遊羽はデュエルリムジンからブランドバッグを取り出すと100万の札束を20個取り出して自分の鞄に移した。
そして軽くなったブランドバッグを龍堂院麗華に投げ渡す。
「じゃあ2000万は貰ったから。今度は強制デュエルでもする?」
「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」
龍堂院麗華は悲鳴をあげながら地面を四つん這いで移動、遊羽の足元を素通りしてデュエルリムジンに乗り込むと、逃げるように去っていった。
実際のところ強制デュエルを仕掛ける気はない。
龍堂院麗華から《青眼の白龍》を強制デュエルで奪い、ブラックマーケットで売れば、金集めという目的は一瞬で達成される。
だが遊羽にはその金を使ってブラックドミノティで成さねばならないことがある。
通常、デュエル窃盗程度でセキュリティは動かないが、被害者がトップス市民、それも四大企業の令嬢なら話は別だ。
龍堂院麗華が強制デュエルで《青眼の白龍》を奪われれば、セキュリティは捜査本部を立ち上げるだろう。
組織であるセキュリティを敵に回せば、ブラックドミノティでの活動は大きく制限されることになる。
スマホを取り出して時間を確認する。
現在の時刻は11時43分。
午後1時から《青眼の銀ゾンビ》を購入したがっているお客さんとの取引があるが昼食をとるぐらいの時間はありそうだ。
2000万の臨時収入があったが、今は目的のために少しでも早く金を集めなければならないので贅沢はしない。
とりあえず近くにあったデュエルファストフード店でハンバーガーを二つ購入して、それを昼飯にした。
ハンバーガーを咀嚼しながら、今回の取引相手のプロフィールを確認する。
シャークトレーダー鮫嶋。
本名は鮫嶋洋介という男性のデュエリストだ。
その異名の通り彼はシャークトレード、所謂『鮫トレ』を行うデュエリストであり、情弱を騙して数多くのレアカードを価値の低いノーマルカードをトレードしてきたという。
そこまでならブラックドミノシティでは珍しくないのだが、鮫嶋のデュエル犯罪行為はそれだけに止まらない。
鮫嶋がとある兄妹の妹からレアカードを鮫トレした際、後からカードの価値に気づいた妹が返却するように求めたという。
しかし鮫嶋は当然それに応じることはなかった。
そのことに怒った兄が強制デュエルで鮫トレされたカードを取り返そうしたが、鮫嶋はデュエルで返り討ちにして妹の目の前でその兄の片目をえぐり出したらしい。
しかもそれだけに止まらず、鮫嶋は妹の方に強制デュエルをしかけて勝利した上で、兄の目の前で妹を強姦したという。
デュエルに負けた兄妹がそれに逆らうすべはなく、妹は犯され兄はその光景を見ているしかなかった。
この事件は白昼堂々行われたので目撃者も多く、場所がC区だったこともあって、通報を受けたセキュリティに鮫嶋はその場で逮捕されたが、鮫トレで集めたレアカードを賄賂として払うことですぐに出所。
以降、デュエル酒場でその兄妹を凌辱したことを武勇伝として自慢げに語っているとのことだ。
遊羽も裏のデュエル社会を生きる者としては常に情報収集を怠らないようにしているが、本人が喧伝していることもあって鮫嶋の情報は比較的イージーに入手することができた。
この男は間違いなく金を持っている部類の人間なのでお客様として悪くないが、評判通りの性格であれば《青眼の銀ゾンビ》の購入後にクレームを付けて遊羽に強制デュエルをしかけてくる可能性が高い。
ノークレーム、ノーリターンでお願いしたいのだが、まったく困ったお客さんである。
もちろんクーリングオフに応じる気など一切ありはしない。
対策としては事前に牛尾に連絡して、取引場所から少し離れた所で待機してもらうという方法もあるが、あえてこの手段をとる気はない。
それよりも強制デュエルをしかけてきた鮫嶋を返り討ちすれば、奴が鮫トレで集めたカードを全部手に入れることができる。
それをブラックマーケットで売り捌けば多額の金を得ることができるだろう。
