【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ティーダコクピットに鳴り響く、激しい警報。
コンソールパネル上のディスプレイ右にはティーダの機体状況がCGで表示されているが、そこではナオトが今まで見たこともない異常が発生している。
ティーダの胴体右部分のあたりに、真っ赤な「ERROR」表示が幾つも連なって点滅していた。
点滅が繰り返されるごとに、そのERROR表示は亀裂のように、ティーダの全装甲範囲に拡大していく。
「何だこれ……
TPシステムが、作動してない?」
そんな馬鹿な。サイさんがあれだけ強化してくれたのに?
動揺を隠せないナオトに構わず、マユは後席でハロの協力も得ててきぱきと状況に対処する。
「電圧がダウンしていってるんだ。
TPシステム、マニュアルモードに切替」
ハロも危機を感じたのか、何度も飛び跳ねる。「セイメイイジ、サイユウセン!」
ティーダの異変は、突入シークエンス中のアマミキョブリッジでも即座に確認された。
勿論、最も動揺の激しかったのはサイだ。報告を聞いた瞬間、突入中にも関わらず立ち上がりかけてしまう。
リンドー副隊長に睨まれ、座り直して冷静さを取り戻そうとしながらも――出来ない。
「何故……何があった?」
俺のミスか。殆ど睡眠も取っていなかったし。いや、しかし、それでも、だが、もしかしたら──
どうしようもない接続詞ばかりが脳を駆け巡り、サイは思わず隣席のアムルを見る。
この状況下でありながら、彼女は随分と冷静だった。
「突入中よ、落ち着いて。
気にしない……トラブルはつきものよ」
全身の血が干上がる感覚は、次第に強まっていく重力のせいだけではない。
とにかく今は、二人を助けなければ。
「気にせずにいられるか。
このままじゃ、ナオトとマユが沸騰する!」
回線に向けて猛然と怒鳴るサイ。
「ナオト、マユ! コクピットモジュールの電圧を最大値まで上げろ!
何としても、アマミキョに帰還するんだ!!」
「無理だよサイ、帰れない!
この距離じゃ、先に重力に引かれちゃう」
サイと口論したばかりのナオトに代わって、マユが絶望的な応答を返した。
既にティーダは、摩擦熱による真っ赤な光に包まれかかっている。
警報がさらに高鳴り、ハロが叫ぶ。
「キケン、キケン、ゲンザイコウド150キロメートル。
ラッカチュウ、ラッカチュウ」
「何で……
サイさん、何でだよ?」
ナオトのノーマルスーツが、自動的に生命維持モードに切り替わった。
ありったけの知識と脳の血液を総動員し、ナオトはサイの言う通り、コクピットモジュールにかかるTP装甲への電圧だけでも上昇させようと頑張る。
ナオトの指が、今までにないスピードで座席脇のキーボードを叩き出した。
それでもコクピットに響くものは、マユの絶望的な叫び。
「駄目だナオト、電圧上がらない!」
マユの悲鳴なんて、初めて聞いたような気がする──
そんなことを考えている場合ではない。モニターの外では次々に、紅く染まったプラントの残骸が落下していく。
もっと砕かなきゃいけなかった、もっと。まだ大きいのに!
「諦めないよ!
バッテリーは残ってるはずだ」
「違う、トランスフェイズのシステム自体がおかしくなってるんだよ」
マユは後席のコンソールで、怒涛のように流れ続けるシステムファイルの文字列を睨んでいる。ミラーごしに見えるその頬は、真っ赤になって汗が噴き出していた。
通常時ならナオトが泣いて喜びそうな可愛い表情だったが、勿論今はそんな時ではない。
「ここだ……装甲に加わる予測熱量の計算が間違ってる。
ほんの少しだけど、修正し切れずに数値ミスが拡大して、電力ラインへの信号伝達にまで影響してるんだ。
これじゃ、今からどう書き換えたって間に合わないってば」
「装甲はそれほど損傷してない! デブリだって気をつけたよ!!」
ナオトが、マユのやや冷静な声に反駁するように怒鳴った。
だがマユの顔に、いつもの笑みはない。
「あれだけ動いたんだもん、関節とか他の接合部から細かなデブリが入ってもおかしくないよ」
マユもまた、驚異的な速度でキーボードを叩きつつ、機体とプログラムのチェックを同時にこなしている。
それでもシステム修復は間に合わず――
「おかしいな……どこにも損傷はない。
何で、こんな……っ」
一瞬、マユが涙目で自分を見てくれた。ナオトがそんな錯覚に囚われたその時
――メットの下、汗まみれのマユの口から、突然血が噴き出した。
その瞬間響いたものは、ナオトの狂乱の悲鳴。
ブリッジクルーまでパニックに叩き落すかのような。
《サイさん!
