施設で暮らしていても、学校には行かなければならない。海外はわからないが、日本は中学校までは義務教育だからだ。
何故こんな話をしたのかというと、この世界における俺の肉体年齢が7歳だからだ。誕生日は
初めてそれに気付いた時は、え?原作トゥエルって肉体年齢中学生くらいじゃ…?と思ったが、俺が今いるここでは違うらしい。なんなら身長だって普通に伸びる。まるで普通の人間の子供みたいだ。
原作トゥエルは150ちょっとだったか。けっこう小さかった気がする。一方俺は今現在132センチしかない。え?小さくね?と思ったが肉体年齢的にはむしろ大きい方だし、たぶん原作同様150までは伸びる。問題はそこから先肉体が成長するのかどうか、だ。前世は男で175は超えてたし、できれば165は欲しいなぁ…。まぁ実際は身長なんていくらでも変えられるし、アイに合わせることもできる。アイが背が高くなりたいと言ったら希望の数値まで上げてあげることもできる。伊達に神様もどきやってない。
ちなみに同い歳のアイも今は俺より少し低いくらいだ。
それにしても──
「退屈だな…」
小学校の授業が暇すぎるのだ。
こうなることは火を見るよりも明らかだったから、本当にぎりぎりまで行くかどうか決めあぐねていた。能力使ってでもサボるべきか迷っていた。
決め手となったのは、将来的に俺の嫁となる美少女が現れた時に、パートナーである俺が施設通いとはいえ小学校すら出ていないのはその子の体裁的に良くないかなぁと思ったからだ。それにもし年齢が近かったら毎日一緒に登下校できるし、青春も謳歌できるかなって淡い期待もあったにはあった。実際暇なのは授業中だけで、それ以外はその娘と一緒に話してたらいいかなと考えていたし。今でこそアイがいてくれるからその選択は正しいとまでは言えないけど、選んで良かったなとは思う。
授業に関してはまぁ、人生二週目だし、ねぇ…。トゥエルになったから、とか関係なく小学校の授業は中身成人の俺には色々とつらい。
おまけについこの間まで幼稚園や保育園に通ってたような子供たちと同じ空間で長時間過ごすのもつらい。
話なんて合うわけがない。しかも初めの頃はそれはもう酷かった。
この容姿は良くも悪くも目立ちすぎるのだ。
トゥエルって西洋系のビスクドールみたいな見た目だし。
日本人とは決定的に違う名前の発音、黄金の髪、虹色に輝く瞳、真っ白な肌…他にもあげるとしたらスラッとした四肢。おまけに親がいなくて施設通い。
小学校低学年なんて残酷だからな。これを言ったら相手がどういう気持ちになるか、なんて考えられるはずもなく、直感に従い本能に従い自分が思ったことをそのまま絞り出す。そして『自分たちと異なるもの』に対して無自覚の差別をする。悪意なき悪だ。
つまりだ。
まぁ絡まれる絡まれる。
別にどうでもいいんだけどね。所詮この間まで幼稚園通ってたような子供に何言われようとまったく気にならないし、雑音程度にしか思っていない。争いは同じレベルでしか起こり得ないから、俺が言い返してもそれは大人気ないというやつだろう。だから今日まで特に自分からアクションを起こすことなく、ただ置かれた状況を客観的に視た上で静観していた。友人、と呼べるような存在はここにはいないが、本当にどうでも良かったのだ。
今日までは。
「星野アイです…」
今日から新しいお友達が来ます。みんな仲良くしてあげてね。なんて担任の陳腐な能書きにすら嫌気が差す。
判っていたことだ。アイも同い歳で、同じ施設に居るのだから、学校だって同じになるって。
アイは施設に来る前まで家に監禁されていた。だから学校になんて通ったことがない。
エルと同じ所がイイ!そうアイが言ったのは記憶に新しい。義務教育なのだから、一緒にいられる時間が増えたのだから、俺の目の届く範囲でアイを護れるのだから、 と自分に言い聞かせる。
質問がある人!担任のそれと同時に過半数が上がる手。
「どこから来たの?」
内心で舌打ちする。初っぱなからクソみたいな質問しやがって。子供相手に何をムキになっている、と思うがアイが関わってるなら別だ。
「それは…っ…」
言える訳がない。いくらアイが早熟とはいえ、児童施設から通ってるなんて7歳の子が言えるはずない。
