【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その頃、作業艇ハラジョウでは、マユがカイキからいつもの注射を受けていた。
他には誰もいない。蛍光灯の冷たい光の下、カイキは優しくマユの腕をおさえ、注射針を抜いた。
「これで、地上までは安泰だ。
気分悪くなったら、いつでも言うんだぞ」
カイキはマユの頭に大きな手を乗せ、そっと撫ぜた。
他人には絶対見せない、カイキの優しい表情。だが
――突如、マユがその手を掴んだ。
強引に兄の身体を、自分へ引き寄せようとする。
「待て待て……俺を骨折させる気かぁ?」
これも、カイキが他人に絶対言わない軽口だ。
しかしマユはそのまま、カイキの肋骨に手を回す。
彼の心臓の音が、少女の鼓膜を揺らした。
「この体温がなくなったら、悲しいの?
この感触がなくなったら、淋しいと思うのがヒトなの?」
カイキに縋りつきながら、マユは無感情な声で呟いた。
彼の切れ長の目から、笑みが消失する。
「お前はそんなこと、感じる必要はないんだよ」
精一杯、明るい声を作ろうとしているカイキ――しかし。
「ナオトに、好きだって言われたの」
マユが顔を上げた。
そこにいつもの脳天気な顔はなく、ただ表情のない仮面がはりついているだけだ。
ナオト──その名前にカイキは思わず反応し、目を背けてしまう。
「お兄ちゃんは、私がいなくなったら、淋しい?」
「当たり前だ」カイキはその問いに、嘘はつけなかった。
「だがな。
――お前は痛みも苦しみも、まして淋しさなんて感情、知る必要はない。
分かるか」
「……分からないよ」
「それでいい。
何も知るな。何も分かるな。
――ずっと、微笑んでいてくれ。頼む」
カイキはマユの細い両肩を掴み、一息に抱き寄せる。
「マユ・アスカ
――それが、俺の償いだ」
異常に少なかった睡眠を確保すべく、サイは自室に戻った。
その後のブリッジには、ティーダの強化アプリの調整作業を任されたアムルが残された。
コーディネイターである彼女には、睡魔は大した敵ではない。元々不眠症でもある。
横に誰かにいられるより、ずっと独りでモニターを眺めている方が気楽な性分でもあった。
自分の無能をサイに見抜かれているのを、彼女はとうに気づいていた。
彼は何も言わなかったが、それがさらにアムルの焦りをかきたてる。
さらに、さっき見せられた強化アプリ。それは、サイの方が自分よりも確実に優秀であることを証明していた。
コーディネイターに抜かれるのなら、まだ納得はいく。しかしナチュラルのサイに抜かれたと認めることは、プライドだけはべらぼうに高い彼女にとって、決して許せることではなかった。
そして、さっきのサイとの問答。
それはアムルの中の、母との記憶を嫌でも思い出させた。母と恋人の死の記憶も──
違う、私は殺そうなんて思っていない。
思うわけないじゃないの。
バイオリンを諦めてから、何をしても認められなかった。数学とパソコンのテストはちょっとだけ出来たから、情報工学科に入ったけど──
そこも平凡な成績で卒業し、ナチュラルばかりの職場で馬鹿にされながら働かざるを得なかった。
ナチュラルのバカ男アホ女どもの中で、頭を下げながら安い給料で働かされた。
それでも私は、母の期待に応えるべく、家事だって仕事だって懸命にやった。そして──
母の選んだ恋人と、一生懸命付き合った。
どこにも遊びに連れて行ってくれない、結婚にも踏み切れない、稼ぎもない、話も合わない神経症男だったけど。
そうしているうちに、私は25になっていた。コーディネイターなら、結婚適齢期をとうに過ぎている。
――あの小娘・マユが指摘した通りの「おばちゃん」なのだ、私は。
なのに、彼とは子供がついに出来なかった。
というかそもそも、ろくに抱いてもくれなくて
──だから、貴方たちが悪いのよ。私が軍に入ることを認めてくれなかったから。
いつまでも私を縛り付けて、自由にしてくれなかった貴方たちが。
私の、闘争への飽くなき欲情を、認めようとしなかったから。
アムルの心に、マユが現れ影を落す。
自分の老化と無能の現実を、否応なく思い出させた少女。
自分を『おばちゃん』と容赦なく言い放ち、自分の無能を指摘し、衆人の前で恥をかかせた子供。
──アレを、守れっていうの?
その時、アムルの出したTP装甲電圧調整の計算結果の数値に、彼女自身気づかぬほどのわずかな誤差が生じた。
通常の大気圏内、もしくは宇宙での運用ならば無視出来る誤差だったが、大気圏突入時となると話は全く違ってくる。
機体への空気抵抗、接合部への衝撃、デブリ衝突角など、予測が少しでも狂えば、トランスフェイズシステムといえども無事ではすまない。
30分の睡眠を取ってサイが戻ってきたが、不幸なことに彼も、この誤差には気づかなかった。
そして、CE73年10月3日――
遂にやってきた、アマミキョ大気圏突入予定日。
しかし日が変わるとほぼ同時に、プラント軍事工廠・アーモリーワンがテロリストの襲撃を受けたという急報が、アマミキョに飛び込んできた。
「アーモリーワンって言ったら……
アスハ代表がデュランダル議長との会合中だったじゃねーか!」
操舵手オサキの叫びと同時に、一気にブリッジが喧騒に包まれる。
と、そこへ入ってきたフレイが拳で軽く壁を叩いた。
「冷静になれ、皆の者!
カガリ姫はザフト艦に収容され、ご無事だ」」
150日の統制はやはり効果があり、これだけでブリッジはしんと静まる。
やがてほうっと安堵のため息が流れたが
――フレイはさらに過酷な現実を、皆に突きつけた。
「それより、さらに重大な報告がある。
数日前から警戒していた、ユニウスセブンだが──」
言いながら、フレイはメインモニターにグラフィックスを表示する。
それは、崩壊したユニウスセブンのCG。
そこに表示された、無数の数値の意味を悟り
――思わず立ち上がったのはサイだった。
固定座席でなく普通の椅子なら、椅子が音をたてて倒れて転がっていただろうほどの勢いで。
「まさか……!
100年は安定軌道のはずだ」
動揺はサイだけに留まらない。むしろサイは冷静な方だった。
意味を理解した者たちは全員、自分の足元を大きくすくわれるような巨大な不安感に襲われていく。
低重力がどうのという問題ではない。人間がその精神の中に持つ足もとの大地、それが一息に崩壊していく感覚だ。
ブリッジは一旦恐ろしい静寂に包まれ、直後に蜂の巣をつついたような騒ぎに叩き落された。
リンドー副隊長ですら、状況を前にして歯を食いしばっている。
「……もう一度、星が壊れるというのか」
その中でただ一人、フレイは敢然と言い放った。
「見て判る通り、先の大戦で崩壊したユニウスセブンは安定軌道を外れ、降下を開始した。
推定残り10時間で──このユニウスセブンは、地上へ落下する」
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次回予告
再び訪れる、災厄の時。
燃える星と大気圏のはざまで、今を生き残る為に人々はあがく。
そのさなかに生まれた小さな亀裂は、サイを地獄の坩堝に叩き込む。
激しい炎熱に巻き込まれたティーダは、生き残ることが出来るか。
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「プラント崩落」
業炎の大気、突破せよ! ティーダ!!