メンヘラ天使とヤンデレ一番星   作:リララ

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夢を書き換えることは逃避じゃなくて新しい挑戦だ

 YouTubeの配信にて同時接続人数の日本記録を樹立した、あのライブの告知をした次の日の午後、学校を早退した俺たちは事務所に緊急招集されていた。

 

 斉藤社長自ら施設まで迎えに来てくれて、有無を言わさず車の後部座席に乗せられた。

 誰も喋ることはなく、何処と無く気まずい空気が漂う中、真っ直ぐ車を運転しながらこちらを見ることなく社長が口を開いた。

 

「……昨日から今朝にかけて、東京ドームの周辺のホテルが軒並み予約で埋められたらしい。一ヶ月後の三連休に合わせてな」

「…………」

「……へぇ~」

「それだけじゃない。三連休に合わせて、東京へ向かう全ての飛行機や新幹線、長距離バス、夜行バス、客船も予約で埋まったそうだ」

「…………」

「……うわぁ」

「そして東京ドームの運営会社に、来月の三連休の日程を確認する旨の電話や三連休は空けておいてくれ、等の電話が殺到して一時期回線がパンクしたらしい」

「………」

「……えぇ」

 

 そう、俺が想定していたよりも数倍、いや数十倍は大事になってしまったのだ。

 読めなかった。だってまだチケットすら用意していないのに、もう予約取るなんて思わないだろう普通。仮に予約取れても肝心のチケットが取れなかったら彼らはどうするつもりなのだ。

 昨日の時点で俺は告知しかしていないというのに、気の早い人間がこんなにいるなんて考えられなかったのだ。

 

「さらに今朝、メールをチェックしていたら、俺宛に複数の企業からメールが届いていた。そのどれもが誰もが知ってるであろう有名なところで、CMもガンガン流してるような大手も大手だ。……内容はどれも、『Mirastrea』のスポンサー契約と、ドーム公演の支援の申し出だった」

「…………」

「……おぉ~」

「何で一度も取引したことのない大手企業から俺宛に直接メッセージが届いたのか、お前ら知ってるか?」

 

 ああ、ちゃんと言わなきゃ駄目だ…。子供じゃないんだから、自分がやらかした事は隠さないで正直に伝えないと。

 

「すまん。それは私が彼らに他言しないことを条件に所属事務所と斉藤社長のアドレスを教えたからだ」

 

 許しを乞う罪人のような気持ちになりながら、俺が正直に答えても、社長は俺たちの方を見ることもなく素っ気ない態度のまま口を開いた。

 

「そうか。だが俺はそんなこと、君の口から一言も聞いていないがな?」

「言わなくても何とかしてくれるだろうと思ったからだ。私の一存では決め(あぐ)ねると判断して社長へ回した。報告しなかったのはこちらの怠慢だ」

「社長、あまりエルを怒らないであげて。昨日からエル、すっごく反省してるんだから」

 

 見かねたアイが俺を庇うように割って入って来てくれた。

 

「別にもう怒っちゃいねぇよ。ただ、そういうのは黙って俺に回す前に一言相談しろって言おうとしただけだ」

「それは悪かった。私のせいで余計な仕事を増やしてしまったからな…」

 

 昨日の配信終了後、すぐに斉藤社長から電話があって、端的に言うとお説教された。前世から怒られるのは苦手なのでその時点でけっこうメンタルをやられていたが、その時はまだそこまでやらかしていなかったと思う。

 その後、落ち込んでいた俺に今度はミヤコさんから電話がかかって来て、社長と結婚した本当の理由と〝皆の夢〟のことを教えて貰った。

 そして寝る前にTwitterで配信と同じ内容のアンケートを取って、それは今も継続中だ。その最中、DMを確認していると、その中にファンに紛れていくつかの有名企業からの通知が来ていることに気付いた。驚いて確認すると、『Mirastrea』のスポンサーになりたいということと、来月の東京ドームでのライブを支援したいという内容だった。

 それに対して俺がどういう対応をしたかというと、〝正直とても喜ばしいことだが、俺はあくまでも商品であって、そういう契約は俺が勝手に結べないから、うちの社長と直談判して欲しい。アドレス送るから。あ、でも事務所名は公言しないでね〟という趣旨の返事を返したのだ。

 だから社長が今言ったメールチェックしてたら取引したこともないような大手からのメッセージが…っていうのも俺のせいだ。すまねぇ…。

 今思うと酷い対応だったことがわかる。確かに元社会人としてこの対応はない。以前アイにも言われたがホウレンソウをしっかりすべきだったと反省している。

 

「君は昔の配信でアイにも『ホウレンソウ』が大事だって言われてなかったか?」

「ああ。覚えている」

「一番最初の配信の質問コーナーだっけ?」

「うん」

「懐かしー」

 

 俺はあの頃から何も成長していないってことか…。

 わざわざ報告するほどのことでもないと思い込んでしまった、というのは言い訳にはならない。だってもし俺が社長の立場なら、今まで一度も取引したことのない大手からお宅のアイドルのスポンサーになってライブも支援するよ、なんてメールが来てたら驚き戸惑う。

 

