちを見ていた。
「どうしたの?」
「バイザー上げてみりゃ分かる」
蒸気をたっぷり込めた暑さは、無条件に人を苛つかせる。
サイはカズイに対する自分の言葉が暴力的になっているのに気づき、軽く自省した。
「もうちょっと時間がたってれば、湿気もなくなってたでしょうに……」
苛ただしげに長い髪をかきあげるアムルに、サイは呟く。
「俺たちが来る意味もなくなってたよ。
太陽光ブロックの修復には時間がかかるし、その間に配水システムの修理、市街地からの排水、民間人の一時避難。ミントン2からの援助だけじゃ無理がある。
もう一度人が暮らすためには、今こそアマミキョが必要なんだ」
サイたちの目の前で、アマミキョはその船体を空中で分散させていく──
ブリッジやモビルスーツデッキのあるコア(指令)ブロックから、居住用ブロックや医療ブロック、緊急救助ブロックが離散していき。
真っ赤なコロニーの空に、アマミキョの船体がバラバラと広がる。コアブロック以外は、100m下の地上に降下していく。
この分離機構こそが、アマミキョが地上でなくコロニー内で建造された理由だ。
一部、地上では使用不能な機構もあるため、大気圏突入の直前には該当する宇宙用ブロックを切り離し、オーブ所有のイズモ艦に収容される予定となっていた。
その様子を甲板から眺めながら、サイは奇妙な不安にとりつかれていた。
ジュール隊の件、フレイたちアマクサ組の件。そして社長の下船──
副隊長がいるとはいえ、社長はあれでも要所要所でシュリ隊をしめてくれていたのだ。
企業のトップがいつまでもアマミキョにいるのは危険とはいえ、あの社長がいないというのは今のシュリ隊にとって不安要素だ。なんといっても──
社長がいなければ、誰がフレイたちの暴走を止めるというのだ?
そのフレイは、早速地上に降り立ってアストレイ隊やミストラル隊を主導し、アフロディーテで救助作業にかかっていた。
今のアフロディーテはIWSPを装着していない、素のダガーLと同じである。
ソードカラミティのカイキや作業用アストレイと共に、泥の廃墟と化した市街地に降り立つアフロディーテ。
細かく入り乱れた路が特徴の街でもあったが、それが作業を阻害しているともいえた。地盤の崩壊と暑さにより、殆どのビルが傷んでいる。
一方――
「あ……
今レンガが落下し、泥に落ちる音が聞こえました。至る処で配水管が壊れ、水が流出しています……
かつての水の都・ヴェネチアの再来と言われたこのミントン1は、現在我々の前に無惨な姿をさらしています。
運河が縦横に走り、美しい景観を誇ったこの観光コロニーも、今では」
「泥の山っ。いっそ、全部沈んだほうがマシ!」
「マユ……頼むから黙って」
ナオトはマユと共にティーダに乗り、ミントン市街地のレポートを始めている。
抹茶色の専用ノーマルスーツを与えられたナオトは、ちょっとだけ上機嫌だった。
彼の身体には少々大きめだったが、だぶついている処が可愛いと、医療ブロックでネネたちに褒められてもいた。
──だが、ほんの少し上向いた気持ちも、作業を始めた途端に重くなってしまっていた。
熱せられ、開かなくなった地下へのハッチを強引に開くティーダ。避難民がいるはずだったそこには──
「きゃはっ、腐ってる」
マユの笑い声が響く中、ナオトは目を凝らしてその物体を見る。
一瞬、『それ』が何なのか理解できなかったが――
直後、ナオトの胃が全力でその事実を拒絶した。
まずい。ノーマルスーツの中に吐いたら、どんな罰を受けるか分からない。
ハッチを閉じて作業していて、良かった。周囲に漂う悪臭はどれほどだろう?
