昨日の後書きにも書いたんですけど、本来はこの話の前にもう一話挟んであるんですよね。
ただ内容的にどうしてもR-17.9超えるし、エロいことしつつもアイエルの心情の変化も伴う話なので、修正もできれば避けたい…。なので一旦その話は飛ばすことにしました。
もし期待してくれていた方がいらしたらすみません。
そのうちR-18の方にこっそり載せてると思います。たぶん。
また、今回某喫茶店が名前だけ出演しますが本筋に影響はありません。
それではどうぞ。
1999年7月某日──
時が経つのは早いもので『
季節は初夏を越して本格的な夏を迎えようとしていた。
今、俺とアイは平日昼間の閑散とした住宅地にひっそりと佇む、知る人ぞ知る隠れ家的なカフェにいた。
綺麗でこじんまりとした店内の一番奥の4人テーブル席に、アイと隣同士で座る。対面に座っているのは金髪でサングラス、無精髭と一見チンピラにしか見えない若い男──芸能事務所『苺プロダクション』の代表取締役〝斉藤壱護〟その人だ。
自己紹介と共に渡された名刺を一見し、向かって左側に名刺入れを置いてその上に名刺をそっと重ねて置いた。俺の一連の所作を見ても無言な上にサングラスで良く見えないが、ほぉ…よく知ってんな。と言う声が聴こえた。
「初めまして。トゥエルです。名字はありません」
「アイです。将来の夢はエルに名字をあげることです」
「…普段からそれやってるのか」
「えぇ、これも仕事ですから」
最早お馴染みとなったこの挨拶を画面越しではなく生の人前で披露するのは──これが67回目となる。
◆◇◆◇
初配信から三年。俺たちを取り巻く環境は大きく変わった──なんてことはなく、普段と変わらない日々を過ごしていた。いつも通り学校に行って、六時間の授業の間に曲を作って、帰宅したら収録と編集をして夜に動画投稿。アイドルの卵というよりYouTuberのような──実際そうだけど俺たちはあくまでアイドルだ──生活を続けていた。変わらない日常に追加されたことと言えば、SNSに俺とアイの自撮り・他人撮り・ツーショットを挙げることくらいかな。
ん?三年間も毎日投稿したって?したよ。まぁエンタメ系とかゲーム実況とかもやってたけど。さすがに前世の知識を引っ張り出して寸分違わず出力出来るとはいえ、三年間も歌だけ投稿し続けるのは厳しい。純粋にストックがない。いや好き嫌い選ばなければストック自体は無限にあるんだけど、俺が好きなアーティストたちの曲だけで三年分は無理だ。でもなるべく毎日更新は続けたい。
そこで目を付けたのが、YouTuberのような面白い企画やゲーム実況ってわけ。ゲーム機はちゃんと自分たちの稼ぎで買ったよ?収益化ばんざーい。ちなみに意外にもゲーム実況を勧めてきたのはアイだった。どうやらホラーゲームに興味があったらしい。ちなみに俺も前世でよくホラーゲーム実況は見てた。特に絶叫系。理由は怖さが絶叫で掻き消されるから。
そう言えば解るように、俺もホラーゲーム苦手なんだよ。リアルで悲鳴上げるタイプ。逆にアイはまったく怖がらず淡々と勧めるタイプで、脅かしポイントでも俺だけが悲鳴を上げてアイはむしろそんな俺を見て大爆笑してるような、そんな対称的な実況スタイルだった。
そんな俺たちのホラーゲーム実況は顔出ししながらというのもあってかめちゃくちゃバズった。特に俺が超絶ビビリなのがばちくそウケた。普段は澄ました顔して、人を平気で見下してお高くとまってる俺が、まるで生まれたての小鹿のようにガクブルビビってるのがそれはもうめちゃくちゃバズったのだ。『トゥエルびびりシーン切り抜き』、なんてのも作られた。遺憾である。そのせいで何度かトレンドにもお邪魔して『トゥエル』『ホラー』『絶叫』『わからせ』などがあがっていた。
最初の3つはまぁわかる。だが最後のわからせってなんだ。俺はテメェらのメスガキじゃねェ、アイだけのメスガキなんだよクソが。つーか苦手なもんは仕方ないだろ!怖いものは怖い、それを素直に表現してるだけだぞ!思想思念で精神固定して常に無表情でやってもいいんだぞ!?
