この話を書いてた時点でまだ過去が明かされてなかったから勝手に想像で書いてましたが、修正すると辻褄が合わなくなるので本作ではこのまま進めます。ご了承ください。
次の日、早速正式な契約を結びたいということで俺たちは施設の職員同伴で苺プロダクションの事務所へ来ていた。今この場にいるのは俺とアイ、職員二人と斉藤社長の五人だ。
学校は事情を伝えて休みをもぎ取った。
「君たちってアルバムいくつか出してたよな?」
「うん。二人合わせてアルバム12、シングル40かな」
この三年間で多くの楽曲を世に放ってきた俺たちの元に、著作権や肖像権はどうなってるの?とかアルバム作りませんかとか色々リスナーに言われて、そう言えばそうだったなと思い出して施設の職員にそれらの話を伝えて諸々手続きをしてもらっていた。
二人で歌うものの他に、俺やアイのソロ楽曲オンリーのものや、英語の楽曲だけを集めたもののアルバムやシングルを作成した。ちなみに自費で。CD-ROMは自作できたので、ジャケット撮影とかでスタジオに依頼したりも。頑張ればそれも自分たちでできたけど、やっぱりプロに撮ってもらう方が綺麗に仕上がるだろうということで地元の写真スタジオに素材だけ依頼したのだ。
なお、シングルもアルバムも国内チャート一桁台だ。一位を獲ったこともある。確実に時代が俺たちに追いついてきているのを感じるけど、まだこれじゃ足りない。最終的には全米チャート一位常連になりたいんだ。国内で燻っているようでは先は長い。
「それらの権利ってどうなってるか説明できるか?」
「ああ、それなら出版社を通じてJASRACに委託してある」
俺がそう答えると、すかさず職員が補足に入って斉藤社長と話し始めた。
正直こういった権利云々の話は俺たちが未成年なのもあって自分で直接どうこうできるものではないので職員に丸投げしてある。別に俺は俺たちの曲を無断で使用しても結果的に宣伝になってるわけだし構わないのだがリスナーの中には親切というかお節介というか、そこに突っ込んでくる者がいたので余計な波風起こさないためにも迅速に対応した。
とはいえ俺も前世から引っくるめても著作権の申し立てなんてやったことないので職員共々迷いに迷ったけども。
「アイの頬っぺたはもちもちだね~」
「エルぅ~、タコにしないで~」
「あはは、その顔も可愛いよ♡ちゅ」
「ちゅ…もーやぁだ♡エルのタコちゅー顔もかわいい♡」
アイの頬っぺたを両手で挟んでむにむに。左右から押すとタコちゅーになるので俺も同じようにしてタコ同士でぶちゅっとキスしてみた。
大人たちの話が長いので俺は隣で暇そうにしているアイと遊んでいた。もちろんその間も話はしっかり聞いている。そろそろ終わりそうだな。
「トゥエル。君たちの持つ楽曲の権利なんだが、今後うちに帰属することになるがいいか?」
「ああ、それでいい。よろしく頼む」
「切り替え早いなお前…」
直前までアイとじゃれついてたと思ったらこの切り替えの早さである。さすがに今はふざけつつも自分のことだしマルチタスクで聞いてるよ。大事なことを話してるわけだし。
それにしてもわざわざ俺にどうするのか聞いてくるのか。あくまでも最終決定権は俺にあるってことね。大人たちで勝手に決めないところもイイネ。ちなみに職員の前だけあって君呼ばわりだ。たった今お前になったけど。
その後はまた大人たちだけで話し始めたので蚊帳の外になった。
「うぅ…」
するとアイが呻き声をあげた。これは…トイレか!
アイに小声でどうしたと聞くと、俺の思った通りトイレ…と返ってきた。
「ちょっとお手洗いに行ってくるが…」
書類と睨めっこしてる三人に伺った。
「あぁ。しばらく君たちのサインが必要になるものはないからな。場所はわかるか?」
「ここに来るまでに教えてもらったの覚えてるから大丈夫」
「そうか、なら行ってきていいぞ。ただ終わったら寄り道しないでちゃんと戻って来いよ」
「私を誰だと思ってるんだ。そんな子供じゃあるまいし…」
「いや十分子供だろ」
即座に突っ込み。職員たちも苦笑いしている。そんなに子供っぽいか俺?
