癲狂院遊羽 / LP4000
VS
北条
遊羽にとって敗北の許されないデュエルが始まった。
案の定、リアルソリッドビジョンのセイフティモードがオフになっている。
「私のターン」
遊羽の初手はデッキの構成から考えられる中で最高の手札だった。
「モンスターをセット」
迷う事なく裏側守備表示でモンスターを場に出す。
「更にリバースカードを一枚セットしてターンエンド」
淀みのないプレイング。
既に戦略は固まっていた。
「それでは僕のターン。ドローします」
引いたカードを北条はそのまま発動する。
「《古のルール》を発動。このカードは手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚することができます。僕が出すのはこのカード、エビルナイト・ドラゴン」
《エビルナイト・ドラゴン》
星7 闇属性 ドラゴン族
攻撃力2350 守備力2400
後攻1ターン目からいきなり最上級モンスターが場に現れた。
これがブラックドミノシティA区、通称トップスの市民のプレイングか。
「おや、北条さん。随分と控えめな攻撃力のモンスターを使いますね」
北条の後ろでデュエルを見ていた横沢と呼ばれた男が《エビルナイト・ドラゴン》を見ながら言った。
遊羽からすれば攻撃力2350は十分高いが、トップス市民の感覚では控えめらしい。
「ええ、ですが横沢さん。確かにエビルナイト・ドラゴンの攻撃力は低いが、このカードはウルトラレアカード。希少価値もあって値段は3億を超えています」
3億、それはF区出身の遊羽がまともに労働したところで生涯得ることができないだろう金額。
「ただ攻撃力の高いモンスターを出すなら裏プロでもやっている。我々VIPは使うカードの値段にも気を使わないといけませんからねぇ」
「高い意識をお持ちだ。我々ブルジョア流デュエリストの鑑ですな」
北条の言葉に横沢が同意する。
遊羽には全く理解できない感覚だが、ブルジョア流というのがトップスの富裕層の一部で浸透しているデュエル流派であることは知っていた。
「それではバトルフェイズ。エビルナイト・ドラゴンで裏側守備表示モンスターを攻撃。ナイトメア・シャドウ・ソニック!」
《エビルナイト・ドラゴン》の攻撃が裏守備モンスターを襲う。
《代打バッター》
星4 地属性 昆虫族
攻撃力1000 守備力1200
だが、それは狙い通りであった。
「かかった! 私がセットしていたモンスターは代打バッター。その効果で手札から昆虫族モンスターを一体特殊召喚できる」
既に遊羽の手札には切り札が握られている。
それは真帆から託された絆のカード。
「インセクト女王を特殊召喚!!」
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2200 守備力2400
「ほう、デュエル孤児院の子供がウルトラレアカードを持っているとは。少々驚きました。ですが攻撃力はエビルナイト・ドラゴンの方が上ですねぇ」
「それはどうかな?」
遊羽は薄く笑った。
インセクト女王には強力な特殊能力が備わっている。
「このカードはフィールド上の昆虫族の数だけ攻撃力を200アップする。そしてインセクト女王自身も昆虫族だから、この時点で200アップ」
《インセクト女王》
攻撃力2200→2400
これで攻撃力2350の《エビルナイト・ドラゴン》を《インセクト女王》の攻撃力が上回った。
「ふむ。では私はバトルフェイズを終了します。そして……」
北条が手札にある1枚カードを指でつまんで抜き出そうとするも、途中でやめて手札に戻す。
「そのカード、使わないんですか、北条さん」
横沢が意外とでも言いたげな口調で声をかける。
「ええ、もう少し彼女のデュエリストごっこに付き合ってもいいでしょう。僕は紳士ですから」
「はは、北条君も物好きだねぇ」
間宮と呼ばれていた男性が口元を歪ませて笑いながら言った。
「僕はこれでターンエンド。さあ、癲狂院さん。君のターンですよ」
「私のターン、ドロー」
嘗められているのなら、むしろ好都合。
このターンは一気に攻勢に出る。
北条が油断している間に勝負を決めてしまえばいい。
「ここで私は伏せていたリバースカード《DNA改造手術》を発動」
遊羽が伏せていたのは種族変更の罠カード。
それも永続ドラップカードであり、発動後フィールド上に残って効果を発揮する。