黙ってしまったアイに、質問した子や他の子も訝しむ。ガンバレ、アイ。昨日の予行練習通りに言えば、波風立てずに乗り越えられる。アイがチラリとこちらを見た。俺は無言でアイコンタクトをする。そして〝合図〟。
それを見たアイは一瞬目を見開くも、すぐに切り替えて口を開き──
「アイちゃんは少し特殊でね、今はトゥエルちゃんと同じ場所から通ってるのよ」
──は?このタイミングでそれを言うのかオマエ。普通にアイの元々住んでた地元の地名を言えばいいだろうが。あとアイちゃんって言うな。アイの名前を呼んでいいのは俺だけだ。お前らは星野さんって呼べ。
「え?てことはシセツってところ?」
質問した子が反射的に返す。それを気にざわつく教室。
俺という例があるからか、『シセツ』がどんなところなのかは皆も知っているのだ。
曰く、お母さんとお父さんに棄てられた子が行くところ。
曰く、貧乏な家の子供が行くところ。
曰く、お家に居場所がない子供が行くところ。
たった一つだけの情報で、残酷なまでに傷口を抉る子供たちのざわめき。
「パパとママはいないの?」
「…………」
いよいよ俯き無言になるアイ。
「星野さんは──」
「アイ」
もう我慢ならねえ。クソすぎる。俺のアイを公開処刑するつもりか、このクソアマが。そんなこと絶対に俺が許さない。居ても立ってもいられなくなった俺は静かに、だけどハッキリ聴こえる声でアイに声をかけた。
俺の声が聞こえたアイは、俯いていた顔を上げて最後尾に座る俺を見た。安心させるために微笑むと、アイも緊張が解けたのかふぅ、と息を吐いた。
一瞬で静かになる教室。いつも賑やかなクラスメイトたちだが、今この時だけは誰一人として口を閉ざしていた。
「エル…」
「先生、この手の質問は野暮です。私の時もそうでしたが…あなた方は転校生の情報を前もって知っているはず。何故繰り返すのです?まさかすべての子供があの時の私のような受け答えが出来るとでもお考えで?」
俺の声色に明らかな苛立ちが混じっていることに気付いた担任は慌てて、アイ──ついでに俺──のフォローに入った。
「そ、そうね!トゥエルさんの言う通りだわ!質問はなしよ、なし!お家の事情は人それぞれだから、トゥエルさんの時のように仲良くしてあげてね」
必死に取り繕う滑稽な姿を見て俺は子供を預かる者としての自覚が足りていないのでは?と思った。
あるいは新任らしいしそんなものか?いや、ちょっと考えれば判るはずだ。こいつが空気読めないのか、あるいはバカなのか。
「えと、それじゃあ星野さんの席は──」
「私、エルの隣がいい」
「ん"ん"っ、そうね、ちょうどそこが空いてるわね!トゥエルさん、星野さんのことよろしくね!」
「言われなくてもアイは私が見てますから。アイ、こっち」
俺に丸投げした担任に、はぁ…と内心ため息をつく。すぐに切り替えて自分の隣の机の椅子を引きながらアイを呼ぶと、俺にしかわからないくらい洗練された早歩きでやって来た。
席に座ると、アイは小さな声で「エルのとなりで嬉しい」と言うものだから、私もだよ、と返して頭を撫でた。
「えへへ。教科書ほんとはあるけどくっつけちゃお♪」
「ん、もう私たちの机ずっとこのままでいいと思う」
「だよね!」
アイが編入してきたことで、退屈で仕方がなかった学校にも通う意味が生まれた。
俺たちに寄せられる好奇の視線なんてまるで気にならない。だってもう俺にはアイしか見えていないから。アイも同じだといいな。
そうして授業が始まってからもしばらくの間俺たちは二人だけの世界に入り浸っていた。
◆◇◆◇
暇だ。横目でアイを見る。
真面目に黒板の方を見てノートを書き写している。俺だって勉強くらい教えられるのに…。
その姿に何となく面白くないものを感じて、脇腹をツンとつついてみた。
「ひぅ!?」
「ふふ」
授業中だからアイも小さな悲鳴をあげて驚いた顔で俺の方へ向いた。
つんつん。俺はまた脇腹をつついた。
「っ…お返し!」
くすぐったそうに笑いながら、今度はアイも俺の脇腹をつついてきた。
「あ!やったな!」
つんつん。つんつん。一番後ろの列なのをいいことに、俺たちはお互いにじゃれ合っていた。
ふと、アイと目が合った。
「へへっ」
「ふふっ」