と、まぁ新たなジャンルを開拓した俺たちの人気はさらに伸びて、今やチャンネル登録者は600万人、SNSのフォロワーは150万人を突破した。ついでに言うとこの三年間でサラリーマンの生涯賃金を優に超える金額を稼いでしまった。10歳にして億万長者だよ…。まぁその分税金とかすごいし施設にも還元してるけど、それを差し引いてもね…。
あれ?このままYouTuberやってた方が儲からないか?自分たちの好きなペースで働けるし。…あれ?アイドルになる必要性って…、と思った俺は間違っていないはずだ。
あ、そうそう今俺たちが住んでる施設なんだけど、俺とアイがとんでもない額を稼いでしまったせいで大きく改築してめちゃくちゃ豪華になってる。土地面積自体は変わらないけど内装はすごくて、新築並に綺麗だし各部屋一つ一つを見ても全ての家具や機材が最新かつ高級な物に変わっていて、職員のパソコンもグレードアップして給料も倍近くなってる。すごいね。
「このままYouTuberやってた方が効率良くない?」
「それは言わないお約束だよ、エル」
失敬、失敬。さすがにアイドルにはなる。元々の予定だし世界一にもなりたいし。三年間ずっとアイドルになるって言い続けてたし、コメントやツイートでも数えきれない程の応援を貰っていて、そのおかげで今の登録者やフォロワーがいるわけだしね。ここでやっぱりアイドルになりません、なんて言ったらさすがのトゥエルでも大炎上不可避だ。鎮火しきれないだろう。
それに俺だってこれだけ多くの人の期待を背負ってる自覚はある。いくら金が稼げるからといってこの三年間で積み上げてきたそれを易々と棄てられるほど堕ちていない。
それにもうたくさん事務所からオファー貰ってるし。
水面下でたくさんの芸能事務所が俺たちの確保に動いているのはフォロワーを通じて知っていた。SNS開設をした際に、これを機に事務所からメッセージ来るんだろうなとは思っていた。俺の予想通り来たさ。その数は最初の一年目だけで40を超えた。超有名な所から聞いたことのない無名までピンきりだった。内容はほぼ同じで将来的にうちに来てほしいってのと、良ければ見学に来ませんか、と言った内容だった。まるで就活みたいだなと思ったね。芸能事務所って意外と数あるんだね。
せっかくお誘いを受けたのだからありがたく乗ることにした。ありがたいことに大半がこちらが小学生なのを考慮して土日のどちらかを指定してくれたし、交通費も支給してくれた。指定された場所に行くと時に営業部の人だったり、人事部の人だったり、役員だったり、社長だったりと本当に色んな身分・立場の人が来て案内してくれた。その誰もがとても丁寧で親切で好印象だった。
──まぁ、外面は誤魔化せても腹の内までは誤魔化ないんだけどね。あいにくこっちは心の声が聞こえるんでね。あなた方が何を考えているか筒抜けなんですよ。上に行けば行くほど真っ黒だなぁ…。案内された事務所内には俺のファンも大勢いて驚愕や憧れ、生で見られて嬉しいとかのプラスの感情は素直に受け取っておいたけど。
なめられるのはいい。
芸能界なんて綺麗な場所じゃない。蹴落とし蹴落とされる。それまで主演を張っていた顔役俳優でももっと良い人材が現れた瞬間切り捨てられるような世界だ。
そこで生き残るためには性格が悪くなきゃいけない。だから皆、側は綺麗でも中身はどす黒いんだよ。それを巧妙に隠してる。嘘吐きの巣窟だ。そしてそれを食い物にするスタッフも碌でなしばかりだ。彼らにとって所属タレントは〝商品〟なんだから当たり前なんだ。『人』を売り物にして金を稼ぐやつらなんてまともなわけがないだろう。そんなやつらに食い潰されるのは御免だ。
だからこそ俺は最初から能力を使うことにした。他でもない──アイを護るために。
今日に至るまで俺たちにコンタクトを取ってきた事務所の数は実に67にも及ぶ。
だが俺はその全てと面会するつもりはなかった。さすがに数が多いというのが理由だ。当初の予想では最大で20いけばいいなと思っていたくらいだし。まぁこんなにたくさんの事務所からオファー貰ったのは純粋に嬉しい。が、さすがに時間が足りないしこの数の事務所との面会は物理的に不可能だ。まだ小学生だし学校あるし。就活生じゃないんだぞ俺たちは。彼らみたいに100も200も面接したくない。
