【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「サイー! こっちでおいしいパフェ食べられるの、一度行ってみたかったんだ!」
フレイが数メートル先で、朗らかに手を振る。
「勘弁しろよ、さっきクレープ食べたばっかだろ」
「バカね、女には甘いもの用の胃袋があるのよ!」
「誰が払うんだよ」
「大丈夫、サイに決まってるじゃない!」
「大丈夫の意味が分からん」
電車をやっと脱出できたと思ったら、これだ。
駅前にある結構な規模のオフィス街。俺たちはもう2時間ばかりそこを散策している。
夜になったらここは、川の向こうとは比べ物にならない繁華街になるのだろう。会社の事務所らしきビルが立ち並びレストランや飲み屋が乱立、ショッピングモールまである。その中には本屋も洋服屋も、映画館まであった。
何だろう、川の向こうとこちらの違いは。
ここは、ナチュラルとコーディネイターが共存している場所だ。コーディネイターの能力に、優秀なナチュラルが追いつけ追い越せとお互いに切磋琢磨しあい、技術を磨いている。活気に溢れている。治安も、向こう側に比べれば悪くないだろう。
そりゃ、向こう側から流れてきた物乞いやストリートチルドレンは少なからずいるし、当然暑さも湿気も飛び交う虫の量も同じだ。
しかし、人々の目の輝きが違う。
前に進むという意志が、歩く人たちの目から放射されている。
向こう側の人々の目にも輝きはあったが、それは別物だった。
こんな世界で生きたくはないが、今心臓が動いているから生きるしかない、というギリギリの輝き。明日のない人間の目だ。
ここの人間は、明日があるから前に進もうとしている。
フレイはいつの間にか、ショーウインドウの前に立って中のフレアースカートを夢見る目つきで眺めている。
「ねぇサイ、このスカート可愛いと思わない?
あのカーディガンと合わせてもいいよね!」
「駄目だよ、高すぎる」
さらに、フレイの視線はその下のパンプスに止まる。
「ねぇねぇサイってば!」
以下、ほぼ同文。
それを3回ほど繰り返すと、フレイが切れた。
「あーもう、一体何だったらいいのよ、サイは!
全く、性格も財布の紐も固すぎ、少しは女の子へのサービスってものを」
「俺は無限稼動可能な財布じゃないんだよ。それにフレイ、服の趣味が若干俺と違うし。
君にはもっと可愛いのが似合うと思うんだ、俺」
フレイは怒りの表情をちょっとだけ崩し、興味深げに俺を見つめる。
「どういうことよ?」
「例えば、あーいうの」
俺は、隣のジーンズショップのショーウインドウを指差した。
途端にフレイの顔が真っ赤になる。
「嫌よ嫌嫌イヤ、絶対にイ・ヤ!! あんなド派手な膝上30センチなミニなんか履けるわけないでしょ、しかもピンクと金色のストライプって……
一体全体どういう趣味してるの、あんたは!!」
「変かな?」
似たようなものをアークエンジェルで……ってのは言わない約束だ。
「変よ変、ぜーったいに変!! 貴方がそんな変態だったなんて私、ちっとも気づかなかった!!」
「別に変じゃないさ。これって結構当然の、男の願望であって」
「あーやめてやめて、聞きたくないっ! 乙女の夢を壊さないでよ、私たちこれでも戦火を乗り越えて奇跡の再会を果たした恋人同士でしょ!