「俺は今まで君のことを同じ〝大人〟として接していた。だけど、それは間違っていたのかもしれない。どれだけ大人びていようと、君はまだ10歳の子供なんだよな。時々それを忘れそうになるんだ。いくら達観していても、社会人経験もないし、ああいったメールの返し方なんてのも習っていない。でも周りはそんなことまで考えてはくれない。向こうからしても君たちは毛色の違うビジネス相手だからな。おそらく自分では対応できなくて、責任者に回すことまで考えた上でメールを送ってきてるはずだ。そして君はまんまと苺プロダクションと俺の名前を吐いてしまった」

 

 社会人経験あるんだよなぁ…。な、情けねぇ…。確かに社内メールが大半で外部へメールする部署ではなかったけど、一応社内連絡は回してたし…。

 こういうところで詰めの甘さが出てしまうんだろうか。

 そう考えているうちに、俺たちを乗せた車は、東京の片田舎から事務所のある都心へ向かって行く。それにつれて周りの景色も変わってゆき、信号の数も増える。大きな交差点の長い赤信号に捕まった。

 

「君の性格的に子供扱いされることを望まないようだから、君の意思も汲み取って対等なビジネス相手として俺も接してきたつもりだった。でも、それが原因で君が無意識にプレッシャーを感じていたのなら、俺は君に対しての扱いを変えなきゃいけなくなる。俺の考え過ぎならいいが、所属アイドルが俺の知らないところで無意識に追い込まれていたならそれは社長である俺の責任だ。これからはもう少し年相応に扱った方がいいか?」

 

 運転席の社長は、初めて俺の方を向いた。

 サングラス越しに視線がかち合う。そこに俺を軽視したり侮るような思惑は一切なく、純粋に俺を心配してくれていた。その優しさが心に染みる。

 

「いや…、その必要はない」

「そうか?現に君の施設の職員は君のことを年相応に接してるようだが」

「くどいぞ。私がいいと言っているんだ。要らん世話だ」

 

 何故ならそれは俺の中で〝逃げ〟に値するものだから…。ここで甘えていたら、俺はこの先成長できなくなりそうで…。

 俺は今どんな顔をしているのだろう。俺の顔をじっと見つめていた社長は、少しだけ考える素振りをしていた。

 

「……わかった。君が言うなら引き続き大人として接する。だが、大人として扱うなら今日みたいなミスはもう許されないぞ。その事にいちいち注意もしない。俺は君の上司じゃないからな」

「ああ、同じミスは繰り返さない」

「まぁ、自分では対応できないと判断して俺に回したことは偉いよ。今後もそういうことはあるだろう。例えば君たちが直接オファーを貰うとかな。そういう時は勝手に決めて受けないでまず俺かミヤコに回せ。ホウレンソウだホウレンソウ。社会人の基本だ」

「わかった」

「大丈夫だよ社長!エルのことはちゃんと私が見てるから!」

「おう、頼んだぞ」

 

 そう言うと社長はまた前を向いた。信号が青に変わり車がゆっくり発進する。

 

「ま、メールの件は終わりだ。残りはあっちに着いたら話そう」

「了解」

「はーい」

 

 話が一段落して再び車内に静寂が訪れると、アイが俺にこっそり耳打ちしてきた。

 

「エル大丈夫?」

「…うん」

「大丈夫じゃなさそうだね…。あとでケアしてあげるから、今日はがんばろ?」

「うん、ありがとう」

「エルだけ大人扱いされちゃってるから、エルだけが怒られてるけどさ…、話を聞いてるだけで止めなかった私も同じだと思ってるし、一緒に怒られるよ」

「それは…、アイのせいじゃ…」

「ううん、私だって全部エルに丸投げしちゃってたし、『Mirastrea』は二人のグループなのに、全然会話に参加しなかったなって反省してるの。だから私にも責任はあるなって」

「アイ…」

「ふふっ。幸せ2倍、辛さ半分こ…だよ♡」

「…ありがとう」

 

 アイの優しさに感銘を受けた俺は、社長に見られるとか一切気にせず、身体を横へ向けてアイを抱きしめた。

 涙腺が緩くなって、涙が出そうになるけど、さすがにアイ以外の前で泣くなんてことはしない。

 

「安心して?エル一人のせいにはさせないから」

「めっちゃ心強い…。ありがとう」

 

 アイも体を向き直して、俺を抱きとめてくれた。そのまま優しく背中をさすってくれる。アイの温かい体温と柔らかな匂いが俺を包み込む。

 途中から社長にも聴かれてるだろうけど、空気を読んでくれて何も言われなかった。

 これからもっと大事なことを話すわけだから、落ち込んでる場合じゃないな。切り替えないと。

 アイのおかげで少しだけ立ち直れた。

 

 ◆◇◆◇

 

 事務所に到着して会議室に向かうと、ミヤコさんが人数分の飲み物──大人二人はコーヒーで俺とアイはお茶──を淹れてくれていた。

 初めに斉藤社長が座り、その隣にミヤコさんが座った。俺たちもそれぞれ二人と向かい合わせになるように隣同士で座った。

 

「さて──」

 

 全員が着席したところで、ゲンドウポーズをしていた斉藤社長が話を繰り出した。

 

「まずは改めて、配信お疲れ様、と言っておこうか」

「二人とも良く頑張ったわね。えらいえらい」

 

 社長がそう言うと、ミヤコさんの方は純粋に褒めてくれた。

 

「ありがとう…」

「ありがとー」

 

 アイはいつも通りのテンションだ。一方俺はどうしても普段のようにトゥエルムーブができないでいる。やらかしてるという負い目があるからだ。

 

「トゥエル…」

 

 そんな俺の心情などこの人にはお見通しなのだろう。開幕声をかけられる。

 

