【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「信じられないよ、人間がそんなに馬鹿だなんて!」
痛む傷を押さえながら、ナオトは街にティーダを降下させた。
白い機体はあっという間に目標となり、ダガーLに取り囲まれる――
それでもナオトは怯まなかった。
モニター横を流れる、灰混じりの雨。その向こうで燃える炎。ティーダの下には血の河が見える。
ティーダ自身もかつて人だったモノを踏んでいるが、ナオトは気づかなかった。
警告音。上空からダガーLが1機、迫る。
「こんなこと、僕は絶対許さない!」
ナオトは夢中で、レーザーライフルの引き金を引いた。
だが相手は軽くかわし、ティーダにさらに攻撃を続ける。煙でくすぶり続ける空を、何条もの光が虚しく切り裂いていく。
それでもナオトは荒っぽい射撃をやめない。彼の中では、何度もむさぼるように見たストライクやフリーダムの戦闘映像が蘇る。
「僕は貴方たちとは違う!
キラ・ヤマトと同じように、ちゃんと武装を狙ってやるっ」
何度も何度も無我夢中で撃ち続け、ティーダの閃光はようやくジェットストライカーの左翼部分をかすめることに成功した。
空中でバランスを失った敵は、それだけで燃えるビルの向こうに消えていく。
墜落したかどうかまでは、分からない。爆発はしてない──
「死んでない。
……殺してない、よね?」
その、一瞬の隙を取られたか。
がら空きになったティーダの背後から、もう1機のダガーLが組みついた。
メットも被っていなかったナオトは、またもコンソールに頭をぶつけかかる。
「やめて下さい!
こんなことをして何が、青き清浄なる世界の為にですか!!」
ストライクとほぼ同じトリコロールにカラーリングされた機体が、こんな非道を繰り返している現実が、ナオトには許せなかった。
本来は、地球を守る正義の戦士ともいうべき機体なのに!
装甲ごしなら、この体勢で相手と会話が出来るかも知れない。そう考えてのナオトの叫びだったが、返ってきた言葉は──
《コーディネイターは化け物だ!
かつて国を焼き尽くし、今もプラントを落とした!
この国に怪物を招いた文具団を、ムジカノーヴォを、俺たちは断じて許さん!!》
「そんな……
やっぱり、人が落としたっていうんですか!? プラントを?」
《貴様もナチュラルなら分かるだろう!
ジョージ・グレンが異形として現れたその瞬間から、この星は間違った進化をしてしまった!!》
「僕はナチュラルじゃありません、コーディネイターでもないんです。
オーブから来ました、SunTVのレポーターです。戦闘をやめて下さい!」
ナオトは夢中で言葉を発していた。相手がティーダを掴んでいる為に響く不協和音が、微かに小さくなった気がした。
一瞬、ナオトは思った――僕の言葉が通じたのか?
しかし現実は、ナオトの楽天的妄想とは真逆の方向へ突き進む。
《禁忌の子供か……
汚れた血は、いよいよ俺たちを侵食するというのか!》
状況に似つかわしくない、諦念に満ちた笑い声が響いた。
相手の顔は勿論見えないが、おそらく子供もいそうな歳の男性だろう。
《ならばここで消えた方が、貴様も楽であろう。
異形の血を持ってしまった子供が、このような世界にいてはいけない!》
見るとそのモビルスーツは、いつの間にかエンジン部分を損傷していた。ティーダを捕らえるより前に、戦闘で破壊されたのか。
――内部で一息に燃え広がる炎が、僅かに見える。
その意図は素人のナオトにでも、すぐに見破ることが出来た。
既に致命的損傷を負っている機体。自暴自棄になったテロリストの取る道は──
――
ナオトが咄嗟に回避行動を取るとほぼ同時に、ダガーLはティーダを巻き込み、大爆発を起こした。
街がひときわ大きな火球に包まれるその端では、アストレイ隊とダガーLが必死の攻防を繰り広げていた。
ダガーLは僅か1機だったが、何せM1アストレイは作業用の装備しかしていない。頭部バルカンや手榴弾で攻撃を防ぐのが手一杯で、ダガーLのビームカービンに対しては成す術もない。
おまけにパイロットは、土木作業のプロでも戦闘では全くの素人だった。
結果──
無謀にも、頭部バルカンを連射しつつ相手を撃破しようと正面から突っ込んでいったアストレイが1機、ビームカービンでエンジン部を狙撃されることになった。あまりにも、あっさりと。
功を焦った女性パイロットが、声を上げる暇も与えられぬまま一瞬で焼かれていく。
紅と白で勇壮にカラーリングされたオーブの戦士が、業火に包まれ飛び散っていく。
残されたアストレイ隊から、一斉に怒号が上がった。
「シャロン!」「馬鹿野郎! 地上に降りたら、夕陽を一緒に見るって……」
「あ、あぁああぁあぁあ!!!」
サイが気を失っていたのは、ほんの数秒だったらしい。
あまりの轟音の連続で、鼓膜がびぃんと張りつめている。ろくに音が聞こえない。
見ると、ミストラルが運河の中へ横転していた。他の作業員たちは、それを見捨てて豪雨の中を逃げようとしていた。
何をやっているんだ、貴重なミストラルを!
