《毒蛇神ヴェノミナーガ》の攻撃によって発生したリアルソリッドビジョンの衝撃によって遊羽の体が大きく仰け反る。
「くっ!」
耐え切れず遊羽は後方に飛ばされそのまま地面に転がった。
インセクト遊羽 LP50
「何じゃと?」
だがまだデュエルは終了していない。
遊羽のライフポイントはほんの僅かだが残っている。
「……私が発動したのは《ダメージ・ダイエット》。このターン私が受けるダメージを半減させる罠カード。これなら毒蛇神ヴェノミナーガの耐性は関係ない」
「なるほどのう。じゃが所詮はその場しのぎに過ぎん」
蛇沼ミカの発言は正しい。
《毒蛇神ヴェノミナーガ》が存在する限り遊羽の圧倒的不利は変わらない。
「ヴェノミナーガに2つ目のハイパーヴェノムカウンターが乗るが、そのライフでは3つ目を乗せるまでもなさそうじゃのう」
遊羽のライフポイントは50。次の攻撃が通ればハイパーヴェノムカウンターが乗る前に決着がつく。
その時、黒塗りのデュエルベンツが蛇沼ミカの脇に停車して、黒服のデュエルヤクザ二人が降りてきた。
シャークトレーダー鮫嶋をブラックドミノ湾に捨てに行っていた二人組だ。
「先代の、いえ、今はお嬢の毒蛇神ヴェノミナーガが降臨している」
「しかも相手のライフは50に対して、お嬢は無傷。さすがです。これはもう勝負はきまりやしたね」
両者のライフポイントの差は3950。
しかも遊羽の場にモンスターはおらず、蛇沼ミカは攻撃力5500の完全耐性モンスターを有している。
「まあ、よく粘ったものじゃ。その頑張りに免じて貴様にチャンスをくれてやる」
「チャンス?」
「土下座するのじゃ。土下座してからサレンダーすれば、奪うのは手の指ではなく足の指10本にしてやる」
この世界はデュエルによって全てが決まる。
デュエル開始前に決められた条件はセキュリティであっても干渉できないが、デュエルを行っているデュエリスト同士の合意があれば途中変更を行うことができる。
口約束であってもデュエル契約は有効であり、ここで土下座してサレンダーすれば失うのは手の指ではなく足の指で済む。
「もう少し好条件にしてやろうか。サレンダーした後、貴様が無様に小便を垂れ流すのであれば、切断するのは左足の指5本だけにしてやってもよいぞ」
同じ不具者であっても、両手の指10本と足の指5本とでは天の地ほどの差がある。
手の指を全て失えばカードをドローできなくなりデュエリストとして終わる。
デュエルだけに限らず日常生活を行うのも困難になるだろう。
一方で足の指5本なら、デュエルに支障はないし、治療してからリハビリすれば歩行できるようにもなるはずだ。
しかしその提案を遊羽は――
「断る」
迷うことなく拒否した。
「何じゃ、やはり痛いのは嫌か。どのみち負ければ指を失うことに変わりはないというのに、目先の痛みから逃げた……わけではなさそうじゃのう」
こちらの態度から蛇沼ミカはそれを察したようだ。
事実、痛いのが好きなわけではないし、手や足の指を失いたくもないが、デュエルに敗北したのであれば受け入れる。
デュエルの結果を受け入れるのはデュエリストとして当然のことであり、それを拒絶するなどデュエル軽視に他ならない。
もっとも拒絶しようが、全てがデュエルで決まる世界である故に、敗者は強制的に勝者に従わざるをえないのだが。
拒否しようが法則としてデュエルの結果に逆らうことはできないが、見苦しく拒絶するような素振りを見せる行為はデュエルの結果に対する侮辱であり、デュエリストとしてするべきではないと考えている。
重要なのは指切断だの小便垂れ流しだのという『結果』の部分ではなく、その『過程』。
遊羽が指を切断したり、小便を垂れ流すということは、デュエルに負けるということ。
