【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フレイの元婚約者だからと言って、サイの待遇が変化するはずもなかった。
ザフトの内通者という嫌疑をかけられ、さらに彼の立場は悪化したとも言える。
ヤハラへ移動した後も、サイは作業ブロックでのデータ入力業務以外に、深夜から早朝にかけての肉体労働に従事し続けた。
体力もいい加減限界に来ていたが、それでもカタパルトそばの倉庫で寝るよりは、屋外で居眠りしていた方がまだマシだったとも言える。
何しろ連合との協力体制に入り、連合嫌いのハマーや整備士たちの不満は増大していたのだ。
「奴ら、まんまとフレイの嬢ちゃんを騙しやがった!
あの糞ダヌキどもがっ」
部屋で眠ろうとすれば、必ずスパナを放り出す大音響と共にこんなハマーのダミ声が聞こえてくる環境は、さすがのサイもうんざりだった。
「俺は信じないぞ、連合など!」「だけど、フレイさんも連合の外務次官の娘で」
「知るか! 俺は目で見たことしか信じん!
今のフレイ嬢は俺たちを護る女神なんだ、畜生っ」
ティーダやアフロディーテに手を入れるたびに山神隊が介入し、ハマーが騒ぎを起こし整備が進まなくなっているという話は、サイも耳にしていた。
そんな整備士たちのストレスは、決まってサイへの暴力となって降りそそがれた。
鍵もろくにない部屋に侵入され、靴を便所に捨てられるなどは当たり前で、逆に私物を入れられてありえない盗みの疑いをかけられて殴られるのも日常茶飯事。
作業着を切り刻まれたり、家族や友人へ書いた手紙を開封された上破られたりも、一度や二度ではなかった。
尤も、サイにそのような子供じみた嫌がらせをするのは、他のクルーも同じだったのだが。
川沿いにあったヤハラの更生院は、プラント落下時の洪水で半壊していた。
そこに収容された子供たちの為に学校を造り、教育を行なう──
それがアマミキョの当初の目的だったが、今は勿論救助・修復作業の方が先だった。
施設は勿論、村を支えていたサトウキビ畑も壊滅している。川向こうの文具団の工場も、プラント落下直後に度々ブルーコスモスの襲撃を受け、十分な稼動がままならなくなっていた。
さらに毎日の熱射をぬってクルーたちを襲っていたのが、この地域特有の豪雨。
夕方から朝にかけて、必死でミストラルを操縦して残骸をとりのけ、畑や堤防を修復しようとするサイたちの上に、滝のように容赦なく雨が降りそそぐ。雨が冷たくはないのが、唯一の救いだった。
そして皮肉なことに、サイ一人を攻撃することで全員が結束してきた現実を、サイ自身感じずにはいられなかった。
俺を笑ってミストラルごと泥の川に突き落としながら、この前までいがみ合っていたはずのコーディネイターとナチュラルの隊員同士が、肩を叩き合っている。
俺のアンパンを横から奪っていったコーディネイターが、ナチュラルの女の子にそれを分け与えている──
自分たちの足を引っ張る裏切者に、慈悲なんかいらない。
裏切者を叩く自分たちこそが正義だ。
自分たちは中立国の人間だから、表立って相手をナチュラルだコーディネイターだと叩くなんてことはしない。そんな馬鹿をやるのはザフトかブルーコスモスだけだ。
だがそのかわり、自分たちに害をなす裏切者は徹底的に叩く。その身体も存在も誇りも魂も、何もかもが消し飛ぶまで。
それこそが、自分たちの正義。それこそがアマミキョを、オーブを、自分たちを守ることになるのだから。
――そんなクルーたちの、ある意味子供のように純粋な意思。
その残虐性をサイは、毎日毎時間のようにまざまざと実感させられていた。
中でもショックだったのは、作業ブロックで、ヒスイにまで無視された現実だった。