「このカードが表側表示で存在する限り、フィールド上全てのモンスターは宣言した種族になる。私が宣言するのは昆虫族」
DNA改造手術の効果で《エビルナイト・ドラゴン》がインセクトモンスターに変化する。
つまりそれはフィールド上に昆虫族が増えたということであり、《インセクト女王》の攻撃力が上昇する。
《インセクト女王》
攻撃力2400→2600
「更にフライングマンティスを召喚!」
《フライングマンティス》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1500 守備力800
昆虫族が召喚されたことで《インセクト女王》の攻撃力が更にアップ。
《インセクト女王》
攻撃力2600→2800
攻撃力2800。デュエル孤児院において、この攻撃力のモンスターを出せるのは遊羽しかいない。
「いくぞ、バトルフェイズだ」
北条はこちらを完全に嘗めてかかっており伏せカードをセットしていない。
この攻撃が妨害されることは、ほぼないはず。
「インセクト女王の攻撃」
《インセクト女王》は攻撃の際、自分の場の昆虫族モンスターを1体リリースする。
《フライングマンティス》をバリボリと喰い、昆虫の女王の攻撃準備が整った。
これによって、場の昆虫族が減ったことで一時的に攻撃力が200低下する。
《インセクト女王》
攻撃力2800→2600
「クイーンズ・ヘル・ブレス!!」
《インセクト女王》の攻撃によって《エビルナイト・ドラゴン》が溶解、そのまま破壊された。
「師匠! やっぱり凄いです!」
真帆がぱっと表情を輝かせた。
その隣にいる沙良も笑顔になる。
《エビルナイト・ドラゴン》の破壊は二人に希望を与えた。
北条正義 LP3750
「おっと」
北条がリアルソリットビジョンの衝撃を受けるが、所詮は250ダメージ。
成人男性であれば、その程度では大した負担にはならない。
「私はバトルフェイズ終了後、永続魔法《虫除けバリアー》を発動する」
《DNA改造手術》を発動したのは、《インセクト女王》の攻撃力を上げるためだけではない。
「このカード場にある限り、相手フィールド場の昆虫族モンスターは攻撃宣言することができない」
永続魔法も永続トラップ同様にフィールドに残り続けて効果を発揮するカード。
《DNA改造手術》と《虫除けバリアー》によって北条の攻撃を完全に封じた。
「更に私はカードを一枚伏せてターンエンド。この瞬間、インセクト女王の効果発動」
《インセクト女王》は相手モンスターを破壊したターンの終了時にトークンを一体生成する。
《インセクトモンスタートークン》
星1 地属性 昆虫族
攻撃力100 守備力100
昆虫族のトークン自己生成によって、《インセクト女王》の攻撃力が上昇。
《インセクト女王》
攻撃力2400→2600
攻撃力アップに貢献するものの、この卵から這い出る幼虫のようなモンスタートークンは攻撃力が低い上に、攻撃表示で特殊召喚されてしまう。
この幼虫を守るために遊羽は《DNA改造手術》と《虫除けバリアー》を使用したのだ。
とはいえこのコンボも弱点がないわけではない。
《DNA改造手術》と《虫除けバリアー》のどちらか片方が破壊された場合、このロックは解除される。
そこで場に伏せたのは、このターンに引いた《攻撃の無力化》の罠カード。
相手モンスターの攻撃宣言時にその攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了させるレアカードである。
《インセクト女王》を場に出し、トークンへの攻撃に対する守りを固める。
これが現時点の遊羽のデッキにおける最大限のプレイングだった。
「僕のターン、ドロー。では、そろそろデュエルごっこは終わりにしましょう」
思わず遊羽は身構える。
ライフポイントでもリードしているし、盤面だって優勢な状態。
それなのに自らが優位に立っているという感覚を微塵も感じられない。
「《ハーピィの羽箒》を発動」
一瞬で、遊羽の場にあった《DNA改造手術》《虫除けバリアー》《攻撃の無力化》の三枚のカードが破壊された。
《ハーピィの羽箒》。その効果は相手フィールド場の魔法、罠カードを全て破壊するというもの。
汎用性の高さと強力な効果から数千万円はするレアカードだ。
基本的にF区の市民は生涯手にできないカードであり、A区の富裕層のデッキには当たり前のように投入されている。
