現実でどういう流れでスポンサーが決まるとか、資金提供とかがあるのか、アイドルの卵に対して大企業の上役が出てくるのか等は私にはわかりませんが、この世界ではそういうことも〝あり得る〟ものとしてお楽しみください。
次の日、またしても学校を休んだ俺たちは斉藤社長の運転する車の後部座席でスケジュールの確認を取っていた。
なんだか最近学校に行けてない気がする。まぁ小学生のうちから芸能界入りしちゃえばそうなるよって話だけど。でもまともに学校に行けてないと将来が苦労するんだよなぁ。主に常識とか最低限の勉強面で。俺はそこら辺はチートスペックでどうとでもなるけど、アイは英語と国語と音楽以外はどちらかというとおバカな部類だし、一般常識はともかく勉強面は俺がしっかり教育しないと苦労しそうだ。
一応芸能界ではおバカタレントとしての需要もあるから、完全に死にステータスになることはないけど、やっぱり俺の最愛がそういう扱いを受けて笑いを取るのは嫌だ。俺が納得いかない。前世で塾講師もやってた経験を活かしてアイの家庭教師として教鞭を執らねば。
そりゃあ確かに大人になれば学校での勉強なんてほとんど役に立たない──それは語弊があるか──使う場面はないし、特に俺たちはアイドルとして活動するから余計に使わないだろう。でもさ、やっぱりクイズ番組とかで無双したいじゃん?可愛い上に頭も良くてチヤホヤされたいじゃん?
それに俺たちは高校へは進学しないから、最終学歴が中卒になる予定だし、いくらアイドルとはいえ、最終学歴が中卒なのはこのご時世を鑑みると世間の目はなかなか冷ややかなものになる。だから最低でも高校卒業程度の学力は身に付けさせるつもりだ。俺じゃなくてアイのね。もちろん
まただいぶ話が逸れてしまったな。
今日俺たちがすることは、来月の俺たちの初ライブ活動を支援してくれるという企業への挨拶回りとスポンサー契約の持ち掛けだ。
といってもこれらは相手方から持ち掛けて来た話なので、こちらはひたすら首を縦に振ればいいだけの簡単なお仕事である。金銭的な事柄は俺たちの関わるべきところではない。
本来なら俺のポケットマネーから出すつもりでいた東京ドームの使用料及びライブの開催費用だが、さすがに一億も出すのは憚られる。正直東京ドームの使用料なめてた。そんなにかかるなんて思ってなかった。苺プロダクションも設立したばかりの弱小貧乏事務所だし、初手から借金なんて俺たちのアイドルとしての沽券に関わる。だからこそ、俺がこっそり社長にポケットマネーを渡すつもりでいたのだ。そんな俺の不安と困惑の渦中で、この提案は渡りに船だ。まぁ相手方もただでは起きない、というか別に転ぶつもりもないんだろうが。
ま、その手のめんどくさい話は大人同士で好き勝手してくれ。子供の俺は子供らしく無邪気な笑顔を振り撒いているさ。俺笑えないけど。
膝がくすぐったい。
さてさて、俺は今アイに膝枕をしている。これはアイの希望だ。実は俺たち、カップルのマストである膝枕をほとんどしたことがなかった。そういうのすっ飛ばして、普通のカップルよりもずっと濃い生活を送っていたから盲点だった。何なら普段二人で歩く時も毎回手を繋いだり腕を組んだりとかもしない。全くしないわけじゃないよ?でもしないことの方が多いかな。なんだろうね、そういうのはもうとっくに過ぎてるというか、いつまでも熱々なんだけど、お互いに対する信頼がカンスト超えちゃって、長年連れ添ってる熟年夫婦みたいな感じになっちゃってるのよ。
でも俺たちはまだまだ時間があるし、若いうちにそういうの経験したい!ってアイが言ってた。いやいや俺たちまだ10歳でしょ。今から急がなくてもそんなんいくらでも出来るよ。
まぁでも、こういうのも悪くない。
俺の膝に頭を乗せて、顔を俺の股の付け根に埋めて深呼吸してるアイの頭を撫でる。桔梗色の美しい髪を優しく梳いていく。
「アイ変態みたい」
ぼそっと呟いた俺に、アイが俺の股から顔を上げて見上げる。自然と上目遣いになって可愛い。
顔を上げたアイは、えっ?という心底驚いたような表情をしていた。
「そう?普通じゃない?」
「うーん…」
美少女が美少女に膝枕されて、顔を股の間に埋めて深呼吸している──変態か?と聞かれたら
ならアイの言う通り、普通のことか。
「普通だね」
「でしょ?私は〝
「なるほど。それは実に合理的だ」
「どこがだよ!お前は合理的の意味を調べてこい。あと今のアイは普通に変態だからな?」
運転しながら俺たちの会話を聞いていた社長が鋭いツッコミを被せてきた。
「はぁ~、わかってないなぁ社長ぉ。エルのおまたの香りはどんなアロマよりもフローラルな香りで、最強の精神安定剤なんだよ?」
「そりゃよかったな」
あ、これはめんどくさくなって話を切り上げようとしてるやつだな。そうはさせるか!
