月鍔ギンコperspective
厳かで静けさに満ちた謁見の間。
玉座ではアルマン王が某達を見下ろす。
「よくぞ魔王を打ち破った。これで次の百年まで平和な世が続くことだろう。我が国の全ての民、そして各国を代表して礼を言う」
「いえ、某は某がしたい事をしたまで」
「裏切り者のセインを連れ帰ってくれたことにも礼を言おう。あの者はこともあろうに、バルセイユの都を襲撃、国王とその他大勢を殺害し略奪を行った。バルセイユからは生きたままの引き渡しを要求されていたのだ」
「それも、某は某がしたい事をしたまでです」
国王は某の言葉に微笑みを浮かべて頷く。
「さて、見事に魔王を討ち果たしたわけだが、貴公は何を望む。できる限りの褒美を授けてやろう」
「でしたら、某の頼みを2つほど聞いてくだされ」
先ずはセイン殿の事だ。
恐らく、某が何か言わねば、セイン殿は贖罪と言う名の生き恥を晒す暇無く打ち首獄門となりましょう。
「セイン殿の処罰を某に任せてくだされぬか。あの者の罪、死罪では生温いでしょう。ですが、ばるせいゆの民がそれを許すとは思えませぬ。故に、セイン殿が背負うべき生き恥の事、某がばるせいゆの民に説得したいのです」
「つまり、簡単には殺さぬと?」
「はい」
国王の顔が少し引きずるが、ま、それだけ重い罪をセイン殿が背負ったと思っていただきたい。
「それと、セイン殿がちゃんと生き恥を背負った事を確認次第」
某は腕輪を外す。
国王は『やはりか』とばかりに僅かに口角を上げた。
「某は、違うのです。某はただ戦場で存分に戦って誉高い戦死を望むのみなのです。故に、某に英雄の資格など無いのです」
「役目から解放されたいと申すか?」
「魔族側の大将である毒婦リサは討ち取った。なら、もはやこの戦は続ける意味が無いも同然です」
部屋の中がざわついた。
しかし、国王は表情を変えず片眉だけを上げて見せた。
たぶん某の考えは想定済みだったのだろう。
その証拠に、腕輪を収める為の箱が既に用意されていた。
某は騎士の持つ箱に腕輪を収める。
「貴公の気持ちは受け取った。だが、だからといって完全に自由になれるとは思わぬ事だ。其方らがサムライであった事を覚えている者は、余を含め大勢いるのだからな」
「もしも本当にそう思い、そのうえでまた大戦が起こった時は、再び某を呼んでくだされ。その時は喜んでその戦に参加しよう」
彼は満足そうに頷いた。
どうやら理解は得られたらしい。
これで某は英雄でもなく、勇者でもなくなった。
只の月鍔ギンコだ。侍の月鍔ギンコ。
国王陛下に深く一礼して、某は謁見の間を後にした。
セインperspective
じめじめした薄暗い地下牢に、僕はいた。
ツキツバギンコが僕を連行してここに閉じ込めたのだ。
魔剣を用い、鎧を身につけ、魔王であるリサの支援まで受けていた僕が、あっさりと、あっけなく、地に伏したんだ。
ありえない。決して認められない。
僕とツキツバとの間に越えられない壁があるなんて。
「ツキツバ、おまえのせいだ、全部おまえのせい」
「五月蠅いぞ! 静かにしろ!」
隣の部屋にいるジジイが怒鳴っている。
お前こそ黙れ。
僕は考え事で忙しいんだ。殺すぞ。
じゃらりと手足にはめられた手錠と鎖が鳴る。
動きを制限するのは、遺物である拘束具。
これらは身体能力を大きく低下させる効果も有している。
防御力だけ変わらず、力はレベル10相当だ。
鉄格子や壁を破壊して逃げ出す事も、看守の隙を見て鍵を奪い取る事も出来ない。
最悪で最低だ。この手錠さえなければ、直ぐにでもこんな場所から逃げ出すというのに。
全部ツキツバのせいだ。ツキツバが僕を邪魔したから。
あいつさえいなければ。
何度も聞いた音が聞こえる。
どうやら看守のお出ましの様だ。
しかも、今日は足音が複数聞こえる。
「セイン殿」
「ツキツバ!?」
僕をここに閉じ込めた元凶が何故今更ここに!?
そうかい!
笑おうと言う訳かいっ、ツキツバ!
僕が、慌てふためく姿を観て……よ!
