「星野アイ…です…」
「どうも。トゥエルです。名字はありません」
アイを初めて見た時、直感的に寂しがりな子だなって思った。
〝アイ〟という名前を貰っていながら、〝愛〟を知らない子。
実はアイがやって来る前に、施設の職員たちの思考を盗み聞きしてどんな子が来るかは知っていた。家庭環境とか、ここに来ることになった経緯とか。
その時点ではただ可哀想だな、としか思わなかった。だってここじゃそういう子はめずらしくないし、言い方は悪いけどその程度の不幸なんてありふれてる。俺は特殊過ぎるけど。
そうそう、俺の出生届って存在しないらしいよ。ついでに出身も不明らしい。出生届がないってことは、戸籍もない。その上自然界に存在しない虹色の瞳ってことで色々勘繰り入れられそうになったから、自衛のために『思想思念』を使わせていただきました。いやあ常識改変と思考操作って便利だね。と、その時は我ながら屈託のない天使の微笑みを振り撒けていたと思う。
具体的に言うと、トゥエルという存在は〝天界から舞い降りた天使の生まれ変わり〟のごとき美少女であり、〝虹色の瞳は世界でトゥエルだけが持つ特別な瞳〟という刷り込みを世界にかけた。戸籍に関しても適当に誤魔化した。
いやはや…思想思念が汎用性高すぎる。他人に対して、『あなたはこういう存在である』と使うのではなく、自分に対して、『私はこういう存在である』と使うのであれば罪悪感も生まれない。
細かく説明すると複雑になるが、ざっくり言うとまず最初のは、本当に種族的な意味での天使ではなく、『あくまでそのような存在である』と認識させた。
次に虹色の瞳の方だが、これは文面通りの唯一性の他に、『
これらが合わさることで、結果的に周りからは、『種族的には自分たちと同じ人間だけど、他に類を見ない唯一無二の虹色の瞳を持ち、まるで天使が舞い降りたと錯覚するほどの美少女』として見られるようになる。最後の『美少女』の部分は元からなので結果的に重複しちゃったけど別にいいか。
とにかくこれで将来的に不審に思われたり、コンタクトで隠したりする必要もなくなる。それにしても、〝天界から舞い降りた天使の生まれ変わり〟なんて、まるでアイドルのキャッチコピーみたいになっちゃったような気がしなくもないけど。そのまま放置して
施設にやって来たアイは服も身体もぼろぼろで、身体中にたくさんの傷跡や怪我があった。顔はまったく無傷なところを見ると余計に酷い。
よくもまぁ自分が腹痛めて産んだ子にこんな仕打ちが出来るなあ。一般家庭で育って真っ当な愛情と倫理観を受けて育った俺からすると、本当に信じられない。この子の母親が出所して引き取りに来たら奪ってやろう。そもそも来ないかもしれないけど。
施設の子は親から愛されなかった子が多くて、そういう子のほとんどが愛情に飢えている。
その中でもアイは特にその想いが強いと感じた。
なら、俺が愛してやろう。
その心も身体も、全部、全部。俺の愛で埋め尽くしてやろう。でもって俺も愛してもらおう。これぞWin-Winの関係だ。何時如何なる時も、俺は美少女の味方だ。
そう思って行動に移したのは、アイが来て二日後の夜。共同部屋で一人で窓際に座って星空を見ていたアイに声かけた。儚げな美少女って感じで様になってるなぁ。
「ね、アイちゃん」
「…?エルちゃんだよね?」
「おっ!私のこと覚えててくれたんだ!どうも。トゥエルです。名字はありません」
「…どうしたの?」
おっとこれは若干冷ややかな視線だと…。どうやら俺のナイスな自己紹介が空振ってしまったようだ。だが、そんなこといちいち気にしている暇はない。これからこの子との距離を縮めるために俺は頑張らなければならないのだ。今日はその第一歩だ。
「今から部屋に来て欲しいんだ。見せたいものがあるの」
「…別にいいけど」
「ありがと!じゃあ早速行こ」
そう言って歩き始めると、アイも俺の後をついてきてくれた。俺とアイの部屋は同じだ。何でも歳が同じで女の子同士と言うことで相部屋にされた。
あ、そうそう俺って今7歳らしい。いやーまさかアイと同い年なんてね。一応言っとくと
昨日は最低限の会話しか出来なかったから今日は進展したい。いや、初対面の美少女との距離の詰め方なんてコミュ障に分かるわけないだろ!ノリとフィジカルと顔面で行くしかない。ていうかそれしか知らない。