それは──熱気のこもる地下街に閉じ込められた、大量の人間たちの死体。
密閉された熱気と湿度の中、完全に白骨化することもできず、膨張した腐乱死体。
一箇所に押し込められていたものらしく、半ば溶解した肉同士がくっついているものさえある。
「何してる、グロレポはなしか?」
後方から様子を見に来たソードカラミティから、カイキの嫌味が響いた。
ナオトは胸の圧迫感に耐えながら、レポートの文句を呟く。
「うぐ……
ミントン2への避難が叶わず、地下へ避難した方々……でしょうか。
か、髪の毛で、ようやく人間と分かります……」
サイもまた、作業用M1アストレイで配水システムの修理に出ていた。
泥の河と化した、もはや流れぬ運河をアストレイで慎重に進みながら、サイは壊れた下水管を見つけた。
テロ前後の混乱で薄い地盤が崩れた時に切断されたのだろう、管の中に乾燥しきった汚物が詰まっているのが分かる。
倒壊した建造物がその上を覆っており、サイはミストラルの応援を数台呼んで、崩れた瓦礫を押しのけにかかった。
ミストラルの作業用アームが瓦礫にとりつき、慎重に配水管の上から除去していく。
サイは、ハッチを開いたまま作業を行なっていた。不慣れゆえ、時々ハッチから振り落とされそうになる──
だが、戦闘ならともかくこのような作業は、できれば肉眼でやりたかった。よほど危険な状況でない限り、実際に空気を感じたかった。
アストレイをゆっくり跪かせ、アサルトナイフで管に詰まった泥を取り除く。
そんな作業をしながらも、サイの頭ではジュール隊とフレイのことがぐるぐる回っていた。
──彼らは、助けてくれたんだ。
何とかしなければならない。
サイの思考は、ごく単純だった。
どうにかして、フレイとアマクサ組の監視を逃れ、ジュール隊を逃がす方法は。
アマミキョ全船監視システムとて、死角はあるはずだ。
何より──フレイに、これ以上の無茶はしてほしくなかった。
今のフレイは、何を考えているのかさっぱり分からない。彼女の行動には一定の理もあるが、サイにしてみれば到底受け入れられぬものばかりだ。
アークエンジェルから降りる時、すがりつくような瞳で自分を頼ってきたあの時のフレイは、一体どこに行った。
だいたい何故、今の彼女はコーディネイターとされているんだ。
何故アフロディーテに乗っているんだ。
アマクサ組って何だ。ハラジョウって何だ。ティーダとの関わりは――
思考をめぐらせつつ、何度目かにナイフで管をえぐった時──
中に詰まっていた水が、一気に空中に噴出した。
勿論、きれいな冷水などではない。汚濁しきった熱湯だ。
ハッチを開いたままだったサイは慌てて機体をどかそうと焦ったが、自分の身体ほど早くは反応しない。
もう少しで熱湯がコクピットに直撃しようとした時──
アストレイが、後方へ大きく引っ張られた。
両肩をシートベルトで切断されるような感覚がサイを襲う。しかしベルトがなければ、泥の中にサイは弾き飛ばされていただろう。
「ハッチは閉じろ。常識だ」
アストレイの右腕部を強引に後ろから引っ張り上げたのは、フレイの乗るダガーL──アフロディーテだった。
茫然とアフロディーテの頭部を見つめるサイ。
そんな彼を、ミストラルに乗った隊員たちが密かに嗤っていた。
ナオトが死体の山のおかげで帰還後に吐きまくり、サイが作業中のミスで3発殴られ、二人ともポイントを大量に引かれ
――2日後。
フレイたちアマクサ組の叱咤もあって、早くも隊員たちは作業に慣れてきていた。
地下へ逃げのびていた人々は予想外に大量にいた。
勿論ナオトが見たような死体ばかりの場所もあったが、地下深くにはまだ備蓄が残っている部分も多く、そこまで逃げのびられた住民たちは辛くも命を繋いでいたのである。
汚水と腐臭に満ちた暗がりの中から、必死で彼らを救出し続けるサイたち。
最初は、下水の臭いが染みついた避難民に触ることさえ抵抗を示したクルーもいたが、半日もすれば自ら地下の下水管に頭を突っ込み、素手で詰まりを取り除けるようにまでなった。
アマクサ組はそういった汚い作業をもきっちりチェックし、それなりの高ポイントを与えていた。
この統制のおかげで、思いのほかアマミキョの支援活動は順調に進んでいたといえる。
フレイが自らアフロディーテで最前線に出て、陣頭指揮を取っていたことも大きかった。勿論、その為に瞑想室直行処分を喰らった者も多数いたわけだが。
だが、真っ赤に染まったままの空に、トリコロールカラーのモビルスーツが飛来した瞬間──
熱気に満ちた時間は、終わった。