「なんだ…?」

「俺は怒ってないから、そんなに萎縮しなくていい。普段の君でいい。ここに来るまでの間の君の様子を見て、反省の気持ちは十分伝わってる。だからこれから話す内容はお説教じゃなく、今後に向けた前向きな話をしようと思っている。辛気臭い話をするわけじゃない。有意義な時間を過ごしたいと俺は思ってる。だから…あー、なんだ…そんなに落ち込むな。子供扱いされたくないんだろ?車内での態度は俺も悪かったと思ってる…」

「この人、LINEで『トゥエルにキツく当たり過ぎたかも…どうしよう』『やばい、すげぇ泣きそうな顔してる…』『どうやったら仲直りできる?』とか色々相談して来たのよ」

「へっ?」

 

 ミヤコさんからの暴露。これに慌てたのは斉藤社長だ。俺の方はというと、ぽかんと口をうっすら開けて呆けてしまった。アイはへぇ~!と瞳の一番星をキラキラさせながら興味津々で社長を見ている。

 

「お前ッ!?それは言うなって…!」

「だってトゥエルのあんな悲しげな顔見てたら何とかしてあげたくなるじゃない!」

「『どうやったら仲直りできる?』って…社長~!やっぱりエルのこと大好きじゃん!

「う…、っるせェ!俺だって推しを傷つけたいわけじゃねェんだよ!」

「私のことも推してよね~!」

「心配しなくても俺たちは箱推しだよ」

「そうよ~。ちなみに私はアイエル派よ♡」

「さっすがぁ♡ミヤコさんわかってんじゃん♪……チラッ」

「…………エルアイ派だ」

「ほうほうほう♡それも大いにアリだよ♡」

「……何の話をしているんだ?」

 

 思わず口から思ったことが零れてしまった。

 いや本当に何の話をしているんだ?

 俺を余所に三人で盛り上がっている。なにこの状況…完全に取り残されているんだけど…。

 

「エル、これはね…〝聖戦〟だよ」

「は?」

「どっちが頭に付くかで今も世界中で論争が起きているんだよ」

「な、なるほど…。なんとなくわかった…」

 

 確か先に付く方が主導権を握るんだったか…?

 

「ちなみに私は…どっちもアリ♡…エルは?」

「えっ?っとぉ…どっちにしてもアイとイチャイチャできるし、どっちもアリ…かな?」

「ッ──!!」

 

 俺が思ったことをそのまま言うと、それを聞いたアイが俯いてぷるぷる震えだした。

 あ、これは──

 

「──エルぅッ♡♡!!」

「わぁっ!?」

 

 スイッチが入ったアイにガバッと勢い良く抱きつかれる。

 

「やっぱりエルってかわいいいいいいいい♡♡♡」

「うひゃあぁあぁぁぁ!!!」

 

 間髪いれずにめちゃめちゃ頬擦りされる。アイのもちもちの頬っぺたと、俺の天使の肌触りの頬っぺた同士が激しく擦れ合ってお互いに極上の感触を生み出している。

 そのあまりの激しさと力強さに堪らずに素っ頓狂な声が出てしまう。絶対に原作トゥエルが出さないような悲鳴だ。

 

「もーほんとにエルはかわいいなあああ♡♡♡」

「あいぃぃぃ…っ…そろそろはなしてぇぇぇ…」

 

 まるで飼い主にじゃれる子犬のようなスキンシップだ。アイに尻尾があったらきっとブンブン振ってることだろう。

 

「えぇー、もう少し、もう少し…」

「そんな風に真似してもだめー!」

「しょうがないなぁ…解放してあげよう」

「はひゅぅ…」

 

 ようやく解放された俺の天使の頬っぺたを恐る恐る撫でる。こ、この感触は──!

 

「わ、私の天使の頬っぺたがもちもちのぷにぷにになってしまった…!」

「へへーん♪私に染まったね♡」

「うれしい!!」

「いや嬉しいのかよっ!!」

 

 目の前でミヤコさんと共に一部始終を見ていた社長から渾身のツッコミをもらう。

 嬉しいのかって?当然だろう。

 

「当たり前だろ、最アイの色に染められたんだぞ?嬉しいに決まってるっピ」

「私たちは毎日お互いに染め合ってるっピ」

「ゆ、百合最高…」

 

 ぶっちゃけこんなスキンシップは日常茶飯事だ。夜なんてもっと過激だし…粘液交換とか…。

 染め合うどころか物理的に交換してるからな。

 そしてミヤコさん、百合最高って言ったな?そうだろう最高だろう。配信コメントでもしょっちゅう言われるからなあその四文字熟語。もう言われすぎて四文字熟語で真っ先に浮かぶものは?って質問あったら百合最高って答えちゃうくらいに。

 

「あー、ハイハイ。もうわかったから、トゥエルも元気になったし話進めていいかー?」

「おっけー」

「おーけー」

 

 俺たちは改めて二人に向き直った。

 

「何から話すべきか…。とりあえずトゥエル、君は自分が思ってるよりも影響力があることを知った方がいい」

「…正直、認識が甘かったと言わざるを得ない」

「本当にな。君の発言で一ヶ月後のドーム周辺のホテルが予約で埋まり、東京へ向かう各交通手段も予約が殺到、この異常事態に朝のワイドショーが反応して記事にした結果、当日は推定10万人を超える人数がドーム周辺に集まると予測される。そして、その際に生じるであろう混乱を避けるために、警察まで動き出すことが確実に決まる……。例えるなら、渋谷のハロウィンみたいなもんだ。ここまではいいか?」

