【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
晴れわたった空の下――
荷物をまとめたナオトを、真田上等兵が心配げに見ていた。
「本当に行っちゃうのか?」
「はい。
僕はもう、ここにはいたくありません」
ナンザン港が壊滅状態になり、ここから一番近い空港は十数キロ西のナガンヌしかなくなっていた。昔は小島だったらしいが、度重なる地殻変動と精力的な土地開発により、現在はチュウザン本島と陸続きになっている港だ。
そこへ続く道へナオトを送り出そうとしているのは真田と、アマクサ組のラスティだけだった。しかも彼らは二人とも、報道担当のナオトの行動を逐一チェックするという目的でのみ、彼にくっついてきているだけだ。
それを知っている為か、ナオトの態度はひどくよそよそしい。
「マユに、挨拶しなくていいのかい。
君とマユは相性良かったからなぁ、残念だよ」
明るく振る舞いながらも、ラスティは抜け目なく手元のタブレットでナオトの最終レポートのデータを確認している。ティーダに関する余分な情報は漏れていないか。
「もう、彼女の顔は見たくないんです。
それに……」
少しだぶついたスーツの裾を直しながら、ナオトは塞ぎこんでいた。
久しぶりに着る紺のスーツにネクタイだ。暑苦しいナオトの格好をあざ笑うように、陽の光が猛然と照りつけている。
「好きな人が傷ついたり、殺されたり。
好きな人に傷つけられたり、裏切られたり。
大好きな子がおかしくなるのを見るのは、嫌なんだ」
「簡潔な答えだね。
でも、オーブに帰っても同じことはいくらでもある」
「根拠のない説得をありがとうございます」
汗だくになりつつも、ナオトはラスティにきっぱりと言い返した。
幼いなりの皮肉に、思わず苦笑してしまうラスティ。
だがナオトは、ぴくりとも笑わない。大きな目で彼と真田を睨みつけたままだ。
ウーチバラでアマミキョ出港レポートをやっていた時のナオトの快活さは、今の彼の顔からはすっかり消えうせていた。
同僚を踏み潰され、たった一人で戦火に巻き込まれ、命の危険に常に晒され、生活を統制下に置かれ、信頼していた友人に裏切られ、果てない暴行に何度も遭遇し──
遂には、仲間同士の狂気の暴力を目撃してしまったのだ。
ナオトの、痛々しいまでに見開かれた瞳は、ひどい精神の磨耗の証だ。決して成長の証ではない。
こけた頬に、未だに消えない火傷の跡が残っている。オーブに戻っても、今後ナオトが今まで通りのアイドルレポーターでいられるかどうかは、非常に疑わしかった。
「ティーダとマユをお願いします。
どうせラスティさんの方が、僕よりずっとうまく動かせるんだし」
「減らず口は変わらないな」
ラスティは軽くナオトの言葉を受け流した。
だが、若く経験も浅い真田の方は未だ納得がいかないらしく、なおも説得しにかかる。
「あのさ、ナオト君。
君がやるべきことは、まだあるんじゃないかな。
君しか出来ないことが、まだ、アマミキョには……」
「サイさんを思い出させるようなこと、言わないで下さい。
あの人みたいに抽象的な甘言、もう聞きたくありません」
「サイ君を嫌う気持ちは分かるよ。だけど君は、彼を助けたじゃないか。
真っ先にフレイ・アルスターに事態を報告したのは君だ、おかげで彼は助かったようなものだろう」
「暴力を見たくなかっただけです」
「嘘言うな!」
真田が思わず激情してナオトの両肩を掴んでしまったのは、決して35度を超える暑さのせいだけではない。
「世話になったんだろ、挨拶ぐらいしていけよ。
サイ君にも、マユちゃんにも、他のみんなにも。好きだったんだろ!」
「離して下さいっ」
それでもナオトはうっとうしげに、真田の手を強引に振り払った。
喉から出たものは、痛烈な叫び。
「僕だって、好きでいたかったですよ!」
草いきれのたちこめるトウキビ畑に隠れつつ、マユはナオトの後姿をじっと見ていた。
ナガンヌ行きの満員バスに乗りこんでいくナオトの、小さな背中を。
ナオトは、どうして自分を叩いたんだろう?
