劣等星の夢の先   作:ミヤフジ1945

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ナイスネイチャは現役期間中に骨膜炎3回、骨折3回の計6度の故障を経験しています。

正直調べていて驚きました。


第1R 夢の先

 

 

 

「あっりま~あっりま~あっりま~を~はし~ると~」

 

 

「ネイチャご機嫌だね?」

 

 

「そりゃ最近は調子も良いしねぇ~いやぁ今年で有マ記念も3回目だし?、今回こそアタシとしては優勝したいのよねぇ。」

 

 

ご機嫌に鼻歌を歌いながら歩くナイスネイチャに、隣で歩いていたツインターボは青いツインテールを揺らしながら見上げる様にナイスネイチャへと顔を向けてそう疑問を口にした。

 

いや、ツインターボだけではない。ナイスネイチャとツインターボの2人の後ろを歩くマチカネタンホイザとイクノディクタスの2人も…………というか、ナイスネイチャ以外のチーム『カノープス』の全員が大なり小なりツインターボと同じ様な気持ちを持っていた。

 

実際、最近のナイスネイチャはカノープス内でのトレーニングでも一番伸びていた。出走レースこそ1着を取り逃してしまっているが着実に掲示板内を確保していたし、何よりも彼女…………ナイスネイチャの最後まで諦めずに走り続けるその姿勢にはレースを見ている多くのファンを引き付ける魅力があった。

 

 

「それに今年はテイオーが来るから…………」

 

 

ゆっくりと歩みを止めて、ナイスネイチャはそう呟く様に口を開いた。

 

瞼を瞑れば、鮮明に思い起こす事の出来るデビューしてから今日までの日々。僅差で2着へと敗れたデビュー戦。中1週で挑み初勝利を捥ぎ取った未勝利戦。初めてテイオーと競いそして敗れた若駒ステークスに、初重賞を飾った小倉記念。

 

そして、『テイオーが居ればなんて言わせない。』そう誓って走った初めてのG1出走となった菊花賞。

 

彼女、ナイスネイチャは着実に掲示板内を確保していたし、確かに多くのファンをも魅了し、他のG1勝利ウマ娘とも競える走りを持っているが…………しかしそれは言い返せば中々勝ちきれない、泥水を啜る様な苦渋の日々でもあった。

 

特に初めてテイオーと競った若駒ステークス。その後から続く半ば持病と化した右足の骨膜炎は再発する度にナイスネイチャの競争ウマ娘としての成長を鈍化させた。クラシックの夏においてG3小倉記念、G2京都新聞杯を勝利し『豪脚』『剃刀』とも形容された彼女の末脚も、度重なる故障によって成長を阻害され今では『ジリ脚』等と言われてしまっている。

 

 

「テイオーさんですか…………」

 

 

「でもでも!テイオーさんって休養明けのぶっつけ本番で有マ記念なんでしょ?1年も休んでたんだし流石に厳しいと思うんだけどぉ…………」

 

 

ほんの僅かな時間、過去へと思いを馳せていたナイスネイチャの耳に2人の会話が聞こえて現実へと引き戻された。

 

何かを考える様に呟いたイクノディクタスに、ぶっつけ本番でG1に出走するトウカイテイオーを心配するマチカネタンホイザの2人。確かにマチカネタンホイザが心配するのも仕方ない。何せトウカイテイオーは昨年の有マ記念から休養で一度もレースに出走していない。

 

例えどんなに体調が万全であったとしても、トレーニングを十全に尽くしていたとしても…………本番のレースはトレーニングとは違う。

 

大観衆の中で走るプレッシャー、私が1着を獲るという他のウマ娘からの圧、決して思い通りにはいかないレース展開の中で活路を見出さなければいけない集中力と決断力。

 

その何もかもがストレスとなって自身へと重い枷として走るウマ娘へと圧し掛かるのだ。1年もの休養で鈍ったレース勘では、例えそれがトウカイテイオーだろうときっと入着する事さえ出来ないだろう。

 

今年のオールカマーにて、その全力全壊の走りで引退しようとしていたトウカイテイオーに諦めない事を伝えたツインターボでさえ、マチカネタンホイザの言葉にぐぬぬ…………と、もどかしそうな何とも言えない表情をしていた。

 

ナイスネイチャから見て世話の焼ける子供の様な、何事にも真っすぐ全力で行くツインターボでさえ競争ウマ娘としてそんな事は分かっている様だった。

 

 

「…………来るよテイオーは。きっと来る。」

 

