【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
救出活動が一段落して、避難民をミントン2、及び他の救助船に移動した後──
ひとまずアマミキョはミントンでの役割を終え、酷熱の空域を後にした。
勿論完全に終わったわけではなく、何名かの担当者が後処理の為に選ばれ、船の一部パーツと共にミントンに残ることになる。
これは今後回るどのコロニー、どの地域においても同様だ。その為の、アマミキョの分離機構である。
彼らはこの後数ヶ月かけて、救援を要するコロニーを回る予定だった。
サイは10日間の瞑想室入り後、ブリッジに戻ることを許可された。
「副隊長の取りはからいだってさ」
シャワー室で熱い飛沫を浴びながら、カズイは妙に楽しげに言った。
サイもナオトも一人ずつ、個別のシャワー室に入っている。個別と言っても薄い仕切り板で区切られただけのもので、互いの声は天井ごしに思い切り響いてしまっているが。
「反対したんだろうな。フレイたちは」
サイにとっては泥を頭からかぶって以来、10日ぶりの清潔な水だ。
大量に使えばポイントが引かれることは分かっていたが、内臓まで潤してくれるような水の勢いはたまらない。
「だけど、カズイも良かったじゃないか。
食糧班からブリッジ補助通信勤務なんて、栄転だよ」
「ブリッジそのものには、めったに入れないけどね」
仕切り板一枚向こうのカズイが、かすかに笑ったようだ。付き合いの長いサイには分かった。
以前のカズイだったら、ずっと食糧班に引きこもる方を選択していただろうに──
彼の変化はサイにとっても嬉しかった。それが、アムル・ホウナへの恋心によってもたらされたものであっても。
「僕もほめて下さいよっ」
ナオトがいきなり、仕切り板の上からサイの方へ、濡れた頭を突き出してくる。
「サイさん、まだ見てないでしょ。
コロニー・マカベでの僕のレポート!」
「概要だけ見せてもらったよ、毒キノコ騒動だろ。
M1アストレイがキノコ狩りなんてやってる光景見たら、シモンズ主任腰抜かすな」
「見た目が普通の茶褐色でしたから、毒とは思わなかったです。しかし直径4mなんて……
あれだけ住民に被害が出たのもうなずけます、まだ自然災害なのか人災かはっきりしていませんけど……」
カズイが口を挟む。「キノコでまだ良かったよ。
もしテロリストが、コロニーに化学兵器なんて考えたら……」
「カズイ。縁起でもないことさりげなく言う癖、やめた方がいいぞ」
そうたしなめるサイの身体を、ナオトは天井から穴があくほどに見つめている。
別に見とれていたわけではない。殴られた跡が腕に、肩に、腹に色濃く残っている為だ。
ジュール隊脱走発覚後は勿論、瞑想室でも殴打された傷が。
――ナオトの視線に気づいても、サイは冷静だった。
「──自業自得と思ってるか?」
「サイさん……一人でやりすぎたんですよ。
事情が分かれば、僕だってカズイさんだって協力したのに。
ね、カズイさん」
ナオトは水滴のついたままの首すじを伸ばし、強引に同意を求めた。
しかし返ってきたのは、
「あ? うん、あぁ……」カズイの煮え切らない返答のみ。
ナオトがカズイの態度を責めるより早く、サイが言葉を継いだ。
「そんな状況じゃなかった。
みんな、気が立ってたし」
お前だって、ザフト兵ってだけで拒否反応を示しただろう。そう言いたいのを、サイはこらえた。
ナオトのこの態度、良く言えば思考の切り替えが早く、悪く言うなら掌返しの連発……というところか。
「人を巻き込みたくない気持ちは分かりますけど、僕は嬉しくないなそういうの。
フレイさんの統制は嫌ですけど、それでも船は安定してきたんです。
これからは何かあったら、ちゃんと言ってください」
かつての自分の、キラに対する態度も、この少年のように無邪気で傲慢で変わりやすかったのだろうか。
サイはふと昔を思い、苦笑した。
