ついにこの日がやって来た。
俺とアイが二人で『Mirastrea』としてデビューを飾る日だ。
この日の為にロケ地をシミュレートして人払いと防音の結界を張って、仕上げに全世界に〝当日俺たちがその場に居ても誰も疑問に思わない〟という刷り込みをかける。
というか不法侵入に当たるのだろうか?まぁ許可なく撮影するのだから一般論で言うと問題になるのだろう。だからこその刷り込みだ。俺は聖者でもないし、この身体になってから人間や人間社会のことなんて──いや、やめよう。それを捨てたら俺は……。
もう手遅れかもしれないけど、極力そういうことは考えないようにしよう。ただ目の前に都合良く事実を改編できる力があるのだから、それを使うだけだ。
別にホームビデオ風でも良かったんだけど、やっぱりアイとの初デュエットは特別なものにしたいんだ。
ほんとは事務所に入ったりどこかスタジオを借りられたら良かったんだけどな。今の俺たちにそんな力はない。そもそもまだ小学生の子供だし。施設の人を頼ったところで、さすがに今回は厳しいだろう。当日お願いして当日にスタジオと人材を確保できるならともかく。
というかカメラ回りに関してはもう用意して貰ってるし、俺がマルチタスクでカメラをドローンのように浮かしながら、様々な角度から映像を撮ってそれを編集で繋げることで、三脚を目の前に置いての正面一辺倒ではなく、360度全方位からの映像を流すことができる。
しかし、俺は今までそれをやっていない。理由はやらない方が受けると思ったからだ。俺は自分の歌が上手いとは思っていない。歌が上手いのは〝トゥエル〟であって〝俺〟ではないのだ。そこを勘違いしてるほど驕ってはいない。トゥエルスペックで何とか形になっているだけで、歌いながらカメラ操作なんてできるほど器用じゃない。
他にはあえてホームビデオ風にすることで素人さを狙ってるからだ。実際本当に素人なんだけど、最近は機材や編集技術の発達で素人でも本物っぽく撮れたりできるから、俺みたいな正面一辺倒のホームビデオ風動画はめずらしいと思うんだよね。実際今までの動画余裕で100万再生超えてるし。
それなのに今回はわざわざ能力を使ってまでして特別なものにするのか。
──本当にそれでいいの?アイに訊かなくていいの?アイはそれを望んでるの?
「エル、また一人で悩んでるでしょ?」
「あ…」
教室で机をくっ付けていたアイが俺にしか聞こえないように小声で話しかけてきた。
疑問系だが、その声色は絶対的な確信を抱いているようだった。
アイと視線が絡む。言外の強い力で固定されたように、視線を逸らすことができない。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳に映る感情は──慈愛と懇願。もっと私を頼って。エルの力になりたい。エルには私がいるよ。その想いが痛いほど伝わってくる。
俺は──
『エルは賢すぎるんだよ。そのせいでいつも難しく考えすぎてる』
昨日言われた言葉が脳内に反復する。
『一人で考え込まないで、私に相談して?』
そうだ、俺はまた…
『一人で考えて結論を出せるのはエルの強みだけど、弱さでもあるから。不安になるでしょ。そういう時は私を頼ってよ。二人で考えたら、また違った方法が生まれるかもしれないでしょ?』
一人で考えて、拗らせそうになってる。
『どっちが引っ張るとかじゃなくて、今みたいにどっちかが迷った時にもう一人が導くような関係でいいの──それがパートナーってやつじゃない?』
…………。
そうだよね。
また俺、やらかしそうになった。
