メンヘラ天使とヤンデレ一番星   作:リララ

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アイの髪色についてオリジナル要素があります。


顔が可愛いとどんな髪色も似合うってよく分かった例

 三曲目を投稿した次の日、いつものように学校の授業を適当に流して帰宅後、俺は自分用のデスクトップで調べ事をしていた。

 

「契約者が施設入居者の場合は本人が施設入居者であることを証明できる書類が必要、と」

「んー?」

 

 俺の呟きに、ベッドでうつ伏せになって足をパタパタさせていたアイが反応した。

 

「私たちでもスマホを持てるってことがわかった」

「おー!やったじゃん」

 

 昨日は考えつかなかったが、今朝になってふと思った。支払能力もなければ親もいない俺たちってキャリアと契約できなくね?って。事実うちにいる子供たちは誰も携帯電話を持っていないし。初っ端から詰んだかと思った。だから気になって調べてみたんだ。その結果問題なくできると知って俺の心配は杞憂に終わったけど。

 なら後はどう職員に話をつけるかだが、これは然程心配していない。何故ならここの職員たちは皆俺にメロメロだからだ。そして俺が動画投稿サイトで一位を獲ったことも、SNSアカウントの開設を求められていることも知っている。俺の方からも今後のためにスマホが欲しいことや、これだけたくさんのコメントで寄せられた希望を無視し続けるのは、投稿者としても人としてもよくないということをそれとなく伝えてある。ただまぁ今のスマホは高いので俺とアイ、二人分の新規契約となると20万近くかかる。お金の問題もそうだし、誰が代理人になるかという問題もある。だからなのか、前向きに検討してるからもう少しだけ待ってほしいと伝えられた。

 

「早めにTwitterとかインスタやらないと偽者共が調子に乗るからね」

 

 これも有名人ならではなのだろうが、どうやら俺を名乗る偽のアカウントがSNS上に大量発生しているらしい。俺がSNSやってないのを良いことに好き勝手やりやがって。俺は欲しい物リストとかもないのに。てか本物がSNSをやってないって公言してるのに、よく偽者として活動できるな。

 そりゃあ視聴者からしたら、俺が嘘を吐いている可能性もあるから100%偽者と断定することもできないけど、普通に考えればそんなことをしても俺にメリットがない。だから大多数の人は偽者だと分かってくれるだろうが、中には本物と信じてしまう人もいるかもしれない。そういう人が騙されて欲しい物リストに載ってる物を偽者に贈ってしまうかもしれない。そうなると俺がさっさと始めないから被害に遭う人が出てしまった、と矛先が俺に向く可能性がある。それは避けたいからやっぱりどんなに遅くても一週間以内には始めたいところだ。

 

「始めたら真っ先に自撮り載せよ?私とエルのツーショットで!」

「いいねぇ。見せつけてやるか。それと注意喚起もしないとな」

「フォロワーもたくさんつくといいね」

「そっちも100万目指すか!」

「アカウント分ける?Mirastreaと個人で全部で3つ?」

 

 アイがそう訊いてくるが、俺としては現時点で『Mirastrea』アカウントを作るつもりはない。だって作ったところで十中八九お知らせ以外稼働しないだろうから。実際公式アカウントって通知専用なところあるよな。その人の私生活の様子が見たいなら個人名義のアカウント──という名の公式──をフォローした方がはるかに良い。

 

「いや…『トゥエル』と『アイ』だけで良いと思う。Mirastreaは事務所に入ってから公式アカウントとして始めよ」

「りょーかいっ」

 

 一区切りついたところで動画サイト内の自分のアカウントページを開き、コメントや登録者を確認する。どれどれ…。

 

「登録者50万超えてる!」

「ほんとだ!」

 

 現時点で俺のチャンネル登録者は55万人となっていた。昨日は40万人だから15万人増えたことになる。とんでもない勢いで増えていくな。この調子で100万人目指したいな。

 

「海外勢が登録してくれたのかも」

「昨日の曲のせいだよね」

「たぶん」

 