「あぁ…」

 

 まだ日程も会場も決まったわけじゃないのに物凄い行動力だと思う。

 まさかとは思うが、俺が以前、軽い気持ちで人々の関心を芸能界へ向けてしまったせいなのか?そのツケが回ってきたというのか?だとしたら、俺は大変なことをしてしまった。

 なんて事だ……俺は無自覚に大やらかしをしていたことになる……!本当に、認識が甘かったと言わざるを得ない……。

 次からはもっと慎重になろう。そもそも使わないのが一番だけど。

 

「まぁそれは今となっちゃどうにもならない。現時点で1万人近い人数が動き出しているから今さらキャンセルもできん。問題は他にも山積みだしな」

「会場も押さえるしかないよな?」

「当たり前だろう。それこそ死ぬ気で確保しなきゃならない。…ところで、君は三日間ライブをすると言っていたな。東京ドームの一日辺りの使用料は知ってるか?」

「いや、知らないな。だがそれに関しては使用料が高額と考慮した上で三日間やると言った」

「と言うと?」

「金の問題は心配していないということだ。最悪私のポケットマネーから出す」

 

 俺が自信満々にそう言うと、社長は眉間に深い皺を寄せて、ハァ~とそれはもう深い深い溜め息をついて、呆れた表情で俺を見返してきた。

 

「君はもっと賢い奴だと思っていた。本気で言ってるのか?バカアイドルが…、そんなことさせられるわけないだろう」

「そこはほら、裏金というか、賄賂というか。私から社長へ渡して、社長は何も考えずにドーム運営に渡せばいいだろう。そもそも別にドームは金さえ払えば一般人でも使用できると聞くし、金の出所なんていちいち調べないだろう」

「そういう問題じゃねェんだよ。お前、本気で俺がそんなことされて喜ぶと思ってるのか?」

「…なに?」

「ただでさえこんな歪な形で夢を…、いや──何でもねぇ。俺が言いたいのは、ドーム公演は確かに俺の夢だが、所属アイドルの懐をあてにしてまで叶えたいとは思ってねぇってことだ」

「そもそも事務所に所属しているアイドルが自分でお金を出してライブをするなんて聞いたことがないわよ。何のための事務所だと思ってるの?」

 

 優しいミヤコさんまで苦言を呈している…。普段優しい人に怒られると堪えるなぁ…。つまりそれは、それだけ俺の回答が常識外れのものだったということ。

 確かに二人の言うことは理解できる。でも俺は今、現実的な話をしているわけで…。

 

「だが、お金はあるのか?わざわざ聞く辺り、高いんだろう?」

 

 すると、隣で携帯で何かを調べていたアイがハッとしたように目を見開いて、俺に画面を見せてきた。

 

「ねぇねぇ見て、ドームの使用料金、土日祝日は一日で2200万円だって!」

「っ…たっか」

「それプラス、準備日料金で825万だって」

「なんだそれは」

 

 何だよ準備日料金って。ライブの準備するだけでなんで800万も取られるんだよ。あれか?席を作ったり芝生をカットしたりとかの料金か?

 

「んーと、芝生の保護、ステージ設置、機材設置、控え室の準備、電気代、スタッフと警備員の人件費…その他諸々…らしいよ」

「そっか…」

「それが三日分な。さぁトゥエル、算数だ。単純にいくらかかる?」

「7425万」

「ああ。だが君は昨日の配信であれだけ大口を叩いたからな。ちゃっちぃライブはできないだろ。実際は宣伝費とかリハーサル料金も含めて最低でも一億だな。『Mirastrea』の場合ステージを狭くして収容人数を極力増やす方針だからそこで前後はしそうだが…」

 

 まじかよ…。俺が思ってたよりずっと高かった。まさか使用料だけで一億とかそんなの思いつかないだろ。払えないことはないが、ここでの出費は極力押さえないと今後に響く。いや、そもそも社長が嫌がるから俺が払うという選択肢すら与えて貰えないのか…。

 あぁ、まったく──

 

「難儀なものだな」

「本当にな。大手なら専用会場を持ってたり、そもそも事前投資が桁違いだから会場費なんてまったく問題にしないらしいが、うちは残念ながら雑魚なんでな。そう簡単に一億出せるかって話なんだよ──普通ならな」

 

 そこまで言うと、社長は机の上で立てていた両肘を下ろし、ゲンドウポーズを解除する。そして俺たちの方を真っ直ぐ見て不敵に笑った。

 その悪い顔を見て、俺は点と点が線で繋がる感覚を覚えた。

 

「……そうか!何もうちだけで出すことはないのか!」

「さすが、分かってるじゃねぇか。お前が俺にぶん投げた会社からの支援要請、それを使う」

「出してくれるかな?」

()()()()()()。そのためには君たちの力が必要になってくる」

「私たちも顔見せしろと?」

「そうだ。先方へのアポは俺が取る。実際に行くのは俺と君たちの三人だ」

「わかった。交渉は得意だ」

「楽勝だね」

「金の交渉は俺がやるが、段取りとかの打ち合わせには君たちもちゃんと参加するんだぞ」

「うむ」

「まぁ実際お前らが行かなくても問題なく出してくれるだろうが、ここでお前ら自身が出るのと出ないのじゃ、向こうも心象が変わってくる」

「交渉なんて一に金、二には心象だからな」

「そうだ。交渉においてその人のイメージは金の次に大きな要因になる。同じ能力・コストなら美人のねーちゃんと薄汚いおっさんじゃ美人のねーちゃんの方から買うだろ」

 

