セインperspective
僕とリサが乗ったワイバーンがゆっくりと旋回しながら降下する。
耳元では風の音が喧しいほどに響いていた。
ようやく地面に降り立ち、僕らは飛び降りる。
目の前には漆黒の城がそびえ立っている。
今いる場所は魔王の暮らす王城の庭園。
乗ってきた黒いワイバーンは丸くなって眠り始めた。
「魔王の城と言うからどれほど禍々しいのかと期待したんだけど、案外普通だね」
「それはそうでしょ。誰が好き好んで荒れた場所で過ごしたがるの。良い事を教えてあげる、強い獣は整った環境でこそ育つものなのよ。痩せ細った虎は肥えた狼に負けることを覚えておきなさい」
なるほどね、それもそうだ。
魔族だって住みにくい環境に暮らしたくはないか。
「ここに来るまでに話した通り、僕がお前の主でいいんだよな」
「もちろん。貴方は私のお仕えする方だわ。魔王を越える世界の覇者になるべき勇者様」
「なら、もっとへりくだって喋れ。お前の態度に気分を害している」
「ああっ!ごめんなさい! セインをないがしろにしているわけじゃないの、つい魔王としての威厳を演出するくせが出てしまって!」
リサは僕に抱きつき謝罪をする。
押しつけられる胸とすぐ近くから覗ける谷間に興奮する。
さらに彼女は、白く長い足で僕の足を絡めた。
魔王である彼女は恐ろしいまでに美しく妖艶で、極度に僕を刺激する。
「貴方に全てを与えてあげるから」
「期待しているよリサ」
一時はツキツバが現れ激しく動揺した。
どうやってあれだけの力を手に入れたのかは気になるところだが、どうせ僕には敵いやしない。
こちらにはレベル800の魔王がいるのだから。
それに彼女が言うには、魔族側にあるアイテムで僕の力を格段に上げる事も可能らしい。
地道に鍛えていたのが馬鹿らしくなる話だ。
「こちらに来て」
リサに案内されるがまま、城内へと踏み入る。
「お帰りなさいませ魔王様」
「どう?セイン」
エントランスで迎えてくれたのは、使用人の女達だ。
そのどれもが僕好みで美しい。
魔族の女を一度、抱いてみたかったんだよ。
「すべて自由にしていいわよ。ここは貴方のお城だもの」
「くく、くくく、最高だよ。他に僕を喜ばせるものはないのかい」
「付いてきて」
階段を上がり謁見の間へと足を踏み入れる。
黒を基調とした金で装飾された玉座、まさに僕にふさわしい支配者の椅子だ。
リサに促され腰を下ろす。
はぁぁ、気持ちが良い。
これが王の座か。
「デネブ」
「はっ」
部屋に黒髪の美女がやってくる。
デネブと言えば魔王軍の幹部だったはず。
ぴっちりとした黒い服装に、腕には魔装らしき手甲が付けられている。
そのスタイルを僕はなめるように見てやった。
デネブは顔を伏せつつ、睨み付けるような目で僕を見る。
うんうん、その強気な態度嫌いじゃないよ。
その方が組み伏せた時に気分が良い。
「セインの為に魔剣を用意しなさい」
「ただちに」
退室したデネブはすぐに一振りの剣を持ってきた。
漆黒のゾッとするような禍々しいデザインの片手剣。
見ているだけでも寒気がしそうだ。
「聖剣は台座から抜かないと使えないけど、魔剣は違うわ。誰でも鞘から抜けば所有者になれる」
「もし所有者が死ねばどうなる」
「ここへ戻ってくるわ。その点は聖剣と同じね」
玉座から立ち上がり、僕は魔剣を掴んだ。
柄を握り鞘から抜こうとして、すぐにそれを止める。
聖剣には試練があった。魔剣にもあると考えるのは普通だ。
僕の考えていることを察したリサが説明をする。
「魔剣には一つだけ試練があるわ。それは剣を鞘から抜くこと。ただし、死よりも恐ろしい苦痛がそれを阻止しようとするわ」
「抜けば良いんだな。だったら簡単だ」
かきっ、剣を僅かに抜く。
直後にすさまじい痛みが全身に走った。
「あがぁぁあああっ!?ぐぁぁあああああっ!!」
全身に噴き出す嫌な汗。
まるで溶岩に体を突っ込んだような、いや、裸で極寒に晒されたような、とにかく名状しがたい魂をヤスリでごりごり削られるような痛み。
果たして人に耐えられるものなのか。
そう思わされる地獄だ。
でも……脳裏に僕を見下ろすツキツバの顔がよぎる。
「やめないぞ……僕は勇者なんだ、世界を手に入れ、全てを手に入れる勇者。ツキツバ、お前に誰を敵に回したのか教えてやるよ」
剣を掴み、僕は一気に引き抜く。
「ぎゃぁぁあああああああああっ!!」
すさまじい痛みが駆け抜け一瞬、視界が真っ白になった。
「おめでとうセイン」
気絶していたのだろう、仰向けに倒れ、視界に満面の笑みのリサが映っていた、
右手には剣の感触。
僕は引き抜いたのだ。
「想像以上の成果よ。すぐにギブアップすると思ってた」
「馬鹿にするな……」
「そうじゃないわ。実はセインに渡したのは魔剣の中でも最強クラスだったの。長い歴史でも抜けたのは九人くらいかな。つまりセインは十人目」
僕は体を起こし、しばしぼんやりする。
最強クラスの魔剣?