「アイちゃんもここ座って」
部屋に着いてベッドに腰掛けると、ぽんぽんと隣に座るように促す。
だけどアイはそんな俺から人一人分の距離を空けて座った。うわぁきっつ…やっぱり警戒されてるよなぁ…。いやいや、頑張れ俺。めげないしょげない泣いちゃだめ!いけいけトゥエルちゃんだ。
「見せたいものってなに?」
「その前に!今からの出来事は誰にも言わないって約束してくれる?」
「えっと…エルちゃんはなにをするつもりなの?」
「なにも。ただ私とアイちゃんの二人だけの秘密にしたいなって。だめ?」
「うーん…ものによるかなぁ」
「そっかぁ…」
完全に警戒されてる。今までの経験から誰にも気を許すことができなくなっているみたいだ。
仕方ない。先に見せるか。
「わかった。なら先に見せるね。これ以上不安にさせたくないし」
そう言って俺は立ち上がってアイの目の前に行くと、『純白の百花翼』を解放した。
「──────え?──────えっ!!!???」
翼を展開して数瞬。訝しげな視線を向けていたアイはようやく目の前の非常識な状況に脳の処理が追いついたようだった。
わぁ、アイの大きなおめめがぐるんぐるんだあ。一番星がチカチカしてる~。
「アイちゃん」
「え──エル…ちゃん…?それ…えっ!?」
突然翼の生えた俺に、開いた口が塞がらないアイ。
信じられないものを見たと、何度も眼をパチパチさせている。
「アイちゃん、聞いて」
私さ──
天使なの。
◆◇◆◇
「私さ、天使なの」
そう言って私に微笑んだエルちゃんは、とっても綺麗で。
その瞬間、私は彼女に恋をした。
自分が望まれて産まれてきたわけじゃないということは、
毎日ぶたれて、叩かれて、冷たい水をかけられる。煙草を押し付けられたこともある。
時々おうちに来る男の人は、私に
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」
何度も繰り返す言葉に、女の人は泣きながら私を傷つける。
痛いのが普通だった。
怖いのが普通だった。
いつしか心を閉ざし、泣き叫ぶことも止めた。
きっと本能的な自己防衛だったのだろう。
どんなに苦しくても声をあげず、地獄のような時間が過ぎるのを黙って耐え忍んでいた。
女の人は私の顔だけは決して傷つけなかった。
それは周囲にバレないようにするためか、それとも──
ある日、いつも夜遅くに帰ってくる女の人が、その日は朝起きても帰って来なかった。
いつも冷たい水をかけられて起きてたから、自然に目が覚めたのは本当に久しぶりだった。
体を起こそうとしたら、前の日に叩かれたお腹が痛くて、よろめいてしまった。
それでもなんとか立ち上がると、やけにおうちが静かだと言うことに気がついた。
しばらくすると、家に知らない人たちがやって来た。
何を話していたかはあまり覚えていない。
ぎゃくたい、かんきん、とか、おかあさん、たいほ、ひきとりさき、しんけん、とかしせつが何とか。
あれよあれよと話が進んで、私はこの施設で暮らすこととなった。
◆◇◆◇
「どうも。トゥエルです。名字はありません」
始めて会った時、お人形さんが喋ってるって本気で思っていた。今でも半分くらいは思ってる。
まず目を惹いたのが、大きな虹色の瞳。思わず言葉をなくして魅入ってしまう。なんて綺麗な瞳なんだろう。女の人がたくさん身に付けていた宝石のアクセサリーよりも、このお人形さんの瞳の方がずっと美しく感じた。瞳の中にたくさんのお星さまが光ってるみたいで…。そういえば昔、女の人がまだ優しかった頃に読み聞かせてくれた絵本の中に、星の集まりを表す名前があったなぁ。たしか…〝銀河〟だっけ。
次に目を惹いたのが、煌びやかな金髪。
小さくて筋の通った鼻も、艶やかな唇も、真っ白な肌も、彼女を構成するすべてがこの世の何よりも美しくて。
まだ多くのものを見てきた訳ではないけど、金輪際このお人形さんよりも綺麗なものは現れないんだなって確信した。
美しい、という言葉が服を着て歩いている?って感じなのかな。『美』そのもの。
あと近寄るとすっごいお花の良い匂いがするの。お花畑で寝転ぶとこんな感じなのかな。