 ここまで聞いて、俺はふと対面に座る社長とミヤコさんを見た。

 

「そうだな。社長とミヤコさんじゃ、ミヤコさんのを買う」

「まあ!トゥエルから見て私が美人ってことよね!」

「うん」

「誰が薄汚いおっさんだコラ」

「そんなこと私は言ってない」

「つまり私たちの見た目を全面的に使えってことだよね!?」

「…まぁそういうことだ」

「良かったね、エル。私たちの一番の得意分野じゃん」

「うむ」

 

 アイとミヤコさんって似てるな。…割と単純なところとか。

 ていうか取引にアイドル本人がついていくなんてあるのか?枕するわけでもあるまいし。それとも支援の申し出があること自体を俺たちの人望と受け取ってよいのだろうか。

 金が絡んでいると言っても出演者がクソだったら…そこは人によるか。

 まぁ今回のことはプラスに捉えておこう。今回の相手方は超有名企業だし、ここで俺たちが出向くことで直接的な繋がりを保つのは悪くない。俺たちは苺プロダクションから見たら〝商品〟だが、それ以外から見たら〝偶像(アイドル)〟だからな。

 

「そう言えばトゥエル、Twitterの方のアンケートはどうなってる?」

 

 唐突に切り出される。そう言えば昨日の夜から放置しっぱなしだった。朝起きて確認くらいはしたかったけど、それどころじゃなかったしな。

 

「見てみる」

 

 でも、何となくだけど嫌な予感するんだろうなぁ。人数すごそう。

 

 ◆◇◆◇

 

 固定されたツイート

 トゥエル@truEL【Mirastrea】

 

 Mirastreaのライブに

 

 絶対行く          35%

 行けたら行く~       33%

 行きたいけど行けない    27%

 行かない・興味ない      5%

 

 65万票

 

「うわぁ…」

「おお~」

 

 俺が軽く引いていると、体を寄せて画面を覗き込んできたアイは感嘆の声をあげた。

 

「これはちょっと…すごいわね…」

「……はぁ」

 

 ミヤコさんも見たらしい。その表情から感情は読み取れないが、社長に画面を見せると、社長は険しい顔をして溜め息を零した。

 

「人気があるのは良いことなんだがな」

 

 現時点での結果だが、単純計算で『絶対に行く』と『行けたら行く』に答えた人数は44万人程度だ。『絶対に行く』だけでも22.75万人もいる。

 

「三日やっても足りないのか」

「目一杯座席を広げてギリギリだな」

 

 確かステージを極限まで狭くすれば8万人近く行けるんだっけか。まぁさすがにそれはステージが小ぢんまりし過ぎて華がなくなる。ステージはそこそこに、動員数は6万~7万だな。

 

「そこまでしなくていいよ。ステージが地味になる」

「ほう?俺はてっきりステージをギリギリまで縮小して動員数を増やせって言うのかと思ったぞ」

「それだと演出が地味になる。せっかくの初ライブなんだ、なるべく派手に行きたい。どうせ今後も東京ドームは使うことになる」

「ふむ」

「私の希望としては7万人だな。こんなに注目を集めるのも最初だけだろうし、ここで東京ドームの観客動員数の記録を塗り替えて話題を作りたい」

「今は名前を売りたいってこと?」

 

 ミヤコさんが俺の台詞から意図を汲み取って補足してくれた。

 

「そういうことだ。TVを始めとするメディアへの露出もそこからだからな。最高の形で名前をあげて、華々しいデビューを飾りたい」

「なるほど。よく考えているな」

「どうだろうか。事務所の方針に反していないだろうか?」

「…君たちは前例のないケースだ。今ここに所属しているタレントは全員が無名の状態から始まり、小さな劇場でのライブや他のアイドルとの合同ライブ、有名アイドルのバックダンサーなんかで地道に名前を売ってきた。それらの仕事は俺やミヤコが直接取ってきたり、(つて)を使って仕事を回して貰っていた」

「ほう」

 

 まぁ普通はそうだよな。特に弱小事務所の場合は専用劇場やコネもないから現場に直接行って地道に売り込んでいくしかない。だが、俺たちは違う。

 

「基本的に『Mirastrea』の場合は君たちの意見を尊重するつもりだ。『誓約書』の件もあるしな。仮に放っておいても数多くの企業案件が回ってくるだろう」

「他の人たちと一緒は無理かなあ。レベルが違いすぎて。私たち他の子に合わせたパフォーマンスとかしないからね?」

「だね…全員喰い殺してしまうな」

「弱肉強食!公開処刑!だね」

 

 アイの言う通り、合同ライブなんてしたらレベルが違いすぎて他の出演者を軒並み喰らいつくしてしまう。

 それが意図せずとも。

 

「それは分かってる。お前たちに合同ライブなんてさせねぇよ」

「それはちょっと他の子たちが可哀想だからね~」

 

 公開処刑どころじゃないわよ…。ミヤコさんがボソッと呟いたのを聞き漏らさない。

 

