【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「おそらく、初めて痛みを自覚した影響だな」
作業艇ハラジョウ内部。
仄暗い照明の中、カイキからの報告を受けたフレイは冷静だった。
「あの小僧がっ」
ブリーフィング用デスクの脇で、怒りに拳を震わせるカイキ。
その肩をさりげなく叩き、フレイは話を続ける。
「逃げ出した者に文句を言っても始まらんぞ。
ティーダの再テスト結果に問題はなく、ラスティとの相性も以前ほど悪くはない。ブレインスキャンも異常なし」
「俺は、『マユ』を人間にはしたくない。
あの娘が……痛みを、苦しみを覚えてどうする!」
カイキは堪えきれず、拳を壁に叩きつける。
そんな彼の肩をもう一度、軽く叩くフレイ。
「くどいぞ。私とて想いは同じだ……
今後のザフトの動向により、それも変わってくる」
彼女は視線を外すと、データ解析に一心不乱なニコルに向き直った。
フレイの眼力を感じたのか、ニコルは下半身のケーブルを軋ませつつ、微笑みを返す。
暗がりの中、モニターの無機質な光を受けたその頬は、余計に青白さが際立った。
「この時ですね。
大気圏突入時の、ナオト君とマユの会話です」
音声が再生される──
《……これが、痛いってことだよね。
私、嬉しいよ。ナオトと同じ痛みを、分け合えて》
ひどい雑音混じりの、マユのか細い声。
「この時から……マユは変わっちまったのか」
最後まで聞いていられず、苛々と足音を立てながらその場を立ち去っていくカイキ。
だがフレイはそれを気にする風もなく、解析データを見ていた。
「バリュート作動直前か」
「ええ。その後ナオト君の素晴らしい罵詈雑言が入ってますよ、聞きます?」
「止めろ」
フレイは相変わらず冷たい調子で突き放す。音声が止まった。
「ティーダ代替パーツのシステム交換進捗状況は89%。
今ならマユとラスティでも、黙示録は展開可能だ」
「使用するハメにならなきゃいいですけど」
「ならないように、今作戦を立てているんだ。
ザフトの降下状況は?」
手早くキーボードを操り、次々と出現してくるデータを指し示すニコル。
「核ミサイルをニュートロンスタンピーダーで殲滅させて直後の降下作戦、スピア・オブ・トワイライトですが……
さすがデュランダル議長ですね。核攻撃失敗以降、連合側は地上でも宇宙でも足止めを食らってます。
カーペンタリアやジブラルタル目前で地団駄を踏んでますよ」
「積極的自衛権の行使とは、うまい表現を使うものだなプラントは。
オーブにも見習ってほしいものだ」
「だけど、もう時間があまりありません。
オーブからあのミネルバが出発したとの情報もありますし、例のヨダカ隊と合流して、チュウザン制圧に乗り出してくる可能性も……」
「ミネルバの進路は恐らくカーペンタリアだ。
あの船にチュウザンへ向かうだけの余裕はなかろう」
「アレックス・ディノが合流したとしても、ですか? 新型と一緒に」
その名を聞いて、フレイはふと表情を和らげた。
ニコルの柔らかな緑の髪を軽く撫ぜる、白い指。その仕草だけを見れば、弟を可愛がる姉のようにさえ見える。
「お前はやはり、アスラン・ザラにご執心だな」
「僕だけじゃありませんよ。ミゲルも、ラスティも同じ気持ちです」
「気持ちは分かるが、まだ早い。
2年間オーブで燻っていた男だ、今は我らが手を出すほどの価値もなかろう」
そのフレイの言葉に、ニコルは微かに瞳を曇らせる。
「今は……ですよね」
「そう急くな。
かつてお前や仲間を振り返りもせずザフトを裏切り、今またオーブからザフトへ寝返る男など、お前が心を砕くほどの価値はないと思うが」
「僕らの存在を否定するような言葉、やめてください」
彼にしては珍しく強い語調に、フレイはふと顔を上げる。
ニコルの顔から、笑みが消えていた。ぶつかり合う視線。
「すまなかった。
――個人的意見にすぎない。忘れろ」
これまた彼女にしては珍しい、謝罪の言葉が出た。
ニコルもそう言われ、一旦ほっと溜息をついた。喧嘩にならなくて良かったと言いたげに。
「話を戻そう。
今は例の、ヨダカ隊の動向の方が問題だ」
「ミントンにまでアマミキョを執拗に追ってきた、あの黒ジンですか」
「何といっても、議長お抱えの奴らだ。実力は決して侮れん」
フレイは一旦、考え込みつつ唇に指を当てる。
「アジア圏において、ザフトと連合の勢力は拮抗している。
勢力図を出してみろ」
ニコルは命じられるままに、赤と青のグラフィックで大雑把に塗り分けられた地図を画面上に出した。
赤はザフト、青は連合勢力下を示している。旧台湾海峡、つまり南チュウザンのすぐ西側の海域で、赤と青が隣り合っている。北チュウザンの部分はギリギリ、青に囲まれていたが。
「南チュウザンは紫で塗るべきだな」
「グレーと言って下さいよ。
それにしても、ザフトの勢いは凄まじいですね。この間まで、インドネシア周辺は連合領だったのに」
「チュウザンは戦略上、重要拠点にある。港もあれば山もあり軍用施設もそこそこ、大陸攻略には絶好の要塞になるだろう──
だが、南チュウザンにはザフトとて、迂闊に手は出せまい。タロミがいる限り」
「とすれば、戦場になりうるのは」
