【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フレイのアフロディーテも、度重なる戦闘でかなりの損傷を受けていた。
被弾自体は大したものではないが、フレイ自身の機動方法に問題があったのである。
「膝関節を前方に動かすなって、あれほど言ってるのに」
ラスティがカタパルトで機体の周りを浮遊しつつ、コクピットのフレイに文句をつける。
だがフレイは調整を続けながら、彼の言葉を受け流していた。
「モビルスーツにはモビルスーツたる動きをさせたい。
人間の身体とは違う」
「でも、基本構造はヒトの身体も同然だ。
フレイの戦い方に合わせて、関節は自由に動くよう改造してあるけどさ……
普通に曲げるより傷みは激しいんだ。直立状態が不安定になるし」
そこへ、横から浮遊してきたハマーが口を出してくる。
「俺の見た処、嬢ちゃんの運動神経に機体がついてってないんじゃないかねぇ?
元がクサ連合のオンボロ量産機じゃな。そのうち嬢ちゃんの才能が、このツギハギを壊しちまう」
コクピットまでわざわざ寄ってきた二人をよそに、フレイは冷静に答えた。
「IWSPがある。弘法は筆を選ばずだ」
「選んでるじゃないか、わざわざこんな鉄屑を!」
すかさずラスティが堂々と突っ込んだ。フレイに対しこんな口調が許されるのは、アマクサ組の特権である。
「IWSPったって、消費電力や機体への負担が馬鹿にならないの、分かってるだろ」
だが意外なことに、そんなラスティに対して──フレイは微笑んだ。
それは純真な少女の如く、可憐を絵に描いたような微笑み。
「貴様らにはいつも迷惑をかける。すまないと思っているぞ」
「う……」
ラスティが黙りこくったスキにそのままコクピットハッチを閉じ、彼女は独りの世界へ閉じこもってしまう。
「……ったく。
いつも、アレでごまかされるよ」
頭を掻くラスティに、ハマーはひゅうと口笛を吹いた。
「お嬢の唯一の欠点だな──
ダガーLごときへの、謎のこだわりは」
そのダガーL──アフロディーテをモニターごしに見ながら、サイは不眠不休でブリッジでの作業を続けていた。
アムルも横にいたが、他に作業中のブリッジクルーは少なく、二人の声が聞こえる範囲内には誰もいない。既に船の操縦はオートに切り替わっている。
――サイは思い出す。
あのダガーLは、フレイが奪ったものだ。チュウザンで俺とフレイが再会した時のものだ。
俺の目の前で、フレイがその力を示した時の──
証拠はないが、何故か確信めいたものがサイの中にあった。出来れば否定したい確信だったが。
俺への当てつけで、彼女はわざわざあの機体を使っているのか。
そう思いたくはなかったが、フレイの心は今となってはもう、サイにはさっぱり理解不能だった。
船の外では、既に衛星軌道上でオーブ艦隊とランデブーを果たしたアマミキョが、地上では使用不能な宇宙用パーツを解放していた。
パーツはオーブのイズモ艦に収容され、再び彼らが宇宙に上がった時に使用されることになる。オーブの軍艦を、たかが一介の民間企業がこのように使用することが出来るのも、アマミキョや文具団がオーブのアスハ家の信頼をかちえているからでもあった。
逆に言えばそれは、アスハ家がやや身勝手であることを実証してしまってもいるのだが。
ゆっくり本船から離れていくパーツを見守りながら、アムルはふと手を休めた。
「貴方がアークエンジェルにいた頃、私はオノゴロにいたわ。
オーブ解放作戦の時」
「聞きましたよ。オペレータの業務についていたと」
サイには手を休めるほどの余裕はない。だが、アムルは宙を見上げて呟く。
「ひどい戦いだったわね……でも私は、自分から望んでそこにいたの」
「戦いに、身を置きたかったってことですか」
サイはモニターから目を離さず、アムルの話を聞いていた。
彼女の心情には、サイも興味がないわけではない。
「本当はね……母と、母に押し付けられた婚約者っていう運命から逃れたかっただけかも知れない。その時も、今も。
母は決して、私を認めてはくれなかったからね。
母は私を自分の所有物にしたかったのよ、婚約者たる彼と結ばれ、さらに優秀な子供を産ませることでしか、私の存在価値は認められなかった」
「コーディネイターの家庭には、よくそういうことがあるとは聞きました。
だけど、どうして俺にそんなことを?」
「貴方が、ちょっと勘違いしてるみたいだから」
アムルはゆっくりと、サイに頬を寄せた。
低重力の中、金髪と共に身体の匂いが漂う。カズイはこの色香にやられたのだろう。
「私が、母と彼の死を望んでた……
って、貴方、思ってるでしょ?」
サイはそれには答えず、アマミキョ突入シミュレーションに視線を落とす。
傾斜角の計算にデブリ群の進路。少しでも狂いが生じればアマミキョ沈没に直結する。
だが、アムルはさらに独り言のように語り続けた。
「母は自分と同じ才能を私に望んだ。当然、母は幼い頃から私にバイオリンを押しつけたけど――
私は応えられなかった。コーディネイト失敗作ってことよ。
だから母は怒った。私が絶対に自分の思い通りにならないと知って……」