だが、せっかく応募してくれたのに厳選するのは如何なものか。全部受けるべき、と言われてしまうだろうか。不安になった俺は少し先の未来を見ることにした。
それはアイと話し合って面会数を30に絞る世界線。その事をあらかじめTwitterで告知して、実際に面会する事務所を決める趣旨の動画を投稿した。ちなみに選抜方法は公平性を期すためにくじ引きにした。今回オファーしてくれた事務所の名前を書いた紙を箱に入れて、一つずつ取り出すというシンプルなものだ。そうして選ばれた30の事務所には個別で返事を送って、外れた事務所には丁寧な謝罪文を載せてTwitterに掲載しておいた。
これについては、くじ引きで決めるのはどうかと思う、全部受けるべきだろ、とのコメントが見られたので失敗だな、と思った。デビュー前に印象が悪くなるのは避けたい。
うん、ダメだ。全部受けよう。クッッッソめんどくさいけど、受けよう。とりあえずアイと話し合う必要があるな。
「アイ~!」
「エル!どうしたの?」
「Twitterで募集した事務所のことなんだけど…」
「あれ?もう締め切りきたっけ」
「うん。もう終わったよ」
「どうだった~?私の方は来ないからわからないんだよね」
そう。アイの方にDMを送っても全部スルーするからねこの子。
それに両方に送られてもめんどくさいからって、Twitterで芸能事務所関係者や仕事関係は俺の方に送ってくれってわざわざ専用アドレスまで作って告知したのだ。
だからそういった連絡は全部俺の方に来ることになっている。
「すごかったよ。予想の倍来た」
「えっ…まじ?」
「うん」
「40くらい?」
「もっと」
「やば」
「67」
「うわ…え?えっぐいね」
「エグい。ビビったわ。多くて20ちょっとかなって思ってたし」
「ね。三年前からそういう話はたまに耳にしてたけど、まさか60超えるなんて…」
本当にびっくりした。こんなに人気あるのかって。彼らが俺たちに何を視てるのかこの時は判らなかったし。
「どうする?全部受ける?」
「受けた方が良くない?そこは妥協しちゃダメでしょ」
「やっぱりそうだよね…」
「うん、一度入ったらよっぽどのことがない限り移籍できないし、私たちの今後の人生が左右するからちゃんと全部見て決めた方がいいよ」
「わかった。じゃあ予定通り四月から順次面接でいいかな?」
「うん、いいよ。…だいぶ時間かかりそうだけどね」
さすがの数にアイも苦笑いだ。67って…仮に一日一社受けたとして二ヶ月以上。実際は学校とかあるし向こうの都合もあるしで倍はかかる…いや、半年はかかるかもな。ありがたいことなんだけどね。前世で就活してた時ですらこんなにオファーなかったぞ…。美少女に生まれると人生イージーモードって言うけど本当にその通りだなぁ。
「面接会場は『あんていく』でいいんだよね?」
「うん。ちゃんと許可は取ってあるよ」
俺もアイも有名になりすぎて外に出ると毎回声をかけられるのだ。だから人目のつくところで面接なんて出来ないし、かといって先方の事務所でするのも他のタレントとかと会う可能性もあるし入らなかった時のことを考えるとちょっと気まずい。
俺の理想は閑散とした住宅街にひっそり営業してるタイプの、一見普通の民家にしか見えないような隠れ家系のカフェだ。そんなカフェはないかなってそれとなく配信で言ったところ、視聴者が俺のDMにこっそり教えてくれたのだ。うちを使ってくれて構わないと言った内容で、住所が書かれていた。その住所を検索してもお店のホームページは出てこなくて、ストリートビューで見ても普通の民家があるだけだったから半信半疑だったけど…、アイを連れて実際にその人と連絡を取ってその場所へ行ってみたら見事に俺の希望にマッチした隠れ家的カフェだったのだ。まぁ店の名前やスタッフを見てぎょっとしたけど、彼らは皆列記とした人間だったし食べられる(物理)こともなかったし大丈夫だった。いざとなったら本気で抵抗するつもりだったけど。
何でも全員俺たちのファンらしく、割りと直ぐに打ち解けてからは普通の客として何回か通わせてもらって店長やスタッフともそこそこ仲良くなれた。それで俺たちの面接会場に使用して良いのか聞いたところ快く承諾してくれた。