トップス市民ではない鮫嶋であれば、龍堂院麗華相手のような配慮も必要もない。
二個目のハンバーガーを食べ終えてから取引場所へと向かった。
◇
取引場所の付近で漂ってきたのは強烈な血の匂いだった。
ブラックドミノシティのF区においてデュエル暴行は日常茶飯事であり、デュエル薬中によるデュエル殺人もけっこうな頻度で発生するので血の匂い自体は珍しくないのだが、それが指定した取引場所、取引時間に漂っているとなれば嫌な予感しかしない。
匂いの原因はすぐに判明した。
血まみれの成人男性が倒れており、その横にはこの場に似つかわしくない、黒いゴシック・アンド・ロリータの装いをした黒髪ツインテールの女の子がいた。
おそらくは龍堂院麗華より年下でデュエルアカデミアの学生であれば中等部ぐらいの年齢と思われる。
ゴスロリの女の子は手にスコップを持っており、そのスコップには血がべったりと付着している。
容姿という先入観にとらわれずに状況を分析するなら、あの倒れている男性はゴスロリの女の子にデュエルで敗北してスコップで半殺しにされたのだ。
何故、半殺しなのか分かるのかといえば、成人男性はまだピクピク動いて、呻き声をあげているからである。
「貴様が癲狂院遊羽じゃな。待っておったぞ」
ゴスロリの女の子がその年齢に似つかわしくない口調で話しかけてくる。
「……なんか取り込み中みたいだし、私は何も見てないってことで立ち去るからさ。それでいい?」
向こうがこちらの名前を出した以上、この要求が通るとは思えないが一応言うだけ言ってみた。
「随分と冷たいのう。この男は貴様の客じゃろう」
「まさか……」
「そう、こいつはシャークトレーダー鮫嶋とかいう男じゃよ」
血まみれの男をスコップで数回叩きながらゴスロリの女の子が言う。
「おお、戻ってきたか」
その時、黒塗りのデュエルベンツが一台停車した。
車から降りてきたのはサングラスをかけた黒服の男二人だった。
手には人間一人が入りそうな袋を持っている。
すぐにその正体を察した。この男たちはデュエルヤクザだ。
「おい、こいつを袋に入れてからトランクに詰めて、生きたままブラックドミノ湾に沈めてくるのじゃ」
「了解です、お嬢」
「承知いたしやした」
黒服たちは女の子の指示を受けて、二人がかりで鮫嶋を袋に詰めると、デュエルベンツのトランクに積み込んで去っていった。
「鮫嶋はここで行われる取引のことを中々話さなくてのう。仕方ないからデュエルで勝って聞き出すことにしたわけじゃ」
取引というのは《青眼の銀ゾンビ》購入の件で間違いないだろう。
そしてデュエルヤクザと思われる黒服たちに指示を出していることから、多分、この娘はデュエルヤクザの親分の娘か何かで……。
「名乗っておこう。わしは蛇沼ミカ。蛇沼組の現組長じゃ」
「く、組長?」
これは流石に予想外だった。
デュエルアカデミア中等部ぐらいの年齢の女の子がデュエルヤクザの組長。
蛇沼組と言えば、組長がデュエルに敗北して切腹したとは噂に聞いていたが、まさかその娘が組長を継ぐとは。
「それでじゃ、わしがデュエルに勝利した後、このスコップでコミュニケーションをとったところ、鮫嶋が面白いことを言ってのう。何でもあのブルーアイズを100万で購入するそうではないか」
舌打ちを堪える。
あの状態では仕方ないとはいえ、シャークトレーダー鮫嶋は取引の内容を全部喋った。
遊羽の名前が知られているのも当然というわけだ。
「それ、わしに売ってくれ。まさか、あのブルーアイズが100万で買えるとはのう」
遊羽がブラックドミノシティにおいて敵に回さないようにしているのはセキュリティ、そしてデュエルヤクザだ。
共通しているのは組織ということであり、目の前にいる一人をデュエルで倒すと、次は十人で報復デュエルをしかけてくる。
《青眼の銀ゾンビ》の販売ができる相手ではない。
街全体を仕切っているセキュリティよりは小規模とはいえ、敵対するのは得策ではないので、この区域を取り仕切る『熊岡組』には毎月10万払っていたのだが。