私を産んだ女の人が言うには、私は女の人に似て綺麗な顔をしてるらしいけど、同年代の子供を見たことがない私にとって、どんな顔が綺麗だとかが一切わからなかったから、その言葉を正しく理解していなかった。可愛いとか綺麗とか、そんな漠然としたものの中で細かいイメージが出来ていなかったのだけれども──今始めて
〝可愛い〟ってのはこのお人形さんのお顔のことを、〝綺麗〟っていうのはお人形さんの全体を見たときの雰囲気のことを言うんだって。
お人形さんはトゥエルちゃんって言うみたい。
慣れない外国の発音に戸惑っていると、トゥエルちゃんは「エルって呼んでくれたらいいよ」って言うから、〝エルちゃん〟って呼ぶことにした。私のことも〝アイ〟って呼んで欲しかったけど、この時の私は色々いっぱいいっぱいでタイミングを逃してしまって言えずじまいだった。
私の部屋はエルちゃんと同じで、最初の日はインパクト抜群のエルちゃんのキラキラオーラに当てられてたじたじになってしまった。
結局ほとんど何も話せなくて、同室の子なのに初日からこんなんじゃ良くないなぁ、なんて考えていたけど、今まで誰ともまともに喋ったことのない私にはどうやって人と接すれば良いかなんて知る由もなかった。
エルちゃんも私を気遣ってくれたのか、必要以上に話しかけてこなかった。
エルちゃんは圧倒的に人気者だ。
あの見た目で明るくて優しいし、時々大人の人よりもしっかりしてると子供ながらに感じる部分もあるし、施設の人に代わって子供たちに絵本を読み聞かせたり、おうたを歌ってくれる。しかもとっても上手い。そもそも地声からしてすごく透き通っていて綺麗。だからエルちゃんは人気がでない訳がなかった。エルちゃんの周りには常に人がいて、私なんかが入れる余地はこれっぽっちもなかった。
私が一人でいると、アイちゃんもおいで、なんて優しい笑みで迎えてくれて。恐る恐る近づくと私に向けられるいくつもの視線。それに怯えていると、エルちゃんが私への視線を遮るように然り気無く前に立ってくれた。
もう一度みんなに名前を聞かせてあげて?って柔らかな音色で囁かれて、エルちゃんの服の裾にしがみつきながら恐る恐る名前を告げると、拍手と共に次々と自分の名前を教えてくる子供たち。
どうしようかと思った。初めて会ったのがエルちゃんで、ものすごい衝撃を受けたからか、他の子たちの名前が記憶に残らない。脳内がエルちゃんのことで埋め尽くされて、それ以外の情報が入る隙間がないって感じかな?
そんな訳で、終始エルちゃんの腰巾着的存在だった昨日の私は、部屋に着くなり寝てしまったのだ。
意識を落とす直前に、おやすみ…私のアイ。なんて聞こえたのはあまりにも都合が良すぎる幻聴だろうか。
◆◇◆◇
二日続けて朝日で目が覚めるなんて、いつ以来だろう。
そんなことを思い出すのも億劫で、ぼんやり布団にくるまっていた。
今日こそはエルちゃんと仲良くなりたいなぁって思いつつも、やっぱりタイミングを掴めなくて気付いたら夜になっていた。
窓際で星空を眺めていたら、エルちゃんに声をかけられて部屋に行く事になった。見せたいものがあるとか。
部屋に着くなりエルちゃんは自分のベッドに腰掛けて、すぐ隣をぽんと叩いて私にも座るように促した。でも真横は近すぎてきっと緊張しちゃうから、私は少しスペースを空けて座った。その事にエルちゃんは僅かに悲しげな顔をしたけど、なまじとんでもなく顔が整ってるからそんな顔されたら私に刺さる。色々と。あぁでもそんな顔のエルちゃんも可愛いなぁ…。
私が内心で悶々としていると、エルちゃんは、今から起こることは二人だけの秘密にしてほしい、なんて言う。
中身にもよるけど、私のエルちゃんの二人だけの秘密だなんて、なんて素敵な響きなんだろう。
「…ものによる、かなぁ」
「そっかぁ…」
あぁぁ!!エルちゃんをまた悲しませてしまった!!そんなつもりじゃなかったのに!!あぁもうほんと私ってダメだな。
エルちゃんはわかったと言って立ち上がると、私の前に来て先に見せるという。
私が首を傾げると、次の瞬間ふわっとお花の香りが私を包み込んだ。
そこにはたくさんのお花で結ばれた翼の生えたエルちゃんの姿…。
──えっ?