それが三年後の一月から三月の間の話。そして四月になって学年が上がり4年生になった俺たちは当初の予定通り67の芸能事務所と一社ずつ面接していった。
事前にTwitterで面接会場はこちらが指定すると告知していたからどこからも異論はなかった。こちらから担当者へアポイントを取って日程の調整を行った後『あんていく』の住所を送って来てもらう、という形で面接を行っていった。
面接内容は省略するが、一言で言うなら闇が深いなぁって感じ。これはアイには聴かせられないな、こいつらの心の声は。
全員がそうってわけじゃないし中には言動と中身が一致してる人やひたすら無心な人もいたから一概には決めつけられないけど。そこは相手もプロだし、これまで何十人何百人とオーディションや面接をしてるわけで……。
〝本音〟と〝建前〟の使い分けが重要な芸能界に身を置いている以上、〝心を凪ぐ〟ことを習得していてもおかしくはない。思想思念の弱点はそこだ。あくまでも表面的な心の声しか聴き取れないのだ。
そして読心術系で勘違いしがちなのが、
そう、アイは違う。アイは俺よりも直感が鋭い。勘が良い、冴えてるとも言う。これが生まれつきのものなのかは不明だが、アイは
そうして俺とアイの二重構造の嘘発見センサーを超えた事務所は66社を超えた時点で僅か10社まで減っていた。そうして選考落ちしたところには一社ずつ丁寧にお祈りメールを送っておいた。まさか自分が送る側になるとは。
それにしても減りすぎじゃないか?いや、容赦なく落としたのは俺なんだけど。そもそも俺のチェックの時点で半分になったしな。驚愕、驚愕。どんだけ嘘吐き多いんだよこの業界。怖すぎるんだが?大手とか弱小とか関係なくどいつもこいつも嘘吐きだ。
もちろん俺は事務所の規模で選んではいない。大手は業界での力は強いけど、古いルールとか上下関係とか明確にありそうだし面倒。弱小は業界での力はないけど、ある程度なら自由に動けそう。ならどちらかというと弱小のが良いか?ぶっちゃけ
はぁ、どうせ次のやつも俺かアイのセンサーに引っ掛かるだろうな……。となると、残る10社から消去方式で選んでいくしかないか。第二面接とかした方がいいのかぁ。あーあ、どうせなら一発でここがいい!って思えるようなところが来ないかなー。
なんて半ば諦めムードの中、俺たちはその男と対面したのだ。
◆◇◆◇
第一印象はチンピラ。金髪だしグラサンだしそのくせしっかりスーツは着こなしている。歳は30代か?20代に見えなくもない。まぁ、一般企業の社長じゃ絶対にあり得ないけど、芸能事務所の社長と言われれば納得はできる。ただし、〝胡散臭い〟という枕詞が付くが。
互いに自己紹介を終えると、目の前に座る彼は、対面に座る俺の顔をジィ…と見ている。どいつもこいつも俺を推し量るようなことばかりしやがって…。
「トゥエル…こうして見るとマジで人形みたいだな」
「でしょ!エルって本当にいつみても綺麗な顔してるよね!」
話に割り込んできたのはアイだった。
「わかってるじゃん佐藤社長!」
「そういう君も大層イイ面してるじゃねぇか。あと俺は斉藤だ」
「アハハ、私が可愛いのは当たり前だよ。世界で二番目に可愛いもん。一番はエルね」
わぁ嬉しい!言われなれてるけど、アイだけは今でも言われる度に嬉しくなる。
「そこは二番目って認めてるのな。配信でも聞いてたけど、本当に自分たちの顔に絶対の自信があるんだな…」
「当たり前じゃん。エルより綺麗で可愛い人ってこの世界にいなくない?ハリウッド女優もパリコレモデルもエルより劣るじゃん。そのエルが私を世界で二番目に可愛いって言ってくれたんだよ?なら私が二位じゃん!」
アイがそう言うと、斉藤さんはもう一度俺の顔をじっと見つめて、俺も彼のサングラス越しの視線と絡み合う。
「その理屈は意味わからんが、彼女が綺麗で可愛いのは同意だ。まだ10歳なのに俺が今まで見てきたどんな女性よりも綺麗だ」
「ありがとう斉藤さん」
そう言って俺はにこっ、と微笑──むことができればよかったのになぁ。相変わらず俺の表情筋はぴくりとも動かない。アイに対しては普通に動いてくれるのに。
「…おう」
「私のエルが褒められて嬉しい」
「私のアイが可愛い」
「えへへっ」
