【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 フレイの鉄槌

 

 

 豪雨の降りしきる夜にも、サイのポイント稼ぎは続いた。

 数少ない作業用ライトが鈍く明滅する中で、サイは雨合羽を着て、黙々と土を掘り続ける。

 今日はケーブル修復作業だ。昨日は下水道復旧、そして明日は避難所の汚物処理――

 

 誰もやりたがらない作業ばかりだった。

 疲労の限界などとっくに超えていたが、それでもサイは手を休めなかった。

 

 身体を動かしさえしていれば、どんなに嫌なことでも少しは忘れられる。

 奴隷のような単調作業は、人間から思考を奪う。感覚を奪う。

 今のサイにとって、それは好都合だった。痛みや孤独を少しでも和らげることが出来るなら。

 それに、周囲の作業員や作業監督も、彼が腰を下ろすのを許しはしない。1分でもぼうっとしていれば怒鳴られ、泥団子を投げつけられた。

 

 それでも深夜0時すぎになると、ほんの10分ほどの休憩が与えられた。

 サイは鳴り続ける腹を押さえながら、その僅かな時間に人目につかぬ場所へ移動し、ほんの気休め程度の食事にありつく。

 

 

 何処へ行ってもサイは無視されるか、ひたすら働かされた。

 何処へ行っても蹴られ、殴られ、唾を吐かれた。

 河岸整備作業中に殴られて倒れ、その上から吐瀉物をかけられたこともある。

 

 

 しかし一番恐ろしかったのは、表面上は何もしてこない人間たちだった。

 面と向かって殴られるならともかく、いきなり背後から川へ蹴り落とされたり、作業場用の簡易トイレごと倒されたりした時に犯人が分からないという事態が最も怖かった。

 

 作業ブロックの女性たちにしても、自分を軽蔑していてもいつもは明るく笑い合って、元気に作業をしている──

 そんな普通の笑顔やお喋りの声に、サイは次第に恐怖を覚え始めていた。

 しかもカズイも、アムルも、オサキも、ネネもそこに溶け込み、笑っている。

 

 俺がターゲットになることで、みんなは笑顔になれる。結集出来る。幸せになれる。

 ならば、いいじゃないか。

 どんなに理不尽であろうと、アマミキョが一つになるのなら。滞りなく作業が出来るなら。

 

 

 但し、その覚悟を決めるには――

 あまりにも自分の心も身体も弱すぎることを、サイは自覚せずにはいられなかった。

 

 

 そんな中、ナオトだけはいつもの元気をすっかりなくしてしまったようだ。

 フレイからあれだけ罵倒され、ティーダを降ろされたのでは、さすがに消沈してしまうか──

 サイも、一人でティーダを遠くから眺めるナオトを何度か目撃したが、声をかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 そんなことが早くも日課になった、ある夜。

 サイは作業員たちの目から逃れて一人、元々は幼稚園のウサギ小屋だったらしき廃屋に入って、腰を下ろしていた。

 屋根や扉は爆風か何かで砕けたのか見事に吹っ飛ばされていたものの、休めないほど荒れてはおらず、中の藁や土はまだ残っていた。

 雨は絶え間なく降りそそいでいたが、それでも傾きかけたトタンの壁が、何とかスコールの直撃を防いでくれている。

 

 そこは誰も知らない──というよりも、ひどい臭いで誰も近づかない──サイの場所だった。

 柔らかい藁の感触を確かめつつ雨合羽を脱ぎ捨て、与えられたチョコレートを3粒ほど一気に口へ押し込む。その時――

 

 

 誰もいないはずの外に、人の気配がした。

 一歩外に出ると、暖かい雨で煙る視界の先に、紅いブーツの先が見えた。きっちり防水加工のなされた爪先の革。

 傘とコートで雨に対して完全武装を施した、紅の髪の少女が立っている──

 

 サイは彼女の存在が一瞬では信じられず、飛び出していた。全身が濡れるのも構わずに。

 

「フレイ! 何故ここにっ」

 

 とぼけたような彼女の表情に、厳しさは感じられなかった。

 その代わり、笑顔でもなかったが。

 サイの姿を見て、フレイはぽつりと言葉を漏らす。

 

「へぇ……

 制服、脱がないんだぁ」

 

 サイは確信した。間違いない、フレイは元に戻っている。

 今なら、今の彼女ならば、話が出来る! 

 

「俺は今でも、ブリッジを諦めてないからな」

 

 サイは腹の虫を強引に押さえつつ、胸を張る。笑顔まで作ってみせる。

 彼女の言う通り、彼は今でもブリッジ制服を身に着けていた。ベージュのワイシャツも臙脂のネクタイも、襟元に輝くブルーのバッジもそのままだ。

 但しどれも泥ジミまみれで、至る所かぎ裂きだらけだったが。

 ――だが、フレイの返答は予想外のものだった。

 

「自分で罪を認めたのに?」

 

 唇から漏れる、突き放すような言葉。

 フードで半分ほど隠れた目には、奇妙なまでに感情がなかった。

 雨音が強くなる。

 元のフレイだ、話をしたかったフレイだ。だが──

 彼女の持つ奇妙な威圧感に、サイは次の言葉を発することが出来ない。

 

「これ」

 

 そんな彼に、フレイは破れた紙切れのようなものをぶっきらぼうに突き出した。

 

「手紙。

 誰かが破ったみたいだけど」

 

 サイは差し出されるままに、その紙切れを受け取る。

 強引に開封されしかも破られたようだが、何故かセロテープで丁寧に修復されていた。

 

「プラント落下前に投函されたみたいね。

 これでも早く着いた方よ、通常ルートじゃなくてアスハ代表からの個人通信網経由だから。

 ついでに、これも」

 

 さらに差し出されたものは、サイが今でも大事に持っていた、フレイと自分の写真だった。

 これも破られているが、やはりテープで直されている。

 

「や……やめろ! 

