【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
その数時間後。
自室に戻ろうとしたサイが通路にさしかかった時、部屋から次々に何かが投げ出されている光景が見えた。
急いで駆け寄ってみると、それは全てサイの私物だった。本や服、手紙や文房具や記録媒体が廊下に乱雑に散らばっている。
「信じてたのに!」
部屋の中から響いたものは、ナオトの泣き叫ぶ声。
医療ブロックを飛び出したナオトが包帯だらけの姿のまま、ちぎっては投げるようにサイの物を放り出しているのだ。
「やめろ、落ち着けナオト!」
一体何度目だろうか、ナオトにこの台詞を言うのは。
ナオトはサイに気づいても、なおも暴れるのをやめなかった。顔を涙と鼻水でグシャグシャにして彼に辞書を投げつけ、寄せつけようとしない。
「僕もマユも、サイさんのこと信じたから、ギリギリまで作業をしたんです……
それなのに、貴方は裏切った!」
「落ち着け、傷が広がる」
サイは何とかナオトの攻撃をくぐりぬけ、その右腕を掴む。
あまりの暴れようで、新しい包帯の下から血が滲んでいた。
「離して下さい……貴方がつけた傷でしょ!?」ナオトはサイの手を叩き払う。
「僕の怪我なんかどうでもいいんです、マユに謝って下さいよ!
彼女、まだ意識が戻らないんですよ!?」
ナオトの興奮の理由が、マユの怪我にあることは明白だった。
サイに裏切られたこと以上に、マユが傷つけられたことがショックなのだろう。
「俺に当たることが出来るほど元気で、安心したよ」
サイは精一杯笑顔を作って、散らばった本や書類を拾い集めようとする。
だがナオトは聞かず、そんなサイの上から決定的な言葉を浴びせた。
「いい人ぶったごまかしなら、もうたくさんです!
サイさんがコーディネイターだったら、こんなことにならなかったのに!!」
──サイにとってその一言は、これ以上ない侮蔑だった。
プライドを大いに傷つけると同時に、トラウマをも深くえぐる言葉。
いくら子供とはいえ、細心の注意を払って言葉を使うべき職業に就いているはずのナオトが、このような言葉を吐いて良いものか。
サイは床の上で、思わず両の拳を握りしめる。
が、ナオトの興奮は止まらない。
「本当は、コーディネイターが憎かったんでしょ!」
部屋を照らしていたデスク用ライトスタンドを無理やり引き剥がし、サイに投げつける。
電球部分がサイの肩に当たり、熱せられた薄いガラスが粉々に砕け散った。
肩を押さえる彼を見下げるナオトの目に、もはや憐憫はない。そして――
物理的暴力より遥かに凶暴な子供じみた横暴が、サイを襲う。
「ポイントが欲しくてしょうがなかったから、パイロットになろうとしたんでしょ。
だからわざと、ティーダをおかしくしたんだ!」
「何を言ってる……支離滅裂だぞ、ナオト!」
「だって、サイさんが強化しようと言い出さなければ、ティーダは元のままだったんだ。
僕とマユに大怪我させておいて、アムルさんは邪魔だから全責任を押しつけて、自分はちゃっかりパイロットになろうとしたんでしょう!