「アイ、社長が可哀想だよ。だってこればっかりは膝枕されたことのある人じゃないとわからないもん」
「確かにエルの言う通りだね。可哀想に、社長はミヤコさんに膝枕してもらったことないんだねぇ」
さすがアイ。俺の意図を瞬時に察知して的確に
「ケッ。言ってろガキども。確かに膝枕してもらったことはねェけど、俺とミヤコはもっと深い関係で繋がってるんだよ」
「ふーん、どんな?」
「お前らガキには早いさ。な?おこちゃまのトゥエルちゃん」
へぇ、そうやってマウントとるんだ。ならこっちも返してやるしかないな。
「あぁ、おこちゃまには今日の打ち合わせも理解できないから、隣で置物のように座ってるだけでいいよな?」
「たしかにー!私たちおこちゃまだから難しい話わからなーい!」
「あ?駄目に決まってるだろうが。都合の悪い時だけガキに戻るな。だいたい君は子供扱いされるのは嫌なんじゃないのか」
「嫌だね」
「ならちゃんとその資料読んで〝
「…はーい」
「ん」
今回は社長の方が一枚上手だった。アイも思うことがあったようで、名残惜しそうにしながらも俺の膝枕に寝転んでいた体を起こして、貰った『企画書』と書いてある資料に視線を落とした。
この企画書だが、今朝俺たちを迎えに来た社長に、これ読んどけと渡されたものだった。内容自体は今回の打ち合わせという名の〝商談〟の進行をまとめたもので、ちゃっかり俺たちのことも書かれていた。トゥエルスペックのおかげで一通り中を読めば丸暗記できるから、俺にはぶっちゃけもう不要だ。
「しかし、意外だな。ずいぶんまともな出来じゃないか。もっとおざなりなものかと思ったが」
「確かに社長のキャラ的にこういうの作らなそうなのに。あ、別に私もエルもバカにしてるわけじゃないよ?」
俺たちがそう言うと社長は表情こそサングラスで見えないものの、声色から呆れたような感情を醸し出しながら、俺たちに言い聞かせるように言った。
「あのなぁ…、俺だってもう社会人10年近くやってるんだぜ?企画書くらい作れるからな」
「ふーん。事務所立ち上げる前は一般企業で働いてたとか?」
「さぁな」
そういえばこの人のことも全然知らないなぁ。いくら俺たちが〝
現代地球だから平和で済んでるけど、これが戦闘バチバチのファンタジー世界なら致命的だ。
「教えてよ」
「興味あるのか?」
「うん。事務所の社長がどういう経歴を持ってるとか興味あるし、あんたと良好な関係を築くためにもお互いのことは知っておくべきだと考えている」
「エルの言う通りだよ。佐藤社長は唯一初見でエルの本質を見抜いた人だもん!どういう人生送ってきたらそんな観察眼持てるようになるのかなーって、気になるなぁ」
意外にもアイも興味があるみたいだった。確かにアイの言うように、この人は初見で俺の演じていた仮面の下の素顔を見抜いたからなぁ。これでも演技には自信がある方だったし、たくさん面接したけど見抜いた人は他にいなかったから尚更…。
「……まぁ、そのうち教えてやるよ」
「うん、今度教えてね」
「約束!」
「あぁ、それより今はそっちに集中しろ」
「了解」
「はーい」
話が一段落ついたところで、俺はずっと気になっていたことを訊いてみた。ごめん、企画書よりも気になってることがあるんだ。
「ところで、今はどこに向かっているんだ?」
「ん、そういや言ってなかったな」
「そうだよ。昨日も今日も、行くぞ、しか言われてないからな?」
「目的も告げずに小学生の女の子二人を拉致するなんて、佐藤社長の変態オヤジ!」
