【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その日は勿論、相当に暑かった。
俺とフレイは最も暑い時間を避け、朝の8時15分、駅の反対側を待ち合わせ場所に選んだ。
その時間ならフレイも空いていたし、ちょうど良かったから。
予定より20分ほど遅れ、フレイはやってきた。この程度の遅刻……2年前で慣れてる。
白い日よけ帽子に、薄水色のワンピースというシンプルな格好である。残念ながらミニスカートではなく、脚を陽射しや熱気からすっぽりと守る膝丈のフレアースカートに、白い厚底のブーツ。
勿論、手には例の花束を持っている。
ただひとつ、困った問題があった。それはこの時間帯が、ラッシュ最大時ということだ。
満員電車ならオーブにもなかったわけじゃない。俺はオーブの満員電車の惨状が世界一、いや宇宙一だと信じていたくらいだ。
その確信は、一瞬で覆されることになった。
ホームは人で溢れかえり、喧嘩や転落事故は当たり前。ドアが閉じないまま、窓から人間がはみだしたまま発車するのも当たり前。
オーブではこういった場合、必ず電車を止めて安全確認を丁寧に行なうおかげで電車が遅れる。チュウザンではそれがなく、時には電車の屋根にまで人を乗せて出発してしまうのは豪快というべきか。
フレイは意外にも、この地獄行きの電車に涼しい顔で乗り込んでいた。痴漢も相当いるだろうが、彼女は全て例の花束で撃退したそうだ。
俺はというと……
人と人に挟まれて足が浮き上がっている上、うっかり窓際の手すりのある場所を取ったおかげで、電車が急減速急停車するたびに窓と手すりの角部分に肋骨を激しく圧迫されることになった。おそらく毎日のように骨折する人間が出ているんだろう。
「給料低くて長時間労働を強いられるとはいえ、今じゃ文具団はチュウザン唯一の希望だもんね。
誰もこんな電車乗りたかないけど、生き抜くためにはしょうがないのよ」
「生き抜く前に死人出るぞこの電車」
「手すりのそばは一番危険なの、そんな場所取ったサイが悪いのよ」
フレイは顔色ひとつ変えずに、少ないつり革をゲットしていた。
「フレイ、礼を言うよ。
こりゃ最高の勉強になる」
皮肉まじりに吐き捨てたつもりだったが、フレイはにっこり笑って言い返す。
「そりゃどうもありがとう、次は是非カガリ姫様のご同行をお願いいたしますわ」
電車は、川の向こうへと橋を渡っていく。
そこはコーディネイターとナチュラルが同居している場所──
つまり、「文具団」の工業用地だ。
大戦終結後、軍需生産が必然的に落ち込んで、景気は世界的に低迷を続けている。
しかし「文具団」社長トレンチ・ムジカノーヴォはそれを逆手にとった。
解体されたモビルスーツや軍兵器を片端から買い取っては、別の電化製品へと生まれ変わらせたのだ。主なところではトランスフェイズ装甲の自動車などがそれである。
他にも追随した企業はいくらでもあったが、まず先陣をきったのが「文具団」だった。
大戦の終結を見越して工場などの設備を整え、密かにチュウザン国内に暮らしていたコーディネイターを集結させた手腕は、見事というほかはない。
他にも文具団は、連合寄りの放送局や新聞社の株の買占め、鉄道会社や旅行会社、情報産業や出版業、世界的にチェーン店を持つ食品会社などとの企業の合併・吸収を繰り返し。
ついには、東アジア共和国が放棄していた軍事用コロニー「ウーチバラ」の復活まで果たし、完全に自らのものにしてしまった。
その上、近海のバタン諸島・バブヤン諸島さらにはルソン島の一部の土地の権利の買占めを行い、着々と力をつけている。
だが一見、目覚ましい復興を果たしているように見えるチュウザンだが──
実態は、この前俺が見た通りだ。
「この先の文具団の用地あたりは何とかコーディネイターとうまくやってるけど、他のところはねー。