 昨日投稿した楽曲は全て英語の詩だ。コメントいわく俺の発音はイギリスのRP?訛りらしく詳しいことは知らないけど発音自体はネイティブのそれと遜色ないらしいから、俺の見た目も相俟って海外にも受けたのだろう。その証拠にこれまでの二曲では確認できなかった──見逃してるだけかもしれないが──日本語以外のコメントが散見された。特に多いのが英語で、中国語、韓国語、ロシア語、ヒンディー語や、少数だがドイツ語、フランス語、イタリア語などのヨーロッパの英語圏以外の言語のコメントもあった。そしてそのどれもが俺を絶賛するものばかりだった。

 ああ、言語に関してはトゥエルの〝眼〟のおかげで軽く見ただけで自動で理解できるようになっている。翻訳されているのではなく、理解できるのだ。さすがこの世の総てを見通すギャラクシーアイ。

 ちなみに翻訳の魔法や能力を使って言語を直接脳に叩き込まなくても、少し勉強するだけで完璧に使いこなせるようになる。中身が俺だから処理能力が落ちてることを加味しても、純粋に頭の出来の良さが違う。さすがトゥエルと言わざるを得ない。

 

「SNSに関してもひとまず納得してくれたね」

「うん。あとさ、今思ったんだけど注意喚起次の動画の冒頭でやろうよ。私まだSNS始めてないから今私を名乗ってるアカウントは全部偽者だから騙されないでねーって」

「そうだね。元々やるつもりではあった」

 

 俺の言葉に頷き、アイは今度はランキングの確認をし始めた。

 

「3日連続一位じゃん!さすエル!」

「やったー!」

 

 アイとハイタッチ。イェーイ!

 

「おめでと~」

「おめでと~」

 

 お互いに拍手。ぱちぱちぱち。

 

「よし。次は50万いったし予定通りアイのお披露目かな」

「うわぁついに来てしまった…。私という国民的美少女が全国ネットで華々しいデビューを飾るときが…!」

「私も楽しみだよ。予定より随分早くなったけど、私の最愛のパートナーを全世界に見せびらかすときが来たと思うと…!」

「えへへ」

 

 少しだけ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う。アイの手を握った。アイも握り返してくれる。指と指を絡る。そのまま流れに任せて軽いキスをした。

 そして──自然と言葉が出た。

 

「これから私の人生は大きく変わっていくことだろう」

「うん」

「アイも同じことが言える。私の隣に立つなら、自分の人生を変える決断をしなければならない」

「うん」

「…今ならまだ引き返せるが…どうする?」

「ふっふっふ…愚問だね」

「!?」

 

 即答…は予想できていたがそう来るとは。俺の真似をするなんて可愛いじゃないか。

 

「エルならこう言う感じかな」

「シリアスモードの私だね」

 

 シリアスモード──別名トゥエルムーブ。つまりは大事な話をするときの俺だ。

 でも最近はアイに対してはまったく使っていない。というかアイに使ったのは最初に出逢った時くらいだ。それ以降はずっと自然体でいられる。俺はアイといるときは素の自分を解放できるし、それをアイも受け入れてくれる。無理に演じなくてもいいというのは精神的にすごく楽で…。

 だからトゥエルムーブは主に動画内と対外用だな。

 

「真面目なときのエルだね。あの状態のエル、最高にかっこよくて好き♡」

「ふふ、ありがと。それで、答えを聞かせてくれる?」

「うん。私が思ってることを正直に言うね」

 

 アイの頭を撫でながら、徐々にその手を頭部から頬へと滑らせていく。アイのまろやかな頬に手を当てながら俺がそう言うと、アイはふにゃぁと緩めていた表情をキリッと引き締めて俺の瞳を真っ直ぐ見た。一番星が日輪のごとき輝きを放った。

 

「そもそも私の人生はエルと共にあるんだよ。エルと出逢ったあの日から、私は一生あなたについていくと決めたから。……だけど、一度だけ考えたことがあるの。もしもエルと私が出会わなかったらって。そしたらエルはずっと気丈に振る舞って、凛として、太陽みたいに眩いのに、月みたいに冷たい輝きを放っていて、みんなを幸せに導く天使様として生きていくんだと思う。誰が見ても完璧で究極の〝偶像(アイドル)〟として。自分の心に嘘を吐いて」