「私たちって、強くてニューゲーム?」

「レベル100の魔王と裏ボスが最序盤の村に攻めてくるようなものだ」

「えー!でもそれじゃあいつか誰かに倒されるじゃん。私たちは最強で無敵のアイドルになるんだから」

「例え話だ。お前らを超える存在はもう二度と出てこないだろうから安心しろ」

「当然だ。私たちは金輪際現れない()使()()()()()()()()()()()()なんだからな」

「本当にその通りなのがムカつく」

「はぁ~!?ひっどーい!」

「そうだそうだ!そこは敬え崇めろ褒め称えろ!」

「なんとなくだ。クソアイドルめ」

「事務所公表して不当な扱い受けてますって言って社会的に潰しちゃおっかな~」

「シャレになってないからやめろ」

「冗談だよ」

「こえーよ」

 

 ちょっとした意趣返しだ。決して怒られたことを根に持ってるわけじゃない。

 

「じゃあチケットは、なるべく多くの人に来て貰いたいから7万人を三日分でお願い」

「分かった。まぁ実際は一人で三日申し込む奴とかいるから来場者数は必ずそうなるとは限らないがな」

「まぁそれはそれで。ドームの方は押さえられそう?」

「それはこれからやる。まぁ向こうさんも電話回線パンクするくらい問い合わせ受けてるらしいから、Mirastrea(君たち)のことは認知してるだろう」

「悪い意味で認知されてないか、それ」

「さァな。それは君の立ち回りがミスったからだろ。さっきも言ったが、事務所に直接被害被る場合を除いて、俺はいちいち注意しないぞ。トゥエルは子供じゃないんだろう?」

「む…」

「まぁそんなに心配することないと思うぞ。むしろ〝超新星(ニュースター)〟の誕生に向こうも歓喜してるかもしれん。回線がパンクするなんて前例がないんだから、案外楽しんでるかもな」

「運営にとっても、回線がパンクするくらい問い合わせのある人気グループってことで、ドームを目一杯使って貰えて嬉しいんじゃないかしら?あなたたちを呼べば確実に満席になるんだもの。向こうからしたらあなたたちは最高のお客様だと思うわよ?」

「なるほど。確かに彼らからしたら私たちは上客か。そういう考えなのだな。勉強になる」

「それは結構。…もうこんな時間か。今日のところは終わりだ。とりあえず明日、俺と一緒に支援してくれるっつー企業に挨拶周り行くぞ」

「はーい」

「りょうかーい」

 

 ◆◇◆◇

 

 長い会議が終わって俺とアイは帰りの身支度をしていた。どうやら社長は仕事があるらしく、帰りはミヤコさんが施設まで送り届けてくれるらしい。

 だが、俺はどうしても引っ掛かることがあった。アイとミヤコさんに待ってもらって、斉藤社長と一対一で話をすべく、俺は彼のいる部屋へ向かっていた。

 

「失礼する」

 

 部屋に入ると、社長はパソコンの前でにらめっこしていた。画面を睨み付けつつも両手はキーボードをカタカタと叩き続けていることから、メールを打っているのかも。

 俺が入ると、特に驚いた様子も見せず、むしろやっぱり来たかと言わんばかりの表情で迎えてくれた。

 

「どうした」

「どうしても話したいことがあってな」

「それは今じゃないと駄目なことか?」

「駄目だな」

「そうか。まぁ座れ」

 

 最初に来た時と同じ、そこそこ質の良いソファに向かい合って座る。

 

「で?話って?」

()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 事務所に来てから俺は能力を使っていない。だから、目の前のこの男が何を思っているかはわからない。

 

「こんな歪な形で夢を…と、言い淀んだのが気になってな。そのあと何でもないと話を逸らした。本格的に事が進む前にこの小さな(わだかま)りを解消すべきと思ってな」

「…………」

 

 無言で続きを促される。

 

「あなたの夢はミヤコさんから聞いている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それはあっているな?」

「あァ」

「あなたがあの時、何を言おうとしたのかは想像に易い。だが、私たちは自分たちの選択を間違ったとは思っていない」

「…………」

 

 そこらは沈黙が続いた。

 

「……別にお前たちを責めるとか、後悔してるとか、そういうのじゃねェ。お前たちを雇った時点で──いや、スカウトしようと決めた時から、こうなることは予想していた」

「…………」

「これはまァ…自分の気持ちの問題だ。理解と納得はまったく別物だろ?簡単な話、気持ちの整理が追い付いてないってだけだ。今はもう平気だよ」

()()()()()()()()()()()()

「なに?」

「あなたは私たちをレベル100だと言った。それはもう、完成されていてこれ以上の成長の余地がないということだ」

「……他のアイドルと比べたら、の話だ。そこまで含んで言ったつもりはない」

「当然だ。私たちはまだまだこんなものじゃない。〝Mirastrea(私たち)〟の名は、世界に轟くものだから」

「……で、結局何が言いたい」

 

 俺は大きく深呼吸した。目の前の男に伝えなくてはならない。

 

「なぁ社長──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と一緒に、夢を書き換えないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前……なにを……!?」

 

 初めて目の前の男が動揺を見せた。

 

 今こそ伝えなくては。

 

 俺の夢を──想いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の夢は、世界中のスタジアムでライブ(ワールドツアー)を行い、私の歌で世界を繋げることだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その第一目標として、ヨーロッパ最大のスタジアム『カンプ・ノウ』で歌う」

 

「夢を〝書き換えろ(アップデートしろ)〟、斉藤壱護」

 