「うん…実は相談したいことがあるの。帰ったら話すから一緒に考えてほしい」
「もちろんいいよ。何でも言って?一人で悩まないで、一緒に考えよう?」
「うん。ありがとう、アイ」
「どういたしまして」
俺が静かに微笑むと、アイも俺が素直に打ち明けてくれたのが嬉しかったのか優しい笑みを返してくれた。
これからはちゃんと相談するって約束したばかりなのに、早速破りそうになってた。それも無意識的に。危ない…これは俺の悪い部分だ。今後も出てくるであろう心の闇。
俺にはアイがいるのに、黙って一人で計画して悩んで、拗らせて…いつもの負のループだ。自己肯定感が低い俺の心の弱さが垣間見える一面だ。どうしたものか…。早めに克服しないといつかやらかしそうで。
何はともあれ気づけて良かった。そしてアイがいてくれて良かった。初めて相談するって選択肢が生まれた。
前向きに考えよう。一歩がめちゃくちゃゆっくりだけど、確実に良い方向に向かってる。
今までの自分を〝壊せ〟。
新しい自分を〝再構築〟するんだ。
最愛のパートナーがいるから、俺にはそれができる。
◆◇◆◇
「アイ、さっきの相談したいことなんだけど」
「なになに~」
帰宅後、いつものようにアイと隣同士でベッドに腰掛けながら俺は切り出した。
「今日の撮影なんだけど、いつも通り施設内の部屋を借りてやるか、特別な場所でやるか、どっちにしようか考えててさ」
「特別な場所?」
「そう。記念すべきMirastreaのお披露目だから、撮影場所も外でやってみようかなって」
「ふむふむ」
「場所はここなんだけど──」
俺はパソコンを開いてあらかじめ用意しておいたロケ地の画像一覧を見せた。
「おー綺麗な場所だね~」
「でしょ!」
「イルミネーションすごい!」
アイは目をキラキラ輝かせながら画像を捲っている。
反応的には悪くなさそうだ。
「この場所で撮ろうかなって」
「でも、ここ○○県だよ?どうやって行くの?」
「ああ、それはこうやって──」
俺は立ち上がると、不思議そうに俺を見上げるアイの手を引いて立たせる。
そして、座標を定め認識阻害を張りつつ転移を発動させた。
瞬間──世界が変わる。
「──え?」
「とーちゃく!」
一瞬にして見慣れた室内から、さっきまで画像越しに見ていたロケ地へと風景が切り替わる。
今、俺たちの目の前にはあの大きな藤の木のイルミネーションがある。
「え?え?なに?どういうこと!?」
俺のとった常識の範疇を超えた行動に、さすがのアイも今何が起こったのか理解できていないようだった。
「転移…テレポートしたんだよ。瞬間移動って言ったりもするかな?施設からさっき見てたフラワーパークに飛んできた」
「てれぽーと…って、エェっ!?う、うっそぉ!!?でも…イタッ!え、これ…え?まじ!?ほんとなの!?」
アイは何度も目を見開いたり擦ったり瞬きしたり…あ、ほっぺたつねってる。痛そう。
まぁ至極当然の反応だ。いくら俺が天使であると知っているとはいえ、テレポートなんてファンタジー現象が起きたらその前提をも通り越してこうなるだろう。
「ふふ。すごいでしょ!ちなみに今の私たちは誰からも認識されてないから好きに観光できるよ」
「──エルっ!」
「わっ!」
アイは俯きながら誘蛾灯のようにふらふらと近付いてきた…と思ったらいきなりガバッと抱きつかれた。
顔を上げたアイは俺に羨望と憧憬の眼差しを向けていた。一番星が強く輝いている。
「すごいッ!すごいよエル!こんなこともできるなんて!さすが私の天使さま!」
「当然ッ!私はアイのためなら何だってするからね」