 

他の3人が不安そうにトウカイテイオーの話をする中で、ただ1人ナイスネイチャだけはそう確信があるかの様に3人へと口を開いた。

 

その顔からは先ほどまでのご機嫌な雰囲気は消え去り、燃える闘志を静かに瞳に映す歴戦のウマ娘の顔だった。

 

 

「マチタンも。アンタだって今年の有マは出走するんだから…………敵はテイオーだけじゃ無いよ。」

 

 

今年の日本ダービーを勝ったウイニングチケットに、菊花賞を勝ったビワハヤヒデ。ジャパンカップを勝った()()()()()()()にティアラ2冠を達成した()()。それに加えて昨年の有マ記念の勝者メジロパーマーにステイヤーとして圧倒的才能を持つライスシャワーだって今年の有マ記念に出走するのだから。

 

 

「も、勿論!カノープス最初のG1勝利は私が取っちゃうもんね。えい!えい!むん!」

 

 

表情を少しだけ緩めながら告げたナイスネイチャの言葉に、マチカネタンホイザは気合を入れる様に聞き馴染みの無い彼女独特の掛け声をあげる。

 

横で『ターボも有マ記念出たい~!』とツインターボが騒ぎ始めるが、ナイスネイチャが何か言う前にイクノディクタスにプロレス技を掛けられて静かになってしまった。

 

最早お馴染みとなってしまったイクノディクタスとツインターボのプロレスごっこに少しだけ笑顔を浮かべたナイスネイチャ。自分がデビューした時に比べて随分とカノープスも賑やかになったなぁと、そんな事を思いながら遠くへと思わず視線を向けた時、少し離れた茂みに何かが落ちているのが視界の隅に映った。

 

茶色くて丸みを帯びた2つの物体。普段のナイスネイチャなら『ゴミはゴミ箱に捨てなさいよねぇ…………』等と溜息を吐きながら拾って近場のゴミ箱に捨てる程度にしか思わないのだが、何故か今回だけはその2つの物体から目が離せなかった。

 

思わず1歩、また1歩と脚をその物体へと進めてしまうナイスネイチャに、何がなんやら分からぬままついて行く3人。

 

少しずつ近づくごとに落ちていた物体が何なのか分かって来た。なんてことは無い今彼女達が履いているのと同じ、トレセン学園指定のローファーだった。

 

 

「なんでこんなところに靴が落ちてるんだろ?落とし物かな?」

 

 

「分かりませんが…………もし虐めで捨てられていた場合は先生方に話しておいた方が良いかと思います。」

 

 

マチカネタンホイザとイクノディクタスがそう会話をしているが、ナイスネイチャの耳はただ前だけを向いていた。まるで何かに導かれるかの様にあの靴のある茂みへと脚を進めるだけだった。

 

靴の近くまでやって来た時、ナイスネイチャを含めた4人の目に乱雑に落ちていた靴の細部が見えて来た。長年使われてきたかの様に所々擦り切れており靴底もややすり減っているが、大切に使われてきたのか大きな傷も無く綻びなんかは1つも無い。

 

 

「困りましたね…………特に名前も書かれていませんし、これでは持ち主の特定は難しそうです。」

 

 

片方の靴をイクノディクタスが拾い名前が書いてないか調べて見たが、特にそれらしい名前やイニシャルも書かれていなかった。

 

ナイスネイチャももう片方の靴を手に取って靴の中やかかと部分等を確かめたが、イクノディクタスの言う通り確かに名前らしきものは特に書かれていない。しかし、何とも言えないザワザワとした感覚がナイスネイチャの心を揺さぶって行く。

 

例えるならばそう…………久々に実家へと帰った際に玄関に乱雑に脱ぎ捨てられた弟の靴が目に付いた時の様な…………そんな感覚をナイスネイチャは感じていた。

 

おかしいなと、ナイスネイチャは何故この靴にその様な感覚を感じてしまったのか分からなかった。そもそもナイスネイチャの家族は母と小さな弟の3人家族だ。このトレセン学園にナイスネイチャの家族や親戚は1人も入学して居ないのだからこんな感覚を抱くのは可笑しいはずなのだ。

 

 

「ネイチャ!見てアレ!」

 

 

靴を持ってうむむ~と首を捻るナイスネイチャにツインターボは大声を出して呼びかけた。ハッとして視線をツインターボへと意識を向けたナイスネイチャが見たのは焦った様に指を指すツインターボの姿だった。

 

 

「アレ!アレ!」

 