「…それは」

 

 私はそんなに器用な生き方なんて出来やしない──と口にしようとした。

 だけど、言葉にはならなかった。精神を固定してまでトゥエルに成りきろうと演じ続ける自分も確かに想像できてしまったから。

 

「でもさ…それってすごく寂しいことだと思うんだ。だって…それなら誰がエルを幸せにするの?エルが迷ったときは誰が導くの?って。私にとってエルは天使さまだけど、ちゃんと人間の心を持っていて、私たちと同じ目線で考えることができる──楽しい時に笑って、悲しい時に泣くことができる一人の女の子だから」

 

 そう言うアイの表情は初めこそ寂しげで何かを憂いでいるようなものだったけど、後半はまるで母親が我が子へ向けるような暖かさを感じた。アイの前では俺は俺でいられる。それはトゥエルを演じる必要のない安心感であり、本来の弱い自分をさらけ出すことのできる信頼性でもある。

 俺はアイといると心の安寧を保てるし、何よりアイのとなりは居心地が良いんだ。

 

「私の知ってるエルは強がりで、意地っ張りで、かっこつけたがりだけど、実は意外と焼きもちやきで、執着心と独占欲が人一倍強くて、愛情深くて、思いやりがある──寂しがりの女の子だよ。澄ました顔で自分は一人で生きていけます、なんて言うくせに心の中では寂しい寂しいって泣いてるような、強くて弱い女の子だよ」

 

 俺のひた隠しにしたい本質を、アイは的確に見抜いていた。それが嬉しくてたまらない。自分の弱さを知っていて、それを共有してくれて受け入れてくれる人がいることが、どれだけ恵まれていることかを俺は知っているから。

 感受性豊かなこの身体は、その言葉に含まれたアイの気持ちを余すことなく伝えてくれる。私がいるからエルは独りじゃないんだよって、その心優しい想いがまたも俺のピンと張られた緊張の糸を解してくれる。

 

「不安定だなって感じたの。前にも言ったことがあるけど、エルを一人にさせたらどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって思ったの。だから…どこにも行かないように──エルが私にそうしてくれるように、私もエルの居場所になれるようになろうって。私が居るときだけは、エルが本当の自分を出せるように…エルの心の拠り所になれるように…。私も隣に立って一緒に闘って行くんだって決めたの」

 

 ──そうすれば『トゥエル』という仮面を被り続ける必要もなくなるでしょ?

 

 そう続いたアイの言葉に俺は絶句した。アイと出逢ったばかりの頃に、俺が密かに心の内で誓ったことをまったく同じように言われてしまったから。

 

「──そこまで、わかってたの」

「はっきり確信したのは最近だけどね。でも、前からそうじゃないかなって思ってたよ」

「そう、なんだ…」

「エル…私はね、こう考えているんだ」

 

 

 

 私たち2人でいれば

 幸せは2倍

 悲しみははんぶんこ

 

 

 

「幸せは2倍…悲しみは半分こ…」

 

 アイのその言葉は俺の心にストンと落ちていった。そして急速に俺から思考力を奪っていった。

 

「…確かにすごく素敵な考え方だと思う!でも──」

 

「それくらい簡単なことでいいんじゃないかな」

 

「っ」

 

「エルは賢すぎるんだよ。そのせいでいつも難しく考えちゃってる」

 

「…賢くないよ…賢い人はもっと効率良く立ち回れる、器用に生きられる…」

 

「うーん…やっぱりエルは頭良くて回転も速いけど…固いよね」

 

「…反論できない」

 

「まぁ、そういうところが可愛いんだけどね」

 

「~~っ」

 

 突然の反転に、咄嗟に顔が熱がこもるのが分かった。

 

「放って置けないんだよね、エルって。一人で考え込んで余計に拗らせるタイプでしょ。私が転校してきた日の帰り道の時とかさ。もっと言うと、私のために一人でアイドルになろうとしてた時点でそうだよね。本当は弱いくせに、一人で立ち向かって傷ついて…。だからこの子は私がいないとダメだろうなって思ってるよ」