な、なに!?何が起きてるの!?羽…が生えた!?目の前の可愛い女の子から羽が生えた!!
思わず唖然と口を開いてポカンとしてしまう。きっと今の私はものすごく変な顔をしていると思う。それでも何度も目を擦ったり、瞬きを繰り返すうちに、徐々にだが目の前の光景が現実のものであると認識していく。
いつの間にかお洋服も違っていた。
赤を基調に胸元に金の装飾の描かれた、物語のお姫様が着ているようなとっても綺麗で可愛らしいオフショルダーのウェディングドレスと、純白に金の装飾の施されたレースグローブ。
背中の羽に視線が行きすぎて気づくのが遅くなってしまった。
なんて…。
なんて綺麗なんだろう…。
これは、そう──
エルちゃんの小ぶりで可愛い口から紡がれるその単語。
ああ、そうだ──
この子は──
「天使さま…」
まばゆい黄金の輝き。
色とりどりの花が咲き乱れるその羽はまさに百花繚乱。
薄汚れた私とは違う、根っからの光の化身。
私の心が──魂が震えている。
──欲しい。
畏れ多くも、天使さまのとなりに立って、誰よりも近くで見ていたい。
──欲しい。
畏れ多くも、天使さまにはこの先他の誰でもなく、私だけを見てほしい。
──欲しい。
私のすべてを捧げます。だから、どうか。私にあなたの〝愛〟をください。
これを一目惚れと言わないなら、何だと言うのか。女の子同士?それがどうした。
今でも決して忘れることはない。
あの日、私は初恋と奇跡を同時に体験して、
◆◇◆◇
「私さ──天使なの」
翼を解放して微笑むと、アイは大きな目をぱちくりさせながら「天使さま…」と呟いた。
彼女の瞳の一番星がキラリと輝きを放った気がした。
アイが驚いているのを見て、俺は以前かけた世界への刷り込みが上手く働いていることを確信できた。俺は周りからしたら『天使の生まれ変わり
アイからしたら、天使のように可愛い子が、実は本物の天使でしたー!と盛大にネタバラシされていることになるから、そりゃ驚くわけだ。
「う…、うん…!エルちゃんは…天使さま…」
「そう。我が名はトゥエル。天界の特異点──無常天の支配者」
「む、じょう…てん?」
「………」
「エルちゃん…?」
やべ…かっこつけて名乗りあげて無常天って言っちゃったけど、何にも考えてねぇ。
何とか誤魔化さないと。そもそも原作でも無常天の説明詳しくされてないしな。自分で言ったことなのに恥ずかしい。
「アイ」
「な、なに?」
いまだに座ったままのアイの頬に触れて、スッ…と首筋にかけて撫でる。
「綺麗だ」
「──ッ!?」
俺が呟いた数瞬後、何を言われたか理解したアイはボンっと音が聴こえてきそうなほど真っ赤になった。人ってこんなに急に顔を赤くできるんだな…。
「このきめ細かい髪も、柔らかい肌も、一等輝く星を宿すこの眼も。君を構成するすべてが美しいと思っている」
「そ、そ、そんなこと!わ、わたしなんかよりエル…とぅエルさまの方がずっとずっとずっと綺麗で美しいですっっ!!」
「そんなことはないよ。アイはとても美しい。それと、もうエルって呼んでくれないのかな?」
「あ、…わ、わたし、天使さまだって知らなくて!エルちゃんだなんて呼んじゃって…っ」
「気にしないで、アイ。私は嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったよ。私のことだけを名前で──それも愛称で呼んでくれる。君の特別になれたようで」
「と…とくべつ…エルちゃんはとくべつ…」
アイはさっきから俺が喋るたびに真っ青になったり真っ赤になったりと世話しなく情緒がアップダウンしている。そんな姿も微笑ましい。今の俺はトゥエルムーブできているだろうか。
あ、ちなみに思想思念はオフにしてる。常に心が見えたらつまらないからね。
「そう、特別。そしてそれは私も同じ。アイは私の特別だ。君に出逢えたことに祝福を」
そう言って俺は手のひらに治癒の力を込めて、アイの身体へ両手をかざした。初めて見た時からアイの身体に傷や痣があるのはわかっていた。俺はどうしてもそれを治したかったのだ。だからこそこうして天使であることを明かした。これなら誤魔化すことなく魔法だ祝福だと言って治療できるから。アイは俺に隠そうとしていたけど、俺の眼は誤魔化せない。
アイの身体を俺の治癒の力が覆い、ぼんやりと蒼白く発光する。
「わぁ…!」
いきなり光に包まれたアイは驚きつつも感動しているようだった。
──よし、全部治った。
「だからこそ、私は君を傷つける者を赦さない。可憐なアイに、そんなものは似つかわしくない。故──勝手ながら治療させてもらった」
「えっ…──ッ!?う、うそ!?」
俺がトゥエルムーブで、怪我全部治したよー!って伝えると、アイはおもむろに着ていたTシャツを捲り上げて──って、ウソぉ!?