崩してるとはいえちゃんと敬語使ってるのに。
「アイ、いこ」
「うん」
先に立ち上がりアイに手を差し出す。そこそこ質のよいソファに深く座っていたアイはちゃんと俺の手を掴んで立ち上がってくれた。
こういう然り気無い気遣いの部分で差が出るのだ。俺はアイの前では英国紳士よりも紳士でいたいのだ。
◆◇◆◇
「えっ?トゥエル?」
アイがお手洗いに行ってるトイレの入り口の横で携帯をいじりながら待っていると、不意に声を掛けられた。いや、掛けられたというよりは独り言が漏れた感じか?
声のする方へ振り向くと、そこには10代後半くらいの女が俺を見て驚きに目を見開いていた。誰だ?所属タレントは全員インプットされているがこの人は知らないんだが。俺らと同じように最近スカウトされた人か?まぁとりあえず初対面の人には自己紹介しないとな。
「どうも、トゥエルです。名字はありません」
「……」
あれ?無反応…。これじゃあ俺が滑ったみたいじゃないか。
女は無言でこちらを頭の天辺から爪先まで舐めるようにジィ…と見ている。
「……か」
「か?」
「──かわいいっっ♡!!」
「!?」
突然何を言い出すかと思えば次の瞬間には俺は女の腕の中にいた。悪意や敵意がないから反応できなかった。
これは…えっと…?抱きしめられてる?
「うわぁすごい♡本物のトゥエルだわ♡早く会いたかったの♡ん~思ってた通り超良い匂いする♡顔超ちっちゃ!お肌つやつや!今も潤ってるし髪もサラサラ!何この艶と光沢!?どんなケアしたらこんな光輝くのよ!?そして何より──」
興奮気味にそこまで言うと、女は俺を引き離して、今度は両肩に手を乗せて俺の顔の高さにまで屈んで目を覗き込んでくる。
「この眼よ!世界中のどんな宝石よりも美しいと言われる虹色の瞳!世界で唯一あなただけが持っているこの瞳!…配信でアイが言ってた通りだわ。よく観ると中に天の川が咲いているのね。これが〝銀河の妖精〟…。なんて美しいのかしら…。まさかこれを生で見られるなんて。言葉では言い表せないくらい綺麗。あなたの瞳に吸い込まれそう。時間を忘れていつまでも見ていられるわ…」
「ありがとう。ところでそろそろ離してくれないか?」
そろそろアイが戻ってきそうだ。アイにこんなところを見られたら誤解される。だから早く離してほしいんだけど…。
「エル~!おまたせ──は?」
「あ…アイ…」
アイが戻ってきた。見知らぬ女に俺の肩を掴まれているところをがっつり見られた。しかも瞳を覗き込んでいるから顔が近い。まずい。これじゃあまるで今からキスするかのように──
「ち、ちがうの!アイ!これは誤解なの!信じて!」
「…………ねぇ、エルちゃん」
──空気が変わった。
冬なんてとっくに終わってるのに、凍えるほど恐ろしく冷たい空気がこの場を支配する。
俺も女も、アイから発せられる凍てつく冷気に当てられて冷や汗をかいた。
俯きながら言葉を発するアイ。下を向いているのに、その声は酷くこの廊下に響き渡る。名前を呼ばれたときの覇気の重さが半端じゃない。
「は、はい!何でしょうか!?」
ここでアイは俯いていた顔を上げた。
その目に浮かぶ感情は──虚無。
一番星が輝いた。それは何もかもを吸い込んでしまうような、仄暗い奈落を彷彿とさせるもので──
「な に し て る の」
「ごめんなさい」
このあとめちゃくちゃ嫉妬された。
◆◇◆◇
「おねーさん!いくらエルが天使だからって、いきなり抱きつくのはやめて!」
「ごめんなさい…」
俺は結局すぐにアイによって引き剥がされて、アイは俺を女から隠すように自分の体を盾にして俺を後ろに置いて、俺と女の間に立った。
女はアイの覇気に怯えて縮こまっている。俺でもびびったし直接向けられた本人は堪ったもんじゃないよな。でも今回はこの女が全面的に悪いのでフォローはしない。
「それで、おねーさんは何者?」
「あ…えっと…斉藤ミヤコ…です」
「ふーん。なんでエルに抱きついたの?」
「それは…、あ、あまりにも可愛くて…。元々ファンだったんだけど、実物をみたら想像以上に可愛くて気づいたら身体が動いていたわ」
「まぁエルは天使だからね。無意識に人を惹き付けるし。でもさぁ、普段の配信や動画を観てたなら私以外がエルに触れるのは解釈違いだってわからないかな?」
「う…ごめんなさい…」
何この光景。女子大生くらいの大人が小学生の幼女に説教されてる…。てかこの人斉藤って言ったか?社長と同じ名字だな。斉藤なんて日本トップクラスの名字だから被ってもおかしくはないけど…。あ!そうか、そういうことか。