「きゃあぁ、私たち売られちゃうぅ、変態オヤジの慰み物にされちゃうぅ」
「誰が変態オヤジだ。そのくだりはもう終わっただろうが。あと斉藤。…つーかトゥエル、前から思ってたが君はどこでそんな言葉を覚えたんだ」
社長の疑問は尤もだと思う。いくら幼少期の環境が壮絶で周りよりも精神的に成熟してるとはいえだ。そういう言葉はなかなか触れる機会もないよな。配信でも度々言われるその質問。そりゃ中身が大人だからなぁ。
でも今の俺は究極の美少女だから、究極の美少女にのみ許された完璧な誤魔化し術があるのだ。
「なんだ?気になるのか?」
「まァ…」
「フッ──〝
決まった…!
某大女優も言っていた。この台詞はずっとかっこいいなって思っていて、自分が日常的に使えるようになって本当に嬉しい。
きっと今の俺は最高にドヤ顔をしているに違いない。きもちー!!
完璧な発音で決め台詞を放って御満悦の俺に対し、社長は瞬時に意味が理解できなかったのか眉間に皺を寄せて、ん?と呟いた。
「んあ?シークレットメイクス──」
「〝秘密は女を美しくする〟って意味だよ、社長」
英語に不馴れな日本人特有の、とりあえず聞き取れた発音を片言で繰り返そうとしていた社長に割り込むような形でアイが答えを教えていた。
アイもすっかり英語が出来るようになった。リスニングもリーディングもライティングもスピーキングも完璧だ。
私たちは世界に進出するから英語は完璧にマスターする必要があると言い聞かせて、嫌がるアイに英語の勉強を教えたのはもう三年前の話だ。始めこそめんどくさがって何かにつけて逃げようとしていたアイだったけど、実際に意味が理解できるようになってからは楽しいと感じたらしく、積極的に教えを請うようになっていった。今じゃ舌の使い方まで本場のそれと遜色ない。
ふふふ…調教完了…ってね。それはそうと…エッチの時アイの舌技がすごいのってそういう…、いや、やめよう!前にそうやって余計なこと言って
「ん?エル?今何か変なこと──」
「さすがアイ!ちゃんと英語の勉強の成果が出てて感動!」
慌ててアイに被せるように声を張り上げて、良く出来ましたと頭を撫でてあげると、一瞬きょとんとしたけど、すぐに気持ち良さそうに目を細めてすり寄ってくる。ここは誤魔化されてくれるみたい。
「えへへっ。ドヤ顔のエルめっちゃ可愛かったよ♡」
「ありがとっ♡」
そのまま自然とお互いの顔を近づけて、ちゅっとリップ音を立てて触れるだけの軽いキスをする。あれ?結局キスしてるな?
「ホー…なかなか良い言葉だな」
「でしょ。女は秘密を着飾って美しくなる…。じゃあせっかくだしアイに今の英語の解説お願いしようかな。どういう文型で何でその訳になるのか、教えてくれる?」
ぶっちゃけこの程度の英文なら今のアイには簡単過ぎるだろうが、
さてさてさーて、アイはどう解説するのかな。俺も楽しみだ。
「おっけー!えっとね、まずエルが今言ったのは〝A secret makes a woman woman〟直訳すると〝秘密は女を女にする〟。SVOCの第五文型だね。訳し方は『SはOをCにVする』。
Sは主語〝A secret〟秘密は…、Oは目的語〝a woman〟女を…、Cは補語〝woman〟女に…、Vは動詞〝makes〟…する。『秘密は女を女にする』。
これをエルはいつものかっこつけたがりが出ちゃったから、女は秘密を着飾って美しくなるなんて言ってるんだね」
ぎゃー!最後の恥ずかしいナルシストの解説まで入れられてしまったー!