授業中に内緒で親友とイチャついているという状況に、お互いに笑みがこぼれる。
……俺、学校に来て初めて笑ったかも。
トゥエルムーブしてたからずっと無表情だったし。アイが来てくれたおかげで、ただただ空虚だった学校生活にも華が咲いた。
──このとき、圧倒的高嶺の花だったトゥエルの天使の微笑みを始めてみた周囲の子供、そして担任はその圧倒的破壊力に一撃で心奪われたとか。
「ん"ん"っ。そこの二人、ちゃんと集中してね?そしてトゥエルさん?星野さんは初日なんだからイタズラしちゃダメよ」
「はぁい」
「はぁい」
仕方ない。詩の続きを書くか。
俺は
◆◇◆◇
「あー!エルがノートに詩書いてる~」
休み時間になっても俺が楽譜を作製していると、アイが横から俺の首に腕を回すようにして抱きついてきた。
「読めない…」
「今度教えてあげるよ。弾けなくても読めればそれだけでも楽しめるからね」
アイは俺が暇さえあれば曲を作っていることは知っている。
前世で多少音楽を嗜んでいたから、簡単な作曲の知識はある。そこにトゥエルの肉体を手に入れたから、全世界の著名な音楽家・作曲家の知識をインストールすれば、小学生にして天才作曲家の完成である。ほんとチートだなこの身体。
ちなみに曲自体は前世からのオタであったアニメ、ゲーム等の曲だ。前にも話したがこの世界は俺が元いた世界とは微妙に異なるらしく、俺の知ってる作品は一つとして存在しなかったのだ。だからこうして前世からの知識を引っ張ってくるだけで簡単にオリジナル曲が作れてしまう。盗作?著作権?うるせぇ!存在しないんだから俺がオリジナルだい!
「曲が完成したら聴かせてね」
「うん。と言ってももういくつかは完成してるんだけどね」
「そうなんだ。いつもエルが鼻歌で歌ってる曲?」
「そうだね、それもあるし、他にも何曲かあるよ」
「おお~!エルの歌声綺麗だから楽しみ~」
こうして休み時間もずっとアイと話していると、チラチラ感じる視線の数々。
大方、新しい転校生に興味があるが、俺たちがあまりにも仲睦まじく喋っているので入って来られない、といったところだろう。
まぁ仮に来られても俺もアイもお互いしか見えていないから
初対面の人物の顔と名前を覚えるのって簡単なようで、その人物に興味が沸かなかった場合は〝
例えば歴史の授業で昔の偉人たちの名前がよく出てくるだろ?あれって自分がその人物の作品、政策、人間性、生きていた時代など、その人物に関連する事柄に多少なりとも興味があった場合は、脳がその人物のことを〝必要な情報〟として記憶するからすぐに覚えるし忘れることもない。だけど逆にまったく興味がなかったら、名前を聞いても次の日には忘れてるだろ?それは何故か。脳が〝いらない情報〟として弾いているから。人間の記憶領域には限界があるから、脳は必要な情報とそれ以外の情報を優先順位をつけて上手く捌いているのだ。
つまりどういうことかと言うと、アイの場合は、大好きなトゥエル及びトゥエルという人物に関わる出来事はすべて必要な情報として記憶するけど、それ以外の人間に関連する事柄はアイにとってどうでもいい情報だから弾いているだけ。それだけなのだ。実に効率が良い。俺だってトゥエルボディだから
──とまぁ話がだいぶ逸れてしまったが、アイもアイで俺以外眼中にないから外野が話しかけてきたところで邪険に扱われるだけだよってこと。俺的にもその方がアイを独り占めできるから嬉しいし。俺以外の奴に笑いかけるアイとか解釈違いなんで。
少し前にアイがお風呂場で俺に対して、私以外と喋らないでほしいと言ったことを覚えている。普通の感性だったらなに言ってるのこの子案件なんだろうけど、
だからこれから先もずっと
◆◇◆◇
その後の授業も俺は詩を書き続けたり、アイにちょっかいかけて二人の世界に入ったりして時間を潰していた。
ちなみにこれだけ好き勝手に作詞作曲してるのに何故俺が何のお咎めもないのかというと、かつて俺がこのクラスの担任のプライドを完膚なきまでに叩き潰したからである。
別に俺からどうこうしようと思ったわけではない。ただ、あまりにも授業を聞いていない俺に業を煮やした担任に、「そんなに私の授業を受けたくないならトゥエルちゃんが代わりに授業してみなさい!」と言われたので、その通りにしただけである。