 

必死に指を指すツインターボに、他にも何か落ちていたのだろうかとナイスネイチャはツインターボが指を指すその先へと視線を向けた。

 

 

「ッ!?」

 

 

ツインターボが指を指すその先をみたナイスネイチャは絶句してしまった。いやナイスネイチャだけではない。同じ様にツインターボの指す方向を見たマチカネタンホイザとイクノディクタスもナイスネイチャと同じ様に絶句してしまった。

 

 

 

 

そう、人の脚だ。

 

綺麗に手入れされた茂み、その端から人の脚が飛び出していた。

 

余りに非現実的な光景。そんな光景を目にした4人は金縛りにあったかの様に体が硬直してしまった。4人とも競争ウマ娘だ。レース中の事故に備えて応急処置のやり方などはトレーナーや先生方から教わりきちんと頭に叩き込んではいたが、いざその現場を目の当たりにすると体が動かない。

 

 

「おい!?大丈夫か!?」

 

 

そんな中で一番最初に動けたのは意外な事にツインターボだった。制服が汚れるのも構わずガサガサと茂みの中へと入り、倒れている人間の側へと駆け寄って行く。

 

そんなツインターボの行動に、弾かれたように他の3人もツインターボを追う様に茂みの中へと入って行く。

 

側まで近寄って行けば、おそらく落ちていた靴の持ち主だろう人物の姿がハッキリ4人から見えた。

 

ナイスネイチャ達と同じトレセン学園のセーラー服を身に纏い、仰向けで倒れているウマ娘。その姿を見た時再び4人は固まる事になった。

 

 

「ネ…………ネイチャ…………?」

 

 

誰が言葉を漏らしたのかは分からない。もしかしたらこの場に居る全員が口に出してしまったのかもしれない。

 

それほどまでに倒れているウマ娘の顔はナイスネイチャとそっくりだった。

 

 

「でも…………髪の色は違う……かも。」

 

 

顔立ちはナイスネイチャの双子ですと言われたら信じてしまいそうなほどナイスネイチャと瓜二つ。しかし髪色だけは真反対で、黒鹿毛の髪に1房だけ赤みのある鹿毛を前髪に持っていた。

 

そして何よりも、ナイスネイチャと御揃いのイヤーカフ、同じふわふわとしたツインテールの髪型も相まって全員が更にそう感じてしまうのだ。

 

 

「とにかく!イクノはトレーナーさんに連絡!マチタンは保健室の先生を!ターボはたづなさんを呼んできて!早く!」

 

 

「「「ッ……はい!」」」

 

 

ナイスネイチャの指示で、固まっていた3人はそれぞれ行動を起こした。イクノディクタス持っていたウマホでチームのトレーナーである南坂トレーナーへと電話をかけ、マチカネタンホイザとツインターボはレース本番の如くそれぞれの目的地へと駆け出して行った。

 

 

「はい…………生徒が倒れていて…………はい、直ぐにでも来ていただければ…………」

 

 

隣でトレーナーへと電話をかけているイクノディクタスを横目で見て、ナイスネイチャは見える範囲、触れる範囲で怪我が無いか触診した。

 

幸いな事に彼女の呼吸は有る。怪我も分かる範囲では特に見つからなかったが、残念ながら素人検査なので自信は持てなかった。

 

ナイスネイチャは無意識の内に倒れている彼女の手を握っていた。優しく包み込む様にそっと握った彼女の手は確かな温もりを持っていて…………安堵の気持ちと共に、ナイスネイチャは再び謎のざわつきが心を揺らしていくのを感じていた。

 

 

「…………んん…………ん」

 

 

1秒が何倍にも長く感じる中でふと、倒れている彼女が小さく声を漏らした。

 

 

「大丈夫!?アタシが分かる!?」

 

 

呼びかける様にナイスネイチャは彼女に声を掛けた。少しだけ、ゆっくりと開かれた彼女の瞳はさ迷う様に少しだけ揺れ動いてから焦点の合わない目でナイスネイチャを見た。

 

 

「あ………………お母さん…………」

 

 

「……は…………え?」

 

 

微かに開かれた彼女の口から紡がれた小さな言葉にナイスネイチャは三度固まってしまった。

 

 

「お…母さん…………ワタシ…ね……獲れ…たよ……菊花賞…………出れ…はしなかった……けど…………確かに……届いたよ。」

 

 

震える口で、掠れた声で喋る彼女の言葉を聞いて、ナイスネイチャは思わず少しだけ握っていた手に力が入った。

 

