【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
アマミキョ・医療ブロック。
「被弾箇所付近で5m飛ばされた!
頭、右胸、右肩に外傷、血圧100の60脈拍15! そっちは血圧90の50、脈拍60で微弱っ」
戦闘でまたも発生した震動で、患者が泣き喚き、医者・看護師全員がいつも以上に右往左往する中、シホはじっとベッドに座っていた。
――人間のみの脱出ならなんとかなる。実際、隊長もそれを望んでいるだろう。
しかし、みすみす相手に機体を奪われたまま逃げるなど、シホのプライドが許さない。
何より、ジュール隊長にどんな裁きが下されるか分からない。ザフト最新鋭の機体を、中立とはいえこの連中に奪われたとあっては──
そんな時だった。
騒乱の最中、サイ・アーガイルが、彼女の前に現れたのは。
白銀を纏った、獰猛な獣が飛びかかってきた──
そうルナマリアが感じたのは、一瞬。
《えぇ? これがお兄ちゃんとの『適合者』なの?
なぁんだ。私の『お姉ちゃん』になるには、弱すぎだなー》
あの少女の声。目の前のモニターに大うつしになっている、敵の頭部。
赤服ともあろう者が、こうも簡単に懐に飛び込まれるとは。こんな状態になれば、次の瞬間に待っているものは明白だ。
「な……
何を、言ってるの?」
大丈夫。声帯までは、怯えていない。
ルナマリア機は咄嗟にビーム突撃銃でのゼロ距離射撃を試みたが、あの巨大な盾──トリケロスで払い落とされた。
《あはっ、可愛い色~。
ねぇねぇ、ちょっともらってもいいでしょ?》
と、恐るべき震動がルナマリアの身体を揺さぶった。
「!?」
右から左から警報音が鳴りひびき、コクピットが警告の光で紅く明滅した。
モニターを見ると、脚部と腰部を繋ぐパイプ、そしてエンジン部に近い装甲が、致命的損傷を受けている──
なんてこと。パイプを剥き出しにした機体は危険だって、ヨウランたちにもっと言っておくんだった。
目の前の白い機体は、ルナマリア機の紅の装甲の一部とパイプを剥ぎ取り引きちぎり、どことなく嬉しそうに見えて──
《や、やめて!
マユ、お願いだ、やめてくれ!!》
あの少年の悲鳴はまだ響く。
居住ブロック奥の瞑想室は、被弾の影響を著しく受けていた。
直撃こそ逃れたものの、室内の壁が崩壊して何名かが船体の外壁部分へ落下していき、うち何名かは、外壁に空けられた穴からあっけなく空中へ放り出されていく
――血の色の空へ。
しかし大多数の違反者はこれをチャンスと捉え、一目散に崩壊部分から逃げ出していた。
そして勿論、イザークとディアッカがこのチャンスを逃そうはずもなく――
ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる男どもの中から、どうにか通路へと脱出した二人。
そこへ混乱をかき分けかき分け、サイとシホが到着した。
「ここは危険だ、すぐに38区画に移動して!
被弾箇所には絶対に近寄るな、風がひどい!」
サイは大声と身振り手振りで必死に違反者たちを誘導しつつ、ディアッカへ目配せする。
一瞬でその意志を汲んだディアッカは、さらにイザークを振向く。イザークはシホに目で確認する。
言葉はなくとも、十分に伝わった。
《あはっ、さよなら。
偽の『お姉ちゃん』♪》
ルナマリアの抵抗も虚しく、明るい少女の声と共に相手の拳が振り上げられた。
さっきレイの機体を激しくぶん殴った、あのピアサーロックの牙。コロニーの光のおかげで、血塗られた牙に見える。
ザクウォーリアにフェイズシフトはない。あれで、もしコクピット付近を殴られたら──
いや、通常はそうする。軍人なら。
しかし相手は声からして、まだ少年と少女だ。それが、ルナマリアの判断を狂わせる。
相手はまだ子供なのに、私は――
──ルナマリアは未だにそのような、普通の少女らしい部分を持ち合わせた兵士だった。
だが今、そんなことを言っている時ではない。
相手の牙は、そのまま一瞬でザクウォーリアのコクピットを、彼女の血と内臓と眼球と共に撃破し──
《――馬鹿モン!
