【悲報】レストレンジの子、ロングボトムの子にガチ恋してしまう 作:血を裏切る者
9月1日。私はロバーズとキングス・クロス駅に来て、9番線の所を歩いている。
ダイアゴン横丁から戻っての1ヶ月間、私は
「────9と4分の3番線への入り方だが……ニハル君、ちゃんと聞いているか?」
「…………あっ、ごめんなさい、聞き逃してしまいました。少し前から……その、落ち着かなくて」
またぼうっとしている所を、ロバーズの声で現実に引き戻される。ダメだ。ちゃんと、言う事は聞かなければ。
「……まぁ、初めてのホグワーツだから緊張しているんだろう。きっと大丈夫さ」
何故か微笑んだロバーズにわしゃわしゃと頭を撫でられる。いつもは一歩離れるような雰囲気でいる彼だけど、私がいつもと違う事をすると、こうして撫でてくる時がある。……それが何なのかは、分からないけど。
「さて、気を取り直して9と4分の3番線の入り方なんだが……よし、実際にした方が良いな。ニハル君、あの柱に触れるんだ。いいか、触れるだけだ。寄りかかるのは駄目だぞ」
言われるがままそっと柱に触れると、冷たい感触が無いまま私の手が沈んだ。腕まで沈めて指を動かしても何も触れない。
沈んだ先を確かめる為に顔を押し付ければ……紅い蒸気機関車の止まるプラットフォームが視界に広がった。
辺りを見回せば、様々なマグルが歩き回る9番線とは打って変わって、子供を連れた魔法使いや魔女達ばかりが歩いていて、フクロウや猫があちこちを飛んだり駆け回っているのも見えた。
未知の光景を見回している私の後ろから、ロバーズが申し訳なさそうな顔をしながら、荷物が詰め込まれたトランクを渡してくる。検知不可能拡大呪文のかかったそれは、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた荷物の重さを感じないほど軽い。
「本当は出発まで見送りたいのだが、外せない仕事があってな……すまない。今回はここまでになってしまう」
「構いません。では、行ってきますロバーズおじさま」
「……行ってらっしゃい、ニハル」
ぎこちないまま小さく手を振るロバーズに小さく手を振り返し、私はホグワーツ特急へ乗り込む。
オリバンダーの店で感じたあの未知はまだ、分からないでいた。
定刻通りに動き出したホグワーツ特急。カタ、コトと線路の繋ぎ目と車輪が触れる音だけが耳に流れる中、私はコンパートメントの窓から流れる景色を眺めていた。
扉で隔てられた外では時おり生徒が歩き回っている。同じ背丈の子もいれば、年上っぽい人も通っている。たまにお菓子を山盛りに載せたカートを押している老婆も見えた。
幸運と言うべきか、早朝から来ていた私は大した苦もなく場所を確保できた。
「…………はぁ」
私はまた、何故かため息をついてしまう。
いつもなら。ひとりでいる事も、この空間の静寂も、外にある喧騒も。何もかもどうでも良くて、時間だけが流れていく。そのはずなのに……
胸の奥で何かが燻っているような。言い知れない感覚に振り回され続けている自分を落ち着かせる為に、長い髪に触れようとした。
「……?」
ぴとり。手の甲が知らない感触を伝える。自分の髪や肌、着ている服の布でもない感覚を確かめるべく、そっと感触の主を左手で優しく掴む。
「……ヒキガエル?」
軽く閉じた手を開くと、緑と枯葉色の混ざったヒキガエルと目が合った。ちらりと扉の方を見ると、半開きになっていた。どうやらそこから潜り込んで来たみたいだ。
ゆっくりと手のひらをテーブルへ移せば、ヒキガエルは乗り物から降りるように小さくぴょこんと跳び、しばらくすると隅でじっとするようになった。
「はぁ…………」
また漏れてしまったため息を誤魔化すように、車内販売の老婆から買ったお菓子を口に詰め込む。百味ビーンズも大鍋ケーキも”飽きた”食べ物だけど、それでもこの燻り続ける何かを僅かだけ誤魔化すくらいの役には立てた。
扉の隙間から来た小さな客人は気まぐれなようで、隅で寝ていたと思えば今度は蛙チョコレートと睨み合っている。
その光景を何となく見つめていると、コンパートメントの扉ががらりと開いた。
「ネビルのヒキガエルを見なかったかしら?」
栗色の髪をした勝気そうな女の子が私に聞く。話からして誰かのヒキガエルを探しているのだろうか。
「ネビル、という方はご存知ありませんが……ここに忍び込んで来たヒキガエルでしたら居ますわ」
「本当!? 少し待っててちょうだい、すぐにネビルを呼んでくるから。───来てネビル!トレバーが見つかったかもしれないわ!」
女の子は『ネビル』とやらを呼びに慌ただしく扉を閉めた。ぐずるように蛙チョコレートから離れない客人をちょっと強引につまみ上げた頃に、またコンパートメントの扉が開く。
「しっかりしてネビル、あなたが見ないとトレバーか分からないでしょう?」
「ご、ごめんってハーマイオニー。ぐすん……」