本当アイは俺のことよくわかってるなぁ。
「アイ…」
俺は俯きながらアイの肩に手を置いた。
「エル…?」
「──大正解っ!」
「わっ!」
勢い良く顔を上げた俺は、そのままガバッとアイに抱きついた。
「さすアイさすアイさすさすアイ!最後のも含めて大正解だよ。120点あげる!」
「わーい!やったー!」
「でも恥ずかしいから最後のはなるべく人前では言わないでね」
「えへへ…ごめーんねっ♡」
「いいよ、可愛いから許す♡」
アイも俺の背中に腕を回して抱きしめてくれる。俺とアイの髪が靡いて、車内にふわりと花の香りが漂った。
「…さすがだな。世界を獲ると豪語するだけあるってことか」
社長も納得いったと言うように頷いて、次いで感心したと言わん様子だ。
「まぁ最低限英語くらいは喋れないと話にならないしな…。通訳なんて付けたらかっこ悪いだろう」
「そりゃあ無い方がいいだろうが、英語圏以外はどうするつもりだ?」
「それはその国の言葉を覚えるに決まってるだろ」
「お前…
「一応英語の他にドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語は話せるぞ」
俺があっけらかんとした様子で言うと、社長は、は?と言って口をぽかんと開けて固まった。
「本当だよ。エルは今言った国の言葉も話せるよ」
「…君は何者なんだ?」
「ただの一番星を愛する天使だよ」
「もしかしてトゥエルって、勉強の方でも天才だったりするのか?」
「うん」
「そうか…」
さすがに怪しまれたか?
「エルは何でも出来ちゃうからねぇ」
「新しい言語も三日あれば覚えられる」
嘘。本当は一瞬で覚えられる。でもそれは最早人間業じゃない。三日も十分おかしいけど。
「すごいな…。君は本当に──」
「──ねぇ
アイの言葉にハッと当初の目的を思い出した。そういえば俺たちこれから各企業へ挨拶回りに行くんだった。話が大幅に脱線してしまった。いやー、車内トークって一度盛り上がると楽しくてずっと話しちゃうようね。
「あ、あぁ…、そういやそんな話だったな」
「すまん。話が楽しくてなかなか進まなくて」
「別に気にするな。俺も色々聞けて面白かったしな。君たちが少しでもリラックスできたならそれでいい」
「ありがとう」
「ありがとね、社長」
「どういたしまして。…それで、今向かってる所だが──」
──
◆◇◆◇
東京港区某所のカフェにて──
「はぁぁ…疲れたぜ…」
案内された席に着くや否や、斉藤社長は背もたれにぐったり寄りかかって天井を仰ぎ見た。
「行儀悪いぞ。港区のカフェだからな?」
「カフェなんてどこも大して変わらねーよ。ドレスコードがあるわけでもねぇし」
それはそうだが、あんたのビジュアルも相まってヤバいチンピラにしか見えないんだよ。
「なんかトントン拍子で進んだね」
「ね。費用も負担してくれるし、スポンサー契約も結べたし。まさかCM出演も決まるなんてね」
「まだ一社目だろ?上手く行き過ぎて怖くなってくるな」
結論から言うと商談は成功した。無事にスポンサー契約と来年の話だが相手会社の新商品のCM起用、そして肝心要の来月のドーム公演の費用の一部負担と、当初の目的を大幅に上回るリターンを獲得した。それには社長の手腕やトーク力も然ることながら、俺たちの存在が大きかった。
というかここがパラレルワールドなのを忘れていた。松上電気って前世で言うところの社名の一部に音速ハリネズミの名前を冠するあの家電メーカーじゃねぇか!確か2008年頃に名前変わったんだっけか。でも何で本社東京なんだろう。確か大阪発祥のはずじゃあ…、ああ移転したのか…いやでもそれって2010年以降の話だよな?まぁいいか…。
今回の商談はまさかの東京本社で行われて、しかも代表取締役…今風に言うとCEOか、そんな偉い方の他に宣伝担当のトップもいて、とても丁寧に対応してくれた。俺とアイは平常通りだが斉藤社長がめずらしく緊張していたのが印象的だった。
「初めまして。株式会社苺プロダクションの斉藤壱護と申します。本日はお忙しい中御面会の機会をいただき誠にありがとうございます」
「初めまして、斉藤社長。松上電気産業株式会社の──と申します。本日はお忙しい中遠方はるばるお越しいただきありがとうございます」