()()()()()()、が夢ではない。新しい形で、今度は世界を掴もうじゃないか」

 

「私と世界を目指せ。〝Mirastrea〟は、日本で収まるような器ではない」

 

「すべての人類を、私の歌で目覚めさせる」

 

「船の操縦には広い海で迷わないように航海士が必要だ。私の船に乗れ、斉藤壱護。舵は私が切ろう(筋道は私が立てる)立ち塞がる敵も私たちが討滅しよう(ライバルは私たちが蹴落とす)世界への道は私とアイで切り開く。私たちについてくるなら、お前たちにまだ見ぬ星天の輝き(この世界で一番煌めく景色)を見せてやろう」

 

 ◆◇◆◇

 

 世界を獲る。

 

 目の前の少女はそう言った。

 

 空気が変わった。視界がブレた。全身に重くのし掛かるこれが覇気だとでも言うのか。

 

 すぐにでも膝をついて、頭を垂れて蹲い、己のすべてを捧げてしまいたくなるような重圧。

 

 これが、トゥエル──ッ!生まれながらの、絶対的王者!

 

 圧倒的カリスマ性──配信でも度々見せる、覇王の片鱗。画面越しですら畏怖を感じてしまうほどだというのに、直に浴びてしまったらもう──

 

 この子と出会ってから何度目かわからない衝撃が俺を襲う。

 

 七色に輝く瞳が真っ直ぐ俺を見据える。

 

 世界で唯一の虹色の瞳に込められた、純粋で真っ直ぐで熱すぎる想いが俺を射貫く。

 

 ──こいつ、本気だ!

 

 人の夢を平然と潰し、自らの夢に塗り替えようとし、あまつさえ俺たちが付き従うことに対し選択肢すら与えて貰えない。だってこいつの中で俺たちが付き従うのは確定事項なのだから。

 

 なんて傲慢で独裁的な考えだ。今時めずらしいほどにエゴイスト。

 

 だと言うのに──なぜ、自分の心臓は高鳴っている?俺の心はこんなにも歓喜している?待ち焦がれた恋人との会瀬のような──否、そんな生ぬるいものではない。これは──

 

 子供の頃にテレビで初めてヒーローを見た時のような、高揚感。最強で無敵のヒーローなら何でも出来るんだと、どこへでも連れていってくれるんだという絶対の信頼と、憧れ。

 大人になってから感じることのなくなった感情。希望が失くなった時に、一緒に死んだ(そんなもん、とっくに消え失せた)とばかり思っていたが──

 

「──ハ、ハハハ、く、はははは!!!」

 

 こんなところに眠って(まだ俺の中に残って)やがったのか──!!

 

「お前、とんでもないエゴイストだな…!」

 

「今さらかよ。案外節穴か?私たちのトップが腑抜けじゃ私たちも腐ってしまうからな。お前に眠る熱を叩き起こしてやっただけだ」

 

「く、ハハハ…!良いだろう。乗ったぞ、トゥエル。この俺にここまで大口叩いたんだ。見せてくれよ、〝世界〟を。途中で沈んだら許さねェからな?」

 

「フンッ…。私を誰だと思っている?世界一の顔面を持つ、天使の生まれ変わりだぞ?天使は地上へ人間を見初めにやってきて、やがてそいつを連れて空へ飛び立つ。いつまでも地を這っていては示しがつかん。私が見初めて連れていくのは未来永劫ただ一人アイだけだが、お前たちも私の空を(・・・・・・・・・)飛ぶことくらいは許してやろう(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「あぁ…!イイネェその上から目線。お前は本当に最高だよトゥエル!俺の熱を呼び起こしたお前に、どこまでもついていってやるよ。責任持って最後まで見ろよ?」

 

「それは無理。私が責任持って見守るのはアイだけだから」

 

「オイ」

 

「ハハハッ!せいぜい振り落とされないようにしがみついて来るんだな!」

 

「上等だ!意地でもしがみついてやらァ」

 

 俺は不敵に微笑んだ。きっと今の俺はとんでもなく悪い顔をしているだろう。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 社長との話を終えた俺は、高揚感を胸に早足でアイたちの元へ向かっていた。

 

 結果は最高だったと言っておく。

 駆け出しアイドルを手塩にかけて育てて、様々な障壁を乗り越えて、大きな会場でワンマンライブを開く。

 とても素敵な夢だと思うし、最高の筋書きだと思う。

 だが同時に、ありきたりでつまらない筋書きだと思う。

 

 そんなありふれた物語は聞き飽きた。

 

 だから私の夢で上書きしてやった。

 

 社長の夢を塗り潰した。わざとではない、そのつもりはなかった。でも、彼の夢を知っていて、そうなると解ってドームを選択したのは俺だし、その時点で社長の夢を俺の夢に書き換えることも想定していた。

 

 燃え尽き症候群に陥る(叶えた後の目標を見失う)前に、新しい道を切り開いてやった。

 

 すべては俺の夢のために。

 

 構わないよな?だってあなたの夢はもう〝Mirastrea(私たち)〟が叶えてしまったのだから。

 

 まだ俺たちの物語は始まってすらいないのに、なに勝手に退場しかけてるんだよ。そもそも日本(ドーム)で満足してんじゃねぇ。日本なんてチュートリアルだぞ?本番はここからだぞ?俺はそう言っただけだ。

 まぁ、途中ちょっとばかりテンションが上がってヒートアップしてしまったが。

 

 伝えたいことは伝えたから良しとしよう。

 