「ねぇ、お姉さんって斉藤社長の妹?」
「え?違うけど」
「え?じゃあ…歳の離れた従妹?」
「それも違うわね」
「んんー?」
血縁関係にないってことか?確かに顔は全然似てないというか面影もないけど。なら俺たちと同じように比較的最近スカウトされた人か。
「なら私たちと同じスカウト組?」
「ううん」
「えぇ…じゃあ何なのさ?」
「普通にお嫁さんじゃないの?」
いやいや、アイ。さすがにそれはないだろう。嫁だとしたらいくらなんでも若すぎる。どう見ても10代だぞこの人。社長だってまだ29?だけど、それでもさすがに10代と結婚はしないだろ。そう思っていたのだが──
「ええそうよ」
「まじか」
「やっぱりそうだよね」
アイすごいな。だってこの人見た目若すぎて初見で奥さんだとは気づけないよ。それかものすごい若作りしてるのか。ヒアルロン酸たっぷりとか。
「えっと…ご婦人の年齢を訊いても?」
「ミヤコで良いわよ。歳は今年19よ」
「は?19?」
「えぇ…佐藤社長…えぇ…」
いやまぁ見た目的にはそれくらいだろうとは思ってたけど、まさか本当にそうだとは…。
年齢が分かったところで改めて婦人──ミヤコさんを見る。
明けの空を連想されるようなピンクがかった薄紅色の髪にウェーブをかけていて、大きな紅い瞳、整った鼻筋や瑞々しい唇…普通に華やかな雰囲気の美人だ。19歳という年齢を鑑みても、同い年のよくある大学デビューしたての雰囲気だけの量産型ではなく、顔立ちの整った本物の美人。なんだけど──
「奥さんにしては若すぎじゃない?」
「よく言われるわ。あの人若い子好きだから」
「うーん、この…」
「ね、ミヤコさんはなんで佐藤社長と結婚したの?」
あれ、アイが名前をちゃんと言えてる。めずらしい。未だに社長は間違えるのに。
「……芸能プロダクションの社長と結婚すれば合法的に美少年と仕事できると思って」
アイの質問に、少し間を空けてからミヤコさんは答えてくれた…が、どこかばつが悪そうな様子の彼女に微かに違和感を覚えた。しかしそれも、答えた内容が酷すぎたためすぐに消えてしまったが。
「うわ…」
「……お似合いだね」
お互い面食いじゃねぇか。あの旦那にしてこの妻ありってか。本当アイの言う通りお似合いだわ。この人もこの人でなかなか問題ありそうだな。
「でも蓋を開けたら全然美少年なんてうちに来ないし、中学生高校生アイドルの世話ばかりさせられるし、思ったのと違ってたのよ」
「それは社長がミヤコさんを嫁にした時点で何となく分かるんじゃない?」
「と言うと?」
「若い女の子が好きなんだって。だから自分から応募してきた人を除くと、ここに入ってくるのは社長がスカウトした若くて可愛い女の子ばかりだって」
「…言われてみれば、それは確かにそうね」
「うん」
ちょん、とアイに服の裾を引っ張られた。
アイの方を向くとミヤコさんに聞こえないように耳打ちしてきた。
「ん?」
「もしかして社長が私たちをスカウトしたのも…」
「え?まさかそれはないでしょ。それが理由なら犯罪だよ」
「えーっと、あなたたちが何を考えてるか何となく分かるから一応あいつのフォローしておくと、いくら若い子が好きだといっても小学生は対象外だから心配しなくていいわよ」
俺の声が意外と大きかったか、正確には聞き取れないものの内容は何となく察したであろうミヤコさんがフォローに入った。さすがに自分の旦那がロリコン通り越してぺド疑惑かけられるのは嫌だろうな。
「ああ、そう言えば私の性格が好きだって言われたな…」
「うんうん。エルは中身も天使だからね」
「そんなこと──」
「エルがどう思っていようと、私にとってエルは天使さまだから」
「…ありがと」
「よしよししてあげる」
純粋な眼差しでそう言われて、何だか恥ずかしくなった俺は照れ隠しにアイの肩に顔を埋めると、優しい笑みを浮かべたアイに頭を撫でられる。それは第三者から見ても慈愛に満ち溢れた柔らかな表情をしていたようで。
──配信で観た通りだわ。放っておくとすぐ二人の世界に入るのね…。
脳内に響いたその声にハッとして顔を上げた。
じっとこちらを観察するように見ていたミヤコさんと目が合った。またやってしまった。人前で二人の世界にトリップしてしまった。今後表舞台に立つに当たって周りが見えなくなるこの状態はやめようと思ってるんだがなかなか難しいんだよな。だってアイが尊すぎて…。まぁファンも俺たちのこれを求めてるところあるしいいかぁ?