「僕にこんな事をしてただで済むと思うなよ―――」
「こいつ、抵抗するな!」
「うぐっ!」
兵士に殴られる。
痛みはないが、屈辱的だ。
剣があれば喉を一突きにしてやるのに。
強引に立たされ、牢から出される。
「セイン殿にはお手伝いを願いたい。セイン殿の今後について、ばるせいゆの民にきちんと説明せねばならないのです」
説明ぃー!?
今更そんなものが必要だとぉー!?
僕は勇者だぞ!神に選ばれし勇者だ!
「僕は神に選ばれたんだ。勇者とは、正義そのもの。神が下す裁きの代行者だ。僕を害すると言う事は、神に逆らうと同義。すなわち僕は、神にあらゆる事を許され守られる、超越的存在なんだ」
「ですが、急ぎばるせいゆの民にちゃんとした説明をせねば、セイン殿が背負いし罪の贖罪を終える前にセイン殿は死ぬでしょう」
やはり愚者には理解できないか。
僕の価値は。
だが、今に驚くがいい。
勇者である僕を害する事が、どれほど愚かな行為なのかを知るがいいさ。
「わぁぁあああああっ!」
建物の外に出た途端、僕は愕然とした。
そこに遭ったのは……大きなお立ち台と千を越す見物人。
「止まるな。進め」
「そんな、話が違うじゃないか」
「聞いていないのか?今からツキツバ殿が貴様に判決を下すんだよ」
千を越す見物人が僕が登場した事に喜びの声をあげている中、ツキツバが僕を引きずりながらお立ち台に上がった。
「皆々様!今回は某のわがままにお付き合いいただき、誠に有難う御座います!」
罵声が飛び僕を嘲笑った。
何度も魔眼の力で目に入る女共を取り込もうとしたが、スキルを封じられているせいか効果が及んだ気配は無い。
野次馬の中には見覚えのある男共の姿もあった。
僕に女を寝取られた奴らだ。
寝取られた恨み?
馬鹿な。女なんていくらでもいる、さっさと次を作ればいいじゃないか。
そうか、女を理由にして僕に嫉妬しているんだな。
恵まれた僕が羨ましいんだろ。
「見ていろ!いずれ神の罰が下るぞ!僕は勇者だ!魔王を倒す事を運命づけられた、選ばれし―――」
その途端、ツキツバが僕を組み伏せた。
「それ以上は止めろ。命惜しくば、その汚い口を閉じろ」
くそっ、腹立たしい。
僕を誰だと思っている。
セイン様だぞ。世界を手に入れた暁には、お前ら全員死刑にしてやる。
そんな僕の崇高な考えなど見向きもせず、ツキツバは僕を組み伏せたまま勝手に演説を始めた。
「ばるせいゆの皆々様!この中には、セイン殿を討ち取り打ち首獄門としたい者もいるでしょう?だが!某はセイン殿が犯した罪は死罪では生温いと思っております!」
……何を言っているんだこの者は?
さぁ?裏切り者の考える事は解りません。
「そう!殺すもまた情けなのです!死すべき時に死ねぬのは辛き屈辱なのです!」
その途端、四方八方から民によって石を投げつけられる。
彼らは殺せとコールしていた。
「やめ、あげっ!ぼくはゆうしゃ、あぎゃ!止めろと言っている!殺すぞお前ら!」
一方のツキツバは、こうなる事を最初から解っていたのか、文句を言わずに耐えるだけだった。
「皆々様の怒り、某が責任をもって預かりましょう。だからこそ!セイン殿には生き恥と言う名の罰を与えたいのです!そこで、某に提案があります!」
提案?
この僕に何をさせる気だ?
「某がかつていた世界の大陸には、『宦官』と言う役職がありました。宦官とは本来、皇帝に忠誠を誓う為に男性の証を斬り捨てた男性官僚の事を指します!」
飛び出す発言に血の気が引く。
こいつら正気か?
僕のアレを切り落とすだと?
「そこで!セイン殿にはこの場で男性の証を斬り捨て、ばるせいゆの新たなる王に永遠に忠誠を誓っていただく!」
その途端、ツキツバは僕のズボンを乱暴に脱ぎ投げた。
「む?セイン殿の男性の証、父上のより小さいですな?」
ツキツバのジョークに、民衆は腹を抱えてゲラゲラ笑う。
羞恥心で顔が熱くなり体が震えた。
よくも気にしている事を。
許さない、絶対に許さない―――
「ギャアァーーーーー!」
僕は本当にアレをツキツバに切り落とされたしまった!