ち、ちっぱいが!ちっぱいがァァァ!!ロリのちっぱいが目の前に!!!!!
まだ小学生に上がったばかりのアイは下着なんてものは着けていない。胸の膨らみすらないような年齢だが、確かにそれはあった。ほんの僅かにだが膨らみを確認できる──おっぱいが!
ア、アウトー!否!否!セーフ!!だって俺は今、女の子だから!!これは女の子同士がじゃれ合って片方の子が服を捲り上げて私おっぱいちゃんとあるでしょ!ってドヤ顔でちっぱいを見せつけてる微笑ましい光景に過ぎないんだ!!
そんな慌ただしい俺の内面を、無情にもこのトゥエルボディは反映してくれない。きっとまだトゥエルになって日が浅いから、精神と肉体が完全にリンクしていないんだろうな。慌てふためく内面とは裏腹に、この程度では動揺なんてしませんとばかりに淡々と言葉を紡いでいく。
「私のエゴ──自分本意な気持ちで治した。…すまない。どうしても、私のアイに傷が残ったままなのは嫌だったんだ──っ…アイ?!」
話の途中だったが、アイの大きな目がうるうるしだして、大粒の涙を溢した。
な、泣いた────!?なんで!!?いやちがう!!どうすればいいんだこういうとき!!えっ、嬉し涙だよな…!?そうであってくれ!
アイの両肩を掴んで目線を座ったままの彼女の高さに合わせる。人は同じ高さの視線に安心感を覚えるとかなんとか…いや、それは猫だったか?
「アイ!泣くほど嫌だったのか…!?すまない、私が勝手に知らなくて──」
「ちがうの!」
相変わらずトゥエルボディだから顔には出ないものの、中身は俺なので、さっきの捲り上げ事件の時とは違って真面目に──いや、さっきも俺としては大真面目だが──動揺しまくりで、内心あたふたしてるとアイが俺の目を見てはっきり聞こえる声で違うと言った。
「アイ…?」
「ちがうの…!うれしくて…とぅ──エルちゃんが私の事をとくべつだって言ってくれたり、私を傷つける者を赦さないとか、わ、私のアイ…って言ってくれて、身体の痛くて怖い怪我を全部何処かへやってくれた事が…うれしくて…そしたら…涙が出てきて…それで…っ…今までそんなふうに言ってくれた人…いなくて…っ…泣いたって何も変わらなくて…もう泣かないって…きめた…のに…っ」
「アイ」
俺は自分でも気づかないうちに、アイを抱きしめていた。
彼女の黒髪からふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。俺の方が身長が高いけど、身長差とか感じないくらい腕の中のアイは小さく感じた。だから──吹けば飛んでしまうようなこの小さなお星さまを力強く抱きしめる──俺の元から離れないように──。
栄養も満足に行き渡っていないのだろう。細くて骨ばった肩や背中を優しくさする。
「泣いたっていい」
「ぇ…」
「この涙はアイが頑張った何よりの証だ。…アイ、人はな──幸せを感じた時にも涙を流すんだ」
「ぁ…しあわせ…わたし…っ…しあわせに…なっていいの…?」
「ああ。私が許す。金輪際悲しい涙とはさようなら。これからは幸せになって…思いっきり泣けばいい。これがアイの初めての幸せな涙だ。……今までよく頑張ったな。これからは私がいる。もう独りじゃない。だから──もう我慢しなくていいんだよ、アイ」
「あ…ぁ…っうわああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
俺にしがみついて泣きじゃくるアイを、彼女が泣き止むまで抱きしめて頭を撫で続けた。
◆◇◆◇
しばらくアイを抱きしめていると、不意に背中を優しく叩かれた。
もう大丈夫ってことなのかな。俺は抱きしめていた腕を解くと、アイの両肩に手を置いた。
そこには上目遣いで俺を見つめるアイがいた。目元は真っ赤に腫れていたけど、その表情は今までにないくらい穏やかもので。何か憑き物が取れたような清々しさすら感じられた。
「エルちゃん…、ごめん。急に泣いちゃって…」
アイは頬を染めて恥ずかしそうにしている。なんだこの可愛い生物。アイを愛おしく感じる。
「んー?大丈夫だよ。アイはもう大丈夫?」
「うん。もう平気。すごく楽になった…。こんなに心が軽いのは初めてだよ」
「それは良かった」
そう言って俺は元の格好に戻った。翼を消して服も戻す。
「あ…」
するとアイがどこか残念そうに呟いた。その声色と表情はつまり…?