「私もあなたのことまだ画面越しに観てた以上のことは知らないけど、少なくともイヤなやつではないと思うわよ。むしろ今時めずらしいくらい純粋で真っ直ぐな子だと思ってるわ」
「えっ…そんな…」
「あの人も言ってたわ。トゥエルは自己肯定感が低いって。初めは嘘でしょ?って思ったけど、こうして実際に会って話してみて分かったわ。あなた顔以外はほとんど自信ないでしょ?」
「まったく無いわけではないけど…それと比べたら…」
完全に肯定するのは俺を信じてくれるアイや俺をスカウトしてくれた人たちの気持ちを否定することになるからしないけど、でもこの人の言う通り俺には顔しかないと思っている。
俺が自信なさげに答えたら、ミヤコさんはやっぱりね…と言って俺の頭を撫でる。
「…ここではっきり肯定しなかったのはすごいことだと思うわ。今あなた、周りの人の顔を立てたでしょ?その年でそれを察することができるって普通あり得ないし、周りを気遣う思いやりの心もある。普段の皇帝みたいな振る舞いはかっこつけたがりの演技で、本当のあなたは純粋で素直な子なのね」
「ミヤコさん…」
「エル、ミヤコさんの言う通りだよ」
「アイまで…」
「あなたと関わった人なら皆気づくんじゃないかしら。私も動画や配信を観てて思ったもの。あなたがアイに向ける眼差しは、とても優しくて、慈愛に満ち溢れてる。歌を聴いていても歌詞に乗せて、アイに対する〝あなたが愛しくて堪らない〟って強い想いが画面越しにも伝わってくるもの。それに本当に性格が悪かったら600万人もいかないでしょ」
社長といいミヤコさんといい、どうしてそんなことを言うのだろう。そんなふうに言われたら、勘違いしてしまう。だって俺は、最初から性格の部分は諦めていたから。善く見られようともしていないし、なんなら顔だけ良くて性格は終わってると言われているんだろうなって思ってるから。それに今までアイ以外に俺の性格を好きと言ってくれる人なんていなかったことも、俺の猜疑心を助長させる要因となっていた。
──いいのかな。素直に受けとめても良いのだろうか。
人の好意を素直に信じることは、愚か者のすることだ。大人の世界ではそういうやつから搾取されて消えてゆく。この世の中は、正直者ほど馬鹿を見るようにできている。そうして失ってから気づくのだ。信じた俺が馬鹿だったと。
──どうしてこの子はこんなに…。どうにか私の言葉が嘘じゃないって信じてもらいたいけど、これ以上は厳しいわね…。まったく情けないわね…。推しが目の前で悲しんでいるのに何もしてあげられないなんて…。
でも……でも。もし、ミヤコさんが裏表なく言ってくれているのであれば──俺も案外、捨てたもんじゃないのかもしれない。
──もう一度、信じてみてもいいのかもしれない。
「ね?エル、わかったでしょ?みんなエルの思ってるよりもエルのことちゃんと見てるんだよ?」
「…そうだね。わかった」
「まぁ、あとは二人でじっくり話しなさい。私はもう行くわよ」
「うん、ありがとうミヤコさん」
「ありがとう。これからよろしく頼む」
「ふふ…。またね」
二人で頭を下げると、俺たちの頭を撫でてミヤコさんは去っていった。
「エル、あの人一回だけ嘘吐いてるよ」
「えっ?…いつ?」
「社長と結婚した理由を聞いたとき、かな」
「…やっぱりそうだったのか」
「エルも気づいてたの?」
「いや、答えた時の様子に違和感を覚えたってくらい。内容が酷すぎてすぐ忘れちゃったけどね」
「そっか。それでどうする?本人に問い詰める?」
「ううん、しちゃだめだよ。そういうのはデリケートな部分だからね。私たちに対して嘘を吐いた理由があるんだと思う。まぁでも嘘がそこで良かった。アレより酷い理由はそうそうないだろうからね」
「それもそうだね。いつか話してくれるといいね」
「うん。仲良くなったらそれとなく聞いてみるよ」
◆◇◆◇
「随分と遅かったな。何してたんだ?」
俺たちが部屋に戻ると、話はとっくに終わってたらしく、社長と職員たちが一斉にこちらを向いた。机の上には先程とは別の書類がある。
「あんたの嫁と話してたんだ」
「若くて綺麗な人だね」
「ミヤコに会ったのか」
「あぁ、いきなり抱きつかれた」
無表情で淡々と告げると、社長はあー…と言葉を濁しながらばつの悪そうに俺に軽い謝罪を入れてきた。