「それで、お探しのヒキガエルはこちらでしょう、か……」
ヒキガエルを見せる為に振り返った私は、女の子と共に入ってきた男の子を見た。見つけてしまった。
身体が固まる。何だろう、これは。胸の奥で何か暖かい感覚がして、凍りついてまともに動かなかったはずの何かが大きく揺れ動いている。
これが何なのか、知りたい。生きているだけの私に欲が生まれた。気づけば私は、不明な感覚の正体を知る為に、過去の記憶を掘り起こしていた。
「ひっ……な、なんで、そんなはず……」
「ネビル?どうかしたの?顔色が悪いわ……」
「な、なんでもない。大丈夫……うん。確かにトレバーだよ」
何かの呪い?──違う。私が会っている人など片手で数えられる程度だし、そんな事をされた覚えもない。感情──これだ。それも、私の知らない感情……もっと細かく探らないと。
過去に渡された本にある人物の記憶から近い表現を探す。感情に乏しい私は、いつも本を頼りにどんな感情を抱いたのかを知る。
好意──合ってるとも思うけど、まだ少し違うと感じる。
好意の表現と思われるシーンから切り取り、記憶の中にある本から探るけど……まだどれも違うと感じる。
そこから更に何冊も探し……やがて私は1冊の本に辿り着いた。
こうして掘り起こさなければ忘れていただろう、とても古くて小さな記憶。積み上げられた本の山で、ロバーズに手渡されたマグルの絵本。その一幕に描かれている女の子の感情─────これだ。
(これが、この感情が、恋。じゃあ、私は……この子に恋しちゃったんだ)
固まって動かないはずの頬が、少し緩んだ気がする。見つけた、見つけられた。
「わわっ……よ、よかったぁ」
手の平に乗せたヒキガエルのトレバーがぴょこりと跳ねる。トレバーは観念したように男の子の手に乗り、またぴょこりと跳んでよじ登り、彼の胸ポケットに潜り込んでしまった。あたふたとする彼を、こっそり目で追ってしまう。
栗色の髪の女の子が、まだ涙目で俯いてる彼の背をさすりながら、こちらを向いて自己紹介を始める。
「よかったわねネビル。……そういえば自己紹介がまだだったわね。私はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーって呼んで。こっちの子はネビル・ロングボトム。私達、今年が初めてのホグワーツなの。あなたは?」
「あら、あなた達も今年からホグワーツなのですね?私はニハル。ニハル・レストレンジ。お好きに呼んで構いませんわ」
ハキハキと凄まじい勢いで話すハーマイオニーに一瞬困惑しながらも、ロージーに教えられた通りにお辞儀をして自己紹介をする。好きな人の前だからか、勝手に頬は緩んでしまうし、普段なら気にもとめなかったはずの小さな動きまで意識してしまう。
「これからよろしくね?ハーマイオニー、ネビル」
彼はどんな顔をしているだろうか。明るい笑顔?それとも困惑?
内に隠した大きな期待と小さな不安が混じったまま、私は上目遣いでゆっくりと顔を上げ───
「ご、ごめん!やっぱり僕、気分悪いみたい……ハ、ハーマイオニー。先に戻ってていい?」
怯えた顔が、見えた。
「やっぱり不調だったじゃない!いい?そういう事は遠慮しないですぐに伝えないと───ごめんなさいニハル。ネビルだけだと心配だから私も戻らなきゃ……」
私の何かに、ヒビが入る。
「そう……そう、ですか……それなら、仕方…ありませんね……」
胸の奥にあった暖かさが、消えてしまう。また
「本当にごめんなさい!また後で会いましょう!」
「……えぇ。また、後で」
互いにぎこちなく手を振りながら、扉がゆっくりと閉じられるのを、ただ見ている事しかできなかった。
彼が離れてしまう。私にはそれが、ようやく見つけた希望が零れ落ちていくように思えて。失いたくない。手を伸ばして、引き止めたかった。なのに……またあの顔を見るかもしれないと思うと、怖くて手を伸ばせなかった。
また、コンパートメントに静寂が戻る。
独りになった私の胸に大きな喪失感だけが取り残されて、へなへなと床にへたりこんでしまう。
「あ、あぁ……ああっ、うっ…うぅ……」
じくじくとした見えない痛みに耐えきれず、小さく嗚咽してしまう。仄暗い紫紺の瞳から涙がぽろぽろと流れ落ちて、床に垂れ広がる黒い髪を濡らす。
見えている世界が、また虚ろなものに戻った。どうでもよかったはずなのに。あの暖かさを知ってしまった私にとって、この虚無の世界は見るだけで耐え難い苦痛をもたらす存在に変わってしまった。知らなかった。失う事が、こんなにも恐ろしいなんて。
「どう、して……」
どうして?私はあなたをこんなにも想っているというのに。あなたと共に居たいのに。あなたの笑顔を見たいというのに。あなたが、好きなのに。ネビル、どうして……どうしてあなたは。あんなにも青ざめ、怯えた顔で私を見たの?まるで────
────────化け物でも見てしまったかのように。