──もう少しだけ見たかなったなあ…エルちゃんの天使の姿。
ふむ…。存外気に入られたっぽい。
一瞬だけ心を読むと、聴こえてきたのはそんな声。確かに自分を客観的に見てもとてつもなく綺麗だもんなぁ俺の天使の姿。正直二次元にだって勝ると思ってる。俺の顔面も含めて。
「時々元の姿に戻るよ」
「え?…もしかして声に出してた!?」
「いや?何となく残念そうにしてたから」
「ば、バレてる…!」
「ふふ…。二人だけの秘密ね?」
「っ!う、うん!!約束!!」
人生二回目の俺と違って、アイはまだ7歳の子供で、心に闇を抱えながらも必死で生きている。
泣かなくなった、というのは生き抜くための防衛反応だろう。この歳でそこまで追い詰められてなお、アイは生きることを諦めなかった。
近しい人も居らず、誰にも言えず、弱音も吐けず弱みも見せられず、今まで一人で懸命に生きてきた。
俺がアイにできることは何か──
彼女の心の拠り所になろう。この先アイがどんな道を歩もうと、俺のところに戻ってきたときに、その一瞬だけでも心も体も休めるように。そう自分自身に誓う。
俺のすべてを懸けて、この子を幸せにするんだ。
◆◇◆◇
エルちゃんにすべてを曝け出した私の心は、驚くほど軽くて晴れやかだった。
もう何も怖くない。そんな思いが言葉となって口からこぼれてしまうくらい。
それを聞いたエルちゃんは何故かぎょっとした顔で私を見ていたけど。
それにしてもまさかエルちゃんの正体が天使さまだったなんて。
綺麗だったなぁ…。
普段の施設のお洋服を着たエルちゃんも、素材が極上だからめちゃくちゃ可愛いけど、あの天使さまのお洋服を着たエルちゃんはもうなんて言うか、眩しすぎて直視できない。だって髪の毛ほんとにキラキラ光ってるんだよ!?あの大きな虹色のおめめだって中にたくさんのお星さまが見えたし、お花の咲き乱れた羽はもうそこにあるだけですっごい良い匂いするし!!
なるほど、エルちゃんのお花の香りってあのすっっっごく綺麗で可愛い羽だったんだねぇ。
いや、でも髪の毛とか何ならエルちゃんそのものからもものずこぉぉぉぉく良い匂いするし、色取り取りのお花畑に寝転んでいる自分が幻視できるくらい。
「えへへ…」
私に抱きついて眠るエルちゃんを見て思わず口角が上がる。
そう、なんと私!エルちゃんと同じベッドで寝てます!
きゃー!!!よくやった数十分前の私!あなたがMVPよ!
エルちゃんを起こさないように、静かに、それでいてじっくり寝顔を観察する。
うわぁ、きゃわ~~~♡♡♡
髪の毛つやつや!!電気消してるのに光って見える!!
睫毛バサバサ!!しかもなが~~~い!!
鼻筋高くてシュッとしてる!!
お口ちっちゃい!!しかもぷるぷる!!
お肌とってもきれ~~~!!
ほんと天使というか、お人形さんだよ…。
こんな可愛い子がこの世界には存在するんだね…。
綺麗な人を例える言い方で、何人中何人が振り返る、みたいな表現があるらしいけど、それこそエルちゃんは100人いたら間違いなく100人全員が振り返るでしょ!