アイの方を見ると俺が褒められているのを自分のことのように喜んでいた。俺と目が合うと腕をばっと拡げるものだから、躊躇なくアイの腕の中に飛び込む。
「アイ~♡」
「エル~♡」
嬉しくてアイに抱きつく。人前だろうと関係ない。アイも俺の頭を撫でてくれた。
てか早速アイは名前を間違えている。これはアイいわく自分の短所らしい。興味のない人間の名前は覚えないっていうのは俺としては別に悪いことではないと思う。前に無駄な情報を全部弾いてるって言ったけど、もっと端的に言うなら、ただ個人の認識が甘いだけだろ。現に今までの面接で全部相手の名前間違ってたし。
俺は何を見せられてるんだ、とか、こういうところはまだガキだな、という心の声が聞こえてきた。斉藤さんは初っ端から惚気だした俺たちを見て咳払いをしたあとに切り出してきた。
「もういいか?そろそろ本題に移りたいんだが」
「あ、うん」
「良いですよ」
姿勢を正して向き直る。アイは相変わらず足を伸ばしてリラックスしてる。
グラスに注がれたミルクラテを一口。美味しい。
「『Mirastrea』を即戦力のアイドルとしてうちに迎え入れたい」
「…その前に幾つか確認したいことがあります」
「ああ。何でも訊いてくれ」
「私たちは施設育ちです。私は親族もいませんし顔も名前も知りません。
この質問は今まで面接した人全員に必ず訊いている。残念ながら今まで俺たちを唸らせるような回答をした奴はいなかったが。さぁ、こいつはどう答える。
「なんだ、そんなことか。別に構わねぇよ。そういう経歴も個性になるだろ。それに俺は君の顔じゃなくて、性格に惚れたんだ。高飛車で自信家。唯我独尊を地で行ってる。だけどそれに見合うだけの圧倒的なカリスマ性を持っていて、一度配信をすれば軽く10万人は集まり、君の一言でそれだけの人数を動かせる様はまさに皇帝。自分にも他人にも厳しいくせに大切な存在にだけは超絶甘い
即答だった。本当に何でもないことのように、詰まることなく言い切られた。
声が聞こえない。アイは沈黙を貫いている。つまりその言葉は紛れもない本心で──
「は…っ、ハハ…。それはまた…ずいぶんと過大評価している…」
こんな言われ方をしたのは初めてだった。
経歴はあとからいくらでも変えられるとか、うちならそんなもの隠し通せるとか、それだけの見てくれなら多少性格が悪くても誤魔化せるだとか、性格が悪い方が芸能界では生き残れるとか、ファンの前では取り繕ってほしいとか、そんなふうに言われたことしかなかった。
こんな、俺自身を見てくれて、その上で俺を肯定してくれる人なんて──アイを除いていなかった…のに。
「そう思っているのは君だけのようだぞ」
「──すっごぉい!佐藤社長エルのこと大好きじゃん!そんなふうにエルのこと褒めてくれる人初めてだよ!エルってさ、普段は自信過剰で皇帝みたいに君臨してるくせに本当は泣き虫で寂しがりで自分のことも認めてあげられないような、強くて弱い女の子なんだ。それを初対面で見抜けたのは佐藤社長が初めてだよ!すごいじゃん、人を見る目あるよ」
「へぇ……それは嬉しいねぇ。あと佐藤じゃなくて斉藤な」
今までの奴らは何してんだよ…。俺よりもずっと多くの人間を見てるはずだろうが…。そんな声が聴こえた。そこに含まれる感情は──落胆と同情と、僅かばかりの怒り。
──怒り?なんで……?
「それが本当の君か、トゥエル」
「……」
「沈黙は肯定と受けとるぞ。…皇帝だけにな」
「うわっ…それはないよ佐藤社長…せっかくエルを口説き落とせるところなのに」
「あ?うるせぇ、笑えよガキども。いつまでも辛気臭ェ顔してっから俺様が笑わせてやろうと思ったのによ」
「はいはいおもしろーい」
「…おもしろーい」
「可愛気がねぇなぁ」
「知ってる?親父ギャグって歳を取って脳が暴走してると言うんだって!おじさんじゃん!」
「ばかやろう!俺はまだ29だ!お兄さんって呼べ」
「29は私たちからしたらおじさんかなぁ…ね、エル?」
急に話が回ってきて、纏まらない思考の中、咄嗟に答えた。
「え?あ、あー…うん…、おじさん…」
「まじかよ…」
──俺この業界じゃかなり若い方なのに……。てかこいつらまだ10歳なんだよな…こいつらの三倍生きてりゃおじさん呼ばわりもされるか……?いやいやこいつらがガキ過ぎるだけで世間的にはまだ行けるはずだぞ俺ァ!
