続くか分かんない。
もしかしたら再編集するかも…………
ピッ…………ピッ…………ピッ…………
そんな聞き馴染みの無い電子音がワタシの耳を揺らし、鉛の様に重い瞼がゆっくりと微睡みの世界から持ち上がって行く。
少しだけぼやけて揺れる視界、寝起き特有の二度寝を誘う甘い倦怠感を感じながらゆっくりとワタシを起こした音の方へと視線を向けた。ワタシの寝ているベットの隣に金属製の台車に乗せられた小さな機械が邪魔にならない様に設置されていて、どうやら先ほどから聞こえていた電子音の正体はその機械から出ているらしい。
小さな機械に備え付けられている液晶パネルがいくつもの折れ線グラフの様な線を表示していて、画面端に表示されている数字共々電子音と共に折れ線が更新されている。はて…………この機械は一体何なんだろうか?
反対側へと視線を向ければワタシの左腕からは細い透明なチューブが生えており、チューブはそのまま細いスタンドに提げられた点滴へとつながっている。
そこまで認識して漸く、先ほど見えた機械が所謂心電図と呼ばれるグラフを出す機械でここが病院なのだとワタシは認識をする事が出来た。
「………………」
何故ワタシは病院で目覚めたのか、重たい頭でゆっくりと思い出そうとした。そう、確かワタシは
そうしていたらマンハッタンカフェさんが屋上までワタシに会いにやってきてその後に…………
「…………そっか。」
事の顛末を思い出したワタシは深い溜息と共にそう小さく溢した。あぁ…………此処が病院だとするのならば、ワタシは幸いな事に一命を取り留めたという事であり、この身は未だ死せずワタシの心臓は命の鼓動を奏で続けているという事。
ゆっくりと、点滴の繋がっていない右手を左胸へとワタシは添えてみた。病院の患者衣越しに感じる心臓の鼓動が、トクン……トクン……と右手の手のひらへと確かに伝わって来る。
そんな心臓の感覚に触れる度に、ワタシの視界が潤んでしまった。自然と溢れる一対の涙が、頬を伝ってポタりポタりと胸へと添えた右手へと零れ落ちて行く。
「おかしいな…………納得出来るって…………そう覚悟出来ていたはずなのに…………」
咄嗟の出来事だったとはいえワタシはあの時確かにそう思っていたはずなのに、生きていると…………そう実感してしまうと決まっていたはずの覚悟なんて霞が晴れる様に簡単に霧散してしまって。
消え失せた覚悟の代わりに涙と共に溢れ出して来るのは生きている事への安堵と、そして遅れながらやって来た死への恐怖。
少しずつ震えだすワタシの体。先ほどまで流していた涙はその勢いを増やし、滝の様に流れ落ちるソレは留まる事を知らない。胸へと添えていたワタシの右手は、無意識の内に震えに耐え様と硬く身に纏っている患者衣を握り締めている。
(…………お母さん。)
会いたい。
お母さんに会いたい。
トレセン学園に入学してからはお盆や年末年始など、トレセン学園に入学してからは年に数回しか会わなかったお母さんに今は無性に会いたくて会いたくて仕方がない。
握り締めていた右手にそっと左手を添えて、ワタシは小さく声を漏らしながら涙を流し続けた。
⏱
「え!? 目を覚ましたんですか!?」
ナイスネイチャがその事を担当トレーナーの南坂トレーナーから知らされたのは、倒れているウマ娘を発見してから一週間がたった時だった。
この場に居るのはナイスネイチャと担当の南坂トレーナーの他、理事長の秋川やよい、その秘書である駿川たづな、中央トレセン学園生徒会長を勤めるシンボリルドルフ、副会長のエアグルーヴとナリタブライアン、そして病院に運ばれるまで応急処置を行っていた保健の総勢8名。
学園内で起こった出来事だけにこの人員が集まるのも納得ではあるが、それにしたって随分と仰々しい雰囲気だなと、招かれた時のナイスネイチャは内心でそう思ってしまっていた。
「体には特に外傷などは無かったそうですが、起きた当初は泣いたり体を震わせたりと精神的に不安定だったそうです。」
普段のやや困った笑顔ではなく真剣な表情でそう語る南坂トレーナーの言葉を聞きつつも、ナイスネイチャはひとまず件のウマ娘…………セイントネイチャーが無事であった事に安堵した。
小さく洩れる安堵の溜息は第一発見者たる者としてのある種の責任感からだったのか、はたまた
その事についてナイスネイチャが気づくことは無い。彼女の中では安堵とそこから来る脱力感…………ここ1週間は有マ記念が近い事もあり二重に気を張り詰めた状態だったが故に体から力が抜けた状態だったのだから仕方がないのだろう。
「えっと、それで何でアタシは
幾分かの間を置いて、多少落ち着いたナイスネイチャはそう口にした。確かにセイトネイチャーについて朗報を聞けたのはナイスネイチャ本人としては大変に嬉しい事ではあったし1つ肩の荷が降りた気分ではあった。
が、言ってしまえばその程度のお話であれば理事長室なんて大層な部屋に呼ばなくても最悪担当の南坂トレーナーに部室やウマホ等での連絡でも十分だったのではないか? というの感情がナイスネイチャ自身の素朴な疑問として沸き上がって来る。