 

「…………うん。全部アイの言う通りだよ。私一人なら失うものなんてないし、完璧な天使を演じきるつもりだったし。心が壊れないように、無理やり固めながらね」

 

 自分を誤魔化し続けて、自分自身に嘘を吐き続けて。

 

「…それってさ、確かに壊れはしないんだろうけど、寂しさは誤魔化せないよね?」

 

「それは…気づかないフリをすればいいだけ…」

 

「できるの?」

 

「……できる」

 

「無理でしょ」

 

「ぇ…」

 

 即座に否定されて、言葉に詰まった。心のどこかでアイなら理解して(わかって)くれると思っていたから。続くアイの言葉に俺はいよいよ何も言い返せなくなってしまう。

 

「壊れないように心を固めるとか言ってるのに?自分で弱点言ってるって、気づいてる?」

 

「ぇ…ぁ…」

 

「心が弱いから、壊れないように固めるんでしょ?初めから強い心を持ってたら、そんなことしなくてもいいし、寂しさなんて感じないはずだよ」

 

「っ…ぅ…ぁ…」

 

 アイの言う通りだ。俺は弱いから、殻に込もって守りに徹しないと生きていけない。もしそれをアイ以外に言われたら俺は開き直ることができた。だからどうしたと笑って返せるだろう。でも、心の奥底でひた隠しにしていたそれを最愛のパートナーに(殻の内側からアイに)指摘されるのは…つらい。まるで心臓に刃物を突き立てられたようで…。苦しくて、怖くて、息もできない。

 アイの言葉は、俺のトゥエルムーブという最強の鎧をも意図も容易く貫いてしまうんだ。

 

「あ~…違う。ごめん、何だかエルを責めてるみたいになっちゃったね…そんなつもりじゃなかったのに…。バカだなあ私…」

 

「…ぁ…ッは…あい…」

 

「エル…ごめん…。エルを追い詰めるようなこと言っちゃって…。こんなつもりじゃなかったの…!ごめん、ごめんね…エル…」

 

 今にも泣き出しそうな顔で、アイは俺を強く抱きしめる。背中に腕を回されて、ぎゅっと体を引き寄せられる。

 気持ちがぐちゃぐちゃで、思考がまとまらなくて、何も考えられないけど…、今俺はアイを悲しませている…?それはダメだ。なにか…なにか言わないと。

 

「…あ…い、いや、大丈夫だよ。…アイが私のことをこんなに考えてくれてるってことが…、すごく嬉しい…」

 

「エル、私はね…、いつもエルのことを考えてるよ」

 

「うん、ありがと…。てかそれ私も同じでさ…、アイのことずっと考えてる」

 

「うん。知ってる」

 

「!」

 

「あははっ!ま、要するにエルはもう少し私のこと頼ってよってことが言いたかったの!せっかく二人いるんだから、悩みだって半分こに出来るでしょ?」

 

 幸せ2倍楽しさ2倍

 悲しみ苦しみはんぶんこ

 

 歌うように囁くアイは、淡く優しい光をまとっているように見えた。

 それはまるで、先の見えない闇夜を迷走する俺をゴールまで導いてくれる月明かりのようで。その優しい光を浴びて、ようやく俺は見失っていた自分自身を取り戻すことができた。そうか、これはまるで──

 

「──太陽と月か」

「ん?」

「私たちの関係は太陽と月みたいだなって」

「というと?」

「私にとっての太陽はアイだ。アイという太陽がいて初めて私という月は輝けるんだ」

「……ぷっ!あはっ、アハハハハッ!なぁにそれ?エルにしてはずいぶん安直な喩えだね?」

「う、うるさい!笑うなばーか!ばーかばーか!」

 

 せっかく決まったと思ったのに、アイは心底面白いものを見たと言わんばかりに笑っている。まぁ確かに少しだけ、少ぉしだけクサかったかな?と思わないでもない。

 