あー……うん、わかるよ。俺も中身は……いや、やめよう。俺はピチピチの10ちゃいだ。えっ?言い回しが古い?殺すぞ?
ある意味
「ま、まぁこの業界じゃ若い方でしょ…」
「そうやって気遣われる方がダメージでかいんだぞ…」
「あはは…」
「うーん…まぁがんばれ?」
アイも抉るな抉るな。いや、無自覚なんだよなこの子…。
「少しは調子戻ったみたいだな」
「うん、斉藤さんのおかげだよ。ありがとう」
「どういたしまして」
これ以上はお節介になるからこっちからはもう何も言わねぇよ。
それは助かる。てかここまで悪いこと一切考えてないなこの人。アイセンサーも引っ掛からないし。
「でも私たちさ、お互いがお互いのことしか見てないから、ファンに対して心から愛してるって言えないんだよね。言っても私たちのそれは嘘になるけど。それってどうなの?業界人の目線で意見を聞きたい」
「嘘でいいんだよ」
また即答。どうして即答できるんだ。この人の中では答えが決まっているのか?それとも俺たちが質疑応答の練習をしたように、向こうも俺たちがどんな質問をするか予測を立てていたのか?
もしそうだとしたら、それは俺に考えさせる時間を与えないようにするためでもあるが、同時に俺たちのことを良くリサーチしてくれているということだ。
「むしろ客は綺麗な嘘を求めてる。嘘を吐けるのも才能だ。それに──客には嘘でも、君たち自身に対してなら本当になるだろ」
──ファンには嘘でも、お互いに向かってなら本当の気持ちになる。大丈夫、エルをひとりぼっちにはさせないよ。
──私にだけは、本当のあなたでいてほしい。
「当たり前だろう!」
「もちろんっ!」
寸分の狂いもなく、俺とアイは同時に答えた。ハッとしてアイを見る。アイも同じように俺を見て──とても嬉しそうに破顔した。
「ならそれでいいだろ。客だってバカじゃねェ。それくらい分かる。嘘だってわかった上で応援するんだよ。それに答えて完璧な嘘を吐き続けるのがアイドルの至上命題ってやつだ。そもそもお前ら、一番最初の配信でもそれ言ってたじゃねぇか。その後のコメント覚えてるか?誰一人批判してる奴いなかっただろ。どいつもこいつも百合最高だの尊いだの肯定的な意見ばかりだったろ。それでお前ら自信つけてそれ以降の動画でありのままを曝し続けて、今600万だろ。それが答えだよ。お前らのファンは、お前らがイチャイチャしてるところを求めてるんだよ。だからお前らはそれでいい。むしろ中途半端な愛を客に向けるくらいなら、今まで通り全部パートナーに向けろ」
「…つまり、今まで通りでいいと」
「そう言ってる」
一気に心が軽くなった気がした。今までも配信のコメントやTwitterなどで認められてはいたが、直接言葉にされて認められるって、こんなに自信がつくものなんだ…。
「え?なにそれ楽勝じゃん!今まで通りエルを愛してエルに愛されればいいんでしょ?場所がパソコンの前からステージの上に変わるだけで。そんなの簡単、簡単♪」
「あ、私の真似してる!」
「えへへ」
「可愛いっ♡ぎゅ~」
「やったー♡ぎゅぅ~」
「だぁー、いちいちくっ付くな!効果音も出すな!そういうのは二人きりの時にやれ」
「えーっ!だって佐藤社長が今まで通りでいいって言ったんじゃん」
「時と場所を考えろバカアイドル!それと、サ・イ・ト・ウ!」
「バカって言ったあ!ひっどーい」
「さいてー」
「トゥエルも便乗しなくていい!」
社長のツッコミと俺とアイの笑い声が他に客のいないカフェに響いた。
この人いいな。今までで一番イイ。面接で楽しいと感じたのは前世から含めても初めてだわ。今までの発言がすべて本心ってところもイイ。俺たちに嘘を吐いても構わないどころか、ありのままでいいって言ってくれて、価値観とか嘘吐きを強要しないのもイイ。
しかも大分失礼な態度なのに怒らないし。まぁ子供の言うことだからってのもあるかもしれないけど、気さくな部分やちゃんと俺たちのやり取りにツッコミもしてくれるノリの良さも好印象だ。人の本質を見抜く力も才能もあるようだし。距離が近いのも意見や相談をしやすい。