なんだそれは?
「魔剣は聖剣と違って階級があるのよ。幹部が所有しているのは、上から2番目。まぁまぁ強い魔剣ね」
「僕を騙したのか」
「そうじゃないのよ。ほら、先入観があると抜けるものも抜けなくなるでしょ。セインのことを想って、あえて黙ってたのよ。辛かったんだから」
リサは僕に抱きついた。
……ふん、まぁいいさ。
僕にとって結果が全てだ。
最強クラスの魔剣を手に入れられたなら他はどうだっていい。
「これで僕はツキツバを越えたのか」
「うーん、どうなのかしら。私、鑑定スキル持ってないからレベルは分からないのよね。あの強さなら暗黒領域にやってくるだろうし、その時に調べればいいでしょ」
「……ツキツバが来る?ここに?」
「貴方の穴埋めをツキツバでしたらそうなるでしょうね。ふふ」
脳裏に僕を見下ろすツキツバの顔がよぎる。
僕をあんな目で見やがって。
許せない。どっちが上なのかすぐにはっきりさせてやる。
ツキツバ、お前は僕が殺す。
燃えさかるバルセイユの王都。
もうもうと煙が昇る宮殿へ、僕とバーズウェルは突っ込んだ。
「ひぃいい!?」
「しばらくぶりだね国王」
謁見の間で僕はワイバーンから下りる。
バルセイユ王は玉座で怯えた表情をしていた。
いいねぇ、あの王様にはずいぶんと馬鹿にされたんだ。
泣きわめく姿が今から楽しみだよ。
「そ、そなたはセイン!?」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
「よくおめおめと顔を出せたな!其方のおかげで、余は厳しい立場に立たされたのだぞ!今すぐ地べたに這いつくばって謝罪をしろ!」
「はぁ?地べたに這いつくばるのは、お前だろ!」
「へぎっ!?」
頭を掴んで床にたたきつける。
ははっ、あぶないあぶない。
力加減を間違えて殺すところだった。
「陛下!」
「くせ者め!」
「邪魔しないでくれるかな」
駆けつけた騎士を斬り捨てる。
今はお楽しみの時間なんだ。
謁見の間にてリサが深々と僕に頭を垂れた。
「バルセイユへの奇襲は成功したのね」
「成功どころか大成功さ。こちらの被害はゼロ、金目の物も全ていただいて、剣の力も存分に試すことができた」
あの顔、最高に面白かったなぁ。
今思い出しても笑える。
ノノ・メイタperspective
裏切り者のセインが事もあろうに、バルセイユの都を襲撃、国王とその他大勢を殺害し略奪を行った……
バルセイユからは生きたままの引き渡しを要求されている……
……嘘だ……
嘘だ……
嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!
嘘だ!
これは何かの間違いだ!
勇者セイン様は、魔王を斃して!
斃して。
斃して……
「う……うぅ……うわあぁーーーーー!」
……この世界は……もう駄目かもしれない……
勇者セイン様ですら魔王に勝てなかったんだ……
なら―――
「それだけは止せ!」
何時の間にかツキツバさんが部屋に入って来た。
そして、
「意味も無く命を捨てるな!」
自殺の意味が無いだと……
「意味なら有る!この世界は既に魔王リサに負けたんだよ!」
だが、ツキツバの奴はしつこかった。
「某はまだ!魔王リサと戦っていない!」
……こいつ……馬鹿なのか?