「それは悪かった。あいつは君の大ファンでな。今日も君らが来ると聞いて朝からずっとテンション高くてな…」
「そう言えばファンだって言ってたね」
「うん、まさか抱きつかれるとは思わなかったけど」
「あの時私から見たら二人がキスしそうに見えて思考が真っ黒に埋め尽くされちゃったよね。黒い衝動みたいな」
く、黒い衝動!?某不良漫画のそれを思い出した。アイは知らないはずだから偶然だろうが…。アハハと笑いながらさらっと怖いことを言いなさる。でもあの時感じた身も凍るほどの覇気は本気だった。
斉藤社長は知っているのかギョッとしてアイを見て、その後俺を見た。
「ちゃんと手綱握っとけよ」
「…なんのことだか」
「チッ…とぼけやがって」
「それで、話は終わりました?」
「ああ。最後に君たちに話がある」
そうして切り出されたのはまさかの後見人についての話だった。どうやら斉藤社長が俺たちの後見人になる方向で話が進んだらしく、施設側もこれを了承。あとは本人の意思決定によるものとなったらしい。
確かにこれは俺たちにとって都合の良い話だった。まず俺たちの財産管理が施設から斉藤社長になるが、今後苺プロ所属のアイドルとして活動していくにあたって俺たちの収入をいちいち施設を介す必要がなくなるからよりスムーズに管理が行われることになる。
次に戸籍についてだが、俺は出生届が存在していない。出生届を提出しないと戸籍がないのだ。今は思想思念で上手く誤魔化してるけど、後見人が正式に認定されればその人物の戸籍が手に入るからもう誤魔化す必要もなくなるのだ。
ぶっちゃけ断る理由がない。
「わかった。何から何まですまないな…」
「子供が気にすることじゃねぇよ」
こうして俺とアイの未成年後見人として斉藤社長が選任された。
ちなみにその時同時に、今の施設から彼とミヤコさんの住むマンションの一室を借りるから来ないかとお誘いを受けたが、小学校を卒業するまでは施設にいたいと言って断った。
「ミヤコのやつガッカリするだろうな」
「あー…あの人にすぐ会えるのはちょっと惹かれるな」
「エル?今なんて?」
「ゴメンナサイ」
「あはは、冗談だよ。私もミヤコさんのことは結構気に入ってるんだ」
「そういえばアイが初対面の人の名前間違えないなんてすごいよね」
「そうなのか?」
「うん」
「なら俺の名前を言ってみろ」
そう言われたアイは少しだけ考える素振りを見せたあと、本気か冗談かはさておき、それはもう自信たっぷりに言い放った。
「えーと…、佐藤苺社長!」
「ちげェよバカアイドル!斉藤だ!あと
「アハハっ!ごめ~ん♡」
「可愛いじゃん苺」
「お前も笑うな!それに可愛いとか言われても嬉しくねェよ…」
さてさて俺とアイの今後だが、小学生のうちは引き続き施設暮らしで、事務所には職員の車か電車で通うことになった。事務所と施設は場所が離れてるから移転するとなると小学校も転校しないといけなくなる。断った理由の一つはそれだ。せっかく今の学校で落ち着いて過ごせてるのに、転校なんてしたらまためんどくさいことになるのは火を見るよりも明からだ。俺とアイの二人きりで静かに過ごせてる今の環境をみすみす捨てるなんてとんでもない。
なので卒業したらお世話になると約束して、その時に引っ越しや中学校編入なんかの手続きもすることになって、今日はお開きとなった。
大人を介する話は今日で終わり、次からは俺とアイだけで出社することになるらしい。緊張しちゃうね。
◆◇◆◇
夜──
俺はどうしても昼間の出来事が引っ掛かっていた。
皆して俺の性格が良いって言ってくれてるけど、俺としては自分が性格最悪なのを自覚してるため、どこが良いの?ってずっともやもやしているのだ。あの場ではとりあえず収めたが、それはずっと心残りとして俺の中にわだかまりを作っていた。当然それはアイにも勘づかれる。
「エル、また考え事?」
「…私のどこが天使なんだろうなって」
「……」
「自分では普通に嫌な奴だと思うんだけどな…。それこそこういうネチっこいところとか、せっかく周りがそんなことないよ、って言ってくれてるのにそれを素直に信じきれなくて疑り深いところとかさ」
周囲の好意を素直に受け止められないのは前世からの悪癖だ。疑り深い。人を信じきれない。そして人の評価を気にしすぎて拗らせてしまった者の末路が俺だ。そんな俺が人の心を読めるトゥエルに成ったのって、一体何なんだろうな?