「えへへぇ…うれしい♡エルだいすき♡」
「アイだいすき♡」
人目を気にする必要がないのをいいことに、俺とアイはしばらくじゃれついていた。
◆◇◆◇
お互いに
戻った時もアイはまたすごい!すごい!とはしゃいでいた。その様子を見ると、大人びてるけどやっぱりまだ子供なんだなって思う。
「んん~っ!楽しかったぁ」
「楽しんでくれて何より」
「エルと放課後デートしたようなものだよ!?てか、デートじゃん!さいこ~♡」
「確かにデートだ…。やったー!アイとデートした~!うれし~♡」
デートの捉え方は人それぞれだと思うが、想い人と二人で県外のイルミネーションを観に行ったなんて誰がどう聞いてもデートだろう。テレポートを利用することで今後世界中を巡る観光が出来そうだ。あと侵入禁止区域にも入れる。禁則地とか遺跡の中とか。
「あ~ん!みんなに自慢したいのにスマホがないぃ…」
「マジそれな~、早く欲しいぃ…」
児童二人分のスマホは経費じゃ落とせないだろうし審査とか慎重になるのは分かるが、世間の期待もすぐそこまで迫ってきている。なるべく早く手に入れたいところだ。
「はぁ~…ま、それはそのうち手に入るから置いておいて…。どうする?さっきの場所で撮るか、いつもと同じ所で撮るか」
「んー」
俺の問い掛けにアイは少しだけ考える素振りを見せた。
「いつもと同じ所でいいかな?」
やっぱり。なんとなくそう言うんじゃないかなって思ってた。
「あら。…正直アイならそう言うんじゃないかなって思ってたけどさ。一応理由を聞かせてもらえる?」
「そこまで深い理由はないんだけどね。あの部屋がエルの動画の原典だし、私もそこに加わりたいなって思ったのと、外はもう今日のデートで満足しちゃったってのもあるし、これから先私たちが事務所に入ったりしたらいくらでもチャンスは来るけど、あの部屋は今しかないじゃん?って」
「いや、めちゃめちゃ深い理由だよ、それ」
「そ、そうかな?」
「うん、私たちのこと、Mirastreaのこと、よく考えてくれてるなって思ったよ」
「えへへ…」
そう私が言うと、アイはやや俯いて少し照れたように笑った。
「ありがとう、アイ。やっぱりアイに相談して良かった」
「エルは?エルはどっちが良かったの?」
「私もいつもの所がいいかな。最初は向こうにしようとしてた。一人で悩んで、特別なものにしようかなって。でも、今日アイに気づかれて、実際に現地に行ってデートして、帰ってきてアイの今の言葉を聞いてもう迷う必要はないなって」
「いいの?私はエルがあの場所がイイって思うならそっちでもいいよ?」
「ううん。本当に平気。アイの言う通りこっちは私とアイがこれまでに過ごした思い出がつまってるし、今だけだろうからさ。やっぱり私は、私とアイが出会ったこの場所で…二人だけの場所でアイと歌いたい」
アイの手を握って、彼女の目を見てはっきりと伝えた。
「エル…」
さっきまで俺の心に巣くっていた悩みは最早一欠片もなかった。
アイが言った理由は驚くほど俺の心にすんなり落ちていって、納得させられるものだった。
淀みない俺の気持ちが伝わったようで、アイも俺に握られていた手を一度離して、俺の手のひらを包み込むように握ると、それを顔の高さまで持ち上げながら恋人同士のように指を絡め合った。
「一緒に歌おっか。エル」
「ああ、始めよう。私たちの物語を」
ああ、アイに相談して本当に良かった。
◆◇◆◇
いつもと同じ部屋。
一台のカメラを立てて、その前に立つ。
機材は全て揃っている。
音源の用意も出来ている。ヘッドセットも着けた。