「戦う?勇者セイン様ですら勝てない相手にか!」
「やってみなければ解りません!」
あ……こいつはやはり馬鹿だ!
自分に噓を吐いて、自分を真実から遠ざけようとしているんだ。
「ツキツバ……お前はそこまで馬鹿か?」
「某が、馬鹿?」
「そうだよ。勇者セイン様が魔王リサに負けたんだ!それはつまり、人類全員が魔王リサに負けたって事なの!そんな事も解んないの!?」
「某が何もしてないのにか?」
「もうしたんだよ!勇者セイン様が魔王リサに負けだ時点で!僕もツキツバ達も!全員が魔王リサに負けたの!」
ん?こいつ!何を今更悩んでいる!?
「ありがとう!ノノ殿!」
こいつ……本格的に駄目だ……
「ノノ殿の今の言葉でやっと解りました!某が『誉高き戦死』にこだわり続けたのかが!」
「……何を言ってんだ……あんた……」
月鍔ギンコperspective
そうだった……
某は自分を試したかったんだ……
某はどこまで進めて……
某はどれ程挑戦出来て……
某はどれだけ登れて……
某はどこで死ねるのか……
だからこそ、某はこの合戦だらけの世界に憧れ、挑戦したいと願っていた……
某は……
その挑戦心が有るからこそ、強大な敵を恐れず……
戦って死ぬ事を恐れず……
何もせぬまま座して死ぬ事を嫌った……
それが……
某が選んだ……
本心……
「ノノ殿」
ノノ殿は某の事を馬鹿を見る目で見ましたが、もう、そんな目を恐れる臆病さはとうに捨てました。
「たとえノノ殿の言う通りであっても、某はやはり魔王リサともう一度戦いたい。某の力がどこまで通用するのかをとことん挑戦したい!」
「お前……馬鹿だよ……もう遅いんだ……もう―――」
「だとしても!何もせずにはいられないのです!某は自分を試したいのです!」
それに対し、ノノ殿は再び某を馬鹿を見る様な目で見ました。
「挑戦なら……もう終わっている……勇者セイン様が魔王リサに負けた時点で……あんたの力が魔王リサの足元にもおよば―――」
「私はツキツバの意見に1票!」
セツナ殿がノノ殿の言い分に割って入ってきました。
そして……
「ツキツバ様がそう言うなら、私はとことん就いて行くわ!置いてきぼりはごめんよ!」
「魔王リサに対して、私の爆裂魔法がどこまで通用するか、ぜひ試したいですね」
「ただ虐げられるだけの生活なんて、私の趣味じゃないわ!」
「ノノとやら、貴方もまた、もっと広い視野を持つべきです」
フラウ殿が、めぐみん殿が、ユーミル殿が、えるふ殿まで、
某の挑戦心を理解してくれる様です。
ですが……
「お前達は……何にも解ってない!勇者セイン様が魔王リサに負けた時点で、全人類全員が魔王リサに負けたの!」
やはりと言うべきか……かえってノノ殿の心を傷つけてしまった様です。
でも……
「それだけの声が出ると言う事は、ノノ殿も本当は悔しいのではないのか?」
某の言葉に、ノノ殿はハッとしました。
……つまり……某はノノ殿にとんでもない呪いをかけようとしている……という事です……
「セイン殿の役に立つ事を夢見たノノ殿の事、セイン殿があんなにあっさりと魔王リサに膝を屈した事を阻止出来なかった自分の力不足がよほど恥ずかしかったのであろう。なら……そんな自分など超えてしまえば良いのです。超えると言っても、魔王リサなどと言う毒婦に簡単に膝を屈する
「……うわあぁーーーーー!」
すると、ノノ殿は堰を切った様に泣き崩れながら某を殴り飛ばしました。
「あんたは当事者じゃないから……余所者だからそう言えるんだ!バカヤロ!バカヤロ!バカヤロ!俺達はお前と違って勇者セイン様が魔王リサに負けた時点で全てが終わりなんだぞ!一欠けらの希望も残っていない!貴様に……貴様に何が解る!」
それに対し、某は何も言わずにただノノ殿の拳を受け続けました……