そして……ツキツバは切り取った僕のアレを天高く掲げで宣言した。
「御覧召されよ!これがセイン殿がばるせいゆの新たなる王に永遠の忠誠を誓う為に捨てた、セイン殿の男性の証ですぞぉーーーーー!」
民衆は賛同したらしくツキツバに喝采を送った。
刑罰が始まって10ヶ月が経過……
僕は憔悴しきっていた……
連日、十時間以上の拷問……
休んでいる間もひたすら悪夢にうなされる……
振り返るのは己の行為について……
どうして失敗したのだろうか……
もし次があるならもっと上手くやる……
そんな事ばかりが頭に浮かんだ……
聞き慣れた音にビクッと体が震える!
「今日で終わりだ。今までご苦労だった」
「おわり……ははっ、はははははっ!やったぞ!ようやく僕の価値を理解したんだな!」
看守の言葉に僕は笑い転げる!
ほらみろ。僕は神に選ばれし勇者なんだ!
ここを出たら、全ての責任をとらせてやるからな!
それからツキツバを犯して殺す!仲間も犯して殺す!
ざまぁみろ、お前らには僕は殺せないんだよ!
神に愛されているのはツキツバじゃない、僕なんだ!
僕こそが全てを奪う事を許されている!
牢を出され、僕は笑顔で通路を行く。
これから先にあるだろう、未来に胸をときめかせる!
ここを出たらまずはエリクサーで失ったアレを取り戻さないと!
それから、豪華な食事を飽きるまで堪能して、スキル封じを解く方法を探すんだ!
ああ、ツキツバを始末する為にレベルもあげないとね!
魔剣と鎧を取り戻して、高レベルの魔物を殺しまくるんだ!
そうすれば300くらいすぐに手が届く―――
「わぁぁあああああっ!」
建物の外に出た途端、僕は愕然とした……
そこにあったのは……
処刑人と処刑台!
千を越す見物人が周囲に押し寄せ、僕が登場した事に喜びの声をあげている!
「止まるな。進め」
「そんな、話が違うじゃないか」
「ここで跪け」
台に首を乗せられる。
目の前には頭を受け止める為の籠が置いてあった。
僕の前で貴族がしゃがみ込む。
「すまないな勇者様。ギロチンを使いたかったんだが、どうもレベル100を超える相手には途中で刃が止まる様なんだ。だから古くさい処刑方法を行う事にした」
「待て待て!ツキツバとの約束はどうなる!?奴は僕の処刑に反対だった筈だろ!?」
「ツキツバ殿には、既に使者を送った。セインが永き生き恥に耐えられずに自害を選んだと」
「そんなの!僕のキャラじゃない!」
「では彼らに謝罪をしたまえ。期待を裏切り、信頼を裏切り、祖国を裏切り、ヒューマンを裏切った事への謝罪を」
民衆の怒りに満ちた顔がはっきりと目に入る。
彼らは殺せとコールしていた。
こんな奴らに頭を下げなければならないのかと怒りが沸々と湧く。
だが、今を逃せばもう助からない。
本能で察していた。
非常に屈辱的だが受け入れるしか助かる道はなかった。
「僕は道を間違った。勇者であるにもかかわらず、祖国を裏切りヒューマンを裏切った。だけど、真実は違う。僕は魔族と交渉し、君達の住み良い世界をなんとか作ろうと模索していた。信じて欲しい、僕は悪人じゃない。善人だ」
民衆が静まりかえる……
いける!
所詮は馬鹿な奴らの集まりだ!
丸め込むのは容易―――
「詭弁だ!俺は妻を奪われたぞ!」
「俺も彼女を寝取られた!」
「王様を殺した事はどうなるんだよ!」
「そいつに冒険者だった親友を殺されたぞ!」
「セイン、どうして私を捨てたの!?」
やめろ!
こんなところでそんな発言をするんじゃない!
僕が殺されるだろうが!
ふざけるなよ!
再び民衆の殺せコールが始まる。
冷や汗が額から垂れた。
「違う!あいつらの言っている事は全て嘘だ!僕を陥れようとしているんだ!」
「そうなのか?そうは見えないが」
「頼む!助けてくれ!」
「ずいぶんと偉そうだな?」
「待て!いや、待ってください!お願いします!許してください!何でもします!だから殺さないでください!」
貴族は微笑む。
気持ちが通じた!
と希望を見た―――
「お前の殺した騎士の中に私の弟がいた。だからこそ、私はこの役目を自ら買って出たのだ」
「……え?」
「貴様の記録は歴史から抹消される。セイン、お前は最初から存在しないのだ」
僕は涙を流しながら懇願する!
「お願いします!助けてください!」
「首を落としきるまでに時間はかかるが、しっかり正気を保って死ぬんだぞ。大丈夫、元勇者の君なら耐えられる」
「い、嫌だ!僕は死にたくない!ちゃんと謝るから殺さないで!」
「……
貴族の声と共に斧が振り下ろされた……