何度も二人で歌った。俺たちのデビュー曲はこの曲って決めていた。
〝俺〟であったときから好きだった。分かりやすく俺たちの関係性を世間に伝えるための曲。
ふと、俺の隣に立つアイを見た。
すると彼女もほとんど同じタイミングで俺を見た。
しばらく見つめ合って、アイが無言で頷いた。
俺も頷きで返す。
収録が始まる──
◆◇◆◇
【m/a/g/n/e/t】
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
ねぇ、エル…。初めて出逢ったあの時から、私はあなたに恋をした。
それが私たちにとって善くないことだなんて、始めから分かっていた。
でも、一度火が灯った私の心は溢れる想いを抑えられなくて。
あなたが思うよりもずっと前に私にファーストキスを奪われたこと、あなたは知らないし、これから先も教えてあげない。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
アイに出逢った時、俺は第二の人生において勝利を確信したよ。だってこんなところに来た時点で心に闇を抱えているのは確定的だし、それを俺が祓って身も心も俺のものにしてやれば、絶対に裏切らない、俺だけを見てくれる恋人が作れるって思ったから。そうすれば、俺の心も満たされるって確信したから。前世では叶わなかった純愛を成し遂げるチャンスだって。
そんな打算しかなかったけど……ああ、本当に囚われていたのは俺の方だったね。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
たとえこの想いがイケナイものでも、私は自分を誤魔化すようにあなたを求める。あなたが嫌がらないのをいいことに。
でも、やっぱり心の隙間は埋まらなくて。
ねぇ、エル…お願い。あなたからも求めて欲しい。私の心だけじゃなくて体もあなたに必要とされてるって、愛されてるって感じさせて欲しい。私の気持ちを受け入れて欲しい。
そうしないと、きっと今のままじゃいつか私は壊れてしまうだろうから…。
これは我儘なことなのかな…。もう十分過ぎるほど幸せなのに、それ以上を望んでしまうのは傲慢なことなのかな…。
わかってる。エルが私のことを何よりも大切にしてくれて、何よりも優先してくれて、愛されてるなって感じてる。それでも──私は欲張りだから。エルの心だけじゃなくて、体も欲しい。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
アイに必要とされるたびに、自分の中の感情がぐちゃぐちゃになる。
アイが俺に笑いかけてくれるたびに、この笑顔を一人占めしたいと思ってしまう。アイが俺を求めてくれるたびに、体も心も全部俺だけのものにしたくなる。アイの寂寥漂う瞳と切ない笑顔が俺を蝕んで行く。
俺はアイを不安にさせてしまっている。そうだよね…、俺はいつだって受け身で、自分から求めたことはなかったもんね…。道徳とか倫理とか、そんなくだらないものに囚われているようじゃ、俺はこの子のとなりに立つ資格はない。アイが俺を欲しいと求めてきてるなら、それに答えてあげるのが〝愛〟なんじゃないのか。
──もう逃げない、俺も覚悟を決める。すべてを擲ってでも、俺はアイと一緒にいたい。アイのすべてが欲しい。そう思うほど、俺はアイに依存している。
始めは依存させるだけのつもりが、いつの間にか俺の方が依存しているんだって気づいたけど、もう止められない。欲張りなのは俺も同じだからね?