俺は昔、進学校に通う高校生たちを対象にアルバイトで塾の講師をしていたことがある。だから小学校程度の授業なんてゼロからでも教えられるし、子供に教えるのも慣れている。もっと言うと、この新任の教師よりも俺の方が解りやすく教えられる自信も大いにあった。
ちょうどその時は算数だったので、前世での経験を引っ張り出してきて誠心誠意教鞭を執った。
躓きやすい箇所、四則計算、おまけに小一では絶対習わないけど知っとくと便利な絶対値や不等号の意味、負の数を用いた計算などを45分──実際は俺が教壇に立った時点で40分しかなかった──という限られた時間で噛み砕いて教えたのだ。
俺に恥をかかせようとして反省を促した担任は、自由奔放な子供たち相手に、質問時以外で一言も喋らせず、それでいて自分よりもはるかに解りやすく教える教え子に大敗を喫し、半ば放心状態だった。
俺の授業が正しかったのは、翌日どうしても俺に一泡吹かせようとした?それともホントに皆が理解出来てるのか確認したかった?担任が抜き打ちで俺が教えた範囲の小テストを吹っ掛けたが、見事に全員90点以上というかつてないほど高得点だったことで証明された。
それ以降俺は一時期トゥエル先生と呼ばれ、担任は俺に対して一歩引いて接するようになった。ついでに俺が何をしていても複雑そうな顔をするだけで何も言わなくなった。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。いや…少し大人気なかったか?こいつは大学卒業したばかりらしいから、精神年齢は俺の方が上だ。実際クソガキムーブかました自覚はある。だが放っておいて欲しかったのだ。俺の精神衛生的にも。
というようなことがあってから俺は割と平穏に過ごせている。
一度だけクラス全員の心を読んだことがある。皆共通しているのは、程度はあれど俺に対する強い憧れと畏怖の念だった。
アイが来てもそれは変わらない。レベルの違う美少女のアイと仲良くしたい連中もいるだろうが、俺はアイが他の奴らと話しているのを想像しただけで嫉妬してしまうくらいには狭量なのだ。そしてこの前のお風呂での言葉を聞く限り、アイも俺に対して同じことを思ってくれているようで。俺はアイを誰にも渡すつもりはない。アイが俺をいらないと言うまで、彼女のとなりに在り続けることを誓っている。
誰かを愛したことも、誰にも愛されたこともない俺に『人を愛する』という気持ちを教えてくれたこの子と最後まで…。
ああ…いつの間にかアイから目が離せなくなっていた。依存させるつもりが、依存していたのは俺の方だった。
ごめんな、アイ。こんなに重くて。
激重感情を抱いているのは俺の方だった。
だけど、覚悟してな?
俺は今後もこの想いを隠すつもりはないから。
だからアイも──こんな俺を、どうか受け入れてほしい…。
◆◇◆◇
放課後になり、俺はアイと共に早々に帰宅していた。
結局アイは終始俺と居たこともあって、誰しもが遠巻きに見ていただけで直接話し掛けてくる者はいなかった。
そして俺は──拗らせていた。重くてめんどくさくい俺自身に嫌気が差していた。隠すつもりはない、とは言ったものの、やっぱりこんな
でも、どうせダメージを受けるなら傷が浅いうちのがいい。そう思った俺は、意を決して隣を歩くアイに訊ねた。
「ねぇ、アイ…」
「んー?」
同じ歩幅で歩きながら、アイは顔だけを俺の方へ向けた。
「私ってさ、邪魔になってない?」
「──ん?どういう?」
アイはきょとんとしている。今のは俺の言葉が足りなかった。
「今日で何となくわかったと思うけど、私って遠巻きにされてるんだよ。だから、私といると友達出来ないんじゃないかなって」
「…………それで?」
「まだアイが編入して初日だし、明日からでも学校では私と距離を置いた方が──」
「絶対イヤ」
「っ」
間髪いれずに応えたアイにたじろぐ。
その顔はいつか見た背筋も凍るような無表情で。
いつもの燦々と輝く一番星は黒く淀み、奈落の底のような仄暗い輝きを放った気がした。
「でもね、アイ──私といるとアイまで避けられちゃうよ」
「だからなに?」
間髪入れずに怒気を孕んだ返しにヒュッと息を呑む。
アイは…怒っている…?
