―――何事にも、備えは必要である。どんなに調子が良かろうと、失敗する時は失敗する。だが、いざやってみようと思うと案外やる気がすぐ無くなってしまう。だから、思い付いた時に直ぐに行動することが大切なのである。
「……駄目だな兄チャン。コイツはウチの技術じゃア出来ねぇ。いや、全部を“作れない”訳じゃ無いんだ。頭と腹はなんとかなっても、中身をここまで作る事が出来ねぇ。その拳銃…ってのは随分複雑な造りなんだろ?だが今ある技術で良いなら作るが…打つたびに大量の煙が出るし、何より手入れの量がバカ多くなるぞ?」
そう言って鉛の弾頭と真鍮の薬莢と火薬に分けられた6.5mm弾が置かれる。やはりこの世界では俺の世界で言う“銃弾に使われる火薬”は存在していないらしい。しかし、銃弾の構造を一発で見抜けたこの職人は相当腕が立つと俺は見た。
「いや、それで十分だから作って欲しい。滅多に使うことは無いが、いざと言う時に備えておきたいんだ。」
「…まア、そこまで言うなら作ってやるよ。ただし出来は期待するんじゃねぇ、良いな?」
「分かった。よろしく頼む」
そうして新たな『銃弾』の製造が決定した。
◆◇◆◇
家に帰ると、随分と分厚い本を抱えたコスモスが席に座っていた。
「…これは?」
「『初心者でも分かる基本魔術入門』よ。馬鹿げた厚さでしょ?だけど読んで見る価値はあるわ。私のお古だけどよかったら読んでみて」
「おお、ありがとう」
よく見ると英語で『
今日は特に用事は無いとコスモスは言っていた。実を言うと、この
「今日は私が家事をするから、シノマエ君は本を読んでて良いよ」
「ありがとう」
いや、やることはあったがコスモスがやってくれるみたいである。ここはお言葉に甘えて魔術の勉強をしよう。
早速表紙を開き、『第一項』と英語で書かれている物を読む。実は英語やフランス語、中国語を読めるのが密かな特技だったりする。
『この本を読んでいるチビっ子魔術師の諸君に大切なコトをお教えしよう!
一つ!許容範囲外の魔力を必要とする魔術を使うな!体が内側から崩れ落ちるぜ!
二つ!簡単な詠唱は大丈夫だが、複雑な詠唱はミスると大惨事を起こす引き金になるぞ!
三つ!催淫魔術は身内以外に使うと関係悪化が確実だぜ!』
三つ目は確実に要らないだろうが、こういった面白い進め方をしていく本は嫌いではない。文章だけなのに、生きて、喋っているように感じることが出来る。
この本には最初にコスモスから教えて貰った魔術―――『
水を操る物から、植物を成長させる物。それに大地を操作する物など、それぞれにレパートリー分けされている。
その他は用語や、魔力と言うものが使える体の仕組みなどが書かれていた。
◆◇◆◇
―――何時の間にか本を読み耽っていたようだ。
日は既に落ち、オレンジ色の光が窓から注ぐばかりである。コスモスは何処かに出掛けているようで、その姿は無い。
何時も本を読んでいる時は周りの音が聞こえなくなるから親にはよく怒られていた。何か彼女に迷惑を掛けていたのなら謝らないといけない。
長時間座ったお陰で疲労が溜まっていた尻と腰を丁重に扱い、どうにか椅子から立ち上がる。今度こそ特にやることが無くなってしまった。
……銃の整備でもしておこう。