デュエルの結果には従う。
だが――
デュエリストとしてデュエルに負けるのは我慢ならない。
「そもそも、このデュエルに勝つのは私だ」
「本気で言うておるのか、ここから逆転できると」
この状況下においても遊羽はデュエルを諦めるつもりは一切なかった。
◇
先代の組長、蛇沼毒牙はミカにとっては良き父親であった。
幼くして母を亡くしたミカと血のつながった家族は父だけであったが、意外にも幼少期において寂しい思いをすることはなかった。
蛇沼組の組員たちは幼いころからミカの遊び相手を務めることもあり、血縁関係こそないもののミカにとっては家族も同然であった。
多忙であった父との限られた時間の中でミカはデュエルを通して父と触れ合った。
――モンスターの召喚はこのように行うのですね。
――なるほど、ここで魔法カードを発動するのですか。
――罠カード発動です、これで勝負はわかりませんね。
かつての父が健在であった頃のミカの口調は現在とは異なっており非常にお淑やかなものだった。
装いは現在と同じゴシック・アンド・ロリータだが、その服装に相応しい口調であったともいえる。
父はいかなる状況でも勝負を諦めないデュエリストだった。
そんな父とのデュエルと通してミカは実力を伸ばしていき、すぐに父親に勝利するようになる。
蛇沼ミカにはデュエルの才能があった。
父からはデュエルアカデミアに通うことを勧められたこともあった。
アカデミアの寮に入ればデュエルヤクザの娘とはいえ安全が確保される。
今思えば父はデュエルヤクザ以外の選択肢をミカに与えていたのかもしれない。
しかしミカはそれを断った。
ミカはデュエルヤクザが社会悪であることを理解していたが、いずれは自らもデュエルヤクザになることを受け入れていた。
そしてその時は突然訪れた。
蛇沼毒牙が熊岡組の組長とのデュエルに敗北して命を落とした。
敗北した側は切腹するという取り決めのもとに行ったデュエルに負けた者の末路。
その日、ミカは蛇沼組の二代目組長になった。
蛇沼組の組長としてミカが最初に行うことになったデュエルは熊岡組とのシマを賭けたデュエルだった。
勝負を持ち掛けてきたのは熊岡組であり、その意図は透けて見えていた。
先代組長を失い組織として揺れている蛇沼組を完全に潰すつもりなのだ。
ここでミカが負ければ家族も同然である蛇沼組がなくなってしまう。
父を亡くしたミカにとって蛇沼組まで失うことは決してあってはならないことだった。
熊岡組とのデュエル当日。
ミカは黒いスーツに身を固めて勝負に臨んだ。
「私は毒蛇王ヴェノミノンでグリズリーマザーを攻撃します。ヴェノム・ブロー」
「お、俺がこんな小娘に」
結果としてミカは熊岡組の組長、熊岡五郎に勝利した。
デュエルの取り決めに従い、熊岡組のシマの一部が蛇沼組に譲渡される。
ミカにとっては父の仇をデュエルで倒したわけだが、満足感や達成感よりも安心感が勝った。
これで蛇沼組はバラバラにならずに済む。
「それでは私はこれで失礼します。行きましょう、皆様」
ミカが組員たちと共に立ち去ろうとした時だった。
「はんっ、偶然勝っていい気になるなよ。お前みたいな小娘、デュエルヤクザの世界じゃやっていけねえ」
熊岡五郎が捨て台詞を吐き始めた。
「何だと、おい」
「止しなさい、安い挑発ですよ」
自分の性別や年齢がデュエルヤクザの界隈では舐められる原因になるだろうということはミカ自身感じていたこと。
蛇沼組の組員を宥めながらミカはその場を後にしようとするが……
「お前もいずれ、父親のように惨めに死ぬ!」
「……あ?」
ミカの手が無意識のうちにデュエルディスクに伸びていた。
ぞっとするほどおぞましい感情が溢れ出す。