おい社長、あんた俺たちとの初めての面会の時もそんな丁寧に挨拶してなかっただろ。
代表取締役同士で名刺交換をしているのを眺めながら内心で愚痴る。やっぱり一番初めは子供扱いされてたんだな…。いや、いいんだよ別にそれが普通なんだから…。
「ご紹介いたします。弊社所属アイドルの『Mirastrea』です」
ああ、次は俺たちか。こういう機会は初めてだから順番とか分からないんだよな。
「どうも、トゥエルです。名字はありません」
「アイです。将来の夢はエルに名字をあげることです」
「失礼します。彼女たちは名刺を持っておりません」
「構いませんよ。アイドルですものね。初めまして『Mirastrea』のトゥエルさん、アイさん。松上電気産業株式会社の──と申します。本日はお二人の御姿を拝見できて光栄に思います」
「恐縮です」
俺たちは渡す名刺はないけど、すごい人から名刺を貰っちゃった。あの大手家電メーカーの代表取締役の名刺なんて持ってる人なんてそういないだろ。しかもこの後にも大手が三社も控えてるからな…。
「こちらもご紹介致します。弊社宣伝担当の──です」
「ご紹介に預かりました。松上電気の──と申します」
「初めまして。苺プロダクションの斉藤です。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。──こちらが弊社所属アイドルの『Mirastrea』です」
「どうも、トゥエルです。名字はありません」
「アイです。将来の夢はエルに名字をあげることです」
「初めまして。──と申します。『Mirastrea』のお二人にお会いできて大変嬉しく思います!」
──うわっ…すっご…、二人とも可愛すぎるだろ…。
この人はマーケティングとかブランドコミュニケーションのトップの人だろう。この名刺もとても価値のあるものだ。というかこの人、俺たちのファンぽいな。
ていうか俺たちのファン多いなぁ。さっきも受付のお姉さんたちにキラキラした目で見られたし。思想思念を使ったらお姉さんたちの内心がキャーキャー荒ぶってた。でも表情を崩さないあたりさすが大手の受付って感じ。っていうか受付がいるっていいね…。時代が進むに連れて受付不要説とか出てくるし、実際電話一本だけ置いてあるケースも少なくないし。人件費とか色々あるだろうから電話置くのは合理的ではあるんだけど、同時に冷たい印象もあるから、やっぱり俺としては人が居た方が良いと思うんだよね。
まぁそんな感じで無難に始まった出だしだけど、斉藤社長が一晩で作ってくれた企画書が功を奏してなんだかんだ俺たちのスポンサー契約とCM出演が決まったってワケ。
その後の三社もだいたい同じ感じ。今までと違うところは、ちゃんとアイも自分の意見を発言したし、その場に居合わせた全員が打ち合わせに参加できたという点。
まぁ自分のことだし完全に大人たちに任せっきりにするのもなぁ…って思うところがあったからこそだ。それに俺は一応社会人経験もあるから、ちゃんと主体性を持った話をすることもできるし、アイも賢い子だからちゃんと会話の内容を理解できていた。
有意義な時間だったと思う。この人たちとは少なくとも
それに2000年代に突入したらグローバル化や国際化が著しいから、そういう性的マイノリティ──所謂『LGBTQ』も海外に倣って広く一般的に受け入れられるようになっていく。この時代でも既にヨーロッパの一部では法改正がされていたりするし同性婚が認められた地域もある。俺のいた日本では2023年になっても同性婚に関する法律は整備されなかったが、この世界では俺たちが有名になることで何らかのバタフライエフェクトが起きたらいいなと思っている。思想思念で政治家たちの思考を操って法改正をさせるよりも、俺たちの活動が市民感情を焚き付けてゆくゆくは同性愛に関する法律が認められたらいいね。
さて、少し話は変わるが今回の企業訪問にあたり俺たちMirastreaの一つの課題が浮き彫りになった。
それはずばり──サインだ。
少し考えれば予想できたことだが、企業のお偉いさんの中には、本人またはお子さんが観てるからと俺たちのサインを欲しがる人たちがいた。
それは別に悪いことではない。なら何が問題なのか。