私がエルちゃんに惹かれてるっていうのを抜きにしても、満場一致で世界一の美少女だって認められると思う。
エルちゃんのせいで、私の中の『美しい』『綺麗』『かわいい』がエルちゃんで固定されてしまった。きっとこの先の人生でエルちゃんより美しくて、綺麗で、かわいいものなんて現れないし、他のものを見ても、それが美しいとか綺麗とかかわいいって認識はできても、その感動は酷く淡白なものになっちゃうんだろうなぁ。だってエルちゃんを超えるものなんてこの世界にはないだろうし…。しかもエルちゃんの場合、見た目だけじゃなくて中身も天使さまだし。まったくもう!どうしてくれるのエルちゃん!私をこんなにした責任は取ってもらうからね!
ああ、エルちゃん…。
私の天使…。
私だけの天使…。
これから先の人生はあなたと生きる。そう決めたの。きっとあなた以上に素敵な人は現れないから。
まぁ、エルちゃんを見て、その人となりに触れたら誰だってそういう感想を抱くと思う。
それくらいの魅力がエルちゃんにはある。ていうかこんな素敵な人なのに誰よりも可愛くて綺麗とかちょっとズルくない?天は二物を与えん?だっけ。二物どころか三物も四物も与えてるよ!あっ!でもエルちゃん自身が天使さまだから問題ない?それもそっか!
それにしても、さっきのエルちゃんの台詞ってさ…。
これからは私がいる、かぁ…。
うわぁうわぁうわぁ!!それってもうプロポーズ!?エルちゃんって意外と抜けてるっていうか、あんなクールで澄ましてるくせに鈍いっていうか、絶対本人わかってないよね!?でもでも!!あれはもうプロポーズの言葉だよね!?
これから先の人生は常に私と一緒にいるって事だよね!?わぁ~~~♡♡♡
もうすっかり私の心はエルちゃんに囚われてしまった。
ううん、違うな、自分から嵌まりに行った、が正解かも。
だってあんな…。あんなに的確に欲しい言葉をくれる、同い歳?のめっっっちゃ可愛い子が目の前に現れたんだよ!?向こうにその気がなくても、こっちからイクでしょ!!もうエルちゃん以外見えないよ…!!私をこんな風にした責任取ってもらうもん!!
エルちゃんのことを考えると、胸のあたりがキュッて締めつけられるような感じがして、そこから暖かい気持ちが広がって身体がぽかぽかする。エルちゃんのことを何よりも大事にしたい、どんなことでもしてあげたいって思う。エルちゃんとこれから先もずっと一緒にいたい、今後の人生をエルちゃんと共有したい。きっとこの感情こそが『愛』っていうものなんだろうね。
私の名前と同じ音の響きを持つその言葉の意味を、今まではまったく理解していなかったけど、エルちゃんがそれを教えてくれた。一緒に住んでいた女の人も、愛は言葉にして伝えるべきだって言ってた。アレの言うことを聞くのは癪だけど、今この瞬間にも溢れそうになるこの想いは、決して心の内に押し留めておくようなものじゃないことくらいは、私にも
「愛してるよ、エルちゃん」
スヤスヤ可愛い寝息をたてるエルちゃんの唇に、そっと自分の唇を押し当てた。
エルちゃんがいけないんだよ?あんなにかっこいいのに、こんなに可愛くて、無防備だから。
だから、私に唇を奪われてるんだよ?
エルちゃんの胸元に顔を埋めて、大きく、深く、長い深呼吸をする。
「ふわぁ…♡」
脳内にお花畑が広がった。
私とエルちゃんの未来予想図。幸せ家族計画。
エルちゃんと同性故の大恋愛(イチャイチャましまし)して、その果てに結婚して、子供をつくって…子供を…つくって…、こども…を、つくったら…、私とエルちゃんの二人きりの空間に、邪魔に、なる…?
エルちゃんが私たちの子供に
エルちゃんは私のなのに?
──イヤだ。絶対にイヤだ!!
エルちゃんは私の──私だけの天使なのに!!