助けて、助けてぇ!! マユが、マユが血を!! ああああっ》
「落ち着けナオト、何があった?
落ち着け!!」
ナオトを呼ぶサイの言葉は、同時にサイ自身に向けられた言葉でもあった。
既に突入シークエンスはフェイズ2に入っている。大気圏突入用の融除剤ジェルが船体を包み始める──
これではもう、モビルスーツの回収は出来ない。
ブリッジの光が一旦消え、紅い警告灯だけがともった。波のように襲いかかってくる重力。
丁度帰還しようとしていたカラミティだったが、ティーダの危機を察した瞬間すぐに方向を変えた。
砕いた隕石が紅い光の滝となって降りそそごうとしている中を、エメラルドの機体が最大戦速で飛んでいく。
「チグサ!
何があった、こん畜生っ」
未だに破砕作業を続けていたアフロディーテのフレイも当然、この異常には気づいていた。
ビームライフルで岩石を破壊しながら、IWSPの黒い翼を広げてカラミティに追いついていく。
既にカラミティもアフロディーテも、ティーダと同じく、重力に呑まれかけていた。
《ティーダ。聞こえたらバリュートを開け》
フレイの通信も空しく――
既に高熱に晒されているコクピット内で、マユの瞳が死んでいく。
彼女のメットの中で、大量の血の玉が浮いている。手はレバーから離れ、空中でぴくぴく動いている。
それでもマユは、呟いていた。
「熱い。熱いよ……
これが、痛いってこと? ナオト」
ナオトもまた、完全に余裕を失っていた。重力に引かれていく血液、骨、内臓、眼球。
一体全体、ノーマルスーツの生命維持装置はどう働いているというのか?
これほど大気圏突入がキツイなら、サイさんの言う通り、帰還していれば良かった。
しかもまた、僕はマユを巻き込んで……
だがナオトのまだ幼い感情は、頑なに自分の過ちを否定する。
──違う。
──サイさんがちゃんとしていれば、こんな事にはならなかった。
その時、ナオトの右肩から腕にかけて、稲妻のような痛みが走った。
皮膚がナイフで切り裂かれる感覚だ。高熱に、身体が耐え切れなくなっている!
左腕にも同じ痛み。続いて左太もも。
ノーマルスーツの中で、身体が溶けていく。遂にナオトも、メットの中に血を吐いた。
心臓と食道と胃が、焼けた鉄板の上に乗せられたみたいだ。自分の血の臭いで、息が詰まり――
《ナオト、バリュートを開け、早く!》
サイが回線の向こうで、声を嗄らしている。
ナオトの聴覚にその声は届いていたが、身体が動かない。
頭が割れる。骨が内臓を食いちぎる。ヤキンでジェネシスを浴びた人たちも、このような苦しみを感じたのだろうか? 彼らの痛みが一斉に、自分の中に流れ込んでくるみたいだ。
《バリュートって、オートで開くんじゃなかったの?》
アムルのヒステリックな声も響く。
ナオトはまた、自分のミスに気づいた。破砕作業をギリギリまでやろうと、バリュート開閉機構をオートでなくマニュアル、つまり手動にしていたのだ。
これも、さっきサイさんから忠告されたばかりじゃないか──
いや、違う。違う!
頑なに自分のミスを否定するナオト。
サイさんがちゃんとしていれば。サイさんが、コーディネイターだったら──
ナオトは残された意識を振り絞り、コンソール下のバリュート開閉レバーに手を伸ばそうとする。しかし、もう指すらも思うように動かない。
――その刹那。
ナオトの目に、伸ばされた自分の腕が紅い光の中、スーツのぶ厚い布地ごと爆発していく光景が見えた。
抹茶のノーマルスーツが弾け飛び、自分の身体が一瞬裸になる。
まだ幼い少年らしく、適度な弾力に満ちた両腕の皮膚。それが肩から縦にきれいにちぎれ、筋肉が裏返り、骨が露出していく──
それは現実ではなく、極限状態に追い込まれたことによる幻覚。
しかし、今のナオトを恐怖のどん底に叩き落とす威力は十分ある。
「サイさん、助けて!
マユ、フレイさん、カイキさん、カズイさん、ミゲルさんラスティさんニコルさん、ネネさんスズミさん副隊長っ、みんな……
フーアさん、アイムさん!!」
コクピットを、激しい振動が襲う。
悪魔の幻覚に苦しみながら、ナオトはいつしかフーアのお守りを握りしめていた。