【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
何とか2時間ほど眠った後、サイは新しい勤務場所へと向かった。
そこはアマミキョの、最底辺の作業部屋とも言うべき空間だった。長い作業机が何台も所狭しと並べられ、人がひっきりなしに忙しく行きかっている。
体育館一つ分が入りそうは広さではあるが、天井は低い。奥の数台のベルトコンベアが轟音を立てている。潤滑油とインクと汗の臭いが混じり、息が詰まりそうだ。
そこに詰められている人員はほぼ全員がナチュラルで、女性が多かった。
満足な仕切り一つ与えられず、一人一人のパーソナルスペースがやたら狭い机で、封筒の切手貼りやら救援物資のラベル確認、報告書の確認印の確認、学校用の教材折りなどをやっている。
見るからに、与えられるポイントは激烈に少なそうだ。
全員の目がやさぐれ、活気はなかった。
10台ほど並べられた作業机の右端ではグループリーダーが作業を監視しているが、彼らにしても仕事を真面目にこなしているとは言い難かった。
そんな部屋の真ん中あたりの作業机の一角が、サイに与えられた場所だった。粗末な端末が2台、向かい合わせに置かれている。
リーダーへの挨拶をすませ、サイはそこへ向かう。
右の端末には既に人がいた。女性だった。それも、知った顔の。
「……ヒスイ・サダナミさん?」
サイはベルトコンベアの音にかき消されぬよう、声をかける。
呼ばれた女性は、かなり遅れた反応で顔を上げた。伸びすぎた長い前髪から、眼球がちらりと見えた。
――間違いない。ウーチバラ襲撃時にブリッジでパニックを起こした、あの女性だった。
「あの……
よろしくお願いします」
サイの挨拶にも、ヒスイの態度は何処かそっけない。
目は完全に死んでいる。サイにどんな言葉を言えば良いのか、頭の中で必死に探っているようにも見えた。しかし――
業務を始めてみて間もなく、サイには何となくその理由が分かった。ここが「第2瞑想室」と呼ばれている所以も。
室内クルー60名だけでなく、作業の為に他のグループのクルーたちがここを通ることも多い。
ひっきりなしに室内を往復し周囲を行きかうクルー、そのほぼ全員の好奇の視線に晒される中で、ひたすら入力作業を続けなければならないのだ。
中途参加・下船含めおよそ320名を超えるアマミキョクルーの労働時間と業務処理件数を監視システムのデータから集計し、ポイント計算の元になるデータを作成して作業艇・ハラジョウへ送信する
──それが、サイとヒスイに与えられた作業だった。
頭を使う必要は全くなく、ただ与えられた膨大な数値を入力し、簡単な規則に則ってデータを作成すれば良い。やろうと思えば、6才程度のコーディネイターでも出来てしまうだろう。
周囲から、くすくす笑う女たちの声が聞こえる。手元、指先、足元、表情、全てが見られているというこの屈辱感はたまらない。
しかもこの業務にはポイントはろくにつかない、せいぜい今日の夕飯が確保出来る程度だ。
入力を開始して1時間もした時にはもう、サイは怒りにかられていた。
俺たちに罰を与える為に、わざわざこの作業を設けたとしか考えられない。アマミキョの全船監視システムのデータを直接ハラジョウに送れば、こんな作業はいらないじゃないか。
ニコルの技術をもってすれば、こんなデータ集計など手で行なわずとも、一瞬で可能だろう。
サイは思わず顔を上げ、端末ごしにヒスイを睨んでいた。
そう考えたことはないのか、この女性は?
その視線の強さを鋭敏に感じ取ったのか、ヒスイは頭を上げた。
ぼさぼさの前髪にほぼ隠れてしまっているが、黒髪ごしに覗くその目は余計に彼女の陰鬱さを際立たせる。こういった作業を延々と行なう者の常か、左右の黒目が若干寄り気味になり、広げた目も右の方に力が入りすぎ、左右の目の大きさが微妙に違うという異様な表情になっている。
彼女自身もそんな自分の形相を理解しているのか、サイとまともに視線を合わせようとしない。
さらにヒスイは、サイと自分との間にダンボールの仕切りを立ててしまう。
「すみません……
視線、気になると思って」
消え入るような声が、黒い前髪の間から漏れた。
長いこと発声を忘れていた人間のような、たどたどしい言葉だった。
サイは何とか、彼女と言葉を交わそうと努める。
「同班でしたよね。
今回の件では、ご迷惑をかけて申し訳ない」
そういえば、同じグループなのに殆ど顔を見かけなかったな――彼女。
「い、いいんです……
あの、仕方ないこと、ですから」
ヒスイの呟きは、注意して聞いていなければ周囲の騒音にあっという間に飲み込まれてしまいそうだ。
これでもウーチバラ襲撃前はしっかりオペレータをやっていたというのに、何という変わりようだろう。
「俺のこと、色々と聞いていると思うんですが……」
「いいえ……貴方がここに来るということ以外は、何も」
周囲の人間がヒスイをどう扱っているかは、その一言だけで想像がついた。噂話の類からは完全に外れた場所にいるのだろう。
ため息をつきながら業務を続行しようとしたサイ。
その耳に微かに入ってきたのは、消え入るようなヒスイの囁きだった。
「……気をつけて、下さい。
ここは、人と一緒にさせられながら、人と隔絶される場所ですから」
「いいんですか?
