話が長いトレーナーの話 作:寒馬
いやぁ、いい引退式でしたね。
俺もアイツも、その辺は全く考えてなかったんですけど。駿川さんに……あぁ、ほら、理事長秘書のね、やりましょうよ引退式。なんて言われちゃって、そしたら理事長を筆頭に生徒会やら寮長やら、果ては月刊トゥインクルさんまで悪ノリしだして、気がつけば外堀完全に埋まってたからね。
いや、マジで。もうさ、俺ら当事者なのに完全に蚊帳の外。引退する本人とそのトレーナーが式の運営にノータッチってどう言うことなの?? パンフ渡されて初めて開催場所知ったんだけど。別にね、それが嫌だったわけじゃないんですよ。ちょっとしたサプライズ感もあってワクワクしたしさ。でも理由を尋ねたら、俺らの長話に付き合ってたら新学期までに準備が終わらないって、失礼しちゃうよなぁ。
っとと、話が逸れましたね……で、どこまで話しましたっけ。あぁ、そうそうシニア1年目が終わった辺りだ。じゃあ次は──
「いや長い、話が長い!! 長いんですよっ!! あなたって人はもう!! 本当に話が長いっ!!!!」
3月某日。
新採から数えてざっくり五年ほど共に走った相棒であるウマ娘が引退した翌々日。そして『じゃー、あたしは出発するから。ばいびー』と件の元担当ウマ娘が余韻もへったくれもなく、旅程とおりに世界一周へと旅立った翌日。
燃え尽き症候群でナーバスになったので、知り合いのアナウンサーをとっ捕まえてバーで酒を呷りながら担当との思い出を語って聞かせていたところ、知り合いのアナウンサーさんが大声で苦言を呈し始めた。
えっ、どうしたんですか急に。てか長くないでしょ、俺の話は。さっきも言ったけどこれくらいトレセン学園なら普通だって。まぁね、俺も担当の話だからって盛り上がってたとこは認める、認めますよ。でもさ、あいつの出会いから語るってなると省略できないところが沢山あるのよ。そりゃあレースに関しては実況席に座っていたから見えてたろうけど、その裏で俺たちがどんな策を練っていたかまでは分からないじゃん。見えてはいたけど知らないわけだろ? ってなるとだよ、その辺りに関してはしっかり描写しなくちゃなって思うわけ。そういう気遣いをね、俺は大切にしたいなと。
「こ、この男……まるで反省の色が見えない……」
なので、仮に話が長く感じたのだとしても、それは貴女を思ってのことなんですよ。と言外に伝えてみたのだが、知り合いのアナウンサーさんもとい赤坂氏はガックリと肩を落とし、若草色の髪の隙間から胡乱げな目を向けてくる。
「……確かに、興味がないと言ったら嘘になりますけどね。ここだけの話、ファンだったので」
誰の、と言うのはこの際野暮だろう。
へー、赤坂氏がねぇ。ファンか、アイツのファンなぁ。
そりゃ、なんというか……嬉しいけど、意外だな。アナウンサーはそういうの持ってないもんだとばかり思ってた。ほら、よく言うじゃん? 報道は平等でなくてはならない、とか。第三者の目線で語るべきだ、とか。実際そうなっているかは別として、基本理念としては客観的な放送が求められるわけで、それを思えば、それを思えばだよ? 個人に肩入れしかねない気持ちはそもそも持たないようにしてるのかなって。
「また話が長くなってきた……まぁ、私たちだって人間ですからね、好きがあれば嫌いもありますよ。けれど立場上、表立って言えることでもありませんし、言うべきことでもないので」
今日はお酒が入っているので特別です、と赤坂氏は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
それはそれでどうかと思ったが、なるほど、彼女の言うことはもっともだ。
レースの状況席に座る以上、その場に私情を挟むことはあり得ないが、それはそれとしてどのウマ娘が好きだとか、勝って欲しいだとか、そういう人として当たり前の感情を持っていたとしても、なんら不思議な話ではない。
でもなぁ。
うん、にしたって俺の元担当ウマ娘は、こう……アレだ、色々と個性的なところがあり、状況及び解説席のお二方を長らくお騒がせしたものだから、てっきり厄介者扱いされていたのかと。
その旨を伝えると、赤坂氏は苦笑いしてグラスを傾けた。
「あぁいうところも含めて、ファンなんですよ」
そういうもんですかね。
「そういうもんです。彼女の──いえ、あなた達の走りをもう見られないんだって思うと、今でも少し残念ですが……」