デュエルディスクを再起動して熊岡五郎相手に強制デュエルを仕掛けた。
「な、なんのつもりだ、小娘!」
狼狽する熊岡五郎。
「……皆殺しじゃ」
亡き父と同じ口調でミカは言った。
その一言がどのような結果を生むのか理解した上でミカは組員たちに指示を出した。
蛇沼組の組員たちは即座にデュエルディスクを起動して熊岡組の組員たちに強制デュエルを仕掛ける。
どちらが全滅するまで終わらないデュエルヤクザの全面デュエル抗争が始まった。
最終的に熊岡組の組員は全員死亡、蛇沼組も9人のデュエリストを失うことになった。
そしてミカの前には強制デュエルによって無力化された熊岡五郎がいる。
先ほどの取り決めに従ったデュエルとは異なる強制デュエルよる勝利。
現在の熊岡五郎に対してミカを含めたこの場にいる人間はあらゆる暴力を振るうことができる状態。
デュエルに負けた熊岡はそれに反抗することはできない。
「やめろ、俺が悪かった。熊岡組のシマは全部お前らにやる、だから命だけは」
命乞いをする熊岡五郎。
「お嬢、ここは自分が」
「いや、わしがやる」
ミカはその場にあったスコップで熊岡五郎の頭をカチ割った。
一撃では絶命しなかったので二度、三度、四度目でようやく熊岡は息絶える。
この瞬間、蛇沼ミカは本当の意味でデュエルヤクザとなった。
組長就任後、ミカはデュエルモンスターズを悪用するクズに制裁を加えてきた。
シャークトレーダー鮫嶋など特に酷い輩は生きたままブラックドミノ湾に沈めることもある。
無論、ミカとてわかっている。
デュエルヤクザである自分もそのクズの側であり、これが自らの立場を棚に上げた行動であることに。
ミカは正義のデュエルヤクザを自称する気もないし、デュエルヤクザが必要悪であると思ったこともない。
それでも父との思い出の詰まったデュエルモンスターズを悪用する輩が許せなかった。
ミカにとって癲狂院遊羽はそんなデュエルモンスターズのカードを悪用してセコイ商売をする小物のクズだった。
殺す程の悪事でもないがデュエルで制裁した上で指を奪うつもりだった。
だがデュエルを通して覚える違和感。
この癲狂院遊羽という女はこれまで制裁してきたクズとは違うのではないかという疑問。
現にこの状況下においても癲狂院遊羽はデュエルを諦めていない。
その姿はクズではなく紛れもないデュエリストであった。
◇
インセクト遊羽 / LP50
VS
蛇沼ミカ / LP4000
「……わしはこれでターンエンド」
「私のターン」
遊羽はこのターンがラストチャンスであると直感的に感じ取っていた。
ヴェノミナーガの攻撃は壁モンスターを出せば凌げるが、蛇沼ミカほどのデュエリストなら次のターン除去カードを間違いなく引いてくる。
そうなればライフポイントが50の遊羽は終わりだ。
遊羽のデッキにはこの状況を覆せるカードが2枚あり、そのどちらかを引くしかない。
「ドロー!」
引いたカードに目線をやってから遊羽は宣言する。
「私は場のモンスターをリリースして、最上級モンスターをフィールドに呼び出す」
この発言に眉をひそめたのは蛇沼ミカの後ろにいる黒服たちだ。
「あん、何言ってんだ。てめえのフィールドにリリースできるモンスターは一体もいねえだろ」
「お嬢とのライフポイントの差が大きすぎて頭が壊れたみたいですぜ」
そんな中、蛇沼ミカだけが険しい表情で遊羽に視線を向ける。
完全耐性を持つ《毒蛇神ヴェノミナーガ》の数少ない弱点。
所有者であればそれを把握しているということか。
とはいえ、わかったところで止めるすべはない。
「毒蛇神ヴェノミナーガをリリースして、粘糸壊獣クモグスをあんたの場に特殊召喚!」