「──あははっ!あー!面白かった!」

「もう!そんなに笑わなくてもいいじゃんか!」

「ごめんごめん…でもやっぱり」

「?」

「今のエルの方が〝人間味〟があってイイと思うよ」

「ん"ん"っ…ありがとう。()()()()()()

 

 俺がそう言うと、アイは一瞬きょとんとして、すぐにむぅと可愛らしく頬を膨らませた。

 

「自分で分かってるなら仮面なんて被るなー!」

「あはは…それはまぁ、えーと…そ、そう!ギャップ萌え狙いの布石ってことで…」

「…ひとまず納得してあげる」

「ありがと…」

 

 まさかこんな深い話になるなんて予想だにしなかった。普通にアイに最終確認して動画取ってMirastreaとしてデビューするつもりが…。

 でも結果的に良かった。大いに収穫はあったしアイがどれだけ俺のことを想ってくれているかを再確認できたし。

 

「もう少し楽に考えてみる」

「うん、そうして?エルは難しく考えすぎちゃってる。一人で抱え込まないで、もっと私を頼って?」

「これからはちゃんとアイに相談する」

 

 それにしてもアイはすごいな。まだ人生7年しか生きていないのに、大人よりも大人びた達観した考え方といい物事を俯瞰して見る視野の広さといい、おおよそ小学生とは思えない聡明さだ。これは俺といるせいなのかもしれないが、語彙力も7歳にしてはあまりにも…。実は俺と同じ人生二周目とかじゃないよな?

 

「一人で考えて結論を出せるのはエルの強みだけど、弱さでもあるから。不安になるでしょ。そういう時は私を頼ってよ。二人で考えたら、また違った方法が生まれるかもしれないでしょ?」

「その通りだね…。ごめんね」

「ちょっと厳しいこと言っちゃったけど、私はどんな時もエルを信じてるよ。でも、エルを不安にさせちゃったのは私の力不足だと思ってるから…。さっきもキツイこと言っちゃってごめんね…。こんなダメな私だけど、もっと頑張るから。もう少しだけ私のことを信じて欲しい…かな」

 

 ああ、言わせてしまった…。アイの口から〝力不足〟だなんて、一番言わせちゃいけないのに。

 

「アイにそれを言わせちゃったか…ごめんね。私のことを想って言ってくれたってのは、痛いほど伝わってるから。アイのことを信じるというか、疑ったことなんて一度もないし。私の方こそごめんね。ほんとは私が引っ張って行くべきなのに」

 

 俺はなんて情けないんだろう。アイに力不足だなんて言わせてしまった自分が不甲斐なくて、自分自身に対して沸々と怒りが込み上げてくる。俺の方がずっと歳上だってのに、アイの方がよっぽど精神的に大人だ。自分が精神的に未熟なばっかりにアイに負担かけちゃって…悔しいなぁ…。

 俺が俯いて下唇を噛み締めていると、ぽんっと頭に手を乗せられた。

 

「良いんだよエル。そんなこと気にしなくていいの。どっちが引っ張るとかじゃなくて、今みたいにどっちかが迷った時にもう一人が導くような関係でいいの」

 

 ──それがパートナーってやつじゃない?

 

 続くアイの言葉は、またも俺の心にストンと落ちていった。じわじわと暖かさが広がっていく。

 

「──アハハッ、敵わないなあ」

 

 アイにしてはめずらしく、わしゃわしゃと髪型が乱れる勢いで撫でられる。

 それがとても心地よくて、目を瞑って体を擦り寄せた。

 

「よしよし、イイコイイコ」

「ん…♡」

 

 なんだ、そんな簡単なことで良かったのか。

 今まで一人で難しく考え過ぎてた。

 アイの言う通りだな…。頭でっかちで小難しいことばかり考えて…簡単な答えを見過ごしてしまっていた。

 

 もっと楽に生きよう。

 

 俺は一人じゃない。

 

「ありがとう、アイ」

「どういたしまして♡」

 

 俺には最愛のパートナー(アイ)がいるのだから。

 

 ◆◇◆◇

 

「あ、それでさ、今日の撮影なんだけど…もう一日だけ待ってくれないかな?」

 

 アイが申し訳なさそうに切り出してきた。どうしたのだろうか。やっぱり緊張して心の準備が欲しくなったとか?