「エルちゃん。私、エルちゃんの口からそんなこと聞きたくなかったな」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。
「エルちゃんは私との約束破るつもりなの?」
「それは…っ」
約束、というのはお風呂でしたあのことだろう。
ずっと一緒にいる。確かに俺とアイは
だけど、俺のせいでアイの交友関係を拡げるチャンスを潰してしまうのは如何なものか。
俺は大人だから、本来ならこの酷く醜い独占欲も隠し通さなければならないのに。
「エルちゃんと一緒に居られないなら、学校なんて行かないよ」
「──!」
「アハハッ。何驚いてるの?当たり前じゃん。エルちゃんが居ないなら、あんなところ、行く意味ないから」
「アイ…」
「友達?私とエルちゃんを遠巻きに見てひそひそ悪口言うだけの奴らが?……さっきからおかしなこと言うね、エルちゃん。さすがに笑えないかなあ」
「う…ごめん…。ただ、少しでもアイのためになればいいなって思ったの…」
「うん、わかってる。エルが私のことを思ってくれてるのも。だけどね?たとえそれが私のためになったとしても、そこにエルが居ないんじゃ何にも楽しくないよ」
果たして俺はどんな表情をしていたのだろう。俺が放った言葉に、アイは困ったような笑みを浮かべながらも、声色からは僅かに嬉しさが滲み出ていた。同時に俺の名前の呼び方も戻っていた。
「う、ん…。ごめ──じゃないか。ありがとう、アイ」
「私の方こそごめん…。強く言い過ぎちゃった。エルのこと、傷つけちゃった…」
「ううん!そんなことない!そもそも私の自覚が足りなかったんだ。最初にアイが紹介された時、質問タイムなんて投げかけられて。あの先生、アイの事情だって知ってた筈なのに。それでアイが困ってるのを見て、我慢できなくなって…」
何をやってるんだ俺は。中身はいい大人だっていうのに。まるで子供を諭す親の図じゃないか。それは本来、俺の役目だというのに。これじゃあどっちが大人で子供か分からないな…。
俺が落ち込んでいると、ふわっと身体を暖かい風が包み込んだ。
…これは…アイが抱きしめてくれた…?
「うん。それもわかってたよ。あの時本当にどうしようってなってたし、エルが途中で遮ってくれてほっとしたし…、私のことを助けてくれたエル、かっこよかったよ!だから──」
これからもずっととなりで護ってね?
そう言ってアイは満面の笑みで微笑んだ。
それは泣きじゃくる子供に大丈夫だよ、と安心させるような柔らかさと暖かさを含んでいて…。
あー、ほんとに、ほんとに…この子はもう──
「可愛いなあっ!」
「きゃあっ!エルぅ!?」
ギュうぅっと力強くアイを抱きしめる。
「言ったな?アイ。私はこう見えて重いからな。覚悟しとけよ?」
「っ、アッハハハ!なにそれ?最高じゃん!」
「ハッ!余裕ぶってられるのも今だけだからな!私のおっも~い愛で窒息させてやるよ!」
「なら私はおもくてふか~い愛で溺れさせるから!」
「やってみろ!アイ!私の愛のが重くて深いんだって、解らせてやるよ!」
「こっちのセリフだよ!エルっ!もう二度とあんなこと言えないくらい、たくさん愛してあげるから!」
「ふん!ならこうしてやる!」
「えっ──ッ!?」
俺は強気に笑うアイの不意をつくように、自らの唇をアイのそれに重ねた。アイの整った顔が視界を支配した。
それは10秒にも満たない押し当てるだけのライトキスだったが、永遠のようにも感じられた。
唇を離すと、目の前には放心状態のアイがいた。その目は大きく見開かれていて、一番星が目まぐるしく輝きを放っている──ように見えた。
「っ…あ、ごめん…つい…アイへの気持ちが爆発した…っは?いや、何を言ってるんだ私は」
自分が何をしたのか理解した途端、肝が冷えた。
ああああっっ!!やらかしたあああっっ!!
やばい焦って言い訳がまとまらなくてわけわかんないこと言ってるなんだよ気持ちが爆発したって…。
「…………」
「へ…?」
慌てふためく俺とは対照的に、アイは恐ろしくゆっくりした動作で両手を顔の高さまで上げると、俺の両頬を挟んで固定した。すごい力だ。
「おかえし」
「え」
アイはゆっくり顔を近付けてきて、やがておでこがコツンとぶつかり合った。お互いの吐息すら相手にかかる距離で、アイはどこにそんな色気があるんだ、と感じてしまうほど妖しく囁くと、俺の唇に唇を重ねてきた。
アッ、おかえしってそういう──って
えええェェェェ!!!???