「なに、どうしても確認しておかなければならない事があってね。後日セイントネイチャー君には面会するとして、その前にどうしても君に話を聞かなければと私が理事長に頼んで呼んで貰ったんだ。」
ナイスネイチャの疑問に答えたのは彼女の向かい側に座っていた生徒会長のシンボリルドルフだった。史上初の無敗の3冠を達成した中央トレセン学園きっての実力者にしてナイスネイチャにとってのライバル、トウカイテイオーとも親しい間柄でもある彼女は温和な笑みを浮かべながらナイスネイチャを緊張させない様にとそう口を開いたのだった。
「それこそトレーナーさん経由でも良かった気がしますけど…………いやまぁ…………聞かれれば分かる範囲で答えますけれど。」
「理事長も直に話を聞きたいと賛同して頂いてな。わざわざすまないと思っているが少しばかり時間をくれるとこちらとしても助かる。」
シンボリルドルフの言葉と合わせる様に、彼女の隣に座っていた理事長、秋川やよいも笑顔で『賛同! 』と書かれた扇子を開いた。
はてさてわざわざ直に顔を合わせてまで聞きたいこととは何なのか。いまいちナイスネイチャには思い当たる事などなかったが、それでもここまで来た手前聞かれた事には素直に答えるつもりだった。
「当日にも君に聞いたと思うが、彼女…………セイントネイチャーと君は血縁関係ではないのだな? 」
一拍の間を置いて、出されていたお茶で口を湿らせたシンボリルドルフがそうナイスネイチャへと問いかけた。
「はい。アタシの家族には弟はいますが妹、それもウマ娘の妹なんて居ませんし…………一応あの後におふk……お母さんにも確認しましたが親戚にも同じ名前のウマ娘は居ないらしいです。」
「本当だな? 」
「はい。」
確かにセイントネイチャーとナイスネイチャは髪色は違う程度で容姿は瓜二つと言っていいが、ナイスネイチャ自身の家族にはそもそもウマ娘は彼女しか居ないし、母親に確認をとってもそんな娘は親戚に居ないとハッキリと否定されている。
副会長のエアグルーヴがナイスネイチャに念押しで確認してきたが、その事実が変わる事は無い。
「そうか…………やはり居なかったか…………」
ナイスネイチャの答えを聞いて、少しばかり残念そうに天を仰いだシンボリルドルフに、ナイスネイチャは少しだけ疑問符が頭に浮かんだ。そこまで残念そうにする要素が自身の答えにあったのかは分からなかったが、シンボリルドルフと同様に残念そうにしているエアグルーヴや考え込む仕草をしている理事長に南坂トレーナーを目にして、どうやらこれは只事ではないのだろうという事だけはナイスネイチャ自身にも理解出来た。
「ナイスネイチャ。これが何なのかは君も良く知っているだろう。」
おもむろに、シンボリルドルフは自身の制服から1枚のカードをテーブルへと置いた。名義こそナイスネイチャが見つけたウマ娘であるセイントネイチャーの物であったが、同様のカードをナイスネイチャ自身も確かに持っている物だった。
「URA登録証ですよね? それがどうかしたんですか? 」
URA登録証とは、言ってみればURAが発行している一種の身分証である。中央トレセン学園に入学した生徒は皆このカードを支給されており、これが発行されるという事は即ちURAが主催する中央のレースであるトゥインクルシリーズへと出走登録することを許されているという証でもある。
テーブルに置かれている登録証はナイスネイチャから見ても特に違和感のある物でもなく、ごくありふれた所有物の1つという認識でしかなかった。
「君も知っての通り、この登録証にはURA独自のICチップが埋め込まれている。特殊技術によって作られているから偽造も出来ず、盗難されても申請されれば即日ICチップの番号は停止され悪用出来ない様になっている。」
「それはまぁ、入学初日にしっかりと説明されましたし覚えてますけど…………」
「セントネイチャー君が目を覚ます前に、私達は彼女の身元確認の為にこの登録証をURA本部へと照会に出した。なにせ彼女の名前はトレセン学園の名簿には登録されていなかったからね。」
「なっ!? 」
これにはナイスネイチャも空いた口が塞がらなかった。
今まさにシンボリルドルフから語られる事が事実であるならば、ナイスネイチャが見つけたセイントネイチャーというウマ娘は登録証を偽造した上で不正にトレセン学園へと侵入していたという事に他ならないからである。
「驚くのも無理はない。しかしこれは紛れもない事実だ。」
唖然としているナイスネイチャに念押しする様にそう告げるシンボリルドルフの瞳は真剣そのものであり、決してナイスネイチャを騙している雰囲気などは感じられないが、言葉を紡げないナイスネイチャを見つめながらシンボリルドルフは続けて口を開いく。
