劣等星の夢の先   作:ミヤフジ1945

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第0R 夢の終わり

 

 

カァア…………カァア…………と、遠くでカラスが1人で鳴いている。

 

ワタシ達を優しく見守ってくれる太陽は既に退勤時間だと言わんばかり西の地平線の彼方へと過ぎ去って、夕暮れに染まった茜色の空の下で私は1人溜息を吐いた。

 

 

「夢…………終わっちゃったなぁ…………」

 

 

ウマっ子1人、誰も居ない放課後の校舎の寂れた屋上で、赤錆て今にも崩れそうなボロボロの柵に手を触れながらワタシは誰に言うでも無く小さくそう呟いた。

 

ワタシが校舎の屋上に居るのも、こうして1人で虚しく黄昏てしまっているのも、原因はいつの間にかワタシがクシャクシャに握りつぶしてしまっていた1枚のコピー用紙。

 

 

 

『担当契約解除書類』

 

 

 

 

なぜか不規則に一部分のインクが滲んでいるけれど確かにそう書かれた簡素なこの紙切れ1枚が、どんなに夢ならば醒めてくれと願ってもこれが現実なのだと…………そうワタシに無言で語り掛けてくる。

 

23戦3勝、2着4回に3着1回。収得賞金3933万4000円…………それがワタシが3年走り続けた末の、多くの輝かしい記憶と記録に埋もれ潰された小さな小さな蹄跡。

 

重賞を勝てた訳じゃない。特別競走で勝った事も無い。未勝利戦と条件戦を運良く勝つ事が出来たウマ娘の1人、それがワタシ。

 

 

「…………もっと走りたかったなぁ。」

 

 

分かってはいたつもりだった。結果を残せなかったウマ娘が此処、中央トレセン学園から去らなければ行けない事は。

 

だからワタシは頑張った。デビューが遅れたから未勝利戦からのスタートだったし、初勝利まで時間が掛かってしまったから華のクラシックに…………母も挑んだ菊花賞に挑戦する事すら出来なかったけど。

 

それでも頑張って来たつもりだった。G1を始めとした大舞台でキラキラと輝く事は出来なかったけど、それでも一生懸命走って来たつもりだったのだ。

 

 

「これからどうしよっかな…………」

 

 

デビューが遅れたせいでジュニア期は無かった。未勝利戦を勝つのに時間が掛かったせいでクラシックに挑戦する事は出来なかったワタシはデビューから3年目、シニア期2年目にしてつい1時間ほど前に、ワタシはトレーナーから担当契約の解除を告げられたのだ。

 

トレーナーだってボランティアでやっている訳じゃない。仕事としてワタシ達ウマ娘を指導して結果を残し次に繋げる、結果を残せないウマ娘が中央から去って行くのと同じ様に、結果を残せないトレーナーもまた中央から去らねばいけないのだから。

 

頭では理解出来ていても、ワタシの煤けた心が元に戻る事は無い。だって、少なくとも私は小さくとも結果を出して来たはず…………そう思っていたから。

 

 

『君は君のお母さん程の才能は無かったんだ。』

 

 

担当契約解除書類と共に告げられたトレーナーの言葉がワタシの頭の中で途切れる事無く浮かんでは消えて行く。

 

遠くで1日の終わりを告げる様に鳴くカラスの声と共に2月の冷たい風がワタシの体を凍えさせて来るように吹き付け、赤錆だらけの柵越しにトレセン学園を眼下に収めたワタシの視界の端を、お母さんとは違う父譲りの黒っぽい鹿毛の髪がその風と踊る様にふわふわと揺られていた。

 

ワタシの顔立ちは現役時代のお母さんと瓜二つ…………らしい。生憎ワタシがせがんでもお母さんは恥ずかしがって現役時代の写真は見せてはくれなかったので実感は無いけど、ワタシと会った皆がそう言うのだからそうなのだろう。

 

唯一違うのは髪の色だけ。お母さんとは真逆の黒っぽい鹿毛の髪に前髪の1房だけ赤みがかった鹿毛が生える私は、赤みがかった鹿毛に1房の黒っぽい前髪を持つお母さんとは正しく真逆だった。

 

昔はそれが嬉しかった。お母さんと似ていると言われて素直に嬉しくて、お母さんと御揃いのふわふわツインテールをしたりして小さい頃のワタシは笑顔で喜んでいたのに…………

 

 