ナオトは、もう自分と一緒には、ティーダに乗ってくれないのか?
人が傷ついたら、ナオトのように怒らなければいけないのか。
自分が傷ついたら、サイのように悲鳴を上げるのが普通なのか。
紅いザクウォーリアを傷つけた時、ナオトがあれほど自分を止めようとしたのは、どうしてだろう。
いつかナオトは、自分のことが好きだと言った。好きな人が死んでしまうのは悲しいことだと。
マユはバスが轟音をたてて去った後も、ずっとナオトのことを考え続ける。
ナオトの感情の流れを。人間の感情の流れを。
──君は、少しおかしいよ。
おかしい? 何故?
血を見るのは、楽しいことじゃないのか?
人を叩き潰すのは、気持ちよいことじゃないのか?
だからハマーさんたちも、サイを傷つけ続けたんじゃないのか?
あのアムルっていう、オペレートのド下手なおばさんも、サイが傷つくのを見て楽しんでいたじゃないか。
人を傷つけ血を見るのが気持ちいいから、争いは終わらないんじゃないのか?
人を見下すのは、楽しいことだから。
――なのに何故、ナオトは怒る?
「ねぇハロ。
どうしてナオトは、いなくなっちゃうんだと思う?」
「ナオト、キライ。マユ、キライ」
マユの手にしていた黒いハロが、彼女の手の中で目を点滅させてくるっと回った。
「キライ、キライ。ナオト、キライ」
「ナオトは、マユのこと嫌ってるの?」
「イヤヨイヤヨモ、スキノウチー」
「何それ。わかんない」
疑問符でいっぱいになったマユの頭を、後ろから誰かが優しく撫ぜた。
黒い皮手袋に包まれた、大きな手。マユはその感触に、喜びをいっぱいに顔に表して振り向いた。
「お兄ちゃん!」
そこにいたのは、どこまでも優しい兄、カイキ。
彼は無条件に、マユを大きな胸で抱きしめる。マユだけに見せる、彼の笑顔。
「こんな処で隠れんぼとは、お前らしいよ。
そろそろ注射の時間だぞ」
「ナオトが行っちゃったの。どうして?
ナオトは、何を考えてるの?」
「何も考えてやしないさ。
あいつはお前を傷つけるだけだ……これで良かったんだ」
その時草むらの向こうから、聞き慣れた叫びが聞こえた──
誰かが揉みあう音に、交差する怒声。
「風間曹長!? 何してるんスかっ」
「真田、彼を止めて! 治るものも治らないわっ」
「ナオト、待ってくれ! 俺はっ……!」
マユはふと顔を上げて、その光景を見る。
――包帯だらけのサイが、ついさっき行ったばかりのバスを追おうとしていたのだ。
よほど全速力で走ってきたのか、汗まみれだ。
左腕を押さえながら懸命に走ろうとしてつんのめり、転び、また立ち上がって走り出しては今度は胸を押さえ、倒れる。
包帯の間から、血が滲んでいた。
しかしその場にバスはもうなく、残されたものは揺らめく空気と、蒸気の湧き立つ大地だけだった。
サイは道路に突っ伏したまま、呻く。
土に刻まれた車輪の跡を、彼の指が虚しく掻きむしる。そんな彼の肩を、傷に触らぬように注意深く、風間と真田が支えた。
ラスティが軽い調子で声をかける。
「やめろって。こういうことは、恋人同士でやるもんだよ」
「すみません……
だけど、どうしてもあいつに言いたかったんです。
──ありがとう、って」
茂った草の間から、マユはこのやりとりをじっと見て、聞いていた。
息もたえだえにサイが言った言葉を、確かに聞いた。サイがナオトに言えなかった言葉を。
――サイは何故、走ってきた?
怪我をしているはずなのに、どうしてナオトを追ってきた? 頭の包帯もほどけかけているのに。
ただ、ありがとうを言う為だけに?
マユの思考を遮るように、カイキの手が再び彼女の黒髪を撫ぜた。
「ナオトのこと……よく、分からないんだ。
サイのことも」
「分からなくていい。それでいい」
マユの頭に、また一つ大きな疑問符が増える。
その疑問符そのものを消そうとした、兄の言葉によって。
──