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
エルの優しさに触れると、私に蔓延る黒いどろどろした感情が洗い流されていく。
暗闇で迷ってしまう私を照らして引っ張ってくれる。そんな優しいあなたが大好きです。
だから私もエルが孤独に堕ちてしまいそうになった時に、その手を引っ張って助けてあげたい。あなたは独りじゃないよって伝えてあげたい。あなたを愛してる人がいるんだよって教えてあげたい。
あなたの後ろで背中を支えるのも悪くないけど、やっぱり私はあなたの隣で手を繋いでいたいの。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
アイの優しさにふれて、虚勢という名の仮面が剥がれ落ちる。天使から人間に戻る。一人の女の子として生きていける。
ここで俺を独りにさせたら遠いところへ行ってしまうんじゃないかって、哀しく笑いながら涙を流すことなく泣いたアイに誓ったんだ。
もう二度とそんな泣き方はさせない。必死で俺の心を護ろうとしてくれるアイを全力で守り抜くって。俺のすべてを懸けてこの子を幸せにするって。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
初めて私たちが結ばれたあの日、私は自分の犯した罪に気づきたくなくて必死に誤魔化していた。だけど零れる涙が今が真実であることを突き付けてきて、私は酷い自己嫌悪に陥って壊れそうになった。
そんな時、エルは私を抱きしめてくれたよね。そんな私のことも大好きって言ってくれたよね。無理やり手を出した私を赦してくれた。私は感極まって泣き出してしまったけど、私を抱きしめるエルの手も震えていたのは、あなたも知らない私だけの秘密。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
エルのおかげで少しずつだけど自分のことを好きになれそう。
私もエルも自分に嘘を吐くのが得意だから、お互いそれは
私は欲張りなの。
アイのおかげで俺は本当の自分でいられるんだ。ステージの上でも同じ〝
〝俺〟という弱みをさらけ出してそれを受け入れてくれた優しさに俺がどれだけ救われたことか。
俺は我儘だからもう我慢しない。自分の気持ちに正直になる。二人で最強のアイドルになろう。
『ーーーーー♪ーーーーー♪』
絶対に離れない。たとえ世界が赦さなくても、
手を取り合って生きていこう。迷ってしまわないように。
もう絶対に離すものか。どこにもいかせない。独りになんてさせない。
心も身体もあなたのもの。すべてをあなたに捧げます。
この先何があってもずっと一緒にいよう。
愛してる、エル
愛してる、アイ
◆◇◆◇
収録が終わって──
「ふぅ…緊張した…」
「私も~」
「え、アイ緊張してたの?」
ずいぶんのびのび歌ってたように見えたけど、内心は違ったのかな。俺の方はと言うと、ついにアイと一緒に歌えたことが嬉しくて、終始ハイテンションになってた。もうね、隣にアイがいることが嬉しくて自然と笑顔になっちゃうよね。
きっとリスナーも色々な意味で驚くと思う。コメントを見ていると俺ってあまりにも無表情だから人形みたいに思われてるらしいから。それでもあれだけ伸びてるんだから、改めてトゥエルの顔と歌唱力ってすごいんだなぁと実感する。もちろん歌わせてもらってる曲自体も素晴らしいけどね。
「したよ~。自分の気持ちを詩に乗せて歌ってたもん」
「うん、それは確かにはっきり伝わってきたよ。アイのパートが先だったから、初っぱなから気持ちをぶつけられて緊張しちゃったんだよね」
前世から引っ張ってきたこの曲をアイに見せたとき、他の曲よりも長い時間詩を見ていたのを覚えている。何か思うところがあったのだろう。ツインボーカルユニットを組むと決めたとき、二人で歌うデビュー曲をどうしようと考えていた俺にこの曲を推してきたのはアイだった。最初に歌うのは絶対にこの曲がイイ!とアイにしてはめずらしく主調が強めだったのもあり、あっさり決まったデビュー曲。
じゃあ実際に歌うに当たってパート分けをどうするか…オリジナルに倣った分け方をするか独自に再構築するか迷っていたけど、アイの中では決まっていたようで、色分けされていた各小節部分を指差して、私こっちを歌いたい!と言ってきた。
アイが選んだのはメインパートの方で、俺としては今回はアイを全面に押し出したかったのでその提案は願ったり叶ったりだった。
そうして何度も練習に練習を重ねて、今日を迎えたのだ。
「でもその後すぐエルも自分の気持ちを私に返してくれたよね。歌を通してエルと心が通じ合えた気がして、最後まで幸せな気分で歌えたんだよ!」
「アイ、歌を通さなくても──」