「さて、これでその攻撃力100のトークンを狙えば大幅にライフを削れますが、そのやり方は僕たちのようなブルジョアデュエリストには相応しくない」
この状況でトークンを狙わない理由はないと思うが、北条の考えは違うらしい。
「下品なんですよ。攻撃力が低い方を狙うだの、コンボだの、そういうごちゃごちゃした戦略は。そんなことをやっているデュエリストなど所詮は三流。我々VIPは高額で強力なカードで王道を行けばいい」
北条は手札に元からあったカードをデュエルディスクの魔法、罠ゾーンに差し込む。
「《サンダーボルト》発動」
《サンダーボルト》。相手フィールド場のモンスター全て破壊する魔法カード。
《ハーピィの羽箒》同様、一枚数千万円はするレアカードである。
その効果によって《インセクト女王》と《インセクトモンスタートークン》がまとめて破壊された。
「更に魔法カード《死者蘇生》」
《死者蘇生》は墓地からレベルを問わずモンスターを特殊召喚できる魔法カードであり、これも数千万円するレアカードだった。
「僕が特殊召喚するのはエビルナイト・ドラゴン」
前のターンに倒した最上級モンスターがいともたやすく復活してしまう。
「驚くことはないでしょう。こうなるのはわかりきっていたことだ」
下層区、それも底辺のF区市民がA区、トップス民にデュエルで勝利するのは不可能。
それはブラックドミノシティの常識だろうと、北条は言外に含ませる。
「バトルフェイズに移行します。エビルナイト・ドラゴンの攻撃」
現在の遊羽の場に身を守るためのモンスターは一体もいない。
「ナイトメア・シャドウ・ソニック!!」
攻撃力2350の《エビルナイト・ドラゴン》のダイレクトアタックが直撃したことによって、遊羽の体は大きく吹っ飛び、地面を数回転がった。
癲狂院遊羽 LP1650
「デュエルで相手を痛めつけるのは良いものですねぇ。次のターンもダイレクトアタックされたくなければ、サレンダーすることをお勧めします」
地面に転がる遊羽を愉快そうに眺めながら北条はサレンダーを促した。
「まあ、サレンダーしようがしまいが結局同じことですが。僕はこれでターンエンド」
北条のエンド宣言によって、遊羽にターンが移行する。
「私の、ターン……ドロー」
立ち上がった遊羽が選択したのはサレンダーではなくデュエルの継続。
「サレンダーはしない。デュエリストとして最も恥ずべき行為だ」
「はは、最後までデュエリストごっこですか」
嘲笑する北条とその後ろにいるトップス市民の二人。
既に結果の分かりきったデュエルに悲痛な表情を浮かべながら拳を握りしめる色音。
地面に両膝をついて小刻みに震え涙を流す沙良。
希望が失われた状況で、それでも師匠のデュエルから目を逸らさない真帆。
「私は……モンスターをセット」
遊羽のデッキにこの状況を打開するカードはない。
今ドローしたカード《ゴキボール》を壁モンスターとして場に出す。
最後までデュエルを続けるという意思表示。
「……ターンエンド」
地面に打ち付けられたことによる体の痛みをこらえながらターン終了を宣言する。
「では僕のターンです。ドローします」
北条は引いたカードを手札に加える。
そして元から手札にあったカードをデュエルディスクの魔法、罠ゾーンに差し込む。
「《サンダーボルト》発動」
セットされていた《ゴキボール》が一瞬で消し炭になり破壊された。
「エビルナイト・ドラゴンでダイレクトアタック。ナイトメア・シャドウ・ソニック!!」
リアルソリットビジョンの衝撃によって遊羽の体は宙を舞った。
そのまま地面に叩きつけられて転がり、うつ伏せの状態で倒れる。
癲狂院遊羽 LP0
敗北して地に付した遊羽に北条が近づき、その体を高級靴のつま先で蹴って仰向けにした。
思わず呻き声をあげる。二度にわたる最上級モンスターによるダイレクトアタックの痛みで立ち上がることはできないが、意識だけははっきりしていた。
北条は遊羽のデュエルディスクを外してデッキを取り出すと、その中から一枚のカードを抜き出し残りを地面に捨てる。
北条が取り出したのは《インセクト女王》のカードであった。
「おっと、勘違いしないでいただきたいですが、この程度のウルトラレアカードなど僕には必要ありませんよ。なので、こうします」
そして遊羽に見せつけるように《インセクト女王》を真っ二つに破った。