一般的な企業でいう『社長と社員の距離が近い』ってやつ、あれさ、就活してる時にそんなこと言われるとブラック疑うけど、芸能事務所の場合はむしろアリなんじゃないかとと思うんだよね。だって立場が違うし。一般企業はあくまで社長と社員、距離が近くてもよっぽど強メンタルじゃない限り意見なんて言えないだろ。でも芸能事務所は社長と〝商品〟の関係性だ。俺たちはあくまで〝生きた商品〟だから、そこを開き直ってしまえば立場を越えて物申せる。
最初に貰った名刺を見る。苺プロダクション…はっきり言って弱小も弱小だ。多少アイドルに特化してるようだが、事前に調べても大したアイドルはいなかった。界隈での力もないだろうし、仕事が回ってくるかもわからないが…逆に俺たちの意見を通しやすくなる。自由に動きやすいということでもある。それに社長のこの男も俺的にもアイ的にも好印象だ。
「…まぁ、お前らは普段通りにすればいい。お互い相手のことだけを考えて歌い続けろ。想いを歌に乗せて可愛く踊っていれば、自然とそれがファンに対する最高の愛情表現になる」
「なるほど…それもそうだな」
「うんうん。良いこと言うね佐藤社長」
「…もうわざとだろお前」
「まっさかー!」
「はぁ…。それで、他に訊きたいことは」
「今のところは」
「そうか。なら…そろそろ答えを聞かせて貰おうか」
斉藤さんは両肘を机の上に立てて、両手を口元で組んだ。
ゲンドウポーズ似合うなこの人。
アイと目配せする。俺たちの答えは決まっていた。
「いいよ。入ってあげる。でも──」
「…一つ条件がある」
俺たちはしっかり相手の目を見て返した。
「条件…言ってみろ」
ここであらかじめ作成した『
「私たちは二人で一つだ。どんな理由があってもピンでの仕事は受けない。仕事は必ず二人一緒のものを受けること。これは絶対条件だ。納得できるならこれにサインしろ」
「圧力とか立場とか関係ないからね。これを守れるなら入ってあげるよ」
異論は認めない。そう気持ちを込めて目の前の男を見据える。
既に俺とアイの署名がされたそれを見て彼は考える仕草を見せた。
「安心しろ。お前の〝夢〟は私たち〝Mirastrea〟の名に誓って、必ず大成させてやる」
「…………いいだろう。期待している」
そう言って『誓約書』に署名した彼を見て、俺は不敵に微笑んだ。
ドームライブ──俺たちが叶えてやるよ。
◆◇◆◇
帰宅後──
「よぉぉぉぉし!!!全部終わったあああああ!!!」
「やったーやったーやったーやったー!やったったーのたー!」
ぼふん、と勢いよく顔からベッドにダイブした。
ついにオファーの来た67の事務所すべてと面接が終わったのだ。
疲れたあああああ!!これでやっと落ち着いて休める!
喋る内容とか考えるの疲れたしボロが出ないように精神固定するのも疲れたし常に心読むのも疲れたー!
今夜からはぐっすり寝られそうだ。
「おつあい」
「おつえる!長かったね~」
「ほんとに。四月から始めて今もう七月だよ…」
「本格的に暑くなる前に終わってよかったね」
「暑いとしんどいからね」
「ねー」
感想としては意外と早く終わったなって感じ。始める前はもっとかかるかなって思ってたけど、実際は二ヶ月ちょっとで終わった。アイの言う通り本格的に夏が来る前に終わったのはよかった。
「それにしても…最後の最後で一番の当たりを引いたな」
「苺プロダクションだっけ?聞いたことないけど、悪いところじゃなさそう」
「うん。少なくともあの社長は悪い人じゃないさ」
「だね。最後のところが良い人でよかったね」
「うん、ここのところ悪い大人ばかり見てきたからな…。色々疲れた」
「…おつかれさま、エル」
アイがそっと抱きしめてくれた。俺を労ってくれるみたいだ。
67もあれば当然全員が根っからの善人というわけではない。明らかに裏と繋がりのありそうな奴もいたし、明らかに俺たちを見下している人間もいた。そういうのが相手の時はアイは最低限の会話だけさせてほぼ俺が対応していた。本当はアイには別席で待機してほしかったけど、アイ本人の強い希望で相席となった。