サイは叫んだつもりだったが、自分の声もよく聞こえない。作業員たちは振り返り──
この状況で、笑っていた。
明らかに、サイを笑っていた。僅かずつはっきりしていく聴覚が捕らえた言葉は。
「元アークエンジェルなら、何とかしてみせろ」
「引き上げりゃ、ポイント増えるぞ。感謝しろよな」
激しい戦場で仲間との絆がより強固になる、などという伝説は嘘っぱちであることを、改めてサイは知った。
そこに亀裂が存在した場合、戦場はそれをさらに拡大させる結果にしかならない。
雨がひどくなる。空はほぼ灰にまみれて真っ黒だ。真っ暗、ではない。
それにしても、さっきから街の端でたびたび発生しているモビルスーツの爆発らしい音響、そして火球は何だろう?
ダガーLの爆発であれば良いが、もし──
サイはそれ以上、考えないことにした。
考えたら、自分も、他人も、人間全てを呪いかねなかった。
ダガーLの爆発であれば「良い」? あれにだって、人間が乗っているのに。
あの機体を改造したアフロディーテに、俺は守られてきたのに。
腰のあたりでは未だに死体が沈み、その上を鼠や虫が大量に逃げていく。
猫が数匹、発情期でもなかろうに奇声を散々上げ、呪われた街から脱出していく。
それでもサイはのそりと立ち上がり、状況を確認した。
ミストラルは機体をきっちり45度ほど斜めにして、運河に突っ込んでいた。
泥から足を引き上げるようにしてミストラルに乗り込むと、サイはエンジンを始動させる。
どうやら機体そのものは大丈夫なようだが、下部に取り付けられた車輪が、河に嵌まりこんでいる。
サイはすぐに飛び降りると適当な鉄骨を拾い上げ、ミストラルの下へ突っ込んだ。
豪雨がやむ気配は全くなく、死体を押し流す水量は増えていく。
しかもダガーLの攻撃は続いていた。未だにすぐ上を、ジェットストライカーの轟音が掠める。幸い、救出した生存者は全員、トラックで運ばれたらしい。
てこの原理の要領で機体を動かせれば──たった一人で、地上用トレーラー3台分ほどもあるミストラルの重量がどうにかなるとは思えなかったが、サイは無我夢中だった。
こんな時に何故か、腹はぐうぐうと悲鳴をあげる。
しばらくまともな食事にすらありつけていない自分が、どうしようもなく惨めだった。
「俺だって……
もう、水増し粥なんか嫌なんだ!」
あれほどの閃光に包まれながら、ナオトは未だ、生きていた。
自爆に巻き込まれて、無事なわけがないのに──
ナオトは信じられぬ思いで、モニターを凝視する。
ティーダも、まだ僅かながらエネルギーが残っている。しかも爆散していない。
周囲の街路樹やビルは薙ぎ倒され、仰向けに倒れたティーダを中心に火炎が巻き上がっていたが、コクピット内のナオトは――
少なくとも息はしていた。
勿論、吹き飛ばされた衝撃でナオトの身体はろくに動かなくなっていたが。
朦朧としている頭を上げながら、ナオトはコンソールパネルを見る。
TPシステムの作動を示す緑の表示が、元気良くティーダのCGの上で点滅していた。
関節部分が熱で傷んでいるようだが、どうやら致命的損傷は何処にもない。
「サイさんが、守ってくれた……?」
思わず口走った言葉に、ナオトは自分自身で驚いた。
脳裏をよぎったものは、自分に向かってじっと頭を下げるサイの姿。
――俺は本当に、君たちを、守りたかった。
傷つけてはいけない存在を、自分は傷つけたんじゃないか。
あの時のサイさんの精一杯の謝罪を、本音の言葉を、僕は何も聞いていなかったんじゃないか。
裏切り者と決めつけ、何も知ろうとせず、聞こうとせず、全てを無視して。
だとしたら僕は、サイさんに対して、なんてことを――
だがその事実を認めるには、ナオトの精神はまだ幼すぎた。
慌てて、激しく首を振る。
「今更動作したって、遅すぎるよ!」
そんなナオトの目に次に映し出されたものは、さらに信じられぬ光景だった。
未だに上空を占拠していたダガーLが、さらなる高空から何故か次々に、玩具のように撃ち落されていく――
墨で塗りつぶされたような空に、燦然と輝く青と白のフォルムが飛来する。
ダガーLと同様にジェットストライカーを装備し、人の顔を持つモビルスーツ。
それが4機、5機と飛びこんできては、フレイのスカイグラスパー以上の速さでダガーLを撃ち抜いていった。
絶望しかなかった炎の街。
それを背後にした彼らの威容は、ナオトの目にはまるで天使のように映った。
「あれは……ウィンダム!」