 

「いいけど、どうしたん?」

 

 俺がそう言うと、アイはあー…ちょっとね…と言葉を濁した。

 

「実は今日、施設の人と出掛ける予定があって…」

「なるほど。どこに行くか聞いてもいいのかな?」

「ん!それは秘密!でも悪い用ではないから!」

「それはまぁ施設の人も一緒だし心配はしてないよ」

 

 いつも俺とベッタリなアイが単独で出掛けるとなると…母親関係?真っ先に浮かんだのはそれだけど、お金関係とかもあり得る。でも悪い用ではない、って事だからこの二つはないか。

 

「もしかしたら晩御飯の時間に間に合わないかも!その時はさ…」

「ちゃんと待ってるよ」

「…!うんっ!ありがとうエルっ♡」

「…ちなみに一応聞いておくと、何て言おうとしたの?」

「え?私が帰ってくるまで待ってて欲しいなって」

「うん。だよね、私ならそう言うもん。アイもそう言うだろうなって」

「えへへ…お互い我慢しないって決めてるもんね♡」

「だね」

 

 本来なら『先に食べてていいよ』と言うべきなのだろうが、俺たちはお互いの本音を我慢しないって約束してるからな。これもアイの可愛い独占欲だ。余裕で受け止められる。

 

「2~3時間かな?遅くなっちゃうし、撮影は明日にして今日は動画エルのソロでいいかな?」

「いいよ。何なら今日は動画休みでもいいし」

「それはエルに任せるね。私よりエルの方がそういうの詳しいし」

「ん」

 

 部屋にノック音が鳴った。

 アイを呼ぶ声がした。これは…あの時アイに俺の下着代として万札数枚渡してた女性の職員だ。

 あの人なら同じ女性だし俺からしても問題はない。

 

「はぁい今行きまーす!…じゃあエル、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「うん」

 

 そしてアイは目を瞑って俺の方に唇を付き出した。

 行ってきますのキスだろう。俺はアイの唇に自分のそれをそっと重ねた。

 

「んっ…」

「ん…へへ♡じゃあまた後でね♡」

「うん、また」

 

 嬉しそうにはにかむアイに、自然とこちらも笑顔になった。

 

 ◆◇◆◇

 

 アイが出掛けてから3時間が経過した。

 俺はこの間に四曲目のMVを投稿して、明日以降の分を編集・編曲したり、新しい歌の作詞作曲をしていた。

 そして今は、明日のアイとのMV撮影に向けたロケーションを調べていた。

 今までは防音結界を張って室内だったり近所の公園や河原だったりと身近な場所で撮影していたのだが、今回はせっかく初めての二人での撮影ということでいつもより気合いを入れてみようと思ったのだ。

 

「ここ、いいな」

 

 そうして見つけたのは某県にある大藤棚。夜のライトアップが非常に幻想的でイルミネーションが美しい。俺とアイのデビュー曲にも違和感はないと思った。

 

「これはアイには内緒にしよう」

 

 俺はその場所の座標を特定して、当日の転移と防音&人払いを脳内でシミュレートしてからパソコンを閉じた。落ち着いたらアイとどこか旅行にでも行きたいな…。

 

 それから少し経って、アイが帰ってきたらしい。

 俺たちの部屋まで一直線に廊下を走る音が聞こえた。

 慌ただしく走っていたその小さな気配は、部屋の前で立ち止まった。

 

「エルぅ」

「アイ、おかえり」

「ただいまーっ!」

 

 入り口のドアを開けると、勢い良く飛び込んできた。

 それを受け止めて頭を撫でる。一筋の桜色の残光が視界を走った。

 

 ──ん?

