【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
頭上から、水圧が落ちてきた。
ついさっき風に身体を殴られたと思ったら、今度は水だ。全身にまとわりついていた泥と悪臭が瞬時に剥がれ、目の前が明るくなる。
滝が、自分に降りそそいでいる。
その水飛沫の向こうには、白く輝く単眼が見えた。
自分が寝そべっている場所が、ザクウォーリアのマニピュレータ──掌の上であることに、サイはようやく気づいた。
そこは人工湖のほとりだった。
今浴びている滝は、シュリ隊の救援活動でようやく修復された配水管、その一部から流出している清浄な水だ。システムテストの為、この人工湖に一時的に水を大量に流していたのである。
墜落時、ザクウォーリアもサイと共に大量に泥をかぶったらしく、彼ごと機体を滝で洗い流していた。
――それがどういう結果をもたらすか、分からぬサイではない。
「やめてくれ、その機体は耐水装備じゃないだろ!
宇宙に出られなくなる!」
ザクウォーリアの掌で腰まで水につかりながら、サイは叫ぶ。
と、外部スピーカから返答があった。
《ザフトの最新型をなめるなよ。
多少水被ったぐらいで、どうってことないさ》
ディアッカの、皮肉めいてはいるが落ち着いた言葉だ。
機体はサイを乗せたまま、ゆっくり滝から移動していく。そこは無数に入り組んだ配水管の陰となり、ちょうど上空のアマミキョからは死角に当たる場所だ。
しかし、既に向こう――アマミキョは気づいているだろう。俺が何をしたかということぐらい。
ディアッカへの申し訳なさで、ため息をつきかけたサイの目に──
その時、光が映った。
ザクウォーリアの指の間から見える紅の空。熱と蒸気で揺れる空気の向こう──
廃墟となった市街地の方向に、サイは激しい光を見た。
地球で見る、太陽の光にも似た光球を。
「ティーダ……
またやったのか、ナオト」
PHASE-07 崩壊への助走
ティーダの放った「黙示録」の光の中、ルナマリアのザクウォーリア、レイのザクファントムは逡巡していた。
さらにこの混乱の中、捕らわれていたはずのジュール隊が駆けつけたのだ。
――しかも彼らは、戦闘中止を呼びかけている?
ヨダカのハイマニューバ2型が地下ハッチを再び開き、ルナマリアとレイを誘導した。いずれにせよ、既に戦闘可能な状況ではない。
舞い降りたジュール隊のうち、ザクファントムが空へ向き直り、その場から離脱していく。インパルスの方向へ。
ヨダカは残されたゲイツRと共に、ティーダの光を避けるように地下ハッチを閉じた。
「あの光──
ウーチバラの時ほどではないな」
ヨダカが言うと、自機と接触状態にあったゲイツRから返答があった。
《調整を施したのでしょう。現に、自分たちは遮光フィルタで防げました
──完全にとはいきませんが》
ハイマニューバ2型の紅がかった単眼が、じっとゲイツRを見る。
その意図を察知し、ゲイツRパイロットは自ら名乗った。
《申し遅れました、自分はジュール隊のシホ・ハーネンフース。
救出、感謝いたします。
並びに、作戦行動を乱したこと、心より謝罪いたします》
シンのインパルスも閃光に満ちた空間で、予期せぬ呼び声を聞いていた。
それは、シンだけに聞こえる声。
「マユ……」
そんなはずはない。俺の妹はいない。
肉片を見たんだ、俺は。焼けて臭いを放つ腕の肉を。
このコロニーの感覚は、あの時の焦げた臭いを思い出させる。
ついさっきまで動いていた腸が切断され、血を吐き出し、内容物を流出させ、焼かれる臭い。
そしてこの光は
――俺の大切なもの、全てを焼いた爆光。
あの時の炎とティーダの光が、シンの中で重なる。
声にならない叫びと共に、瞼の裏で蘇ってくる。
四散し、ボロきれのように引きちぎられ、木にひっかかり、大地に転がり、黒煙を噴き出していた家族の手足が――
――
一瞬だけ無防備になるインパルス。
戦士としてあってはならない事態であるが、シンは自分がそんな状況に陥っていることすら気づけなかった。
間近に迫った、ソードカラミティにすらも。
《触るな!