 人のプライベートに、よくもズカズカとっ」

 

 サイは反射的に、フレイの手からその写真を奪い取っていた。顔から火が出る感覚というのはこのことか。

 怒りと羞恥心で、サイの心音はフレイに聞こえかねないほどバクバク響く。

 

 だが彼女は、そんな態度を取られても怒りを示さなかった。

 その代わりに、彼女が吐いた言葉は。

 

「私にも関係あるでしょ。写真は私だって写ってるし。

 何よりその手紙……キラのだもん」

 

 キラ、という部分にフレイが妙に愛情をこめていることに、サイはすぐ気がついた。

 その名前さえとても愛しく、名前を唇に乗せることまでとても嬉しいと言いたげな、フレイの言葉。

 

 

 ――彼女は一体、何を考えている? 

 

 

 フレイと手紙を交互に見ながら、サイは相手の思考を探ってみる。

 だが、今はまるで読めない。少なくとも、シャワー室で抱きついてきた時のフレイとは、まるで違う。

 

「サイ。

 私ね。一つ、思い出したことがあるの」

「少しでも、記憶が戻ったのか?」

 

 だったら、喜ばしいことだ。少しでも、元のフレイに近づいているというのなら──

 サイはわずかな期待に、思わずフレイの両肩をつかむ。

 そんな彼に、フレイは満面の笑みを浮かべ、答えた。

 

「ええ。完全にじゃないけど、一つだけ確かなことがある。

 2年前、ドミニオンにいた時──」

 

 あくまで優しげに答えるフレイ。

 だがその言葉は、それまでフレイから投げつけられたどんな暴言よりも、サイの心臓をえぐった。

 

 

「私、貴方のこと()()()、殆ど思い出さなかった」

 

 

 思わずフレイから離れてしまう、サイの手。

 2年前俺を振った瞬間より、数段不可解な女が目の前にいる。

 笑顔のまま、サイに語り続ける彼女。

 

「私があの時想っていたのは、キラのことだけだった」

「やめろ」

 

 サイはそんな呟きしか出来ない。

 フレイの言葉は残忍に続く。

 

「ザフトに捕らえられていた時も、酷い目に遭わされた時も」

「やめろよ……」

 

 サイは無意識に首を振る。

 だが、フレイの言葉は続く。

 

「ポッドで彷徨ってた時も、ドミニオンで通信やっていた時も」

「やめるんだ」

 

 手紙を握りしめる手が、震え出す。

 

「私はね、いつだってキラを──」

「やめてくれ!」

 

 それでも続けられる言葉。

 

「とてもキラに悪いことをした。

 だけどキラは一生懸命だった、優しかった、その手紙にもある通りにね。

 だから私も、キラが……」

「やめろって言ってるのが聞こえないかっ!!」

 

 胃の中のチョコレートを吐き出しそうになりながら、サイは強くなる雨の中で叫んだ。

 フレイはその叫びに、ようやく言葉を中断する。

 彼女を殴らずにすんだのは、雨がサイの理性をギリギリの処で冷却していた為だろう。

 

 

 フレイは──

 元のフレイだけは、俺を見ている。そう思っていたのに。

 いつかフレイが完全に記憶を取り戻し、自分を過去の呪縛から解放してくれることを、心の何処かで願っていた。

 心の痛みが癒えないまま自分の道を見失っていた時、この国へ俺を導いたのは、フレイだったのに──

 

 

 そんなサイの甘さを今、彼女は一撃で叩きのめした。

 

「もう、オーブに帰ったら?」

 

 手紙がちぎれるほど握りしめられた拳に、雫が流れる。

 ナイフのように、心臓に突き刺さる言葉。

 首すじから背中へ、雨が流れ込む。

 

「これ以上ここにいても、つらいだけよ。

 貴方なら、モルゲンレーテに就職口はあるでしょう。今の貴方よりは、カズイの方が船にはよほど役に立つわよ」

 

 足元の水たまりに映る、自分の顔。

 暇を見ては剃っているつもりだったが、大分無精ひげが伸びている。

 羽虫がたかっているライトが、頼りなく明滅していた。

 

 

 さすがだよ、フレイ。それでこそ、キラの愛した女だ。

 追いつめられた人間に、敗北へと直結する逃げ道を指し示すとは。

 サイは知った──怒りと諦念が限度を超えると、笑いとなって顔に現れることを。

 

 

「幸せよね。

 帰る処があるって」

 

 

 フレイは冷たく言い放つと、くるりと踵を返して足早にサイの前から立ち去っていく。

 その後姿はあっという間に雨に紛れ、追えなくなった。

 

 

 

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