 

 なんだろう今の。

 

「あれ──アイ、髪染めた?」

「染めた!」

 

 俺に飛びついて胸に顔を擦りつけていたアイは、顔を上げて人懐こい笑みを浮かべた。

 

 ◆◇◆◇

 

「どうかな…?」

 

 俺の前でクルリと一回転したアイ。染色した長い髪がふわりと風に靡く。

 闇夜に溶ける濡羽色の黒髪は、その美しい光沢を残しつつも桔梗の花のような気品のある青みががった紫色になり、前髪の中央に夜桜を散りばめたような一筋の桜色のハイライト。

 それは単なるアクセントとしてではなく、個性を出して自己主張性を強めるための粉飾に思えた。他にも部分的に桜色のハイライトが差し込まれ、単一カラーでは出せない奥行きのある色合いを見事に引き出している。

 また、重たくなりがちなロングストレートも緩やかなレイヤーカットのおかげで幾分軽くなり、全体的にすっきりしているように見える。

 

「好き」

 

 自然と零れていた。

 

「…ほんと!?」

「好き!めっちゃ好き!やばいくらい可愛い!」

「やったー!!」

「超似合ってるし、超可愛い!特に桜のハイライト!髪が靡く度に徒桜みたいに儚く煌めいてめちゃくちゃ綺麗!!」

「!!」

 

 思ったことを反射的に口にしていくと、アイが動きを止めて前髪のハイライトの束を摘まんで持ち上げた。

 

「これ、最後まで入れようか迷ってたの…。でも、エルの髪を思い浮かべて、()()()()()()()()()()()()()()()()()、入れてみたの…!」

 

 嬉しく思った。だって今の発言を聞くに、アイは〝流行り〟ではなく〝俺と同じもの〟を取り入れてくれたってことでしょ?

 

「そうなんだ…!うん、イイよ、すっごく可愛い。アイがアイだってことを主張する軸にもなってる。入れて大正解!」

「えへへ…よかったあ…」

「もー可愛すぎ~♡」

 

 込み上げてくる衝動を抑えられず、俺はアイに抱きついた。

 

 ◆◇◆◇

 

「じゃあ髪を染めに行ってたんだね」

「そうなの~。カラーリング自体初めてだし、ピンクハイライトも入れるからかなり時間かかっちゃって…私髪長いし」

「なるほどね~。ブリーチしたの?」

「ハイライトの部分はしたよ~」

「へぇ~その割には全然痛んでないね。元の髪質が良いんだね」

「なのかな~?痛まないのは良かったよほんとに」

 

 もし痛んでたら魔法で修復しようと思ってたけど──いや、でも毛染めってその時よりも数日経って色が抜け落ちてからダメージが出るから、やっぱりかけとくか。

 

「念のため修復しとくね?」

「え?ありがとう!」

 

 魔法で修復(リペア)する。ただ俺も髪の毛に対して使うのは初めてだから、ちゃんと効果があるのか、()()()()()()と、しっかりキューティクルが修復されていくのが分かった。やはりダメージはあったようだ。

 しかし、そんなものまで見えるとか、本当俺のこの〝眼〟は便利だわ。

 修復が終わったら今度は髪が再び痛まないように〝固定化〟するのも忘れない。これでアイはずっとサラサラヘアーのままだ。

 

「おー!めっちゃサラサラだぁ」

「やったー!」

「サラサラヘアーのアイさーん?」

「はーい!」

 

 改めてアイの髪の毛を一房手に取ってみる。桔梗色とは言ったものの、本物の桔梗の花よりも青みが強くてけっこう暗めだから、場所によっては黒っぽく見えるかも。例えば昼間の野外ステージではちゃんと青紫っぽく見えるけど、夕方以降だと黒髪にしか見えないかもね。ま、だからこそ桜ハイライトが光るんだけどね。ちなみに俺はいつでもどこでも煌びやかな金髪だ。

 

「でも何でこのタイミングで?」

「んー…」

 

 アイは少しだけ言葉を詰まらせた。だけどそれは、後ろめたいことを隠すようなものではなく、単にどういった言葉で言い表すかを考えているようだった。

 

「キャラ作りと自分を変えるため、かな…」

「ふむ」

 

 つまり──

 