けれど、と赤坂氏は言葉を区切り、ターフのような色合いの髪を耳にかけながら、心なし浮かれた声で続ける。
「あなたが次にどんなウマ娘と走り出すのか、そちらの期待が勝っています。楽しみにしていますよ、あなた達が走るトゥインクルシリーズを」
とてもいい笑顔だった。
とてもいい笑顔で、そう言われて──俺は全力で目を逸らした。
「え、どうしたんですか、その反応……ねぇ、ちょっと」
なんですか赤坂氏。
「急に言葉少なっ!! さっきまでの饒舌モンスターはどこに行ったんですか!!」
いやだな、人をそんな化け物みたいに。
「……そもそも、入学式までもう日数がないでしょうに、こんな時間まで私と呑んでいて大丈夫なんですか? するんですよね? スカウト、新しいウマ娘を。この時期ならもう新入生のリストくらい手元にあるんでしょうし、当然目星は付けているんですよね??」
いや、うん。そうね、そうなんですけど……それより話の続きをですね、シニア2年目なんか個人的に好きな年でして。
「話のコーナリングが下手!! 下手っぴ!! 普段からアクセル踏みっ放しだから、いざって時に曲がれないんですよ!!」
俺は一生懸命に話を逸らそうとした、したのだが……不味い、赤坂氏がジト目だ。ジトっとした目で俺の正中線を射抜いてくる。
「で、目星もなにもつけられてないと」
あー、はいはい。そうですよ!! その通り、何もかもおっしゃる通りですよ〜!!
俺は開き直った。
こいつ開き直りやがったな。という赤坂氏の目線が突き刺さるが、お構いなしにまくし立てる。
いつだったかな。あぁ、そうだシニア4年目、去年の秋だよ、アイツの引退レースが決まったくらいのタイミング。色々と世話になったトレーナーに……いやボカす意味ないなこれ。あのババアにさ、勝っても負けても燃え尽きないようにしときなって言われたんだ。なんでも、付き合いの長いウマ娘が引退すると燃え尽きちまうトレーナーが多いんだとか、専属だと特に。
その時は他人事だと思ってたのよ。んなもん迷信に決まってんじゃん、ババアついに呆けたかってね。
もうね、ビックリだわ。
忠告されていた通りの展開だぜ。
意識していてもどうにもならないパターンのやつ。どう説明するかな、他のウマ娘のデータを見ても目が滑って頭に入ってこないんだ。多分、俺の考え方やら物の見方そのものがアイツ専用になっていて、使い物にならなくなっているんだと思う……要は完全にさ、頭の中まで燃え尽きちまったんだ。
「……………………」
だから、少しばかり休もうかなと。
つまり休職を考えていると、俺は赤坂氏に伝えた。幸いトレセン学園にはしっかりとした休職周りのシステムが整っている。これはトレセン学園に在籍するウマ娘の総数に対して、トレーナーの数が極端に少ないことに起因する。
早い話、一時的な燃え尽き症候群ならきっちり直して復帰してこい、というわけだ。向こうとしても簡単に辞められては困るのである。
なので転職や復帰プランについては一先ず置いておいて、一旦体と心を休めるつもりなのだと俺は説明した。
具体的には包容力と経済力のあるお姉さんに養って欲しいんだよな。家事についてはアイツの世話で能力値カンストしてる俺がやるからさ、持ちつ持たれつの爛れた生活を送りたい。どうですか赤坂氏。
俺は赤坂氏に爛れた同棲を持ちかけた。
「お断りします。却下です、却下。この男は本当にっ。後半はともかく、兎も角としてっ。らしく……ないですね。燃え尽き症候群だなんて」
……まぁね、自分でもそう思うよ。
呆れた声から一転して、ポツリと零れた赤坂氏の言葉に同意する。俺自身気がついていながったけれど、俺の中でアイツの存在はそれほどまでに大きくなっていたのだと。
認めるのは癪だが、飲み込むのも業腹だが、つまりはそういうことなのだ。
色々と言葉を捏ねてはみたけれど、端的に、そして簡潔に俺の心情を表すのなら。
俺は単に、アイツがいなくなって寂しいんだ。
いや、これは本当に認めるの悔しいな。だってさ、だってだよ? 俺がこんなザマだってのに、向こうは悠々自適の世界一周旅行だよ? まるで気にしてるのが俺だけみたいじゃんか、悔しい。
悔しくなったので、俺はついさっき思ったことを簡潔にまとめて元担当ウマ娘のトークに送りつけた。すると、ちょうど暇していたのか速攻で返事が、なになに?