 

「そう…………流石はアタシの娘だね。」

 

 

何でそんな言葉が口から出て来たのかは分からない。しかしナイスネイチャは彼女を安心させるかの様に空いた手で彼女の頭を撫でながらそう返した。不思議と違和感は無かった。まるでそれが当たり前だったかの様に、自然とナイスネイチャは言葉が出て来たのだ。

 

 

「ネイチャさん。トレーナーさんも直ぐにこちらへ来られるそうです。」

 

 

「そっか…………良かった。」

 

 

トレーナーとの電話を終えたイクノディクタスに、ナイスネイチャは安堵の溜息を洩らした。勿論これで絶対安心だという事にはならないけれども、少なくとも頼れる大人が来てくれると分かったので彼女達だけよりもずっと安心出来た。

 

いつの間にか、1度めを覚ました彼女は再び意識を失っていた。しかし少しだけだが先ほどまでよりも表情が柔らかくなっている気がした。

 

 

「後は彼女の名前か何か分かる物があればいいんですが…………」

 

 

「そうよね…………こんな娘今まで学園で見たこと無いし。」

 

 

此処までナイスネイチャとそっくりな娘が学園に居れば何かしら話題に上がりそうなものだが生憎と2人共そんな話は1度も聞いた事が無かった。

 

 

「そうですね、今年入学した1年生かもと少し考えましたが…………おや、これは?」

 

 

可能性を考えていたイクノディクタスが何かに気づいたのか倒れているウマ娘の側へと近づいてそっと膝を着いた。イクノディクタスの視線の先には倒れているウマ娘の背に踏まれる様に挟まっている1枚の紙。

 

ゆっくりとその紙を引き抜くと、イクノディクタスはナイスネイチャの側へとその紙を持って行った。

 

それはクシャクシャになったA4ほどのサイズのコピー用紙で、雑に畳まれたのか折り目も合っておらずシワだらけとなっていた。イクノディクタスはナイスネイチャと1度だけ視線を合わせるとゆっくりとその紙を開いた。

 

 

「これは…………」

 

 

「…………嘘でしょ?」

 

 

2人して思わずそう言葉を漏らした。しかし2人の反応も仕方ないだろう。何故ならそのコピー用紙に書かれた文字は少なくともトレセン生にとって見たくも聞きたくも無い物だったのだから。

 

 

『担当契約解除書類』

 

 

つまりこの紙はトレーナーとの担当契約を解除する書類なのだ。

 

基本的に、トレセン学園と言うのはトレーナーの数に対してウマ娘の数と言うのは圧倒的と言っていい位に差がある。つまりトレーナーと担当契約を結べずデビューすら出来ずに学園を去るウマ娘が大半と言う事なのだ。

 

学園側もトレーナーの募集枠を増やしたり優秀なトレーナーにチームを持たせ複数のウマ娘を担当して貰う等対策を講じているがそれでも足りないのだ。だからこそ、1度でも担当契約を交わしたウマ娘はよっぽど担当トレーナーと対立しない限り自分達から契約解除を申し出ることは無い。

 

何故なら先ほども言った通りトレセン学園に通うウマ娘に対してトレーナーの絶対数が足りていないからだ。担当契約を解除して、また再び他のトレーナーと担当契約を結べる保障など無いのだから当然だろう。

 

だからこそ、この書類を彼女が持っているという事はそう言う事なのだろう。クシャクシャになり、所々滲んで読めなくなっている部分が寂しげにそう主張している様な気が2人はしていた。

 

そしてその書類の一番下、小さく震えた手書きで書かれた文字があった。

 

 

「「セイント…………ネイチャー…………」」

 

 

ナイスネイチャとイクノディクタスは小さくそこに書かれた文字を口にした。

 

あぁ…………それがきっと彼女の名前なのだろう。

 

彼女が何故こんな所で倒れているのかはまだ分からない。しかし2人の脳裏には彼女が担当を解除されて絶望から…………などと状況が状況だけにそんな最悪が浮かんでは消えて行く。

 

最早そうなっては彼女達学生の領分では無い。ナイスネイチャとイクノディクタスの2人は駆け付けた南坂トレーナーにマチカネタンホイザとツインターボ、そして2人が呼んで来た保険医とたづなさんの尽力で彼女、セイントネイチャーが近くの病院まで運ばれた後もその事が頭から消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





誰かセイントネイチャーの絵描いてくれないかなぁ。

需要は多分私にしか無い。
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