「私たちは一心同体」
我ながら本当に厄介なものを抱えていると思った。せっかくアイと想いが通じて気持ち良く歌い終わったばかりだというのに、俺はまたしても余計な発言をしてしまった。
いや、正確には
「うん」
「大丈夫だよ、エル。私たちはいつでも心から繋がってるからね」
「うんっ!」
アイにぎゅうっと抱きつくと、受け入れて背中に手を回して俺を安心させるように優しくぽんぽんと叩いてくれた。
最近自分の精神年齢がどんどん下がってる気がする…。どうもトゥエルの肉体に引っ張られているみたいだ。
「ねぇエル」
「なぁに?」
「愛してる」
「ッ、私も愛してる!」
びっくりした。不意打ち気味のそれはやばい。見るとアイはいたずらが成功した時の子供のような無邪気な笑顔だった。まだ余韻が抜けきっていないのかもしれない。
「ふふ…」
「めずらしいね。どうしたのさいきなり」
「んー?言いたくなっちゃった♡」
「そっかそっか、ドキドキしたよ~嬉しかったけどね」
だけど急に言われると心が追いつかない。恋愛初心者なんだよ俺は…。大人ぶって余裕の対応をしているけど、内心はずっと胸が高鳴っている。本当は余裕なんてないのだ。
ああ、でも──この胸の高鳴りは嫌なものではない。大好きな人に愛を伝えられることが、こんなにも幸せなものなんだって教えてくれるから…。
「歌に気持ちを乗せてたからさ、その名残かも?」
「わかる!詩の中の登場人物に感情移入しちゃって、歌い終わった後もしばらく余韻が抜けないんだよね」
「そうそうそんな感じ。その人物に成りきっちゃうっていうか」
物語の登場人物にとって、監督や脚本家は神様で、演じる役者はさながら神の使いと言ったところか。登場人物に自分の魂を憑依させて成りきる──まるで神降ろしみたいだ。降りてくるのは神の使いだけど。
というか、それを言ったら今の俺がそうじゃないか。トゥエルというキャラクターになって、トゥエルを演じきっているのだから。まぁ実際は俺のメンタルがクソザコ過ぎて簡単にボロが出ちゃうんだけどね。これが儀式だったら確実に失敗してるでしょ…。
「でもそれができる人ってそう多くはないと思うんだよね。やっぱり才能あるよね、アイも私も」
「だよね!意外とドラマとかいけたりしてね。私はともかくエルは絶対いけると思う」
「アイもいけるでしょ。てか私笑わないのにいけるかな?」
「え?全然問題なくない?一応笑うこと
アイが含みを持たせて言うのには理由がある。俺の偽りの笑顔はゼロか百なのだ。つまり完全な無表情か、いつぞやに鏡の前で練習した時のような、無理やり左右の口角を引っ張られたような、誰がどう見ても引きつった笑顔しかできない。それに比べるとアイは本当に自然な偽りの笑顔を作るのが上手なんだよなぁ。
俺は無表情か100%偽笑顔の二択しかないのに対して、アイは同じ偽笑顔でも程度を調節できるからそれだけで選択肢が無数にある。そういうのも才能だと思う。つくづくアイは天性のアイドルなんだなって理解させられる。
「まぁね。アイが居ない世界線の私だね」
「うん。使い分けるんでしょ?」
「うん。でも基本的に仮面を被るようなピンの仕事は受けないかな。芸能界って私たちが思ってる以上に闇深い所だから怖いよ。そんな所だから余計アイと離れたくない」
「あー。確かによくスキャンダルとか芸能人同士の確執とかあるもんね…。人気アイドルの不仲説とかも…」
前世でも不仲説やゴシップはしょっちゅう出てた。人は見かけによらない、を地で行ってるのが芸能界だと思ってる。腹の探り合いだ。
「だからこそ私たちは周りに見せつけていこ!」
「うん、ペアリングとか欲しいね」
「めっちゃ欲しい~!将来お金貯まったら買いに行こ!」
「いこいこ~!」
前世でもペアリングなんて一度もしたことがないから憧れているのは事実だ。
まさか初めてのペアリングが同性になるとは思わなかったけど…まぁ俺の中身が男だからセーフかしら。いや、そういう問題じゃねえか、そもそも愛に性別とか関係ないんだ。
問題はいつ買いに行くか──つまり、いつ頃俺たちの関係性を公表するかだ。今日のアイとのデュエットで大半のリスナーは気づくだろうが、それでも正確に俺たちの口から発表するべきだろう。いつかやる生配信で言うか。アイにも後で意見を聞こう。どんな些細なことでも、悩んだらアイに相談するって約束したから。
「エル、約束しよ?」
「ん?」
「私たちがデビューしても、ピンの仕事は受けないって」
俺が脳内で自己完結して納得していると、何やら神妙な面持ちでアイが約束事を持ちかけてきた。もちろん俺の答えは決まっていた。
「いいよ。てか私も嫌だし。アイが受けようとしたら大変なことになるよ」
「どんな?」
「え?ギャン泣き」
恥も外聞も捨てて、駄々っ子のように泣き喚いてやるからな!