海軍の屍体から頂いた(奪い取った)一〇〇式機関短銃は弾倉が一つしか無いので自分の腰のように大切に扱わないといけない。幸い銃弾は一四年式に装填される南部弾が使えるから、弾倉さえ失くさなければどうにかなる。
すると、扉が軋む音を上げて開き、コスモスが家に帰ってきたことを伝えた。
俺は銃を整備を丁度終え、いつも通り床の下に隠した。この家には地下室があるらしいのでそこに隠したかったが、どうやら危険な薬物などが多く置いてある危険な場所らしいので彼女に止められた。
…一体何があるのかが気になるが、恩人の家を不用意に弄るのはいけない事だと理解出来ているが故に、手が出せない。
「シノマエ君、今日は野菜が安かったからサラダを作るわ。ちょっと買ってきた物の整理をしたいから料理の準備をしてくれるかな?」
「分かった」
最近は料理も手伝い始めた。元々料理は得意でも不得意でも無いので、これを機に料理に慣れれば良いなとも考えている。
言われた通りに棚の方に向かい、食器や調理道具、油や塩や胡椒など諸々を準備していく。ここに前の
それに対して野菜や肉などは前の世界と似たような物に加えて、この世界特有の物も多く有る。妙にフルーティーな猪肉だったり、調味料も振りかけていないのに異常なくらい酸っぱい人参など、当時(ほんの二週間程前だが)は驚きの連続だった。
「どうしたの?そんなしみじみとした顔をして」
「……あぁ、ちょっとこの世界での想起を」
「ふぅん…ここは楽しい?」
「ああ、びっくりする程平和だよ。まさかこんなに充実した生活を送ることになるとはな」
「私と一緒に居て、どう?迷惑な事とか、嫌な所とか無い?」
「いや、全然無いぞ。寧ろ幸せなぐらいだ」
「そうなんだ…」
これは本当である。嘘を言うこともないが。
…と、一つ用事を思い出した。試作の銃弾を受け取りに行かなければ。
「―――あー…。済まないんだが、一つ用事があったのを思い出した。ちょっと銃を持ち出すが、二〇分ぐらいで帰ってくる。話の途中なのに済まない…絶対に外せない用事なんだ」
「……!ぁあ、分かったよ。なるべく早く帰って来てね?」
「大丈夫だよ。最速で帰ってくる」
床から三八式を取り出し、肩に掛けて家を出る。
店に着くと、朝に会ったばかりの店主がカウンターの中で座っている。
「おお、兄チャン。随分と遅かったじゃないか」
「すまない。ちょっと立て込んでたんだ」
本当は本を読むのに夢中になっていたとは言えないな、と思いながら俺は店の中へと足を踏み入れる。そして、カウンターの上にある
外の作りは左程今使っている物とは変わらないし、重さもそこまで変わったようには感じない。よく作られている。
「中身は見よう見真似で作ったが…まア多分大丈夫だろ。品質は保証する」
「不安になるな」
「不安なのは火薬だけだ。あ、水に濡らしたらオジャンになるからな。気を付けて置いてくれ」
「となると、この火薬の致命的な欠陥は防水性能だけ、か…」
極力水に濡らさないようにしようと考えたその時、辺りに小さく揺れが起きた。
「………此処は地震が起こるのか?」
「いや、滅多にっていうか…地震なんて神話の出来事だぜ。起こる訳がねぇ」
ならば地震では無く、地響きか?