「大学デビュー的な?」

「そうそれ!一言で表すならそれ」

「ちなみにフォローしとくと、アイはそもそもの素材がトップクラスだし、何をしてもキラキラしてるからわざわざデビューしなくてもデビューしてるみたいに目立ってるけどね」

 

 自分の顔が美し過ぎて忘れそうになるが、アイも相当綺麗な顔をしている。俺がいなくても顔だけで天下獲れるレベルで。まだ小学生ながらに、国内トップクラスの女優に匹敵するかそれ以上に顔立ちが整っている。成長したら間違いなく国内──いや、世界最強クラスの美少女になる。

 世界一位は俺で二位がアイとなる日も近い。俺は未来永劫不動の一位だが、アイも二位になって、俺たちでツートップになるのだ。

 

「ありがと、でもそれはエルにも同じこと言えるけどね」

「ふふんっ!私は格が違うからね。何もしなくても世界が私を放って置かないのさ」

「あははっ、エルが言うと冗談じゃなくなるから困る」

「あー、明日がますます楽しみだなあ」

「そう言えば今日は投稿したの?」

「したした!──だよ」

「おー」

 

 いよいよ明日、俺とアイでMirastreaデビューだ。

 

 あー柄にもなく緊張しちゃう…。

 

 こんな時はアイを愛でて癒されよう。

 

 ◆◇◆◇

 

 その夜──

 

「緊張して眠れない!」

「アイ可愛い。遠足前の子供みたい」

「色んな感情がごちゃ混ぜになってる…」

「んー…なら私とエッチしてリフレッシュする?」

「」

「なんちゃって──きゃあっ!!?」

「──言ったなぁ?エルぅ♡」

「え?ア、アイさん?えっと、さっきのは冗談でして」

「へぇー?私は本気で眠れないのにエルは冗談であんなこと言っちゃうんだぁ?」

「え、い、いや、そういうつもりじゃ」

「エル」

「ハイ、ナンデショウカ」

「女に二言はないよね?」

「ナイデス」

「言質とりぃ♡──いただきまぁす♡」

「アッ──ああっっ♡♡♡」




【天使】
早くSNS初めて見せつけたい。今回から海外のファンも獲得した。
嘘っぱちの天使。仮面は最愛の手によって剥がされた。
アイには頭が上がらないな…。それはそうとこの子7歳だよね?なんでそんなに達観した物言いが出来るのさ。まさか人生二週目?
アイがイメチェンした!うちのアイが毛染めしかもハイライトなんて!
正直ピンクハイライトは攻めたなって思った。でも髪と瞳の色とお揃いだしピンクも類似色相だし何より顔がめちゃくそ良いから似合ってるよ。
ちゃんと傷んだ髪を補修・修復した上で最高品質の状態で固定化した。ちなみに自分にはかけていない。何故ならトゥエルは〝ダメージを受けない〟から。でもそれはあくまでダメージを受けない=髪の毛にとってマイナスの状態にならないってだけで、プラスの状態にはならないから、ちゃんと気を遣ってヘアケアはしている。かつてのお風呂場での一件から美容に関する勉強も続けている模様。
何気に初見で髪色を桔梗に例えた…が、花言葉までは知らない。

【一番星】
早くSNS初めて見せつけたい。
誰よりも近くにいたからこそ天使の本質を見抜くことができた。今後の運命を大きく変えたかもしれないね。MVP。
もしエルが居なかったら自分がその立ち位置にいたんだろうなと何となく勘づいている。その場合きっと私も嘘で塗り固められた仮面を被っているだろうね。そうならなかったのはエルのおかげ。貴女のおかげで今の幸せな私がいる。だから貴女も幸せになってくれないとイヤだよ。
明日は人生の転換期だから心機一転。濃青色をベースに桜のハイライトを差した。光の加減によって見える〝艶〟ではなく本当に桜色。元の髪質が良いから染めてもつやつやキューティクル。ハイライトを入れた理由はエルのように動いた時の煌めきが欲しかったのと、桜が咲く季節に出逢ったから。黒髪ではなくなったが、ベースが暗めなので加減によっては黒っぽく見える。
『永遠の愛』をあなたに。
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