「ありがたいお説教だね。一応聞いとくよ」
そしてサイは何となく、シャワーで自分とナオトを隔てる。
その態度がナオトにはやはり理解できないようで、思わず上半身を乗り出してしまった。
「あのですね。
僕は、サイさんが好きだから言ってるんです!」
「そういうことはマユに言いな。あと、そこ滑るぞ」
「だからぁ、ちょっとサイさ……う、うわぁっ!?」
ナオトの頭が天井から消え、盛大な水音が響いた。
カズイが慌ててナオトのもとへ行く。「だ、だ、大丈夫かよ?」
サイも頭だけ出して隣の様子を見た。
ナオトは素っ裸のまま落ちたようだが、どうやら大丈夫らしい。漫画なら目が渦巻きになっていそうな光景だ。
カズイはそんなナオトを介抱しつつ、シャワー室を出る。
「あぁもう……
サイはもうちょっと、ちゃんと洗っておけよ。
さっきまで、ひっどい臭いだったぞ」
驚いたことにカズイは、かなり不器用ではあったがウインクまでしてみせた。
これも――恋をした影響なのか。
──オーブに戻れ。
シャワー室に一人残されたサイの中で、ディアッカの残した言葉が蘇る。
血の熱風が吹きすさぶ、ミントンの湖畔。その光景の中にたたずむ鋼鉄の巨体。
僅かに紅を帯びた白に光るザクウォーリアの単眼は、今でも鮮烈に思い出せる。
──俺は、あいつらを知ってるんだ。
あいつらが、もういない筈だってことを。
ディアッカのその声を聞いたあの時。
単眼を見返しながら自分は答えた。
──俺は、戻らないよ。
だって、フレイがアマミキョにいるんだから。
幽霊だろうと何だろうと、彼女をキラに会わせるまで、逃げるわけにはいかない。
あの時まずサイの口から出たのは、フレイの名だった。
大戦終結後、再び混乱していくオーブ周辺の様相を確かめたい。そして、キラたちとは違う形で自分に出来ることを探す……などの理由はあったにせよ。
チュウザンで再会したフレイに、自分の中のネジを回された──
その事実は大きい。
俺は、フレイにここまで導かれたようなものだ。
今のフレイが何を考えているのか、皆目見当がつかない。
だが、彼女が本当に生きて現実に目の前にいるのならば、彼女の行動を見守り、記憶を取り戻す手助けをし、キラに会わせる。
それが、かつて婚約者的立場だった、俺の役目だ──
サイの意思は明確だった。
だが、ディアッカの言葉でさらに気になる点がある。アマクサ組作業艇・ハラジョウのクルーたちの件だ。
ほぼ全員がディアッカの同僚や後輩で、しかも全員が既に戦死しているという。
さらにディアッカは、彼らの死亡状況まで詳細を把握していた。ニコルなどは彼の眼前で、ストライクに爆死させられたという──キラに。
そして、ウーチバラ空域で聞いたムウ・ラ・フラガ少佐の声。
彼こそまさに、サイの目の前で爆死したはずなのに。
新暦として「コズミック・イラ」が制定され、宇宙開発計画遂行が宣言されて60年以上が経過しているが、未だに人類は地球と月の間をうろうろして紛争を繰り広げるばかりで、宇宙の深淵など覗きようもない。
地球という星ひとつすら、未だ人類はわずかな表面しか把握出来ていないのだ。
それを思えば、広大な太陽系の中には、もしかしたら生と死の概念すら覆す存在があるのかも知れない。しかし──
いくらなんでも、爆死した人間が蘇るなど。
サイは静かにシャワーを止め、頭を振る。
雫が腕に落ち、乾いた空気が皮膚を包んだ。
「ありえない」
思考に耽溺するサイの耳に、シャワー室のドアが開く音が聞こえた。
足音が、サイのいる仕切り板の前までやってくる。
「ナオト?
忘れ物か」
遠慮なく開かれる扉。
サイは何気なく振り向き──
心臓にローエングリンを喰らう感覚というのは、こういう時のことだろう。
サイはあまりのことに、前を隠すことすら忘れていた。
「あはっ。びっくりさせちゃった?」
フレイ・アルスターが、そこに堂々と立っていたのだ。
しかも、悪戯っぽい笑顔を浮かべて。