「えっ?可愛いかよー!」
「からの一日拘束してこの先一生エルとセットじゃないと仕事しません!って首を縦に振るまでひっつき虫になる」
ずっとアイに抱きついて、引き摺られようが何だろうが絶対離れてあげないもんね!
「は?犯していい?」
「だめ」
俺を置いていこうとした罰で、その日は触らせてあげないから!
「我慢できなくなりそう」
「へんたい」
そしてアイは一人で寂しく
「それほどでも…♡」
「ほめてないぃ!」
でもやっぱり最後には我慢できなくなって、俺のことをたくさん愛でればいいんだ!
「アハハ。まぁ、私は絶対に受けないから安心して。片時もエルと離れるつもりはないから。だからエルも絶対に受けないで欲しい。てかもしそうなったら引き留めるけど」
「約束する!アイと離れるなんて絶対イヤだし!だからアイもピンの仕事は受けないで。お願い」
「絶対受けない!どんな圧力があっても絶対に受けないし何ならその場でエルに電話する。ていうか、向こうでもずっと一緒にいるもん。物理的に隣にずっといる!」
そう言うアイの瞳には強い決意が見てとれた。同時に俺に対する強い執着も。お互いに
だからこうして、アイが自分の中にある重たい気持ちを全力でぶつけてくれることに大きな愛を感じるし、たとえそれが世間一般論では暗いものであったとしても、俺にはとても暖かく感じてしまうのだ。
「約束!」
「約束!」
後にこの約束が俺たちの運命を大きく変えることを、この時の俺たちはまだ知らなかった。
◆◇◆◇
【投稿完了しました】
いつもの倍近い時間をかけて丁寧に編集して、俺とアイの初デュエット曲を投稿した。
冒頭の自己紹介にてアイを呼び出して紹介、アイ本人による自己紹介、俺とアイの関係、ツインボーカルユニットを組んでいること、今後はお互いのソロ楽曲も投稿していくこと、俺たち二人で『Mirastrea』というグループであること等を説明して、最後に改めて三年後にアイドルデビューしたいことをしっかり記録として残しておいた。
「よぉし…いよいよだ」
「受け入れて貰えるかな…」
先程まで歌詞の余韻に浸って夢見心地だったアイも、今は少し不安そうだ。歌も上手いし可愛いから問題ないと思うけど。現時点でアイに歌唱力で勝てるアーティストは国内じゃ極少数だろう。
「大丈夫だよ。アイすっごく歌上手いし、可愛いし」
「エル~…」
後ろからアイの肩をぽんぽんと叩いて励ますと、器用にくるりと反転して俺にしな垂れかかってきた。アイの背中に両手を回して、桜のハイライトが煌めく前髪ごとおでこに自分のおでこをくっつけると、ほんのり甘い香りがする。
「エルみたいに可愛くない…」
「何言ってるの。アイは私の次に顔面国宝だから可愛いよ。世界一は私で、アイは世界で二番目に可愛い女の子なんだから自信もって!」
くっついたおでこを離して、アイとしっかり目を合わせながらそう言うと、アイは私のことをまるで信じられないものを見たかのように目を見開いた。
「なにそれ~!エルほんと顔に関しては絶対の自信あるよね」
「そこだけは誰にも譲れないね。断言できるもん。この世界で私より美しい顔はいないって」
「それは確かに…いないだろうなあ」
「そんな私が認めるNo.2がアイだから!間違いなくアイの顔面は世界で通用するから!この私が言うんだよ!?自信持って!」