あとから理由を聞いたら俺一人で戦わせるわけにはいかないとのこと。その優しさに泣きそうになった。俺だって中身は大人とはいえ所詮一般人だからな。あんな黒い世界の人間相手にしたことなんてない。思想思念で固定しなかったら途中でボロが出ていただろう。マジで思想思念さいつよ。アイの次に大好き。
「いつもありがとう、アイ」
「こちらこそありがとう、エル」
「アイのおかげで乗り越えられたよ。悪い人たち相手の時も、となりにアイがいてくれたから頑張れた」
「うん。エル一人で相手はさせないから、安心して。これからもずっとね。私たちは二人で一つだから」
「…本当にありがとう」
「よしよし…えらい、えらい」
優しい手つきで俺の頭を撫でてくれる。それが心地よくて、目を瞑ってアイに身を委ねる。
「少し寝よっか。今日は動画休んでもいいし、まだ夜まで時間あるし」
「うん…アイも一緒に寝よ?」
「うん。寝よう」
こつん、とお互いに額をくっ付けて眠りについた。
ああ、これでやっと休める…。
◆◇◆◇
その後──
「今日は動画休む?」
「今日はいいかなあ…。ごはん食べてお風呂入って少しゲームして寝よう」
「おっけー」
「とりあえずTwitterで面接全部終わったことだけ報告しておこうか」
「そうだね。事務所決まったことはまだ言っちゃダメなんだよね?」
「うん、この後何回か施設の人と一緒に苺プロに行って正式に契約したりしてからかな」
「はーい」
夜──
「眠れない…」
「ちょっと寝すぎちゃったね」
「ゲームでもする?」
「それもいいけど──」
サワサワ
「ひゃ!?ちょ、アイ!うそでしょ!?」
「えっへへ~♡こんな時は運動して体力を消耗すれば疲れて寝られるよ」
「もー調子いいんだから。ほんとはえっちしたいだけのくせに」
「そんなこと…あるかなぁ♡」
「わー素直!しょうがないなあ──いいよ♡」
「やったー♡エル大好き♡愛してる♡」
「私も♡」
【天使】
めちゃくちゃ面接した。選ぶ側にあるとはいえ相手は腹黒い世界で人間を商品にする大人たちだから内心怖かった。思想思念で精神がぶれないように固定したし事前に事務所のリサーチも欠かさなかったしイメトレもしっかりこなしていた努力家。中身は小市民だからね。
ぶっちゃけ最初はめんどくさいから30社くらいでいいかなって思ってたけど試しにその世界線の未来を観てみたらプチ炎上してたので慌てて取り消した。めんどくさいけど全部やるかぁ…。でも最後の最後で最良を引けて満足。社長の人柄が気に入った。見た目はチンピラだけど義理人情に熱い人は好きだぜ。ありのままでいいって言われて肩の荷が降りた。客に愛を伝えるのはできる。でも嘘になる。アイと約束したから仕事とはいえ嘘はつきたくないなぁ。え?今まで通りアイにだけ愛全振りでいいって?おーけー採用!
毎日投稿は一年もしないで歌のストックが尽きた。そりゃそうだ。ゲーム実況とエンタメで誤魔化した。実はホラーゲームが苦手。ホラーゲームするたびにトレンドにあがるのを本人だけが知らない。YourTuberしてた方が儲かるのは言わないお約束。
【一番星】
エルが不安にならないように、エルを一人にさせないように67の面接全部エルのとなりにいてあげた。アイがいなかったらエルは途中で心が折れてたかもしれない。心の声が聴こえるのは疲れるもんね。面接のたびに精神的に疲弊していくエルを見ているのが苦しくて、悔しくて、慰めることしかできない自分の力不足を痛感していた。エルがどれだけ入念にリサーチしてたのか知ってるしイメトレやお互いに面接官に見立てて練習もしたもんね。どんな時も一緒にいるから安心して?最後の人は良かったね。私たちの本質見抜いてる。その上でそのままでいいって言ってくれる人なんて今後現れないかもしれないよね。この人ならエルのこと任せられるかな。私の勘は当たるんだよ?
割と早い段階で苺プロに入っていいかなって思ってた。だっていつも通り心からの愛をエルだけに伝えていればいいんでしょ。私が愛を伝えるのは未来永劫エルだけだもん。たとえアイドルの宿命だとしても嘘は吐きたくないの。それを違わなくていいなんて最高じゃん。
それはそうとまさかエルがホラーゲーム苦手だなんて…。精神固定すればいいのにって思ったけどガチビビりしてるエルが可愛すぎるから言わない♡