「……エルは私の汚れてるところや自分で嫌だと思ってたところも全部受け入れてくれて、そんな私のことも好きって言ってくれたよ?『私の好きなアイを、アイ自身が傷付けないで』って泣いてくれた。こんなに真剣に私のことを考えてくれて、私のために泣いてくれるような子が天使じゃないなら、この世界に天使なんていないよ。だから私も少しずつだけど、そういう自分の醜い部分も受け入れられるようになっていったんだ」
「アイ…」
「私も同じなんだ。エルの執着心と独占欲が強くて焼きもち妬きで、私のことをいつも想ってくれて大切にしてくれるところが、私は大好き。たとえエル自身が嫌なところって思ってたとしても、そういうところも全部引っくるめて私はエルが好きだよ」
俺の手を包み込むように上から重ねられて、それを頬に当てて、真っ直ぐ目を見て想いを伝えられる。
「エルは自分でネチっこいって言ったけど、それが〝
アイの言葉を聞いてとても納得してしまった。考え方を変えるだけで自分の嫌いな部分も好きになれる可能性があるということに、俺は今まで気づかなかった。そもそも発想からして違った。
昔からの悪い癖で、悩みに悩んで深く考えて、終わらない思考のループに陥っていた。それを簡単なことだよと言わんばかりにアイは俺に一つの解決策を提示してくれた。
すごい…俺がずっと悩んでいたことの解をこんな一瞬で出してしまうなんて…。
「確かに…そういう考え方もあるのか…」
「ね。考え方を変えるだけで短所も長所に変わったでしょ?エルにとっては自分の嫌な部分でも、私にとっては大好きなエルを構成する一部なの。…ねぇエル、自分を信じてあげて?難しいかもしれないけど、少しずつでいい。エルが私にそうしてくれたように…。自分を嫌いにならないで…。私はどんなエルのことも大好きだから。私が大好きなエルを、エル自身が傷つけちゃいやだよ…」
やばいなぁ…、今そんなこと言われたら…。
俺はそんなに綺麗な人間じゃない。原作トゥエルはともかく、俺は欲張りで我が儘で排他的で独占欲の強い厄介な性格をしている。とても天使なんて言われる
だけどアイにそう言ってもらえたことは素直に嬉しい。アイは俺に対して
アイの胸に飛び込んで今にもにやけそうになる口元を隠す。
「今日のエルは甘えん坊さんだね」
「うん…よしよしして?」
「いいよ♡よしよし♡」
甘えるように頭をぐりぐり押し付けると、アイの小さな手が俺の髪を優しく撫でてさらりと梳かしていく。気持ちいい。本当この三年間でお互いに撫でるのが上手くなった。
「アイ大好き」
「大好きだよエル」
一人言のようにこぼした呟きもしっかり拾って返してくれる。そういう細かいケアもしてくれるところも好きだ…。
「いつもありがとうエル。エルはよく頑張ってるよ。私だけはいつもエルのこと見てるからね」
「私頑張ってる…」
「うんうん、ちゃんと見てるよ。いっぱい努力してえらいえらい。エルが毎日、私のためにたくさん頑張ってくれてるのは知ってるから。いつもありがとう。私ももっと返してあげたいけど、エルみたいに賢くないから、こんなふうにしか返せなくてごめんね」
「ううん、大丈夫。十分過ぎるほど活力になってるから」
こんな俺をめんどくさいと言って見捨てたり、無視したりしないで、毎回真摯に向き合ってくれて、嫌な顔一つせずに俺の心をケアしてくれることが嬉しくてしかたない。アイの優しさと思いやりを受け取って、俺の中に暖かい気持ちが広がっていく。
「こんなので良ければいつでもしてあげるから。エルはもっと普段から私に甘えてくれていいんだよ?」
「……わかった」
「……実はね?エルが甘えてきてくれて嬉しかったの。普段は私がエルに甘えてばかりじゃない?エル、疲れてるのに嫌な顔一つしないで私のことたくさん甘やかしてくれて…。エルだって本当は甘えたいはずなのに、かっこつけたがりだから自分からは言えないんだろうなって思ってて。どこか自然なタイミングで伝えられたらなって思ってた」
こんなにも俺のことを想ってくれるアイがいる。それがどれほど幸せなことかは分かっている。でも、相変わらず
──そう思うこと自体が、アイに対する裏切りだと分かっていても。
人間不信。疑心暗鬼。一度形成されてしまった人格を治すのは簡単なことではない。前世の記憶を引き継ぐということは、自分が経験した辛かったり悲しかった出来事も、それに伴って形作られた性格や価値観も引き継ぐということなのだ。たとえ肉体的に無敵だとしても、俺は異世界転生もののアニメや小説みたいに楽観的にはなれない…。
「…これ以上甘えてもいいの?」
この言い方は本当にズルいと思う。俺はアイのことを試すような言い方をしているから。俺の気持ちとは別に、端から見るとアイを疑ってしまっている自分が大嫌い。なにが〝アイを疑ったことは一度もない〟だ。嘘吐き。たとえそんなつもりはなかったとしても、結果だけ見たらこれは裏切りなのではないだろうか。
アイを信じている。それは絶対に揺るがないし、この先もブレることは断じてない。俺のすべてを懸けて誓う。問題は今アイが指摘したように、俺が自分自身のことをまったく信じきれていないということ。
──エルは難しく考えすぎちゃってる。
──一人で抱え込まないで、もっと私を頼って?