「悪いけど、この辺仕切ってるの熊岡組でしょ。こちらとしても彼らに無断で他の組に商品を売るわけにはいかないからさ」
即座に熊岡組の名前を出す。
同じ額を払っているにもかかわらず、牛尾と比べて恩恵のない連中だ。
こんな時ぐらいは威光を借りてもいいだろう。
「ああ、熊岡ならわしとのデュエルに負けて死んだのじゃ。正確に言えばわしが殺してやった」
蛇沼ミカがスマホを出して写真を表示した画面を遊羽に見せる。
画面には頭から血を流して絶命している熊岡組の組長が映っていた。
「そういうわけで、ここは蛇沼組のシマになったのじゃ」
「……実は商品入荷しなかったんだよね。だから今日はそれをシャークトレーダー鮫嶋に伝えるためにここに来たんだけど」
苦しいと思いながらも言い訳を並べるが
「くっ、くははははははははははは!」
蛇沼ミカは突然大声で笑い始めた。
「もういいのじゃ。そもそも貴様が売るのは青眼の白龍ではなく青眼の銀ゾンビじゃろう」
全部ばれている。
つまり蛇沼ミカが遊羽のことを知っていたのは、鮫嶋から聞き出したからだけではない。
デュエルヤクザの人脈で事前に遊羽を調べたということ。
「あっそう。それならこの話は終わり。で、今度からはあんたの組に毎月金を払う。熊岡には10万払ってたけど同額でいい? 駄目なら商売する場所を変えるけど」
牛尾とは良好な関係を築けているので、できることならこの区画での商売を続けたいが、10万以上ぼったくられるなら場所を変えるしかない。
「それなんじゃが、デュエルで決めるのはどうかのう」
遊羽は僅かに唇を噛む。
デュエリストとして挑まれたデュエルから逃げる気はない。
だがデュエルヤクザは一人が負けると大勢で報復デュエルをしかけてくる。
そうなっては、どちらにせよこの区域での商売はまともにできなくなるだろう。
「貴様がわしに勝ったら毎月の支払はせんでいい。ただし負けたら貴様の両手の指10本をこのスコップで切断させてもらう」
「は?」
それは意味不明すぎる条件だった。
「何言ってんの。そんなことしても、あんたにとって何の得にもならないでしょ」
デュエルヤクザの目的は基本的に金だ。
だがこの条件では蛇沼ミカが勝ったところで、遊羽の指がなくなるだけ。
そんなことしても遊羽が商売できなくなって金をとりっぱぐれるだけだ。
「わしはのう、デュエルモンスターズが好きじゃ。そして、デュエルモンスターズのカードを悪用している貴様のような輩が大嫌いなんじゃよ」
デュエル抗争で死人まで出すことがあるデュエルヤクザがそれを言うか。
仮に鋭利な刃物で指が切断されるなら、すぐにデュエル病院に駆け込めば、指をくっつけることができるかもしれない。
だがあのスコップはダメだ。
あんなので切断されたらぐちゃぐちゃになって接合などできない。
そして指がなくなるということはカードをドローできなくなるということ。
デュエリストとして再起不能になることを意味している。
「その条件なら猶の事、デュエリストとして負けるわけにはいかないね」
この言葉に蛇沼ミカが露骨に顔をしかめた。
「貴様のようなクズがデュエリストを名乗るとは烏滸がましいのう」
「……やるしかないか」
もはや交渉の余地はない。
こうなったらデュエルに勝利した上で、支払いも毎月10万はするという形で話を納めるしかない。
それすら無理ならこの区画での商売は諦めるしかないだろう。
互いにデュエルディスクを起動して構える。
カードプレートがソリッドビジョンによって生成される。
オートシャッフルシステムが起動して、互いのデッキが自動でシャッフルされる。
デュエルディスクによって先攻、後攻が決定された。
害虫 ―― 癲狂院遊羽 / LP4000
VS
蛇沼組 組長 ―― 蛇沼ミカ / LP4000
「「決闘!」」
先攻をとったのは蛇沼ミカだった。
「わしの先攻。モンスターをセット」
蛇沼ミカがモンスターを裏側守備表示で場に出した。
「これでターンエンドじゃ」
相手を威圧するため常に攻撃表示でモンスターを場に出すデュエルヤクザらしからぬプレイングだ。
「私のターン、ドロー。ドラゴンフライを攻撃表示」