カズイさんまで傷つけて……素晴らしい計画ですよね」
サイの目の前が、真っ暗になった。
もう、まともに視線が上がらない。全身の力が、一気に抜けていく。
自分がティーダを守ろうとした気持ちだけは、利発なナオトなら理解出来るはずだ。ちゃんと話せば、きっと分かる──
そんな自分の考えが実に甘かったことを、サイは思い知らされていた。
「誰が、そんなことを……」
「みんな言ってますよ」
当然、とでも言うように吐き捨てるナオト。
「僕も今まで色々サイさんの噂聞きました。ザフトにもブルーコスモスにも、誰にでもいい顔したがる八方美人の偽善者とか……
けど、出来るだけ信じないようにしてきました。
こう見えてもジャーナリストですからね」
勿論、「ジャーナリスト」の部分は嫌味なほどに強調させての、ナオトの言葉。
「でも、限界です。
正しいのはサイさんじゃなくて、他の人たちでした」
ナオトの頭からは、大気圏突入時サイが何度も自分に警告したという事実は、きれいさっぱり消え去っているようだ。
それどころか今のナオトは、今までのサイの行動全てを否定してかかる勢いだ。
ウーチバラでナオトを励ましたことも、フレイたちから敢然と彼を庇ったことも、無重力下に慣れない彼を何度も助けたことも。
──いや、違う。
覚えているからこそ、ナオトはこれほど荒れているんだ。
裏切られたと思い込んでいるから。
床に散らばった本を、サイはただ意味もなく見つめることしか出来ない。
何故俺の言葉は、この船ではこうも通じない?
何故、俺のやることなすこと全て、この船では裏目に出る?
しかしその時、一枚の写真が本から飛び出しているのに気がついた。
手に取ってみると、そこに写っていたのは、かつてのフレイと自分だった。ヘリオポリス崩壊前──まだ、何も知らなかった頃の。
うつむいたままのサイの唇から、精一杯の言葉が零れ落ちた。
「信じてくれ、ナオト。
俺は、本当に――君たちを、守りたかった。
それが君をティーダに乗せてしまった、俺の責任だと思ってた」
フレイの写真を、ちぎれるほどに握りしめるサイの手。
それを見て──ナオトの激情が、わずかにおさまった。
振り絞られるようなサイの言葉も勿論だが、フレイの写真もまた、ナオトを鎮める効果があったのだ。
その写真のフレイ・アルスターは、今では信じられぬほどの笑顔を見せていたから。
今更のようにナオトは、自分のした暴力の跡に気づき、呆然と部屋を見回す――
それでも彼は、サイへの敵意を翻そうとはしなかった。
「……フレイさんに、認められたかったんですか」
「違う。フレイに認められたいなら、こんなミスをするものか! ましてや、故意になんてっ」
部屋の外には、騒ぎをききつけた大勢のクルーや避難民が遠巻きに彼らを見ている。ナオトの大声でこれだけ喚かれては、人が集まらない方がおかしい。
カズイもその中にいたが、二人を止めようとはせず、ただ斜め下へ視線を逸らしていた。
ナオトに向かって土下座に近い体勢を取りながら、サイは必死だった。
「信じてくれ。
頼む……ナオト」
「僕が信じたって……」
ナオトの大きな目から、またも涙が流れ。
喉からは、痛みに満ちた呻きが溢れた。
「もう誰も――貴方のこと、信じませんよ」
半日後。
チュウザンへの入港が遅れ続ける中──
サイはブリーフィングルームで、クルーの面々に取り囲まれ、フレイの尋問を受けていた。
その中にはアムルやリンドー副隊長にトニー隊長、ブリッジクルーは勿論、ナオトやカズイもいる。
自動操縦に切り替わっている為、操舵士のオサキも状況を注視している。カイキだけはマユの看護で不在だったが。
そんな全員の視線が、サイに針金の如く突き刺さる。
外では激しいスコールが、アマミキョの装甲を叩き続けていた。
ちょうど雨期でもあったが、おそらくユニウスセブン落下による業火の影響もあるのだろう。この雨は例年よりさらに激しく、洪水が頻発しているとの情報が入っていた。
「TPシステムプログラム・熱量調整第38プロシージャ、及び第17、22、54ラインの数値設定ミス。
これらは全て、貴様自身の過失である──」
独り断頭台に立たされたも同然のサイを前に、フレイは報告書を手に淡々と読み上げる。
「認めるか? サイ・アーガイル」