俺たちはサインを書いたことがないということだ。
意外かも知れないが俺たちは今までサインをねだられたことがない。
今まではネット上でしかファンと交流していないし、学校の連中は毎日観てるから距離感が近いと言うのもあるし、施設の職員も事務所の二人も俺たちのファンを公言してはいるが特にサインが欲しいと言われたことはない。
だからこうしてサインを求められたこと自体が初めてだったのだ。
もちろん俺は正直に答えた。
サインを書くこと自体が初めてだから、期待しているようなのは書けないと。
そしたらどの相手も皆口を揃えて、全然いい、むしろ初期のサインは後々価値が上がるから貴重だと言われた。確かに理屈は判る。俺たちが自分のサインを考えてそれが形式化したら、初期の原案はもう世に出回ることはないし相対的に価値が上がってプレミアが付くだろう。物理的な価値もそうだし、企業からしても、私たちは昔からMirastreaと交流がある、というセールストークもできるようになるからプラスになるんだろうな。
芸能界って横の繋がりも大事だし、ここで彼らに恩を売っておけば困った時に助けてくれるかもしれない。特に大手企業の上層部に顔が利くというのは芸能界では非常に強みになる。しかも複数の大手だから尚更。
それはそうと帰ったらサインの練習しないとだな。
◆◇◆◇
そして企業訪問が終わって事務所に戻ってきた。
「おかえりなさい。どうだった?」
ミヤコさんが出迎えてくれた。そのまま四人で会議室に向かって進捗状況の報告だ。
「こいつら連れてって正解だった」
「やっぱり…」
ミヤコさんはそれはそうよね、としたり顔だ。
「四社全部が予算の支援とスポンサー契約の他に、一番近いもので再来月のCMも決まった」
「へぇ!すごいじゃない!CMってどんな?」
「食品と家電と衣類、それから化粧品だな」
「すごいラインナップね」
「あぁ…、こいつらの対話力を見誤ってた。今回はアイもちゃんと参加してたし、特にトゥエル、君は本当に小学生なのか?あれはもう大人同士の商談だったぞ」
「まぁ10年も生きてたら大人の世界で切り売りする力も身に付くさ」
「なァに言ってんだクソガキ。大人の世界に出たこともないくせによ。たった10年で粋がるんじゃねェよ」
社長はそうは言いながらも俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。その撫で方は髪型乱れるからやめて欲しい。
「エルの髪乱れちゃった…」
「やだ~、アイ直して~」
アイに泣きついて乱れた前髪を直して貰いながら今日の出来事を振り返る。
簡潔に言うと、俺は自分自身をプレゼンした。相手も当然忙しいだろうからなるべく短い時間で効率良く自己紹介をした。
配信まで観てくれている人は俺のことをある程度は知ってくれているだろうが、動画だけだと歌がメインなので俺たちがどういう人間なのかは分からないだろうし、何よりこれは〝商談〟。それなら俺たちという〝商品〟をアピールするのは当然だ。俺たちには口があるから、自分らで長所をアピールできる強みがある。そこは俺も大人だから、よくある学生の長ったらしい過程をダラダラ書き連ねる出来の悪いプレゼンとは違い、5分程度の時間で合理的に自己紹介をした。
論理的に道筋を立ててじっくり説明するのは時間がある時だけにしよう。そうしないと次の予定も控えている相手には印象が悪くなる。これは前世の就活で学んだことだ。学生は〝相手が自分たちのために時間を作ってくれた〟ということを忘れてはいけないのだ。そこを履き違えている奴は面接で落ちやすい。
今回はそれを俺たちに当て嵌めた。これが世界一のアイドルになった後ならともかく、俺たちはまだ駆け出し──というかメジャーデビューすらしていない。今はまだ大企業の上役相手に上から出ることはできない。子供だからといって何をしても許されるわけではないし、俺たちが下手を打つことで事務所に泥を塗ることになってしまうから、今後も
「はいっ!」
「ありがと~♡」
俺の前髪を整えたアイにお礼として抱きつく。お礼のハグだ。俺たちもグローバル化するのだ。ハグは外国じゃお礼の一環として結構ラフに行われる。