曲がりなりにも元・婚約者でしょ」
作業艇・ハラジョウ内部からサイたちの作業部屋を監視しながら、ニコルが言った。
車椅子のニコルの前には他にも何台かの端末が置かれ、アマミキョ各部の様子がすぐ分かるようになっている。
その後ろには、フレイが堂々と立っていた。監視システムのサイを凝視しながら。
「責任を取るという言葉の意味を、理解させる必要がある」
ニコルは車椅子を揺らし、軽くふくれっ面を作ってみせた。
「ホント、強情なんだから。
このままじゃあの人、自殺しますよ。知ってるでしょう、船内の状況」
ニコルの下半身と化している無数のケーブルを撫でながら、フレイは視線をサイから離さない。
その横顔にも瞳にも、全く感情は見えなかった。
「お前にはまだ分かりにくいか……
これは、大人数を効率的に統率する上での手段の一つだ。
特定のターゲットを作り、敵意を一方的に集中させ、現体制への不満やストレスを減少させる」
「常套手段ってのは知ってますけど。
しかし耐えられますかねー、彼」
そう言いながらも、まるでゲームを楽しむ子供のようにニコルは、画面内のサイをマウスポインタでなぞってみせた。
ちょうど作業が終了したらしく、サイは立ち上がっている。
それより先に、ヒスイ・サダナミは挨拶もせず、逃げるように作業場から立ち去ろうとしていた。どうやらサイはヒスイと、ろくな会話を交わしていないようだ。
と――
カタパルトにカメラが切り替わる。
ティーダの前で暴れる、包帯だらけの少年が映し出された。勿論ナオトだ。
それをミゲルとラスティが諌めていた。恐らくまた、乗る乗らないの騒ぎだろう。
ニコルはつまらなそうにその光景を眺める。
「彼も、どうします?」
「ニコル……その前に、頬杖をつきながらの作業はやめろ」
フレイが注意し、ニコルがはっとして肘を下ろした瞬間──
船内中に、警報が鳴り響いた。
「何あれ……
港が燃えてる!?」
ブリッジにアムルの叫びが響く。
何しろ入港シークエンスに入ろうとした時に、目の前のナンザン港に既に火の手が上がっていたのだ。
しかもナンザン港は、アマミキョがようやく見つけた入港可能な場所だというのに――
《こちらナンザン港管制、アマミキョへ緊急連絡!
正体不明のモビルスーツ群により港が攻撃を受けています、港湾施設の40%が被弾、第1から第5までのドック使用不能!
軍が応戦中で――》
管制との連絡が矢のようにブリッジ中を飛び交う。向こうのパニックが手に取るように分かる声だ。
日が暮れたばかりの港に炎は瞬く間に広がり、係留中の船から重油が漏れ、海を汚していく。
さらにその油に引火し、海が文字通りの火の海となる。未だにこのような燃料を使う時代遅れの船が、チュウザンには多かったのだ。
モニター画像が拡大される。と――
炎上する空の中、大きな黒い虫のような何かが、いくつも群がって羽ばたいているのが見えた。
あれは、まさか――
「ダガーLが飛んでやがる!
もしかして、ブルーコスモスかよ!?」
操舵を邪魔されたオサキが単純に、全員の予測を代弁してみせた。
その数、確認されただけで5機。
「ワシらを待っていた、……ってか?」
リンドー副隊長の呟きとほぼ同時に、管制からの連絡が遮断される。
繋がらなくなった通信機を叩きつけるように置いた副隊長は、暴挙とも言える決断をした。
「あいにくワシらはもう待てん、備蓄も限界だ!
着水を強行するっ」
「しかし、港があれでは……」
オペレータたちの反論にも、リンドーは余裕だった。
「何の為のヘルダートだ!
それに、アレを見ろ」
リンドーが顎をしゃくった先──
拡大されたモニターの炎の中から、ダガーLに向けて必死の対空砲火が上がっている。
「あいつらを助けずして、何が救助船か」
雨のやまない甲板では、トニー隊長が作業中の全員に怒鳴り散らしていた。
「敵襲だ! 総員、第一種戦闘配置!」
その言葉を聞き、炎に背を向けて雨の中を走り出しながら、カズイは苦々しかった。
空が赤い。砲の音が、光とはやや遅れて飛んでくる。
地鳴りのような砲音で、未だ宙に浮いているはずのアマミキョも震動している。
また、戦闘だ。しかも、ここでもまた聞くことになるとは――アークエンジェルにいた時、聞くのが一番嫌だった言葉を。
――こんな調子で、アマミキョは戦艦になっていくのか?
「救助船」ではなく、「戦艦」に?