冷徹かつ無感情なフレイの言葉と共に、サイの中でカズイやナオトの態度が蘇る。自分をはっきりと否定したあの二人を。
特に、ナオトの最後の一言は決定的だった。
──もう誰も、貴方のこと信じませんよ。
もう、無理だ。限界だ。
あの二人までが俺を否定する以上、俺が何を言ったところで、誰も聞きやしないだろう。
度重なる災難と疲労で、サイの精神も半ば自暴自棄になっていた。
冷静でいようと努めていたが、異常事態の連続の中──
彼の判断力も、正確さを失いかけていた。
自分さえ我慢すれば、自分さえ責任を取れば、全ては丸く治まる。
自分さえ、全てを耐え抜けば。
アムルの言う通りだ。自分だけが罪を被り、それでナオトやカズイが納得し、アマミキョが平和に活動出来るというのなら──
いかに納得がいかなかろうと、それは『正しい』ことだ。
今は異常事態なのだから。
2年前、キラやフレイにしたのと同じ過ちを、サイはもう一度繰り返そうとしていた。
自分を裏切ったキラとフレイに殆ど何も出来ず、何もせず、決着をつけず、その罪を看過してしまったが為に、キラもフレイも壊れていった──
そんな痛ましい記憶を、今のサイは無理やり頭から追い出していた。
「……認めます」
この瞬間、フレイの眉間に微かな間ではあるが、深い亀裂が走った。
ざわざわと騒ぎ立てるブリッジクルーたち。アムルは心ここにあらずといった表情を装い、けだるげに外の雨を見ていた。
「他の者がミスったということはないんか?」
リンドー副隊長が、珍しく苛立ちを露にしてオーブ西方訛りを出してしまう。
すかさず答えるサイ。「ありません」
無機質なルーム内に、外部回線から入ってくる状況報告の声。そしてわずかな雨音だけが流れた。
その間を見逃さず、アムルは尋問に割って入る。
「私のチェックミスです。申し訳ありませんでした」
この女は、どこまで執拗に保身に走る――
サイは怒りを通り越して感動すら覚えたが、フレイはぴしゃりと撥ねつけた。
「私はこの男に聞いている」
それきり、アムルは黙り込んだ。
そばにはカズイとトニー隊長がつき、心配そうにアムルを見守っている。この場で彼女は既に、サイに責任を押しつけられた被害者ということになっているのだ。
「アーガイル通信士」フレイはいつもの呼び捨てをやめ、サイを所属つきで呼んでいた。
「ここでの偽証は船外追放処分に値するぞ」
だが、サイは頑固だった。「責任は全て自分にあります。
パイロットを危険に晒し、緊急事態にも関わらずクルー全員に迷惑をかけた件、重ねてお詫びします。
大変……申し訳ありませんでした」
それを聞いた瞬間、後ろで見守っていたナオトが思わず視線を逸らした。カズイは何も言わず俯いたままだ。
フレイの表情は変わらず、サイを睨んでいる。他に言いたいことはないのか、とでも言うように。
恐ろしい沈黙の後、リンドー副隊長が深々とため息をつき、冷めたバーガーを乱暴にほおばった。
「結論は出たな。
これほど他人に失望したんは、『コペルニクスの悲劇』を止められんかった時以来だ」
フレイは改めて腰に手を当て、宣告した。
「サイ・アーガイル。
現時刻をもって、貴様をアマミキョ通信士から解任する」
予想と全く違わぬフレイの決定を、サイは直立不動のまま受け入れていた。
オサキが無言で壁を殴りつけ、サイを睨む。無理もない――これで、ブリッジのナチュラルは彼女一人ということになってしまったのだから。
さらにフレイは続ける。
「これより、貴様は第13作業ブロックに移れ。
アマミキョ・ポイント集計作業勤務を命ずる」
「第2瞑想室かよ」後方から笑い声が上がったが、フレイが視線を向けるとその瞬間に静かになった。
「まだある」フレイは室内をぐるりと見渡す。
「今回の事件の重大さを、貴様らは未だに把握していないものと見える。
チュウザンの被害状況が今なお報告されている時に、地上に降りたからといって、好き勝手に甲板に出たり喫煙したりする者が後を絶たぬ。
今回この男は、アマミキョ全体の和を乱し、大気圏突入及びユニウスセブン破砕という事態を前に、パイロット及びクルー全員の命を危険に晒したことを認めた。
一つの手抜き、一つの注意力散漫は、積み重ねられれば全てを崩壊させる――
そのことを身をもって、責任者全員が知る必要がある」
この言葉に、その場の全員が息を飲んだ。
サイだけじゃないのか、罰は?