俺たちがイチャイチャしてる間にも社長とミヤコさんの会話は続いていた。もちろんちゃんと聞いてたからね。
「ポンコツなところもあるが、やっぱりトゥエルは可能性の塊だ。俺一人で行ってたらこうはなってねぇ」
「あ?誰がポンコツだって?」
「あ?聞こえてたのか?」
「ちゃんと二人の会話は常に聞いてるよ」
「すごいわよね、それも。そういうのマルチタスクって言うの?同時に意識を割くって出来そうで出来ないわよ」
「そういうところも引っくるめて才能の怪物だよ君は」
「当然でしょ!私のエルに不可能はないんだよ!」
「そのトゥエルと並んで見劣りしない君も十分
「アイも今日はちゃんと会話に交ざったんでしょ?業界は違えど相手は全員大物なのに、それを理解した上で物怖じしないし大したものだわ」
「へへん!私はとなりにエルが居てくれるなら無敵なんだよっ」
瞳の一番星を煌めかせながら、アイがえっへんと胸を張ってドヤ顔を披露している。
「私もだ。アイが居てくれるから私は私でいられるんだ」
アイがいるから俺も無敵になれる。怖いものなんて何もない。だから絶対に離さない。アイは未来永劫俺のものだ。
──また頭を撫でられた。先ほどの社長の乱雑なそれとは違い、優しく労るような手つきだ。
「トゥエル。大丈夫よ。ここにはあなたの敵はいないから。肩の力抜いていいのよ」
ミヤコさんだ。…俺はまた
「…うん。ありがとう」
「エル…大丈夫。何があっても私はエルのそばにいるから。死んでも離れないって約束したよね。たとえエルが私を要らないって言ったとしても、絶対に離れないから」
「うん…、何があってもアイと一緒にいるからね。私だってアイに邪魔って言われても絶対に離れてあげないから」
「うん。愛してるよエル」
「愛してるよアイ」
俺の心にはまだ不安が残っている。これは長年かけて蓄積されたもので、そう簡単に消えるものではない。だからこそ俺は独りで生きようとしていた。そうすれば苦しくなることも、悲しくなることもないから。苦しみと悲しみは感じないし、寂しさだって自分に嘘を吐いて
アイが初めて俺の心の最奥にまで入り込んで来た。その時から俺の心はアイに捕らわれている。アイなしではもう生きていけなくなるほどに、俺はアイに依存している。
「私もエルも弱いから、一人では生きていけない。だから二人で助け合って生きていこう。どっちかが迷ったら、もう一人が正しい道へ戻してあげるの。二人とも迷ったら、二人でしがみつきながら正しい道を探そう。そうすればお互い寂しくなんてならないから」
アイも心に闇を抱えている。この歳で、誰にも言えないようなものを抱えて生きている。それでも俺だけには打ち明けてくれたことが嬉しいし、
だからこそ、お互いの存在が心の拠り所になっているんだ。それは誰にも引き裂くことのできない、永遠の絆。
「これからどんな奴が来ても私がぶっ倒してやる。私はアイの心と体の両方とも護る。自分の身は自分で護れる。でも、心はべつ。だからアイは私の心を護って。これはアイにしかできないこと。アイにしか頼めない〝お願い〟だよ」
「うん!もちろん!エルはそうやってもっと私に
「…そうする」
「遠慮しないでいいからね?むしろどんどん頼まれたいの。唯一私だけがエルの心にふれられて、その守護を
そう笑顔で言うアイの表情には、言い様のない歓喜が渦巻いていた。
一番星が白く燦々と煌めいている。それはアイの気持ちが昂っていることを表していた。
「うん!これからもいっぱいアイにお願いしちゃう!」
「えへへっ!私もたくさんお願いしちゃうもんね!」
それは俺だけが生み出せる、アイの裏表のない本当の笑顔。つられて俺も自然な笑みが浮かんでしまうのだった。
「ゆ、百合最高…」
「綺麗にまとまったところで明日以降の予定話すぞー」
◆◇◆◇
帰宅後、夜──
「アイ、私に命令されたいの?」
「えっ…、正直エルに命令されるのは嫌じゃないなって…」
「ふーん。じゃあ服、脱いで」
「えっ?」
「何?命令してるんだけど。服脱いで全裸になって?」
「っ…はい…♡」
ヌギヌギ
「じゃあこっち来てここで足広げてごらん」
「あぅ…♡わかりました…♡」
スッ…ピトッ…
「ひゃん!?♡」
「ん?濡れてるじゃん。何?興奮しちゃってるワケ?」
「…うん♡」
「そう…」
ピンッ!