サイが入力業務の件で少しヒスイにアドバイスをしたことがあったのだが、その時だけは黙ってサイの言葉を聞いていたものの――
その直後、彼女は他の作業員の女性たちに助けを求め、涙まで見せていたのだ。
「あんたも辛かったね、あんな奴にひどいこと言われて」「負けちゃ駄目だよ」
「ヒスイさんは凄いよ、私だったらあいつと同じ空気吸うのすら無理!」「あいつのキーボード、触るのもイヤだしねー」
そのように励まされた経験が今まで滅多になかったのだろう。ヒスイは
「大丈夫……私、頑張ります」
などと言いながら、女たちの中に溶け込んでいた。サイが来る前は、おそらく全員から無視されていたであろうヒスイが。
今時ハイスクールでも珍しい、こんなガキのお遊びの延長のような嫌がらせばかり。
サイは怒りを通り越して、もはや笑わずにはいられない状況だった。
それらの事実を知ってか知らずか、山神隊の連中もサイをめぐる騒動に介入はしなかった。
勿論直接的な暴力を目撃すれば止めに入ったものの、彼らは問題そのものを解決しようとはしなかったのだ。
「どうして、アマクサ組のやり方に迎合するんですか!?」
アマミキョを見下ろせる高台で、ナオトは山神隊の真田に堂々とくってかかっていた。
ナオトもまた、連合が乗り込んできたことでフレイたちの統制が崩れることを、少なからず期待していたのである。
真田は山神隊の中では最年少の21歳。ナオトの話しやすい相手でもあった。
「僕らは、ナチュラルとコーディネイターの差別なんかない国から来たんです。なのに、この船で差別されるなんておかしいですよ。
真田さんも何とか言ってきて下さいってば。僕の言うことなんて、あの人たち全然……」
「下っ端の俺に言われても困るんだけどなぁ。
フレイ・アルスターのやり方に介入しない、それが山神艦長からのお達しなんだよ」
「落ち着けよ、パイロット君」
真田の後ろから、軍人にしては小柄な体格の時澤軍曹が牛乳瓶を手に、ひょっこりと顔を出した。
「とはいっても、今は違うんだっけ?
降ろされて他人に八つ当たりは、男のやることじゃないぞ」
「そうだよナオト君。本来あのようなモビルスーツは、君のようなド素人が乗るものじゃない。
俺たちのウィンダムの操縦で、勉強するんだね」
「まだスカイグラスパーがやっとのお前が言うか、真田」
時澤に差し出された牛乳を一気飲みしながら、ナオトは喋り続ける。
「違います……許せないんですよ。
オーブは自由と平和の国です。なのに、アマクサ組はその理念を踏みにじって、アスハ代表まで馬鹿にして!」
「誰、アスハ代表って?」
真田がきょとんとして呟いた。いきなり話の腰を折られ、ナオトは思わず彼を凝視してしまう。
時澤がウンザリというように眉間を押さえた。
「カガリ・ユラ・アスハ。ウズミ・ナラ・アスハの娘で現・オーブ代表だ。
いくら何でも、ウズミ元代表は知ってるよな?」
「いやぁ……ごめんなさい。
俺、山神隊配属前は情報処理一辺倒だったもんで」
この返答に、さらに眉間を揉む時澤。
「すまない、ナオト君。真田は政治や歴史とか、からっきし駄目なんだ。
あのフレイ・アルスターの名前出されても、一人だけ無反応だったし。
教育係の自分が、どれだけ恥をかいたやら」
それを聞いて、ナオトは大きな目をさらに丸くした。
「え……?
フレイさんって、連合の中じゃそんなに有名なんですか?」
「そうだね、ザフトのラクス・クラインほどじゃないけど。
実際2年前は、彼女を連合のラクス・クラインに仕立てようという動きもあったようだ。
父親を失いながらも、健気に軍に志願した勇気ある少女……そしてザフトの捕虜になりながら、見事に生還した。素晴らしい宣伝材料だろう?