私からエルちゃんを奪うのは、たとえ私とエルちゃんの子であってもゆるさない。
もしそうなるのであれば──
──子供はいらないかな。
◆◇◆◇
美少女の激重感情さいこー♡
実は起きてるんだよね。
アイが俺にベタ惚れして、激重感情を向けてきた。
まぁ、おそらく表立っては向けて来ないだろうけど。
でもそれも時間の問題だ。
アイが向けないなら俺から向ければ良い。
別に二次創作みたいに気づかないフリとか、そもそも鈍感で気づかないとかじゃない。
トゥエルの肉体と能力で人心掌握が出来ないはずがない。
キスされちゃったなぁ。これはキマシタワーを建設しなければなりませんねぇ。
ここが現代日本なのか、それとも何かの作品の原作世界なのか、そんなことはどうだっていい。
俺がトゥエルとなってここに零れ落ちたからには、やるべきことがある。
それは──
美少女と純愛の果てに結婚して幸せな家庭を築くこと!!!
そのためなら俺はどんな手段も厭わない。
基本的にはトゥエルのロールプレイでやっていくつもりだし、本当にヤバイときは躊躇いなく能力を使わせてもらう。
仮にここが何かの原作だとして、俺はハッピーエンドとか救済とか原作沿いとかどうだっていい。
世界がどうなろうと知ったこっちゃない。
だが──
俺のお眼鏡に叶った美少女に降りかかる不幸だけは、全力で振り払ってやる。
その結果、バタフライエフェクトやらでハッピーエンドやバッドエンドになろうと俺には関係ない。
でも娯楽は必要だ。
もし世界が滅びてしまったら、俺たちは何を楽しみに生きていけば良いのか。
そう考えると、世界というのは常に正しく
だから、もし仮に世界を滅ぼそうとするやつが居たり、俺やアイに手をかけるようなクソ野郎がいたら──
死ぬことが救いとすら感じるほどの恐怖と絶望を与えた上で。
俺がソイツを滅ぼしてやろう。
【天使】
厳密には〝天使のようなナニカ〟。特級美少女が目の前に現れてテンション上がっているから思考が緩くなっている。アイを自分に陥落させて徹底的に依存させたいから、そのためには(能力を使わない範囲で)何でもする所存。早々に正体を明かしたのもそのため。精神操作とか思考誘導で依存させないのは、自力で攻略してこそ意義があると思っているため。
子供は天使とか好きそうだし、見せたところでまだ7歳だし将来的にも覚えてないでしょ、と子供の記憶力を甘く見ている。結果的にアイの心に刻み付けた衝撃の大きさを知らないし考えてもいない。こういう楽観的で詰めが甘いのは人間時代からの悪癖。アイの精神性には気付いていない。まぁ気付いたところで可愛いなぁ程度に受け止めるくらいには能天気。
ファーストキスされた!実は起きてたけど空気を読んで寝たふりをしていた。
順調にアイが自分に依存しつつあってご満悦。アイにとって最強の守護天使。結果的に世界も守る。アイを治療した後にいきなり服を捲り出したのは本気で焦ったし、泣き出した時も本気で焦った。恋愛初心者なのでこういう時どうすれば良いかわからない。でもトゥエルムーブもとい中二病はお手の物なので、(臭いけど)気の利いた台詞は言える。優秀なんだかポンコツなんだかよくわからない天使。近いうちにボロが出る。
アイがいれば、他はいらない。
【一番星】
天使に一目惚れした。その後さりげない気遣いや真の姿を見てさらに惹かれる。あの日のことは絶対に忘れない。人生で初めて見た『美しいもの』『綺麗なもの』『かわいいもの』がトゥエルなのは、アイにとって悪い意味でそれらに対する価値観を歪曲させた。何故ならトゥエルよりも美しいものも、綺麗なものも、かわいいものもこの世界には存在しないので…。今後そういったものへの認識はできるけど感動は薄れる。
愛をくれない母親を母親として認識していない。始めは自分を産んだ女の人、次第に同居している女の人という扱いになる。既に化物染みた精神性の片鱗が見え隠れしているが、これは防衛本能の一環である。また、そのことに本人の自覚はない。
ファーストキスした!ご満悦。これを機にエルが寝ている時に少しずついたずらを仕掛ける模様。エルが起きてることは知らない。
エルに絆されてさらに深く沼に嵌まる。エルが自分のために怒ってくれたことが嬉しいし、私のアイと言ってくれたことも、(アイ目線で)プロポーズしてくれたことも嬉しい。ちょっと思い込みの激しい子。その後のエルの台詞で、それまで抑えていた色々な感情が溢れてきて感極まって泣いた。その結果、心の不安も取り除けたし、無意識にエルの腕の中を安心できる場所と認識する。
愛を知った彼女はもう誰にもとめられない。