「あっ!エル~!おかえり~」

「アイ~!」

 

 前方にアイが見えた。車には乗らずに待っていてくれたみたいだ。

 相変わらず可愛い笑顔で俺に手を振ってくれている。

 俺は高鳴る胸の鼓動をそのままに、アイの胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

「もおおおおおおやだあああああああ!!!」

「エル~」

 

 ギュッ

 

「私だって頑張ってるんだよおおおおお!!!」

「うんうん、エルは頑張ってるよ」

「何で私ばっかりいいいいいい」

「うんうん。本当にお疲れさま。よく頑張ったね」

「ハァ~……疲れた……」

「よしよし」

 

 ナデナデ

 

「溜め込んじゃだめだよ?吐き出して楽になろう」

「うん」

「ごめんね。エルばかり大人扱いされているから…私もつい甘えてばかりで…」

「ううん、大丈夫だよ。私が自分で選んだことだから。本当ならこんな直ぐに弱音吐いちゃだめなのに」

「そんなことないよ、いいんだよ。弱音吐いてもいいの。いつ吐くとかじゃない、辛い時に辛いって言うことは何にも悪いことじゃないんだよ」

「アイぃ…」

「エルは一人じゃないよ。私がいる。…私たちの周りってみんな大人で、大人たちとの話し合いは私にはまだ難しくて、全部エルに任せちゃってる。エル一人に押し付けてるみたいで、それが本当に申し訳ないって思って…。じゃあ私に出来ることはなんだろうって考えた時に、エルが疲れた時に少しでも心を休めるようにエルの拠り所になろうって思ったの」

「……アイ、ありがとう。いつもすごく助かってるよ。何度も言うけど、アイがいなかったらとっくに心折れてたと思う。私とアイは得意分野が違うじゃん?外交は私がやる。アイの仕事は可愛いことだよ。私が疲れて帰ってきた時に、その可愛さで私を癒してくれる。ちゃんとアイはアイの役目を果たせてるよ」

「ん…よかった」

「大丈夫。ずっと一緒だよ」

「うん。ずっと一緒」

 

 ギュー

 

「私が今もこうして戦えているのはアイのおかげだよ」

「うん。あまり無理しないでね?辛い時は一人で抱え込まないで私に相談してね」

「ふふ、大丈夫。前に約束したからね」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成長したねぇ、エル…。

 

 ◆◇◆◇

 

「アイ、しよ?」

「ん"ん"っ!!」

「だめ?」

「する"っっ!!」

「嫌なこと忘れさせて?」

「忘れさせるッッ!!」

「いっぱいして?」

「いっぱいするッッ!!」

 

 あああああああ!!!甘えん坊エルやばい脳溶ける!!!




【天使】
感情エレベーター。アップダウンが激しい。
社会人歴があるくせに今回やらかして落ち込む。ホンレンソウは社会人の基本だよなぁ。
トゥエルの顔なので落ち込む姿は見るものに途方もない罪悪感を与えてしまう。たとえ直前まで怒っていても、トゥエルの落ち込む姿を見たら途端に溜飲が下がる。本当にずるい。
精神が肉体に引っ張られているため、自分でも気付かないうちに精神が幼児化している。中身大人なのにやけに泣きやすいのもそのせい。すぐ調子に乗る。
子供扱いされることを嫌う。中身大人だからね。でも精神幼児化のこともあって最近は子供が背伸びして大人ぶろうとしているようにも見えるらしい。最初の頃と比べて子供らしくなったと思われている模様。それについては周囲の環境が落ち着いてきて、ようやく緊張の糸がほどけて本来の自分を出せている、と都合良く解釈されている。
生粋のエゴイスト。合同ライブの話が出たとき口にはしなかったが、内心はあえて参加して周りの奴らをボコボコにして気持ち良くなるのもイイよなあと思った。さすがにこれ言ったらヤバい奴認定されるから堪えたけど、残念ながらもう十分ヤバい奴認定されてます。
将来の夢を語った。私が天に立つ。

【一番星】
エル専用メンタルカウンセラー。配信終了後に電話越しにお説教されたエルをケアした。
社長の自分とエルの扱いの差については、始めは大人扱いされているエルをさすがだな~と思っていたが、最近は自分も早く大人にならないと、と思っていたり。でもどう足掻いてもエルのようになれるビジョンも見えなければ、社長に大人扱いされている自分のビジョンも見えなかったため、早々に諦めた。無駄なことはしない主義。その代わり自分は自分のやり方でエルを支えるし、大人たちに意見を伝える。おバカだと思われていることを利用しようと画策していたりする。それぞれに得意分野があるからね。
もしMirastreaが駆け出しのアイドルだったとしたら、他のアイドルやタレントたちを喰い殺す気満々。だからこそ合同ライブの話が出た際に社長に忠告した。忠告しただけまだ優しい。エルに負けず劣らずのエゴイストなので、周りのレベルに合わせるなんて発想は端から持ち合わせていない。どうして私たちが周りに合わせないといけないの?ついて来られない人たちが悪いんでしょ?努力が足りないんじゃない?くらいは平然と言う。それも悪意なく。エルは意図的に実力差を見せつけて相手の心をズタズタに引き裂くが、アイは無意識に格の差を見せつけてボキボキに折るタイプ。
この後めちゃくちゃエルをケア(物理)した。エルがちゃんと自分に弱音吐いてくれて嬉しい。
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