「ん!?んんっ!?」
しかもこの子、舌入れてきたんですけど!!?
「ンッ…ふ…んぁ…」
アイの舌が俺の唇を割って咥内に入ってきて、逃げる俺の舌を捕まえて、くちゅくちゅと小学生の子供が出しちゃいけないような音を立てながら舌同士が何度も絡み合う。
「エル、ベロだして♡」
熱に浮かされてぼーっとしていた俺は言われるがまま、え~っと口を開けて舌を出した。
「ん、いいこ♡…いただきます♡」
アイはバカみたいに舌を突き出している俺の頭を優しく撫でると、舌をぱくっと咥えてじゅるると音を立てながら吸いついてきた。
「ンぁぁっっ♡」
それは俺の全身に電気が流れるような痺れに似た快感をもたらした。
な、なにぃこれぇ♡
からだあつぅ♡あたまのなかぽわぽわするぅ♡
後から振り替えると、この時から俺のメスガキ体質が目覚めたのかもしれない。もしくはアイが実はサキュバスだったとか。
まだキスだけなのに、俺はアイに完全に翻弄されていた。
どれくらいそうしていたのだろう。アイはようやく唇を離してくれたと思ったら、今度は俺たちの舌の間を混じり合った唾液が糸を引くように垂れていて、それを右手の人差し指で絡めとって最後にぱくっとと咥えた。俺に見せ付けるように、ちゅうっ…ちゅぽんっと卑猥にしか聴こえない音を立てながら吸って、小学生とは思えないほどの妖艶さを感じる笑みで言った。
「うわぁエルその顔えっろぉ♡……ごちそうさま♡」
アイが何か言っているがうまく聞き取れない。
火照った身体を落ち着かせ、何とか思考をクリアにしていく。
何か言わないと…。そう思った俺が咄嗟に出した言葉は──
「て、てくにしゃん…!」
◆◇◆◇
無数の視線を感じた。
そのどれもが戸惑いや憧憬、熱気、あるいは畏怖を孕んだ重たい視線だ。
視線?
ハッ!!!???
ここ思いっきり外じゃねーか!!!
俺は目の前で俺を見てニヤニヤ笑みを浮かべているアイを引っ張って脇目もふらず逃げ帰った。
クッソはずかしい!!!
◆◇◆◇
帰ったあと。
「最悪だ…思いっきり見られた…」
「いいじゃん周りに見せつけられて」
「クソはずい」
「私にベロ入れられてた時のエル、すごく可愛かった♡」
「ぎゃー!いうなー!ばーかばーか!」
「あーでも確かにあの顔のエルを見た奴らはゆるせないなあ」
「……いっそころしてくれ」
【天使】
実はめちゃくちゃ重たい。前世から人を愛したことも愛されたこともない。だからこそ『愛』という感情に夢を見ている。同時にそんなに美しいものではない、ということも理解している。
アイの編入初日に出過ぎた真似をしたな、と反省。その後勝手に一人で拗らせてメンタルをやられてアイにケアされ沼に沈んだ。勢いあまって自分から唇にキスしたのは、以前風呂場でアイにこっちにしてもいいんだよ?と挑発されたことを覚えていたから。アイに舌を入れられた時は自分の意思とは関係なく発情していて、何でこんなに敏感なんだこの体!と思っていた。
今まで無自覚でアイへ激重感情を抱いていたが、この度無事に自覚した。きっとこれからは隠さなくなる。
近い将来、アイに性的にいただきますされる。メスガキ体質。
【一番星】
編入初日は前日にエルとイメトレして当たり障りのない感じで乗り越えるつもりだった。想像以上に気の利かない担任に初日でコイツ使えねぇ判定を下したけど、その後すぐにエルが助けてくれたからそんなこと一瞬で吹き飛んだ。放課後までずっとエルだけと喋っていたけど、それが何か問題あるの?友達なんていらないでしょ。だって私にはエルが、エルには私がいるじゃない。
エルが自分のために気を病んでいることが嬉しかったし愛されてるなぁ…と幸せを噛み締めていた。キスされた時は驚いたけど、エルが自分からキス(しかも口)にしてくれたことが嬉しい。それはそうと、キスしてドヤ顔してたエルを見て、何故か屈服させたくなった。親がそういう仕事だったので耳年増。知識だけはある。
いつかエルを性的にごちそうさましたい。
エルに対する愛情はこの世の何よりも重くて深い。怒ると「ちゃん」付けになる模様。