その声も罠だ!!》
ルナマリアの下半身から胃にかけて激震が走った。
これは、外壁からの地下ハッチが開く時、特有の地響き――
そう思った時には、彼女の前から牙は突き飛ばされ、代わりに漆黒のモビルスーツが立ちはだかっていた。
「ヨダカ隊長!」
それはコロニー外壁からようやくのお出ましの、ジンハイマニューバ2型。
ルナマリアの声が、弾んだ。
同時刻。
ジュール隊はサイの誘導でアマミキョ内壁、通風口を這いずっていた。
「直接カタパルトに行けるのは、ここしかない」
暗く狭い管の中、塵で真っ黒になりながら進むサイ。
「監視は?」
ディアッカはかれこれ6番目かの梯子を下りつつ、周囲を見渡す。
サイは管の中を探った手で思わず顔の汗を拭き、制服も顔も汚していた。
「さすがに、ないはずだ」
シホも、沈黙を守りながらそれに倣う。外からはまだ、砲撃による震えが伝わってくる。
イザークはサイの様子を注意深く睨みながら、一言だけ呟いた。
「すまない。……この借りは、必ず返す」
シンは、アマミキョを一旦諦めざるを得なかった。あまりに相手モビルスーツの防御は固い。
もとより、自分の役割は陽動──深追いする必要はない。
しかし、先ほどの白いモビルスーツは何処だ? 地上の様子からすると、恐らくルナマリアとレイがそいつと交戦しているはずだ。既にヨダカも潜入している時刻。
シンはインパルスを反転させ、一気に地上へと向かう――だが。
《『チグサ』に会うにはまだ早いのだ、貴様は!》
女の声を持つ機体──アフロディーテは、執拗に迫ってくる。インパルスに追いついたと思うと機体ごと回転し、蹴りを入れてきた。
アマミキョ・モビルスーツデッキに、ようやくサイたちはたどり着いた。
発進口からの強風が渦を巻き、全てを血の空に飛ばさんばかりの勢いだ。
しかもひどい悪臭までが漂っている。バイザーをつけた整備士には分からないだろうが。
丁度アマミキョは、ミントンの人工湖──つまり、汚泥の詰まった池の直上へとさしかかっていた。
ジュール隊は全員、既に台車の上の荷物に化けさせられている。
サイは風の中を必死で走り回りつつ、大声で叫んだ。眼鏡が吹っ飛ばされそうだ。
「第24区画の外壁が被弾した!
このままじゃカタパルトも危ない、動けるクルーは修復作業に向かうか避難して!」
「貴様の命令なぞ、誰が聞くか!」
予想通り、酔っ払い整備士ハマーの返答が投げつけられたが、サイは負けずに怒声を投げ返す。
「フレイの命令だよ!」
半分はヤケッパチだ。「さっきの衝撃を感じなかったのか!? 船自体が危ないんだ!」
「……えぇい、クソが!!」
それを聞いたハマーはしぶしぶ、整備士たちを怒鳴りつけながらスタコラ走り去っていく。暴風の中でもいやに響く舌打ちをしつつ、だったが。
――ミゲルやラスティの姿もない。好都合だ。
その隙に、ジュール隊は動いた。
積荷から飛び出し、予め案内されていた通りにデッキ上部へ移動。
固定されていたゲイツR、ザクウォーリア、ザクファントムに、彼らは素早く乗り込んでいく。アマミキョ用のメットを使用しているから、万一目撃されてもすぐにはバレないはずだ。
サイはその間に、必死でカタパルトを横切る。
彼の靴にもマグネットはついていたが、ノーマルスーツのものほど強力ではない。結果、制服のままだったサイは強風と熱気に煽られ、発進口付近の手動発進用パネルにたどりつくのもやっとだった。
備え付けの紅の信号灯を取り出し、壁を這いずるようにしてジュール隊に向き直る。
「何て風だよ」
ザクウォーリアのコクピットで風速を計算しながら、最後列のディアッカは不安げに脚部下のサイを見守った。
この、血のコロニーの圧力が一気に押し込まれてきたが如き、重い風の中――
サイはネクタイが無茶苦茶な方向へ翻るのも構わず、手動発進パネルの操作を始めている。
その姿は、やたらと小さく見えた。
《それに、この熱さ……》
シホもまた、計器を確認しつつ眉をひそめる。
イザークはコクピットからサイを睨みつつ、届かないと知りながら、叫ばずにはいられなかった。
「貴様は戻れ!
このままマニュアル発進できる、早くっ!!」
しかしサイは熱さと暴風と悪臭の中、どうにかパネルの操作に成功した。
発進口へ、ゲイツRがまず移動を開始する。
「この高さと重力じゃ、モビルスーツが墜落する!
俺がいなきゃ……」
サイが必死でしがみついている壁から空中まで、残り5mもない。今壁の手すりから離れれば、50mは下の汚泥へ、自分が墜落──
それでもサイは、何とか信号灯を振った。
まずゲイツRが発進していく。目の先ほんの10mもないあたりを、深いエメラルドのゲイツRの脚部が通り抜ける。
その風圧でサイは壁に叩きつけられ、次に足を空に取られそうになった。
──まずい、マグネットがろくに効かない。
続いてイザークのザクファントムが発進位置へ。
特徴的な単眼がわずかにサイに向き、2、3度瞬いた。おそらく警告だろうが、サイにはイザークの声はもう聞こえない。
信号灯を剣のように、大きく振りかぶる──ザクファントム、発進。
耳と服が破れるかと思うほどの重い空気が、サイの全身を殴りつけていく。