店主が路を歩いていた青年に声を掛け、何が起きたかを聞こうとした時、“それ”は訪れた。
「おい、そこのガキンチョ。さっき何か起きたか?」
「あぁ…ちょっと揺れたけど、特には何」
―――瞬間、血飛沫が舞った。
「―――……は?」
店内に幾らか入り込んだ肉片に、それを彩る様に浸している血液。これは、間違いなく先程の青年だった。
辺りでは悲鳴と肉が潰れる音、それに潰す際の重低音を加えた三重奏が奏でられ始める。
「…おい、兄チャン。どういう事だよ。この数秒間の間に里ごと魔界に送られたのか?」
「そうかもな。魔界がどんなのかは知らないが…」
内心の興奮状態とは裏腹に、体は冷静に駆動した。自然な動作でカウンターの上に置いていた三八式を手に取り、何時でも打てるように構える。
ゆっくりと、店の壁から外の様子を窺う。里の建物は所々で火を吹いており、煤が宙に舞っていた。
そして、そこに居るのは―――
「―――コカトリス…だと?」
◆◇◆◇
王者の風貌を魅せる蛇と鶏の合わせものは、ゆっくりと、此方を向いてきた。
咄嗟に視線を外し、直ぐ様壁の横に体を戻したが、その時にはもう遅かった。
重い足音が段々と店の方に向かって来る。カウンターに目を向けると、『早く逃げろよ』の書き置きを残して、店主の姿は消えていた。
「クソっ…」
俺も店の奥に走ろうとカウンターを飛び越え、出口へと繋がる暖簾をくぐる。
今頃里の路は阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているだろう。ここ最近で、ようやく里…そしてこの世界に馴染めて来たというのに、元の世界に逆戻りか。
扉を開けた所に、森の奥に続く細路があった。獣路にも見えなくは無いが、此処は先に進むしか無かった。
―――獣の声が聞こえる。猪や鹿とは違う、完全な化け物の鳴き声。
葉が鬱蒼と茂る森の中を進み、声の発生源を追う。
「…手遅れだったか」
店主は三匹の化け物に喰われていた。顔が、体が、自らの血と肉に塗れていた。
非現実を突きつける緑色の肌に、悪魔染みた子供のような大きさの体躯。各々が棍棒やナイフ、剣などを所持し、一見すると知性有る生き物のようにも見える。
だが、その行動は里にいた
人を襲い、蝕み、嬲り尽くす。
「ギャッ!」
一発。直ぐ様
「―――ア”」
二発。声を出す間もなく脳漿をぶち撒けた。
剣を持った三匹目は襲いかかってくるが、此方が弾を装填する方が早い。
「―――ッガァ!」
振り下ろされそうになる剣を後ろに退いて避け、口腔内に狙いを定める。
…ばんっ。
最後の一匹を斃し、更に足を進めた。
ふと、当たり前の疑問が頭の中をよぎる。
結界があるのに、何故モンスターが入ってきた?基本的に弱い魔物しか通さない筈の結界が、何故?
草を掻き分けていく度に、疑問が湧き出てくる。最も、今はそれを紐解く術が無いのだが。
そういえば、
俺は森を駆ける足を早め、何時この森を抜けるのか、とやきもきしていくのだった。
◆◇◆◇
もう日が落ちてから随分経つと言うのに、すぐ帰ってくると言っていたのに、まだ彼は帰ってこない。
もしかしたら何かあったのだろうか?まだ魔術は一つしか教えていないし、あの銃という物についても、私は全幅の信頼を置けない。
里の外れにあるこの家では里の様子が窺えないし、だからと言って彼に追跡魔術を掛けているわけでも無い。
彼に何かあったら、きっと私は酷く落ち込んでしまう。
私の目を見て、凄いとも、神々しいとも、恐ろしいとも言わず平々凡々と接してくれた彼は確かに私の―――
「…?」
…ドアを叩く音がした。彼が帰ってきたのだろうか。
座っていた椅子から立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「―――こんな夜遅くに何の用でしょうか」
ドアを開けると居たのは、見知らぬ男三人だった。痩せている男に、普通の体格の男に、太った体格の男。彼じゃない事に落胆したせいで、心ばかりぶっきらぼうに返事してしまった。
「少しばかり風邪薬を分けて頂きたいのです。しっかりと代金はお払いします」
なんだ、そんな事か。わざわざ私の家にまで来る必要があるのだろうか。まあ、代金を払われると言われたら分けるしか無い。
私はそう言い、踵を向けて風邪薬を取りに行った。
「ご病気を持っているのはあなた方のお仲間ですか?まあ私には関係無
なぜ?…視界が―――
「―――ハッ、生意気なババアがよ。
いやー急展開ですねー(棒)