『君には君のお母さん程の才能は無かったんだ。』

 

 

またトレーナー…………いや、元トレーナーの言葉が脳裏をよぎった。

 

元トレーナーだけじゃない。ワタシが此処に入学してトレーニングを重ねるごとに、レースに出場して一歩レース場を走るごとに、ワタシは現役時代のお母さんと比べられる。

 

 

ナイスネイチャは凄いウマ娘だった

 

お母さんに似てるんだから君もきっと

 

君のお母様は…………

 

 

教職員やトレーナーだけじゃない。先輩も、クラスメイトも、後輩も観客席のお客さんも…………みんながワタシを見てくれなかった。

 

勝手に期待して、勝手にワタシにお母さんの幻影を見て、そして勝手に失望していく。

 

 

ワタシはナイスネイチャじゃない。

 

ワタシはセイントネイチャーだ!

 

 

そう叫ぶ様に、お母さんの幻影を振り切る様に、毎日毎日走って走って走りまくっても…………ワタシはお母さんの幻影を追い越す事は、抜き去る事は今日この日最後まで出来なかった…………

 

悔しくなって、ワタシは思わず唇を噛んだ。こうしないと、漸く枯れたはずの涙がまた瞳から湧き出してきそうで怖かった。

 

いっそ思いっきり泣けたならば、この湧き出しそうな涙はまた枯れ果ててくれるだろうか?この寂れた屋上から喉が裂けんばかりに思いっきり叫べば、少しはこのぐちゃぐちゃでドロドロな心は静まってくれるだろうか?

 

そんな思いが溢れてくるけれど、ワタシはその感情を曝け出すことは出来なかった。だってワタシは負けたんだから…………

 

お母さんを超えると…………ワタシはワタシ、セイントネイチャーだと周りに認めさせることが出来なかったのだから…………

 

 

「こんな所に居たんですか…………探しましたよ。」

 

 

ワタシがそう感情に蓋をしようとする背中で、そう唐突に声を掛けられた。思わずビクッと肩を驚かせてしまったワタシは心を落ち着かせながらゆっくりと声の主へと振り返った。

 

腰まで伸ばした青鹿毛のロングヘアーに、アホ毛の様にくるりと上で跳ねる白く小さな流星。金色に輝く瞳と、低くも何処か聞き心地の良い声…………

 

ワタシの同期にしてクラスメイト…………そして何より私が挑戦出来なかったクラシック三冠、ワタシが欲しかった菊花賞を勝ったウマ娘。

 

 

「ど、どうしたのかなマンハッタンカフェさん。貴女がワタシを探すだなんて随分と珍しい事もあるもんですねぇ…………」

 

 

先ほどまでのワタシを悟らせない様に…………ワタシは普段通りの口調でそうマンハッタンカフェさんに返事をした。

 

ワタシとマンハッタンカフェさんとは確かに同じクラスではあるんだけど殆ど接点なんて無い。

 

マンハッタンカフェさんはたまに誰も居ないのに喋っていたりしてクラスの中では少し浮いていて余り誰かと喋ることは無い。

 

それに彼女自身、普段授業が終わった後はトレーニングか皐月賞を勝ったアグネスタキオンさん、ダービーを勝ったジャングルポケットさん…………誰が呼び始めたか『JAM』と纏めて呼ばれている3人で空き教室に居るかのどちらかだ。

 

だから、ワタシとマンハッタンカフェさんは話したことなんて精々授業中の1度か2度程度で本当に友達なんて間柄でもなくただのクラスメイトなだけなはずなのだ。

 

 

「すみません…………先ほどある噂を聞きまして、その…………ネイチ「その略し方で呼ばないで。」……申し訳ありません。」

 

 

話し辛そうにマンハッタンカフェさんが話し始めた時、ワタシは思わず彼女の言葉に被せる様に強く口を挟んでしまった。

 

思わずやってしまったとワタシは顔を歪めた。マンハッタンカフェさんは何も悪くないの、悪いのは全部ワタシ。

 

でもしょうがないじゃない。その呼ばれ方をしていいのはお母さんだけのもの。ワタシには…………お母さんを超えれなかったワタシにその愛称はふさわしくない。

 

 

「いきなり大きな声を出してごめんねマンハッタンカフェさん。でもその愛称で呼ばれたくないんだ…………」

 

 

「いえ、私も少し不躾でした…………」

 

 