「ふあぁあぁぁっっ♡♡♡」
「ちょっとココ弾いただけなのに、そんなに腰上げちゃって。エッチな娘だねアイは」
「やぁ…♡いきなりはだめぇ…っ♡」
「ほら、アイ。おねだりして?」
「おねだり…?」
「うん。私のココをたくさんいじめてくださいって言って?」
「エルのえっち♡…私のココをたくさんいじめてください♡」
「ふふ♡今日は私がアイを犯すから」
「うん♡きてぇ…♡エルぅ…♡私をめちゃくちゃにしてぇ…?♡」
「っ…!アイッ!」
「きゃぁーっ♡♡♡」
今回はエルの完全勝利!!
「フフフ……アハハハハハッッ!!!」
その後──
ボフッ
「ふぇ…?」
「はー…♡はー…♡どうしようエル…♡私今すごく興奮しちゃってる…♡」
「へ…?っ!?な、なんで私は押し倒されて──」
「もっとぉ♡もっとシたいよぉ♡アハァ…♡まだまだイけるよね?今度は私の番だよエルぅ♡」
「えぅっ!?♡あ、アイ、待っ──ン"ア"ッッ♡♡♡」
完全勝利──かと思いきや、やっぱり最後はこうなる運命であった。
【天使】
株式会社苺プロダクションの〝商品〟として打ち合わせに望んだ。朝起きてモーニングルーティーンをして一息ついてたら社長が迎えに来た。その時に企画書なるものを渡されたが一通り目を通しただけで完全暗記した。トゥエルボディ万歳。
そういえばここパラレルワールドだったなぁ。某大手企業の本社ビルに訪れて挨拶を交わしたのち、社長とアイと共に打ち合わせ開始。ちゃんと自分の商品価値を理解しているのでスムーズにアピールできた。結果的にCM契約まで漕ぎ着けた。数年後に食器洗浄器の気配。前回ホウレンソウを怠って社長に迷惑をかけた分はしっかり返した。
事あるごとにヘラりかけるのは早々治るものではないが、頻度は着実に減っている。あと周りの人に恵まれている。アイは言わずもがな、社長もミヤコさんも彼女をよく視ている。
今まですっかり忘れてたけど、アイドルになったらサインが必須だから、アイと二人でサインの練習を始める。
【一番星】
出掛ける前に社長に渡された企画書はちゃんと読んだし、打ち合わせにもしっかり参加した。芸能界に入った以上、自分たちが事務所の〝商品〟であることは理解している。子供ならではの視点で自分たちの〝商品としての〟メリットを言葉にして説明できる才能がある。実は国語の成績がかなり良かったりする。特に登場人物の気持ちを答える系は外したことがない。だからエルの考えてることは何でもわかるし、エルが自分にだけ本心をさらけ出してくれることも理解している。それが何より嬉しい。信頼の証を感じている。
アイ自身、エルには本当の自分を出していられるからすごく楽だし、お互いに自分だけ本心を出すことができるという〝特別感〟が〝優越感〟に結び付いていてご満悦。
自分の嫌なところも大好きだと言ってくれたエルが大好き。エルは私に心が捕らわれてるって思ってるかもだけど、私の心もエルに初めて出逢ったあの時から捕らわれているんだからね?
ちなみにサインはエルに似せるつもり。
***
念のため。
プレゼンに関しては物の例えですので悪しからず。時と場合により優秀なプレゼンの形は異なります。
大学の研究なんかは過程を長く濃く書いた方が良い場合もあると思います。