チグサは、俺のものだっ》
相手の声が、何故か鮮明に聞こえる。
ソードカラミティパイロットだ。接触してもいないのに?
この光だ。忌まわしいブリッツの光が、俺を惑わせている。
「違う……
これは、マユじゃない」
シンは再び、眼球の水分を弾き飛ばす勢いで目を開いた。あまりに深すぎる心的外傷から、強引に逃れるかのように。
ソードカラミティが地上から、さらに血のストライクもどきが上空から、自分に迫っている。
インパルスは再び体勢を整え、対装甲ナイフで相手に斬りかかる──その時。
《
そいつは敵じゃない!!》
モニターが反応を示すとほぼ同時に――
スラッシュウィザード装備の白いザクファントムが現れ、シンを制止した。
ティーダのコクピットは、「黙示録」発動による震動が続いていた。
しかしノーマルスーツのおかげか、ナオトは最初の時ほどの衝撃は受けていない。
おそらく、マユが出力を調整してくれたのだろう。彼女は勿論、平気な顔だ。
だがナオトは、最初と違う圧力を心臓に、脳に感じていた。
いや、最初にも感じていたのかも知れないが、身体へのダメージが大きすぎて気がつかなかったのかも知れない。
それは
――そこにいないはずの、人間の存在。
「誰? サイさん……
それにザフトのパイロットが3人、ジュール隊の人たち、それに……」
「ウーチバラの黒ジンの人もいるよ。ヨダカさん、だっけ」
マユが当然のように、明るく言った。
黒ジン。ジン・ハイマニューバ2型。
フーアさんとアイムさんを、奪った奴ら。
――それが何故、ジュール隊と共に行動している? 助けてくれたはずの、ジュール隊と?
ナオトが再びその漆黒を目にしたと同時に、ふつふつと湧きあがってきたものは、純粋な怒り。
――やっぱり、ザフトなんてみんな一緒だ。
ジュール隊も……ほんのちょっと信じてたのに、結局、同じだった。
僕たちを嘲り、裏切り、踏みつぶすだけ。
「ありがとう」
ザフト機が地下へ撤退していく様子を確認しつつ、サイはザクウォーリアに呼びかけた。
ティーダの発光はまだ続いていたが、どうやら大分威力は抑えられている。生身の肉眼でその光を見たサイだが、特に身体への影響はない。
ただ、頭に何かが流れ込んでくる感覚は、以前の発動時と一緒だ。
ディアッカが何故自分を助けたのか理解できたのは、この感覚のせいもあるだろう。
「礼なら……ミリィに言え」
ザクウォーリアのハッチを開き、ディアッカが頭を出した。
手こずらせやがってと言わんばかりの表情を見せながらも、丁寧に機体を移動させて、サイを岸辺に降ろす。
但し、岸辺という名のゴミの山へ、だが。
──俺がいなくなれば、ミリィがまた泣く、か。
「分かってる。
俺も同じだから」
相変わらずの熱気の中で蠅を払いながら、サイは笑った。
「何が」
「俺だって、フレイにこれ以上無茶はしてほしくない」
ディアッカはその言葉で、上空のアマミキョへの警戒を一瞬忘れた。
ぽかんとサイを見つめると、参りましたとでも言うように大仰に両手を掲げるポーズをしてみせる。
「世も末だ。
大の男二人の暴走理由が、女とは」
犬のように頭から水を払うサイを見ながら、しばらくディアッカは笑った。サイもつられて笑う。
どうやら、アマミキョからの追撃はない。フレイやカイキも、ザフトの撤退を見て退いたようだ――イザークの説得のおかげで。
しかしディアッカはすぐに真顔に戻り、サイに告げた。
「悪いことは言わない。
オーブに戻れ」
熱風吹きすさぶ地上、壊れたテレビの上に立ちながら、サイは顔を上げる。
「そこまで危険なのか。
アマミキョは──アマクサ組は」
例の血文字の件を、サイは問いただしたかった。
『幽霊船』というただ事ではない表現と、あの不器用な赤文字。それはいつまでも、サイの脳裏にこびりついている。
だがディアッカは機体を退けつつ、それを制した。
「フレイ・アルスターだけじゃない。
あの作業艇の連中──俺は、あいつらを知ってるんだ。
あいつらが、もういない筈だってことを」