「いいのいいの!ね?マンハッタンカフェさん気にしないで良いからさ。それで?マンハッタンカフェさんはワタシに何か用?」

 

 

文字通りカラ元気でワタシは普段のワタシの仮面を被って普段のワタシを演じながら、マンハッタンカフェさんにそう返した。とは言っても、彼女の切り出し方から何となく彼女が喋る内容は分かっちゃいるのだけど。

 

 

「その…………先ほど貴女がトレーナーとの契約を解消されたとの噂を耳にしまして…………」

 

 

「あははぁ、そっか…………もう学園の皆には広がっちゃってるかぁ…………」

 

 

矢張りというべきか、マンハッタンカフェさんの言葉はワタシの想像していたものと全く同じ内容だった。

 

 

「まぁ、仕方ないよね!うん!トレーナーだって生活が懸かっているんだし、ワタシみたいな才能の無いウマ娘なんかに時間を割くよりももっと才能のあるウマ娘のトレーニング集中した方が理に適ってるしね!」

 

 

「そんな事を言わないで下さい。確かに貴女はまだ重賞には出場されていませんが、貴女ならばこのままトレーニングを続ければ十分手が届くはずです。」

 

 

…………やめてよ。

 

心の中で思わずそう呟いた。

 

 

「それに…………芝とダート両方走れる貴女は十分素晴らしいウマ娘だと私は思います。」

 

 

…………やめてったら。

声にならない言葉が掠れた吐息となって口から出た。

 

 

「確かに貴女のトレーナーさんは名声を重視するタイプだったと記憶しています。今からでも別n「やめて!」ッ!?」

 

 

マンハッタンカフェさんの言葉に、私はさっきとは違って明確に拒絶の意思を込めて遮った。

 

 

「もう良ぃ…………良いんだよマンハッタンカフェさん。ワタシのトゥインクルシリーズはもう終わったんだ。」

 

 

「そんなことは…………」

 

 

可笑しいよね。とワタシは心の中でそう自問した。

 

此処で思いっきりマンハッタンカフェさんに思いをぶちまけても良かったはずなのに、ワタシには静かに拒絶することしか出来なかった。

 

だって、ワタシがそれをするにはマンハッタンカフェさんはあまりにもキラキラしていたから。(主人公だったから)

 

ワタシと彼女とでは立場が違い過ぎて、そうやって思いをぶちまける行為を想像しただけで惨めな気持ちが湧いてしまうから。

 

マンハッタンカフェさんが来る前までワタシは今後どうしようかなんて何も決めていなかったはずなのに、トゥインクルシリーズを引退するという考えがストンと、ワタシの心にまるで最初から決まっていたかの様に綺麗に収まっちゃってるんだから。

 

 

きっと最初から分かっていたんだ。ただワタシは無意識に気づかないフリをしていただけで、どんなに頑張ったって…………どんなに努力したってお母さんに、ナイスネイチャを超える事なんて出来ないんだって。

 

そんな単純で、分かり切っていた事を今になって漸く…………

 

 

自嘲気味に笑うワタシに、マンハッタンカフェさんは何と声をかけて良いか分からない様だった。

 

良いや…………今日はもう帰ろう。帰って熱いシャワーでも浴びてさっさと寝て、明日退学届けを出しに行こう。

 

 

「あの!」

 

 

そう心で納得してワタシが此処から離れようと1歩踏み出した時、ワタシに向かってマンハッタンカフェさんは同じ様に1歩踏み出しながらそう口を開いた。

 

その顔は少し寂しそうにも何か決意を固めたようにも見える、何とも複雑そうな表情を顔に浮かべながらワタシへとその金色に輝く瞳を向けている。

 

 

しかしまぁ間の悪いと言えば良いのか…………

 

既に太陽は西の先へと没しており、藍色へと姿を変えた空の中で太陽が居なくなったので暇を持て余したのかはたまたただの気まぐれなのか、先ほどの髪を揺らした時よりも強く北風がワタシとマンハッタンカフェさんへと吹き付けた。

 

バサバサと強く吹き付けて来た北風によって大きく揺れるワタシのツインテールとマンハッタンカフェさんのロングヘアー。くすんだ黒と漆黒のダンスが広がるそんな中で、ワタシへと1歩詰め寄ろうとしていたマンハッタンカフェさんはタイミング悪く片足だったことも相まって北風に煽られてよろけてしまった。

 