『知らないよそんなのさー、さっさと切り替えなって、得意でしょーが。それをいつまでもさー、未練たらたらの元カレみたい、ウケる』
ウケんな。
そして比喩でも元カレ枠に俺をはめるな。俺の好みは年上だ。俺は乱暴にスマホをポケットに突っ込んだ。
ちくしょう、なんだって俺はこんな奴のこと引きずって業務に支障をきたしているんだよ……
もう色々としんどくなった俺が項垂れていると、赤坂氏が出し抜けにこんなことを言う。
「でも、それなら、待つしかないんじゃないですか?」
待つ? 待つってなにを……宝くじで13億当てて、俺も悠々自適の余生を送れるチャンスとか?
赤坂氏の言葉に、俺は首を傾げた。今の俺に、一体なにを待てと言うのだろう。
すると、赤坂氏はその大きな瞳を輝かせながら、俺に向かって、俺の心に向けて問いかけるように言った。
「なにって、出会いですよ。燃え尽き症候群だとか、スランプだとか、そんなものはまとめて吹き飛ばしてしまうよな、鮮烈で鮮明な──」
なるほど分かった、合点がいったぜ。
俺は赤坂氏の話を遮って、自らが答えを察した旨をアピールした。
つまり探せってことだな?? 俺にとっての、理想のお姉さんを……っ!!
「それは探さなくていいです。見境なしですか!! 人が少し真面目に心配しているのに、あなたって人は下らない茶々を!! もうっ!!」
下らなくないよ、大事なことだよ。
俺はそう言って、理想のお姉さんに養われることの重要性を説く。
もうはっきり言っちゃうけどさ、美人に養われるってのは男にとって一つの理想なんだよな。できることなら働きたくないって思いと、美人のチャンネーとヨロシクしたいって願い、この二つを同時に叶える最適解なわけ。
「できることなら働きたくないんですか?」
えっ、そこ? ツッコミ入れるのそこなの? 俺は予想外のツッコミに動揺した。
いや、まぁ、理想論ですよ理想論。誰だって働かずに好きなことができたら最高だと思うじゃないですか。
「誰だっては主語が大きいと思いますけど」
そっすね。
誰だっては言い過ぎました。あくまで俺はって話です。
「……でも、それって世間体としてはどうなんですか?」
おお? なんだ、やけに食いつくな赤坂氏ってば。予想外の話の転がり方に気を良くした俺は、ここぞとばかりにペラペラと舌を回し始めた。
そこはほら、俺ですから。ぶっちゃけ世間体とか気にしてないです。伊達にあいつのトレーナーを5年もしちゃいませんよ。そんでね、外で働かずに美人のお姉さんと過ごして一緒に年取って死ぬのが俺の理想プランなんで。トレーナー業も好きだけどさ、それは本当ですよ。でもなぁ、やっぱ肉体的にも精神的にもゴリゴリ削られるのよ、大変な仕事だって改めて思ったわ。定年まで続けられる人は化け物か何かなの??
と、ここまで一息で言うと、なにやら思案し始める赤坂氏。
「そりゃ、あなたは良いでしょうけども、気にしないでしょうけども……あなたと同居する人の世間体だってあるじゃないですか」
……なるほど、一理ある話だ。相手の世間体か、一考の余地があるな。俺は一考した。正直そこまで考えずにノリと勢いで口から飛び出した発言であったため、細かいところは練っていなかったのが本音なのだが。しかし、せっかく話に付き合ってくれる相手がいるのだから、ここは一つ掘り下げてみようと俺は考えたのだ。
因みに参考までに聞きたいんですけど、赤坂氏としてはどこまでが許容の範囲内なんですかね。
「えっ? そ、そうですね……うーん。例えば、ですけど……大きな功績を残して、それで引退して家庭に入る、とかなら良いんじゃないですか? あとはご自分で言っていたとおり家事ですかね、仕事から帰って家に帰ったときに部屋が片付けられていてご飯の準備も整ってる毎日、なんて最高だと思います」
ほうほう。
なるほど、大きな功績……というと、具体的には? あくまで参考にしたいんで聞かせて欲しいんですけど、そう参考までに。
「えぇと、ちょっと待ってください……やっぱりチームを率いるくらいの気概は欲しいですよね。後はチームから年度代表バが輩出されたりとか……これは少し、そう少しだけ理想が過ぎるかも知れませんが、チームでグランドスラム達成というのも……あの、ちょっと?」
話を止めた赤坂氏へ、俺は彼女の発言を手元のメモ帳へ書き込むのを止めずに続きを促した。
ん? なんですか赤坂氏、こちらは気にせず続けてくださいよ。ホントお構いなく。
チームでグランドスラム達成かぁ……先ずはメンバーが揃わないことには……
「だぁぁあああああぁぁあ!!!! なし!! 今のなしです!! こらっ、なに本気にしてメモ帳に書き込んでいるんですか!!」
急に叫び出した赤坂氏。うわっ、顔真っ赤。赤坂だけに。と、激ウマギャグを飛ばしつつ俺は反論した。
えぇ? いや、ご自分の発言には責任を持ってくださいよ赤坂氏ぃ〜。吐いた唾を飲もうたってそうは問屋が卸しませんからね。
「そんな問屋は潰れてしまえばいいんですっ!! 今すぐ忘れて話を元に戻すか、それとも私が今すぐ帰るか、二つに一つですよ」
ちぇ、そこまで言われては仕方がない。俺はまだまだ飲む気でいたので、話を元へ戻すことにした。
……あれ、なんの話だっけか。あぁ、そうそう、出会いの話である。ただし、俺と美人のお姉さんとの出会いではなく。
んー、じゃあ結局、とどのつまり、俺にどんな出会いを待てって言うんです?