フレイの眼光が、まっすぐに画面上の北チュウザンを捉えた。
「ここだ――間違いなく」
数日後には、戦いの噂が人々の間でひっきりなしに流れていた。
ヤエセからは続々と、避難民がナガンヌ方面へ移動していく。今やこの地域からの唯一の脱出口となった港湾施設へ。
車道は車とバスで溢れ、その脇を人々が歩いていく。子供や老人の手を引いて、かき集めた家財道具を背負いながらの、炎天下の移動だ。
だが、国外脱出の準備が出来る者たちはまだ良い方で、大多数の貧乏人はこの地に留まり、ひたすら何事もないことを祈る他はなかった。
ナガンヌへ移動出来る者たちの中には、ある程度の財産を持つコーディネイターも多かった。その一方でナチュラルの貧困層には、ナガンヌに行けば逃げられるという情報すら、ろくに伝わってもいない。
こんなところでも、強者と弱者の差は非常に残酷な形で表れていた。
アマミキョ内では、カズイはアムルにくっついて食糧運搬作業を行なっていた。
戦況が刻々と伝えられるにつれ、通路を行きかうクルーたちの緊迫感も増していく。
アムルの頬には、殴られた跡を隠す為、今もガーゼがあてがわれている。傷に対しては大げさなくらいのガーゼだ。
だが、そんな痛々しいアムルの横顔が、逆にカズイをますます彼女の虜にしていた。
白い肌に刻まれた傷跡は、何故か人間の好奇心を刺激する。隠されていればなおさらだ。
「お見舞い、行かないの?」
カズイの視線に気づいているのかいないのか、アムルは台車の調子を見つつ話しかける。
――勿論、サイの件だ。
「行った処で、俺に言えることは何もないし。
それに、サイのせいでしょ……その傷」
またしてもサイのことを持ち出され、カズイの心は少しばかり醒めてしまう。
何故いつもこの人は、サイなんだろう。俺のことは見てくれないのか。
「サイ君のおかげで、貴方が助かったのも事実よ」
「そうですけど、俺はまだ許せないですし。あいつが裏切ったこと」
サイがアムルと口論していた時の光景を、カズイは未だに忘れてはいなかった。
あの直後は、信じたくはなかった。サイがアムルに罪を押しつけようとしたなどと。
──だがその後、カズイはサイと話し合う機会を自ら捨ててしまった。
彼は自分の頭だけで思考を巡らせた末に、サイではなくアムルを信じる方を選んでしまったのだ。
アムルのように優しい言葉をかけてくれる女性を、今までカズイは知らなかった。
初めて自分を頼り、自分に抱きついてきてくれた憧れの女性。まだ未成熟な彼は、そんな彼女を否定出来なかったのだ。
コーディネイターにも、こんなに優しい女性がいたんだ。しかも親や恋人を失ってもなお力強く立ち上がり、アマミキョの力になろうとするなんて――
カズイにとってはそれまで畏怖の対象だった属性『コーディネイター』ですらも、彼女への憧憬には勝てなかったのである。
その上、間もなく始まったサイへの誹謗中傷の嵐。
サイを庇おうとすれば、当然自分にも攻撃が来るだろう──単純にカズイは、それが怖かった。
だからサイから離れ、アムルと一緒にいることを選択した。
サイ本人に確かめることもしないまま、カズイの心は次第に噂に流され、遂にはサイがザフトと内通していたという話まで信じるようになっていたのである。
何しろサイはカズイにも黙って、ジュール隊を逃したのだ。カズイが疑っても仕方のない状況だった。
ひどい裏切りを行なった友人の手から、アムルやクルーたちを守る──その為なら、友情は敢えて捨てる。
キラだって、かつてそうしていたじゃないか──
そのようにいつしかカズイは、自分の行為を正当化していた。
やがてカズイとアムルは、第13作業ブロックにさしかかる。アマミキョ最底辺と呼ばれて久しい場所だ。
机の間を駆け回る作業員たちの中でただ一人、ひたすら端末に向かい、死んだ目で入力を続けるヒスイ・サダナミが見えた。
その向かい側の席はぽつりと空いている。サイの座っていた場所だ。
「そりゃ、私だって最初は我慢出来なかったわよ。
でも、許そうと思う」
カズイは驚きのあまり思わずアムルを見上げ、危うく台車を倒す処だった。
そんな彼に、彼女はにっこりと笑った。
「もう、いいじゃない。
あの暴力は確かにやりすぎだわ、私はもう許す」
「だけど、サイはザフトと……」
「それは調査待ちだけど、しばらくは様子見てもいいんじゃないかな」
アムルはカズイに唇を寄せる。
金髪から、わずかに汗の芳香が漂っている。
「貴方は、サイ君と一緒にここへ来たんでしょう?」
アムルは微笑んだ。その笑顔はまるで、地獄の作業場へ降り立った天使のように見えた――少なくともカズイには。
さらに彼女は言う。
「私、サイ君のこと嫌いじゃないわよ。
ナチュラルにしては男前だし、仕事は出来たし」
どうして貴方は、そんなにサイを気にするんですか──
カズイは喉元まで出かかった言葉を、どうにか抑えた。それが嫉妬だと、自覚したくはなかった。
アムルは微笑みを崩さないまま、カズイの手を包んでもう一度台車を押し始める。
「だから貴方も、もうちょっと友達を認めてもいいんじゃないかな。
これは大人としての忠告」
サイのことばかり、言わないで下さい──
そんな言葉を、カズイは必死で喉元でおしとどめるしかなかった。