しかし流石はG1ウマ娘。よろけても素早く体勢を立て直そうと手を屋上の柵へと伸ばした。

 

伸ばしてしまった。

 

既に赤錆ていて建っているのも不思議なボロボロな柵は女の子1人を支える力は無く、不愉快な金属音と共に屋上の外へと倒れて行く。

 

きっと此処の柵がこんなにボロボロだった事をマンハッタンカフェさんは知らなかったんだろう。金色の瞳を2つとも大きく開かせて、体重を柵へと掛けていた彼女はそのまま柵と共に外へと倒れて行く。

 

 

ゆっくりと、彼女が倒れ行くさまがスローモーションの様に見えた。此処は屋上だ…………倒れた先にあるのは死…………

 

そうワタシの頭が認識する暇もなく、ワタシは一陣の風となっていた。

 

多分きっと、この時のワタシは今までの競争人生で一番のスタートダッシュだったかもしれない。

 

ほんの数メートルしか離れていない彼女から伸ばされた、小さくて華奢なその手をワタシは強引に引っ張った。

 

脚から何かが千切れたかのような音がした。飛び出し走り出したワタシは腰を捻って無理やりマンハッタンカフェさんを屋上へと放り投げたんだから…………

 

彼女は外へと落ちて行くギリギリから屋上に留まった。けれどその代わりにワタシは、ワタシ自身の無理な動きの所為で彼女の代わりに屋上の外へと放りだされた。

 

普段感じることの無い一瞬だけ感じた無重力感。ともすればその一瞬が永遠にも感じるほどにゆっくりと、加速されたワタシの思考はスローモーションの様に動く世界の中で確かに彼女の無事を見届けることが出来た。

 

 

「…………良かった。」

 

 

彼女が無事なのを見たワタシは思わずそう口に出した。いや、出した気がしただけで本当は声をあげる事すら出来ていなかったのかもしれない。

 

ゆっくりと、重力に引かれて落ちて行くワタシの体。この後に待ち受けるワタシの結末は…………きっと死ぬか良くて意識不明の重傷だろうか。

 

 

「それでも…………こんな結末なら納得出来るなぁ。」

 

 

死ぬかもしれない。もう2度と太陽の下で走れないかもしれない。それでも不思議な事にワタシはそう口にしてしまった。

 

だってさ…………今日というワタシのトゥインクルシリーズの終わりの日に手が届いたんだから。

 

漸くマンハッタンカフェ(菊花賞)に手が届いたんだから仕方ないじゃない?

 

お母さんの手が届かなかったものにワタシが手を届かせる事が出来たんだから。

 

もしワタシが生きていたら………………お母さんは褒めてくれるかな?

 

 

いや、心配性なお母さんの事だからきっとワタシの頬を思いっきり引っ叩いて…………泣きながら怒って来るかもしれない。

 

そうだったらそうなったで仕方ない…………お母さんに素直に謝って、でもってついでに笑って自慢してやろう。

 

ワタシは…………セイントネイチャーはお母さんが届かなかった菊花賞に手が届いたんだよって。

 

誰も見ることの無い、ワタシだけの菊花賞を…………

 

 

 

その思いを最後に、ワタシは深い衝撃と共にプッツリとその意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『新たな育成ウマ娘が登場!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






☆セイントネイチャー

元中央所属の競争ウマ娘、ナイスネイチャの長女。

顔立ちは母と瓜二つ。髪色は父譲りの黒っぽい鹿毛に母譲りの赤みがかった鹿毛が1房前髪に垂れている。

髪型は母に憧れてふわふわのツインテール。

顔立ちと髪型から『劣化ナイスネイチャ』『粗悪2Pキャラ』等と言われ、入学当初は明るかった性格はだんだんと擦れた性格になっていった。

なお担当契約を解除されたが、本来であれば彼女の戦績ならば十分凄いのでそんな事言われることは無い。


★元トレーナー

全ての元凶。
中堅で上昇志向はあるがプライドが高く名誉欲が人一倍高いねじれ曲がった性格。

トレーニングメニューは一応考えるが、それをセイントネイチャーに押し付けて自分は名声を上げれるような重賞を勝てる才能を持つウマ娘のスカウトに躍起になっており、トレーナー諸兄を始め周りからの評判は良くなかった。

『劣化ナイスネイチャ』『粗悪2Pキャラ』という呼び名も、中々上へと行けない彼女への当てつけで彼が広めた。

クソ野郎。
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