そうだ、難しく考えるな。もっと楽になれ。
わかってるのに。確認なんかとらなくたって、アイが俺に向ける愛は本物だって知ってるのに。身も心も通わせて、骨の髄まで
それでもこうして症状が出てしまうのは、
結局のところ、最後には自分自身との闘いになるんだ。俺自身が抱えている心の闇を打ち払わない限り、いつまで経っても治らないと確信している。他でもない、俺だけの力で乗り越えなくてはならない、最大の壁。
「いいに決まってるじゃん!ずっと気張ってたら疲れちゃうよ。私に気を遣ってくれてる…っていうのとは違うかな?そういうのはもうお互い通り越してるから。かっこわるいところを見せたくないんだよね。でもさ、そういうエルも大好きだし、エルに頼られると嬉しいから今度はエルがもっと私のこと頼って欲しい。…これは〝お願い〟だよ」
アイだってとっくに気づいているはずだ。それでも俺を傷つけないように、言葉を選んで励ましてくれている。
情けない俺を、アイは絶対に見放さない。この子は最期までとなりに立って俺を支えてくれる。それはもう十分すぎるくらい
「ん…わかった。ありがと、アイ」
「エル、こういうとき『ごめん』って言いがちだけど、ちゃんと『ありがとう』って言えたね。えらいえらい」
「えへへ…」
アイが言ったことは全部本当のことだ。お互いにすべてをさらけ出すとか言ってるくせに、俺はどうしてもアイに甘えることができずにいた。それは俺の持っていた、今となっては吹けば飛ぶようなちっぽけなプライドや年上の矜持、そして俺がアイを引っ張っていくんだっていう信念が邪魔をしていた。
「大丈夫だよ、エル。私は裏切られたとか思ってないし、今までだって思ったことすらないからね。ましてそれでエルを見捨てるとかもあり得ないから。エルだって自分のことを少しずつだけど信じてあげられてるじゃん。大丈夫、エルは確実に前進してるよ」
「ッ…うん!もっとアイと一緒にがんばる!」
「うん、一緒にね。愛してるよ、エル。ずーっと一緒」
「うん。愛してる、アイ。ずっと一緒」
でも、それをアイは望んでいない。そもそもアイは今まで一度もそんなこと頼んでいない。正真正銘、俺のエゴだった。それをアイは気づいていた。気づいた上で俺を立たせてくれていたんだ。自分で賢くないから、なんて言ってるけど、本当に賢くなかったらそもそも気がつかないだろう。他人の感情に敏いからこそ、最も俺が話しやすいであろうタイミングを計ることができるのだ。
アイは本当に賢くて優しい子で、俺には勿体ないくらいのできた嫁だ。これでまだ小学生だというのが末恐ろしい。今のアイからは
ふぅ…と息を吐いた。肩の荷が降りた気分だ。
「ありがとうアイ。おかげでだいぶ楽になったよ」
「おお~!それはよかった~!」
「今回は私がケアされちゃったね」
「だね。エルはもっと私にケアされるべきだよ」
「うん、これからたくさんお世話になるかも」
「この私に任せろ~どんなヘラりも必ずケアしてあげるから!」
どーん!って効果音が付きそうなくらい自信たっぷりに胸を張ってるアイが可愛くて、俺は不意打ちで彼女の唇に自分のそれを重ねた。
「んむぅっ!?」
「んっ…。ふふ…愛してるよ」
そう言ってアイの返事を待たずに布団に潜り込んだ。無性にキスしたくなって、したは良いもののその後急に恥ずかしくなったのだ。
「──わ、私も愛してるからぁっ!!」
慌てて返事をしながらせかせか同じ布団に潜り込んでくるアイの姿を想像しながら俺はニヤケる口元を押さえた。
◆◇◆◇
「エルぅこっち向いてぇ」
「恥ずかしいからやだ」
「やだぁこっち向いてよぉ」