声がくぐもっていき、その頭は次第に垂れていく。
「弁解になってませんよ、その言い方」
サイが、つっけんどんと思われても仕方のない言い方で返したその時──
突然、アムルは感情を露にして叫んだ。「違う!」
どうしたというのだ、さっきまで微笑んでいた大人の女性が。
声がブリッジ中に反響し、残っていた他のクルーが驚いて顔を上げている。
「貴方みたいな単純野郎には、何も分からないのね」
アムルは構わず、前髪を右手の爪でむしるようにしながら苦悶していた。
「だから、私は母に勝たなきゃいけなかったのよ。
この船に乗って、私は一人でも生きられるってことを、母に証明したかった!」
女の言葉というものは、どこまでが本心でどこからが嘘なのかが実に分かりにくい。
アムル自身にもその境界は分かっていないだろうと、サイは感じた。
ただ、自分は母親を失うべきではなかった──その自覚は、彼女にもきちんとあったのだ。
だがサイの口から出たものは、同情ではなく辛辣な言葉だった。
サイの立場からすれば、至極真っ当な意見だったが。
「一番の被害者は、貴方がた母娘の二人に利用されたあの男性です。
コーディネイターの婚姻統制なら、俺も知ってますよ。オーブでもプラントと同じように、遺伝子上、最も適合する相手を見つけて関係を結ぶコーディネイターの人たちもいるようだ。
貴方もそうだったんですね」
「遺伝子上の相性が合ったって、そこに愛はないわ」
「それでも彼は、貴方を愛していた」
「カズイ君と同じような性善説を垂れ流さないで」
「違います。
俺たちも親から決められていたから、分かるんだ」
いつの間にか、サイもアムルも感情的になっている。
それに気づき、アムルは視線を逸らした。
「ええ……貴方は確かに、フレイさんを愛していたかも知れない。
でもね。彼は、貴方みたいな男じゃなかったわよ」
アムルは右手で顔を押さえる。
その指と乱れた金髪の間から、上目遣いにサイを睨みながら。
サイには分かった──この女性は少なくとも、自分が愛されていたとは感じていない。
しかし第三者の目から見れば、彼女は愛されすぎるほどに愛されていたように思える。
アムルの母と婚約者は、オーブからわざわざ宇宙まで上がって、彼女を探しに来たのだ。
それに、彼女を引きとめようとしたあの必死な言葉。自分が危地に立たされてもなお、娘に送り届けようとしたバイオリンの音色。
愛がなければ出来る芸当ではない。
だが、どれだけ母親や恋人が彼女を愛していたとしても
――アムルは、その愛を受容することが出来なかったのだろう。
愛し方が悪かったのか、愛され方が悪かったのか。赤の他人にすぎないサイには分かりようがない。
その時、シミュレーションの終了を告げる警報音が軽く鳴った。245745回目の試行が終わったのだ。
気まずい沈黙がその場を支配する。サイは気を取り直して言った。
「……えっと、申し訳ありません。
次はティーダですね」
ディスプレイにティーダのCGが広がる。サイは手早く説明を始めた。
「計算上は、バリュートなしでもTP装甲で突入は可能です。シミュレーションで確認しました。
だけど、機体は保っても中のパイロットは分からない」
アムルはさっと髪を直しながら、画面上のティーダを見る。
ティーダの機体のほぼ全てを覆い隠すように、パラシュートのような半球状の白い布地がCG上に広がった。
これがバリュートと呼ばれるもので、ガスにより巨大な袋状の大気制動装置が作動し、大気圏突入の摩擦熱や衝撃から機体及びパイロットを保護する役目を持っている。AD時代から使用されている、由緒正しき大気圏突入制動装置だ。
アマミキョが突入する際は融除剤ジェルを使うが、関節などデリケートな部分が露出しているモビルスーツを守るにはバリュートの方が効果的とのリンドー副隊長の案だった(一番安全確実なのは、ザフトで主に採用されている大気圏突入用カプセルだが、予算が足りないという理由で却下されていた)。
だが、どうもその半球は大気圏に対するには、頼りなげに見える。
「こんなモノで、ティーダを守れるの?」
「守るんですよ。
フレイのアフロと同様に、ティーダのTP装甲の範囲をもう少し広げられればと思うんです。でも、今からTP装甲部分のパーツを増やすには材料も資金も足りないし、カラミティの装甲もあまり削りたくはない。
だから、今からでもTPの効果を広げられるアプリを作って、ティーダのOSに組み込むんです
――これだ」
ディスプレイの中にまた新しいウィンドウが開き、そこに大量の文字列が走っていく。
サイの作った、ティーダ改良プログラムだった。
アムルは思わず驚嘆の声を上げる。
「すごい……
これ、貴方が作ったの?」
その声にわずかに狼狽が入り混じっていたことに、サイは気づかなかった。
「半日かかりましたよ。キラ・ヤマトだったら、10分でもっとすごいブツが出来ます。
俺のじゃ、まだまだ数値調整が必要だ」
サイは一旦眼鏡を外し、疲れきった肩をもんだ。多分もう、40時間は寝ていない。
「突入に使用しなくても、今後こいつがきっと、ナオトとマユを守るはずだ」
「必要にならないことを祈りたいわね」