ヤキンでドミニオンが撃沈された後、行方不明になっていたようだけど」
真田がそこで再度、話の腰を思いっきり折った。
「誰スかそれ? ラク……」
「勘弁してくれ、これ以上漫才はゴメンだ」
時澤は蝿を追っ払うように真田の言葉を振り払うと、話を続けた。
「自分らが知ってるのはそれだけだ。
2年前から今まで、彼女が何をしていたのか……一切は闇の中だよ」
途端、頬を膨らませて不服を露わにするナオト。
「本来連合の人間だったら、さっさと引き取って下さいよ。
どうしてチュウザンやアマミキョで、あんな横暴を働くんですか、彼女は」
「君の言い方も十分横暴だなぁ」
時澤は身体を揺らして笑った。腰を下ろしてしまうと彼の身長は、ナオトの方が大きいくらいに見える。笑うとその目も糸のように細くなった。
「ここだけの話……
上からの命令だよ。フレイ・アルスターに手を出してはならない。
それに彼女たちのおかげで、アマミキョは今の処、支障なく活動している。
少なくとも、個々の業務処理能力は正当に評価されていると自分は見る」
軽めではあるがきっぱりと甘さを拒絶するその言い方に、ナオトは失望を隠せない。
さらに時澤は口調を切り替えて、立ち上がる。
「さて、自分らも仕事がある。これ以上は、君と馴れ合うわけにはいかない。
いかにオーブと連合が条約を結ぼうとしているとはいえ……ね」
「え?」
思わぬ現実を突きつけられ、ナオトは腰を浮かせていた。
「条約? オーブが、連合と?
ちょっと待って下さい、まさか! カガリ代表が、そんなことをするはず……!」
「あぁ、ついさっきのニュース速報だからね。知らなくても仕方ないか。
アスハ代表自身も恐らく、条約締結を望んではいまい──しかし無力だ」
そう語る時澤の表情も語り口もあくまで柔和だったが、既に笑みは消えている。
「君たちから見れば、彼女は女神にも等しい存在なのだろうけど。
連合、特に東アジア共和国の者らにしてみれば──彼女は傀儡にすぎない」
「何ですって……
やっぱり貴方たちも、代表を馬鹿にして!」
時澤は軽くため息をつきつつ、それでもナオトを軽くあしらうような真似はせずに、真面目な顔つきで答えた。
「怒らないで聞いてくれ。
たった18かそこらの少女に、一国の首長が務まると本気で思っているのかい、君たちは?
経験もない若い女性が政治を任され表舞台に立って、国が混乱した例は歴史上、少なくないんだよ。
おそらくセイラン家か、それに準ずる者たちが彼女を動かして何とかオーブを支えている。
理念は立派だと思うが、今のオーブはどう考えても、連合と手を結ぶのが得策だろう」
「でも、ラクス・クラインは……」
ナオトが言いかけた時、先ほどからずっと草原の上でノートパソコンをいじっていた真田が、振り向いた。
「ありましたよ! ラクス・クラインのデータ。
最新映像、これでしょう」
真田の端末には、ナオトの尊敬するあの薄紅の髪の、伝説の少女が映し出されていた。
彼女は祈るように手を合わせ、画面の向こうの視聴者に向けて必死で訴えかけている。
──この度のユニウスセブンのこと、またそこから派生した昨日の地球連合からの宣戦布告、攻撃。
実に悲しい出来事です。再び突然に核を撃たれ、驚き憤る気持ちはわたくしも皆さんと同じです。
ですが、どうか皆さん! 今はお気持ちを沈めて下さい。
怒りに駆られ想いを叫べば、それはまた新たなる戦いを呼ぶものとなります──
「さ、真田! 馬鹿野郎、こんなもの何処でっ……
広瀬少尉にでも見つかってみろ!」
ナオトへ見せた威厳は何処へやら、時澤は目を白黒させて映像ウィンドウを閉じさせようとする。だが、真田は得意げだった。
「言ったでしょ、自分は情報処理のエキスパートですよ。
チュウザンは連合の中でも中立寄りなんです、ザフト側の映像があったって不思議じゃないと思いまして」
「しかしなぁお前……」
時澤と真田がやり合っている横で、ナオトは夢中で映像を見つめて、両手まで組んでいた。
漫画であれば、目に星が3つほど点灯していそうな顔である。
「ラクス・クライン……
水の証が、復活したんだ!」
──最高評議会は最悪の事態を避けるべく、今も懸命な努力を続けています。
ですからどうか皆さん、常に平和を愛し、今またより良き道を模索しようとしている皆さんの代表、最高評議会デュランダル議長を、どうか信じて……──