「そしてここからが本題なのだがURAに紹介してみた所、やはりこの登録証の番号は該当者無し…………そうURA本部からは返事が返って来た。」
コン…………コン…………コン…………
指でテーブルに置いた登録証を叩きながらそう告げるシンボリルドルフは何処か怪訝そうに、まるで何か疑問が残っているかの様なそんな表情へと変えていた。
生憎と、一般生徒であるナイスネイチャにはシンボリルドルフが何を言いたいのか皆目として理解が出来なかった。そもそもとして今現在シンボリルドルフが話している内容すら驚きで頭が固まってしまっていたナイスネイチャが完全にかみ砕いて理解出来ているかすらも怪しかった。
少しずつ、少しずつシンボリルドルフの話した内容を理解していくナイスネイチャを待つかの様にしばし口を止めたシンボリルドルフではあったが、ナイスネイチャの隣に座る南坂トレーナーに続きを促されて再びその口を開いた。
「該当者無し…………そもそもとしてこの回答は可笑しいんだ。さっきも言った通り登録証にはURA独自のICチップが使われているから偽造品や盗難品であれば『該当者無し』ではなく『エラー』、もしくは『失効品』としてURA本部から回答されるはずなんだよナイスネイチャ君。」
「補足! 確認の為2度にわたりURAに確認したが『該当者無し』で間違いなしと言う事であるらしい! 」
補足説明とばかりに理事長が話し始めるが、ナイスネイチャとしてはそのICチップの精査方法等聞かされても半分程度しか理解出来なかった。
掻い摘んで理事長の話を要約すれば、URA本部にはICチップの登録番号を精査して偽造品なのか盗難品、紛失品なのかを調べる特殊な機械があるらしく、そこで検査された番号は先ほどシンボリルドルフが説明した通り偽造品ならば『エラー』、盗難品や紛失品ならば『失効品』としてきちんと区分されているらしい。
「つまり『該当者無し』という検査報告が正しいのであれば、この登録証は偽造品や盗難品ではなく正式にURAに登録された物だという事になる。」
「で…………でも『該当者無し』って出たんですよね?」
「そこなんだよナイスネイチャ君。この登録証は偽造品でも何でもない正式な登録証だがICチップの番号は『該当者無し』…………つまり現在トレセン学園に所属している生徒には該当するウマ娘は居ない事になる。」
真剣な表情で語るシンボリルドルフに、ナイスネイチャはコクリっと小さく唾を飲んだ。
「そして最も問題なのがこれだ。」
ゆっくりと、シンボリルドルフはセイントネイチャーの登録証を裏返した。先ほどまではセイントネイチャーの顔写真とURAのロゴが掛かれていた表面だった登録証だが、ひっくり返された登録証の裏面にはウマ娘の生年月日等簡単なプロフィールが書かれているはずだ。
前のめりになって、のぞき込む様にその裏面に書かれたプロフィール蘭を読んだナイスネイチャは先ほどまでとはまた別の意味で首を傾げる事になった。
「ここだ。」
何せシンボリルドルフが指さす登録証の文字…………そこに書かれていた生年月日の蘭に『平成』という見た事も聞いた事も無い元号が書かれていたのだ。
「現在の元号は『令和』、そして前回の元号は『永世』だ。過去から現在まで平成と言う元号が使われた記録など無いが、この裏面に使われているインクはURA独自の偽造防止インクだ…………先ほどの件も含めてこれが完全な嘘、偽造だという確証は出来ないのが今の私達だ。」
何というか、先ほどからの話を聞いていればまるで
「ウマ娘と言うのは時たまオカルト染みた話が出てくるが…………本当に彼女はこの世界のウマ娘なのだろうか?」
ありえない。
それがナイスネイチャの率直な考えでありバ鹿げた話だと、そう一蹴するのは容易いはずであった。しかしナイスネイチャの脳裏に一瞬、セイントネイチャーが一時的に意識を取り戻した時の事が思い出された。
(お母さん)
そう彼女はナイスネイチャの事を呼んでいた。今の今まで他人の空似だから朦朧としていて間違えたのだろうと思っていたが、果たしてセイントネイチャーは間違えてお母さんとナイスネイチャを呼んだのだろうか?
PiPiPiPiPi…………
疑問が疑問を呼び、そして疑問が仮説に、ついには妄想になってナイスネイチャの頭の中を瞬間湯沸かし器の如く沸騰させた瞬間に、簡素な電子音が8名が集う理事長室にこだました。
どうやらこの電子音の正体は電話だったらしく、一番近くに居たナリタブライアンが受話器を耳へと押し当てた。
「はいこちら理事長室…………理事長は会議中で……なに? 」
最初は面倒くさそうにピョコピョコと咥えていた枝を揺らしていたナリタブライアンだったが、直ぐにその表情を僅かに驚愕へと染めた。
「えぇ……分かりました…………直ぐにお伝えします…………はい……では。」
素早く電話を切ったナリタブライアンは静かに待っていた他の7名に向き直ると、煙草の様に口に咥えていた枝を外して重苦しく口を開いた。
「理事長。件のセントネイチャーが病院から抜け出したそうです。」