「だーめっ」
「むぅ~!それならいいもん!私に背中を向けて寝ることがどういうことか、その身体に教えてやるもん!」
「ひゃわっ!?」
「お、ちゃんと夜もナイトブラ着けてるね。えらいえらい♡」
「ばかぁ!へんたい!」
「寝てる背中越しに揉むのも一興ですなぁ♡」
「んぁ♡はぁぅ…♡へんたい…♡」
「あれ、エルまたおっぱい大きくなった?」
「それはっ…んんっ♡ま、毎日揉むからぁ…♡」
「えへへぇ♡将来大きくなったら、エルのおっぱいは私が育てたって言ってやろうっと♡」
「ばーかばーか!」
くるり
「あ…やっとこっち向いてくれた」
「アイ…」
「んー?」
「知ってる?」
「なにを?」
スッ…ガシッ
「ひゃん!?」
「おっぱいを揉んでいいのは、おっぱいを揉まれる覚悟のあるやつだけだ!」
「あんっ♡あ…アハッ♡知ってるぅ♡」
「先に乳首立った方が負けね!」
「いいよぉ♡」
モミモミ…モミモミ…
「はぁっ…♡う…ぁん♡あっ…♡」
「んぅ♡あっ…あん…♡…エルもう立ってない?♡」
「んっ♡はっ…それならアイだって…♡」
ピンッ
「んぁあぁんっ!♡」
「アハッ♡私の勝ちぃ♡」
「ばかぁ♡デコピンずるいぃ♡」
「アッハハ♡使えるものは何でも使うんだよ~♡」
【天使】
自己肯定感低め。性格以外は完璧な分性格だけが壊滅的だと思ってる。確かにアイがいれば他はどうでもいいと思ってるし何なら踏み台にしてやろうとも思ってるから決して良くはない。だけど裏を返せば究極の一途でもある。またアイに対する想いは純粋で真っ直ぐなものであり決してブレることはない。そういう部分が評価されている。それに加えて自覚はないが何だかんだ周囲や視聴者にも気を遣い迷惑をかけないようにしているし、頼まれたことは極力聞いてやってる。皇帝のように立ち振る舞ってはいるが、民なくして王はなし得ないこともしっかり理解している。周囲の大人たちが人格SSRなこともあり無意識のうちに絆されている。以前自分がアイに言ったことがそのまま返ってきてさらに沼にはまった。自分もかつては嘘を吐いていた分、嘘を吐かれるが苦手。嘘を吐かない人はそれだけで好印象を抱く。
実は施設を出たくないのは居心地が良いからという理由もあったが、あの場では職員もいたので恥ずかしさが勝って言えなかった。壱護とミヤコのことは普通に気に入っている。ちなみに勘違いしているが誰も〝性格が良い〟とは言っていない。
【一番星】
自分の長所と短所をはっきり理解している分、自己肯定感は極めて高い。自分の長所を伸ばしていこうというスタンス。人の懐に入るのが上手い。だけど本来なら他人にも向ける愛をエル一人に向けているから、エルには愛がキョダイマックスしてるけど、その分周囲に対しては道端の石ころと変わらない程度の意識しか向けないし、それらから自分がどう思われようと気にしない。実はこっちの方がやべーやつ。自分でも自覚はあるが、エルがそういう部分も好きと言ってくれるので今後も直す気はさらさらない。
現在の友好度はエル≫越えられない壁≫ミヤコ≫名前暗記の壁≫壱護=職員≫石ころ=その他。
エルが自分のすべてを受け入れて愛してくれるように、私もエルのすべてを受け入れて愛するよ。自分に自信のないところも大好き。エルがミヤコに肩を掴まれて顔を近付けられているのを目撃して内心発狂して黒い衝動が覇気となって溢れた。瞳のハイライトも消える。殺気ではないがそれに近いものを出すことができる。エルに近寄る者は基本みんな敵だが、その中でもごく一部エルの本質を理解して受け入れてくれる人は味方認定する。高性能嘘発見器。