そう尋ねると、赤坂氏はたっぷりと間を置いて、顔の赤みが引いてからため息を吐き、やがて楽しそうな顔でこう言った。
「…………はぁ。まぁ、あれです。所謂ところの──運命の出会いってものを、ですよ」
なるほど。
◀◀ ◇ ▶▶
なるほど、じゃねぇんだわ。
なんだよ運命の出会いって、怪しい宗教じゃあるまいし。
あの時はなんかね、こう空気に流されてというか、絆されてというか、なんとなく納得しちゃったけどさぁ……
四月某日。
大安の放課後である。
入学式から数日が経過し、予定調和というべきか、案の定スカウトするウマ娘が見つからず、赤坂氏との一件もあって休職届を書く筆も止まっていた俺は、一人途方に暮れていた。
いや、何をすればいいのかは分かっている。新しいウマ娘をスカウトすればいい、そしてまた二人三脚で前に向かって歩けばいい、分かってる、それは分かっているのだが、我ながら恐ろしいほど気が乗らない。社前の広場に設置されたベンチへ腰掛けながら、俺はそんな後ろ向きなことを思った。
そう、ここはトレセン学園からほど近いとある神社の境内である。数多のトレーナーとウマ娘の良縁を結んできたとされる縁結びの神が祀られているこの神社は、一人物思いに耽るには悪くない場所だった。
……どれ、折角なのでここは一つ神様のご利益とやらにあやかってみるかね。
だが俺よりも早くあやかろうとした奴がいたようだな。
カランカランと、鈴緒を引かれて釣鐘が鳴った。目線を向けてみれば、お参りに来たらしいウマ娘が両手を擦り合わせてなにやらブツブツと呟いている。
「素敵なトレーさんと出会えますように……カッコよくて、優しくて、サニーさんのことを1日3回褒めてくれる、そんな素敵なトレーナーさんと出会えますように……」
……神様への願いごとは口に出すと効果がなくなるそうだが、ウマ娘はそんな通説は知らんとばかりになおも願いごとを述べ立てていく。
「デビュー戦で逃げ切れますように、重賞も逃げ切れますように、GIでも逃げ切れますように……」
いやぁ、そんないっぺんにお願いされたら神様も困るんじゃないかなあ。
どうやら彼女は逃げウマ娘のようだった。
んで、これは混じり気なしに俺の偏見なんだけど、頭角を表す逃げウマ娘って皆んな癖が強いんだよな。
特定の誰かを例にあげるつもりはない、ないよ? ないけどさぁ、その辺はもう察して欲しい。そして安心してくれ、この様子を見るに君はかなり癖が強いウマ娘だ。
俺は見ず知らずのウマ娘を心の中で無責任に激励した。
さて、じゃあ俺もお参りして帰るとするかな。俺がベンチから立ち上がると、丁度お願いを終えたウマ娘が振り返るところだった。
なので、目と目が合ったのは偶然だ。必然ではない。
件のウマ娘の視線が俺の胸ポケットに突き刺さる。中央トレセン学園の所属トレーナーであることを証明してくれるそれに彼女の瞳は釘付けだ。
「あ、あのっ!!」
ダダダっと俺との距離を秒で詰めたウマ娘に両手をつかまれる。流石ひ弱な種族人間とは文字通りバ力が違うぜ、ビクともしねぇや。
まぁね、俺も察しの悪いやつじゃないからさ、この後のセリフはなんとなく読めちゃうわけよ。
ただ、そのうえで言わせてもらうぜ。
マジで?
「初対面のあなたにしか頼めないことがあるんですっ、どうかサニーさんのトレーナーになってくれませんか?!」
マジだったわ。
サニーさん……いったい何ブライアンなんだ……