《粘糸壊獣クモグス》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2400 守備力2500
完全耐性を持つ《毒蛇神ヴェノミナーガ》だがルールによるリリースをすることはできる。
《粘糸壊獣クモグス》は遊羽のデッキの中でも珍しい相手のモンスターをリリースして相手の場に特殊召喚されるインセクトカードだ。
「こんな方法でお嬢のヴェノミナーガを。蛇沼組の象徴が、あんな蜘蛛の化け物に」
「だがこのモンスターの攻撃力もかなり高いですぜ。奴のライフは既に50。攻撃力2400なら一撃でライフを0にできる」
確かに黒服たちの言う通り《粘糸壊獣クモグス》の攻撃を受ければ遊羽のライフは0になる。
だがそれはこのまま蛇沼ミカにターンを渡せばの話だ。
「私は《災いの装備品》を粘糸壊獣クモグスに装備。このカードは装備したモンスターの攻撃力を私のフィールド上のモンスター1体につき600ポイントダウンさせる」
現在、遊羽の場にモンスターはいないので、《粘糸壊獣クモグス》の攻撃力はそのままだ。
「蜘蛛のモンスターの攻撃力に変化はねえ!」
「この土壇場でプレイングミスをしやがった」
黒服たちはプレイングミスをしたと思っているようだが、蛇沼ミカの表情は変わらず険しかった。
蛇沼ミカほどの優れたデュエリストであれば、このデュエルの状況を正しく把握しているようだ。
「ここで速攻魔法《超進化の繭》を発動! フィールド上の装備カードが装備された昆虫族モンスター1体をリリースすることで、召喚条件を無視してデッキから昆虫族を特殊召喚できる」
《超進化の繭》によってリリースするカードは自分のフィールドに限らず、相手のフィールドの昆虫族モンスターも対象内だ。
《粘糸壊獣クモグス》が黄金の繭に包まれる。
召喚口上を遊羽は高らかに言い放つ。
「地べた這いずる虫けらも
――羽虫となって
黄金の繭から巨大な蛾のモンスターが姿を現した。
「究極完全態・グレート・モスを特殊召喚!」
《究極完全態・グレート・モス》
星8 地属性 昆虫族
攻撃力3500 守備力3000
「……そうですか、諦めずに逆転しましたか。あの状況から」
巨大な蛾のモンスターを見上げながら、蛇沼ミカが丁寧な口調でポツリと呟いた。
「墓地の《超進化の繭》の効果発動。ネオバグをデッキに戻して一枚ドロー。続けてモンスターを召喚」
引いたカード《アルティメット・インセクトLV3》をそのまま攻撃表示で場に出す。
《アルティメット・インセクトLV3》
星3 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
「バトルフェイズだ。アルティメット・インセクトLV3で攻撃」
《アルティメット・インセクトLV3》のダイレクトアタックによるリアルソリッドビジョンの衝撃によって蛇沼ミカの体が仰け反る。
蛇沼ミカ LP2600
「究極完全態・グレート・モスでダイレクトアタック。モスパーフェクトハリケーン!!」
攻撃力3500のダイレクトアタックを受けた蛇沼ミカが勢いよく後方へと吹っ飛んだ。
「お嬢!」
黒服のデュエルヤクザの一人が咄嗟に体を盾にして受け止めたことによって、蛇沼ミカの地面への激突は回避された。
黒服が地面を転がり、蛇沼ミカはその場で尻餅をつく。
蛇沼ミカ LP0
デュエルの決着はついた。
だがここからが厄介なところだ。
「てめぇ、よくもお嬢を」
「ただで帰れると思うんじゃねえぞ」
案の定、黒服のデュエルヤクザ二人が怒りを露わにしながらデュエルディスクを構える。
月に10万払うことを提案するのは、この二人をデュエルで無力化した後かと考えた時だった。
「もういいのじゃ。勝負はついた」
その蛇沼ミカの一言によって完全決着となった。