文具団の仕事はコーディネイターと優秀なナチュラルが独占しちゃってるし。だからといって平凡なナチュラル用の仕事がそうそうあるわけじゃないし、あっても安く使われるだけだし、その上復員兵が続々帰って来ちゃってるしねー。
そりゃ失業率は必然的に上がるわよね。貧困層と富俗層が見事に二つに分かれちゃってる。
勿論貧困層の方が大多数」
連合加盟国の中にあって数少ない、コーディネイターが居住できる国。また、連合の中にありながら中立を目指す国。
だからこそオーブのモルゲンレーテ社も、この国を母体とする「文具団」に手を貸した。
大戦で少なからぬ被害を受けたモルゲンレーテ社も生産力を落としてしまい、事業回復のためであればどこであろうと協力したいという状況だったのだ。
そしてオーブ政府も、中立国としての力を宣伝し、国際的な発言力を強める必要に迫られていた。オーブ自体国土を焼かれ、復興もままならない状態だというのに何故チュウザンへの支援を決定したかというと、こういった背景があるからだ。
フレイの仕事が何か、問い詰めるつもりはなかった。
この間の惨状を見れば、この国で女性が独りで生きていくのがいかに大変かはアホでも分かる。
かといって、死んだとされたはずの人間がオーブなり連合なりに戻ったところで、いったいどのような騒ぎになるかは想像にかたくない。
それにフレイ自身、戻りたいという気持ちがないようだ。記憶が完全に回復するまでは──
「私、仕事好きよ」
その話になった時、彼女は朗らかに言った。
「この国の人たちは皆、生きながらにして殺されている。
戦場にいた男たちだけじゃない、朝と昼と夜の肉体労働に疲れきった人でしょ、酒と薬に溺れた子でしょ、その子たちに蹴られたお爺さんでしょ。時には女の人だって来る。
だからその人たちに、私は命の味を思い出させる」
それが何を意味するか、俺は聞かなかった。
明らかに、自分の婚約者(だと思っている男)に話すべき内容ではない。
しかしその時のフレイの眼は、真剣に仕事をしている眼だった。仕事をさせられているのではない、自ら進んで行なっている。
実際フレイに「命の味」とやらを味わわせてもらった人間もいるのだろう、俺は確信した。
──願わくば俺も、その一人になりたかった。
ガタガタ揺れる電車で身体を圧迫されながら、俺は窓の外を眺めた。青空の下に文具団の街が見えてくる。
鉄橋の向こう、灼熱の空の下に広がるは林に囲まれ乱立する工場。まだ新しく、ほとんどの建物は壁がまっさらだ。
ただ、大気はそうでもないようで、空は幾分か汚れている。工場周りの林は環境保護の為なのだろうが、役に立っているとは思えない。蛾やその他の虫を増やす役には立っているだろうが……川や海の汚濁も想像以上だろう。
ゴムと鉄の焼ける臭いが鼻をつく。満員電車の中でこれは、地獄だ。
その時俺は、工場街の所々にある不自然な更地に気がついた。残骸にビニールシートがかけられ放り出されたままになっているその場所は──
「この前のテロのやつ」
フレイはそっけない。
「最近になってもちっとも減らないの。
連合やザフトの脱走兵とか、モビルスーツ盗んで暴れるだけの民間人とかいるけど大体は、文具団への反抗よ。
おかげで道路も壊されちゃったから、電車の混雑がますます……」
「軍は何してるんだよ」
「社長は自衛軍持ってる、傭兵部隊だけどね。
国軍なんかあてになるもんですか、連合があれだけ被害こうむったのに」
駅に近づくにつれて工場は増え、きっちり稼動している様子も見えてきた。オフィス街のようなものも出来ている。
と、電車が急停止した。
俺のすぐ前にあった手すりが胃を圧迫し、その上背中から数十人分の重量がかかる。
本気で吐きかける俺を尻目に、フレイは笑顔だ。
「満員電車のストレスってね、モビルスーツパイロットのそれを上回るんですって」
「だとしたら、君は最高のパイロットになれる」
その時フレイが見せた、わずかに不敵さの入り混じった表情。口元に浮かんだ微笑の意味に――
俺は、全く気づかなかった。