「サイ・アーガイルと同班の者、及び同じナチュラルのクルーは勤務内容を問わず――
全員15日間の、ポイント20%減処分とする」
一斉にざわめく室内。
コーディネイターで良かったと胸をなでおろす者もいれば、即刻フレイに食らいつく者もいた。先鋒は勿論オサキである。
「ちょっと待て!
どうしてナチュラルが関係あるんだよ!?」
しかしフレイは当然という表情だ。
「今回の事件は、ナチュラルの無能と嫉妬により発生したとの見方も可能だ。
それ以上無意味な反論を続けるようなら、貴様もブリッジを降りてもらうぞ」
「アークエンジェルに乗って正義ヅラしてたからって、自分まで正義と勘違いしてやがる」
フレイの決定により、サイの部屋もナオトやカズイとは離され、モビルスーツデッキ隣の倉庫があてがわれた。
おそらく寝心地は船内で最悪だろう。何せ、常に金属音が縦横無尽に鳴り響く場所だ。
しかも整備士たちの声まで、容赦なく響いてくるのだ。
「ザフト野郎を逃がしたのだって、勝手な正義感以上の何物でもなかったのさ」「人、それを偽善という♪」笑い声。
「大体、あいつのことキラ・ヤマトとラクス・クライン関連本に、少しでも載ってたか? 俺ぁあの勘違い野郎の名なんか見たことねぇ」「二等兵だもんな。巻末の名簿ぐらいがせいぜいだ」
聞かないことにして寝袋を引きずりながら、サイは制服を整える。
ブリッジを降ろされようと、ブリッジクルーの制服はきちんと着るつもりだった。
それがフレイやアムル、他の連中への精一杯の抵抗だった。あのような好き勝手を言う連中への。
第一、フレイとて未だに連合少年兵の制服じゃないか。今では誰もそれに突っ込む者はいないが、当初は連合嫌いのクルーが散々たてついたものだ。
ミゲルやラスティ、ニコルがザフトの制服であった為に余計に混乱したものだが、今はクルー全員が黙認している。
――それだけ、フレイたちの実力と統制力はモノを言ったのだ。
「俺ぁなぁ~……
あのアークエンジェルって連中自体、気にいらねぇ!」
酔っぱらったハマーのだみ声が響く。
彼はフレイの連合制服に関しては全く気にしていないようだ。フレイが最強の実力を持つコーディネイターだと思い込んでいるからだろう。
「また始まった」「いいのかな、ハマーさん。まだ信者いますよ、結構」
「構うか!」
ぐびりと酒を飲み干す音。
「冷静に考えろ。アークエンジェルは連合の脱走兵どもの巣窟、エターナルはザフトのお尋ね者の巣窟じゃねぇか。しかも主だった連中は全員40歳以下のガキどもときた……
そんな奴らが戦場に出た処で、被害拡大がオチだ」
「まともなのは、我らがカガリ姫のクサナギだけってことですね」
「自爆野郎ウズミの娘なんぞ!
セイラン家がなきゃ、オーブは今頃滅んでるよ!!」
ハマーがレンチで床を叩く音が響く。「ハマーさん、飲みすぎっす!」「うるせぇ、せっかくの地上だっ」
サイは寝袋にくるまり、少しでも眠ろうと努める。しかし、出来なかった。