「ぷっ…ありがと…ふふっ…笑っちゃいそう…!」
「えー、真面目に言ってるのに…」
「真面目だからこそ余計に…ぷっ…アハッ!あははっ!もーほんとにっ!エルって面白いよねっ…アッハハハッ!ずるい!」
「うわ~ん!解せぬ~!」
◆◇◆◇
夜──
「うぅ~ダメだぁ!」
「アイどうしたの?」
「今日はいつも以上に我慢できないぃ!うおりゃああぁぁぁ!!」
ガバッ
「ひゃあぁっ!?」
「気持ちが昂っちゃって…いいよね?」
「我慢しなくていいよ…って言ったけど、少しは自重しなさい!」
「うわーん!!エルのいじわる~!!うそつき~!!クール系ポンコツ~!!」
「もー、しょうがないなぁ──っておいこら最後」
「いいもーん、無理やり襲っちゃうもーん」
「」
「いただきまーすっ♡」
「結局こうなるのかー!」
「エル大好き♡♡♡」
「まったく調子良いんだから…。私も大好きだよ、アイ」
【天使】
冒頭いきなり拗らせかけたバカ。この先もアイには頭が上がらない。
それはそうと転移を活用した全国各地のプチ観光は今後も使えるなと思った。
やっぱり思い出のつまった場所で撮りたいよね、と言ったアイの発言にハッとなって、無理に特別感を演出しようとしていた自分が急に恥ずかしくなった。発想自体は悪くないんだけどね…。
今回アイの本気の歌を聴いて、将来的に自分に並ぶであろう実力があると認識した。いつか追い越されそう。だけどまだまだ越させはしないよ。成長フラグが…?
無意識に歌に自分の感情を乗せることが出来る。今回は対象がアイなので、端から見ると二人の背後にはどでかい百合の花が咲いている。
この投稿を機に今後すべての動画に百合のタグが付けられる。
前世の知識で芸能界がヤバいところなのを知っているから、アイドルデビュー後も絶対にピンでの仕事は受けない。
アイの質問は、仮面を使い分ける=アイと一緒に出演してる時とソロで出演してる時は態度を変えるってことだよね?それなら大丈夫だよだってピンでの仕事受けるつもりないし。と認識したけど残念ながら違います。
【一番星】
授業中に鉛筆をくるくる回しながら頬杖をついているエルを見て、また一人で考え込んでると見抜いた。エルっていつも考えるとき頬杖するよね。
天使の力の一端を垣間見てめずらしく年相応に興奮した。初めは一人で悩んでるエルに不満を抱いたが、結果的にデートできて相談もして貰えて大満足。
本格的な録音は初めてで緊張もしていたけど、それ以上にエルと一緒に歌えることの喜びの方が大きかった。この子も歌に感情を乗せられる。
お互いに愛する人への気持ちをぶつけ合ったため、歌唱力はもちろん身振り手振りもかなり際どくなっていた。二人して抱きついたり指を絡めて歌ったりしていたが、当人は気付いていない。
アイドルデビューしてもエルは仮面を使い分けるんだろうなと確信しているが、予想外のエルの返答に乗じて大事な約束を取り付けることに成功した。前に言ったよね?エルを一人にさせたらダメになるって。
ちなみにアイの言った仮面を使い分ける、というのは二人セットで出演している時に、自分が話しかける時と他の出演者が話しかける時で態度変えるんだよね?という意図の質問だった。クール系ポンコツが勘違いしたおかげで今後の運命に変化が…?