《ドラゴンフライ》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
遊羽が召喚したのは戦闘破壊された際、後続のインセクトカードを呼び出す昆虫族リクルーター。
《ドラゴンフライ》が戦闘破壊された瞬間、効果が発動して《アルティメット・インセクトLV3》をリクルート。
返しのターンで《アルティメット・インセクトLV5》に進化させる。
アカデミア時代はこれをデッキに3積みして《アルティメット・インセクトLV3》に繋ぐことで、数多くのアカデミア生を相手に勝利を重ねてきた。
遊羽を長く支え続けてきたカードの一枚である。
「バトル! ドラゴンフライで裏側守備モンスターを攻撃」
《イピリア》
星2 地属性 爬虫類族
攻撃力500 守備力500
《ドラゴンフライ》によって《イピリア》が戦闘破壊された。
「カードを1枚セットして、ターンエンド」
伏せたカードは《ライヤー・ワイヤー》。墓地の昆虫族を除外して相手のモンスターを1体破壊できる罠カード。
「わしのターン、ドローカード。まずは《ヴァイパー・リボーン》を発動じゃ。自分の墓地が爬虫類族のみの場合、モンスターを一体蘇生する。イピリアを特殊召喚」
《イピリア》
星2 地属性 爬虫類族
攻撃力500 守備力500
「イピリアの効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、デッキから一枚ドローじゃ」
《イピリア》の効果で新たに引いたカードを蛇沼ミカが即座に発動する。
「魔法カード《手札抹殺》を発動じゃ」
《手札抹殺》はお互いに手札を全て捨て、捨てた枚数だけ引き直す魔法カード。
「続けてフィールド魔法《ヴェノム・スワンプ》を発動する。そしてイピリアをリリースして、ヴェノム・ボアをアドバンス召喚じゃ」
《ヴェノム・ボア》
星5 地属性 爬虫類族
攻撃力1600 守備力1200
「ヴェノム・ボアの特殊能力発動。相手モンスターにヴェノムカウンターを二つ置く。そして《ヴェノム・スワンプ》が存在する時、ヴェノムカウンターを置かれたモンスターは攻撃力が500低下するのじゃ」
ヴェノムカウンターは2つなので《ドラゴンフライ》の攻撃力が1000低下する。
《ドラゴンフライ》
攻撃力 400
魔法カードとモンスター効果を駆使した繊細なコンボ戦術の数々。
蛇沼ミカという少女は、龍堂院麗華のように高い攻撃力のモンスターやレアカードでごり押しするデュエリストよりもワンランク上のようだ。
「カードを二枚伏せてターンエンド。この瞬間、《ヴェノム・スワンプ》の効果で貴様のフィールドの全てのモンスターにヴェノムカウンターが一つ乗る」
これにより合計で3つのヴェノムカウンターが乗ったことによって、《ドラゴンフライ》の攻撃力が0になった。
「そして《ヴェノム・スワンプ》によって攻撃力が0になったモンスターは破壊されるのじゃ。効果による破壊では貴様のリクルーターの特殊能力は発動しないのう」
「そこまで見抜いているわけ」
戦闘破壊ではなく効果破壊された場合《ドラゴンフライ》の効果は発動しない。
蛇沼ミカには《ドラゴンフライ》を用いた遊羽の戦術が見透かされていた。
アカデミア時代この戦術を破ったデュエリストはそう多くない。
デュエルヤクザは基本的に恫喝や組織的な圧力によってデュエルを有利に進める輩が多い。
組員を用いたデュエル報復をちらつかせるのはもちろん、デュエル中に暴言を連呼してカタギのデュエリストを委縮させる戦術が奴らの十八番だ。
だが蛇沼ミカはデュエル前の取り決めを除いて、言葉による圧力などをかけてくる気配はない。
「私のターン、ドロー」
敗北すれば指を失ってデュエリストとして再起不能になる。
それ以前にここで負けるようなら、どのみち最終的な目的を達成することなどできないだろう。
とはいえ、それはあくまでも先の話。
デュエル中は目の前の相手とのデュエルに集中する。
それはデュエリストとして当然のことだった。