「アイツ、戦闘配置の意味分かってんのかよ」「言ってみたかっただけだろ」
カズイの横を、作業員たちが足早に駆け去っていく。どんな時でも誰かへの陰口は決して忘れないのが、アマミキョのクルーたちであった。
カズイは船内に逃げ込みながらも、思わずサイの姿を探す自分に気づき──
そんな自分を呪った。
こんな時まで、サイを頼ってどうするんだ。アムルさんを裏切ったアイツを。
警報が鳴り響く中、フレイはIWSPを装備したスカイグラスパーに乗り込んだ。
アフロディーテは未だ、脚部の損傷が修理しきれていない。
「私が先行する。
カイキは砲撃戦装備でアマミキョを援護。絶対に奴らを近づけるな!」
手早くメットを被りスカイグラスパーのエンジンを入れるフレイの上から、ミゲルが身体を乗り出す。
「ティーダは?」
「パイロットがあの状態で、出せるわけがなかろう」
しかしその瞬間、スカイグラスパーの下から、包帯だらけのナオトが走りこんできた。
「僕、行きます!
行かせて下さいっ、フレイさん」
「何やってやがる、テメェの居場所は医療ブロックだろうが!」
ハマーがナオトに掴みかかったが、ナオトは遮二無二その手から逃れる。
だがフレイはメットのバイザーを閉じ、そのままスカイグラスパーのハッチも閉じてしまう。
完全に無視される、ナオトの叫び。
「フレイさん!
こんな時こそ、僕の出番でしょう!?」
ナオトの悲鳴がBGMであるかのように、フレイのスカイグラスパーが出動していく。
続いて、カイキのカラミティもカタパルトから上部甲板へ、モビルスーツ用エレベータで移動していった。
リンドーの指示通り、アマミキョブリッジでは今、ナンザン港付近への着水が強行されようとしていた。
「こんな処で引き返したら、何の為に地上に降りたか分からんぞ!」
オサキが面舵をルーレットの如く威勢良く回し、それでいながら慎重に操舵システムを睨む。
海面まで、残り10メートルもない。付近の漂流物まで、はっきりと見えていた。
転覆した小船さえ見える──人が何人も取りついて、こちらに向かって救助を求めていた。
巻き込んではいけない、操舵技術が問われる瞬間だ。
サイは駄目野郎に成り下がっちまったが、ナチュラルの女をなめるな──オサキは唇を噛み続ける。
アムルの叫びが、船内全回線へと響いた。
「まもなく着水します、全員衝撃に備えて!」
業務を終えたばかりのサイとヒスイを、着水の激震が襲っていた。
既にアマミキョの存在を嗅ぎつけたのか。炎の中から飛んできたダガーL2機が攻撃を仕掛けているのが、作業部屋のモニターからも確認出来た。
もうこのような状況には慣れたのか、作業員たちはそれほど慌てずに衝撃から立ち上がり、所定の避難場所へ向かう。
アマクサ組の統制は、こんな処でも効いていた──
サイは腰をさすりながらも身を起こす。
「そんなに中立が憎いか、ブルーコスモスは!」
現在港を襲撃しているのが、北チュウザンの中立体制に不満を抱く過激派であることは、チュウザン軍からの情報により確定していた。
別にアマミキョが来たから襲撃されたというわけではなく、最初からこの港はテロリストたちの攻撃目標にされていたのだ。
――俺がヤエセに行った時もそうだった。
ブルーコスモスはコーディネイターが普通に暮らしているというだけで、街を焼き払ったじゃないか!
続いて、くぐもった轟音と共に内壁が僅かに震動する。
アマミキョのヘルダートが火を噴いた、その特有の震動。
ふと気が付くと、作業机の陰でヒスイがしゃがみこみ、膝の間にボサボサ頭を押し込んでいる。
その両手は、胸を押さえていた。
サイが駆け寄って肩を叩くと、彼女は3センチほど床から飛び跳ねたかのように驚き、恐怖に満ちた目でサイを振り向いた。
「ごめんなさい。心臓が破れそうで……」
その手に触れてみると、完全に冷え切っていながら激しく脈を打っていた。
呼吸が浅い。パニック時特有の症状だ。自分でどうにかしようと思っても、心臓も肺も手足も、ろくに言うことを聞かない――
そういうケースは、これまでサイも数多く目撃していた。
こういう時は、近くにいる者の体温がある程度役に立つ。
「大丈夫です。
ここでは俺たちは死にませんよ」
サイはそう言い切って、ヒスイの手をしっかり握る。
彼の手を感じたヒスイは、少しだけ本来の呼吸を取り戻した。
おそらくこの女性も、他の多くのナチュラルたちと同様、獲得ポイントが少ないが為に心の不調からも回復出来ずにいるのだろう──
サイは彼女を立たせると、一緒に内壁側の避難場所へと向った。
この作業場は外壁に近く、直接被弾すれば被害は甚大だ。
それ故、最底辺の者たちが作業を強いられているのだろうが。
「それに、こういうことは考えたくないけど……」
サイはヒスイの様子を確認すると、ひとつ前置きをして言った。
「ポイントゲットのチャンスかも」