それが何なのよ、もう……サイだけは、他の男とは違うって信じてたのに」
額に手を当てて眩暈のフリをしている。楽しそうだ。
「分かったわサイの友達が悪いのよ、カズイの影響でしょ! いつもサイの後ろにいた子!」
フレイは思いっきり俺を指差してバッグと花束を振り回す。
「カズイは関係ないだろうが」
「いーや、あの子そういうムッツリスケベな処ありそうだったじゃないの」
「自分の思い込みだけで主張するなよ!」
俺たちは大声で喚きながら、きれいに舗装された並木道を行く。
周囲でも似たようなカップルや親子連れが結構いて、俺たちを楽しげに眺めていた。
「もういいっ、黙んなさいこのコオヤジがぁ!!」
「何だよそのコオヤジってのは」
「大人の段階すっとばして、親父になりかけの子供のことよ。ちょうど今のサイみたいな!」
「ほめられてんだかけなされてんだか分からないな、それ」
フレイはその時、急激に落ち着きを取り戻した。ふっと微笑んで俺を振り返る。
「……決まってるじゃない。
ほめてるのよ」
時間よ、止まれ。俺は思わず祈った。
神という、既にこの時代では消失した概念に祈った。
******
昼は勿論俺のおごりで、場所は街でもかなり有名なホテルのレストランだった。
とはいっても俺たちが食べたのは、魚介類を詰め込むだけ詰め込んだチャーハンの大盛り、という大雑把な食事だ。この国では名物料理らしい。
そこで、思わぬ話題が飛び出した。
チュウザン南方地域──つまり、旧台湾に当たる地域──に進出してきた、文具団ともチュウザン政府とも一線を画す勢力、「ヤミー・オーガ」党。
現在チュウザンで頻発しているテロは、この南方勢力によるものだという。
ナチュラルとコーディネイターが共存しているという点ではこの北方地域と変わりはないが、党首に「タロミ・チャチャ」を頂いて結成されたこの勢力には、ある際立った特徴があった。
「──神?」
フレイからその言葉を聞かされた時、俺は大急ぎでオーブの国立図書館で読んだ古い歴史教科書を頭の中で開いていた。
「つまり、ナチュラルでもコーディネイターでもない、新たなる信仰対象を抱くということよ。というよりも、元々の信仰対象を復活させるという方が正しいかしら。
人類の希望として祭り上げられるべき『神』を創造する、それが目的」
「パレスティナ会議で、宗教の権威は失墜したんじゃなかったか」
「私もそこはよく分からないな。この国多神教らしいから、今でも信仰心の強い人がいるんじゃない?」
神の話より、フレイは目の前のチャーハンに夢中だ。
「ヤミー・オーガにタロミ・チャチャか……随分、過激な勢力って聞いたけど」
「そのせいで一時的に南への渡航が制限されてるの、分かるでしょ。特に文具団との対立はすごくて」
言いながら、フレイはチャーハンの上の巨大イカリングを丁寧にナイフで切っていた。かなりの食べっぷりだ。
「あの社長も社長だけどね。
やり方かなり強引だし、後ろに手が回りかねないことやってるって噂でもちきり。
そうでもしないと生きられない業界ってのは分かるけど」
社長というのは文具団社長・ムジカノーヴォで間違いないだろう。
ぺらぺら喋りながら、フレイはふと顔を上げて俺を見る。
「ちょっとぉサイ、人の食べてるとこジロジロ見るのやめなさいよ、恥ずかしい」
「いや……平気なのかなと思ってさ。
コーディネイターが作った料理かもしれないだろ? これ」
すると、フレイは宇宙人と出くわしたかのように眼を丸くした。
「サイってそんな偏見あるんだ、ひどい!!」
ぐさりと心に来る台詞を言うのも、昔と同じか。
「違う、偏見に固まっていたのは昔の君だ。だから、一体どういう風の吹き回しかと思って」
「料理に罪はないでしょうに!
確かに私は今もちょっと偏ってるかも知れないけど、おいしいものはおいしいから、それでいいじゃない」
――素直に喋るフレイを目の前に、俺はこれほどの幸せはないと感じた。
しかも彼女は、あれほど自分自身を縛っていた偏見から解き放たれている。
「おいしいものはおいしいし、可愛いものは可愛いよな。
やっぱりフレイは可愛い、それでいい」
「ちょ、何言ってるのよサイ大丈夫? お酒飲んだんじゃないでしょうね!?」
照れまくって俺の頬を軽く叩くフレイに、俺は言った。
「覚えてないかも知れないけど、こういうデートって、あまりしたことなかったろ」
「そうだったっけ?」
「俺も君も、お坊ちゃんお嬢ちゃん同士だったから、最初に手つなぐだけでも大変だったよ。メールだと気持ちが伝わらないと思って、手紙書いたりもした。
お互い結構不器用だったな。付き合ってた期間自体、それほど長くもなかった。
だけど、俺は……」
フレイは笑うのをやめ、茶化すこともせず黙ってじっとこちらを注視していた。探るような眼光が少し強すぎる気がする。
俺はその続きを、ついに言うことが出来なかった。
その代わりに俺がしたのは、ナプキンを彼女に差し出すことだけ。
「……あご。ソースついてる」