切り札はゴキボール   作:白銀蟷螂

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ブラックドミノシティC区

 蛇沼ミカの言葉に黒服たちは戸惑っているようであった。

 

「ですが、お嬢」

「二度同じことを言わせるな」

 

 若干強めの口調で蛇沼ミカが言う。

 

「わしはこの女と話しがある。お前たちは車で待機しておれ」

「……了解です。おい、いくぞ」

「へい、わかりやした」

 

 車に戻っていく黒服たち。

 このタイミングで遊羽は素早く提案を持ち掛ける。

 

「条件についてだけど、私は毎月10万なら払うから」

「金はいらん。わしはデュエルで負けた。その結果は受け入れる」

 

 デュエリストとしてそれは正しい姿勢であり、遊羽としても金を払わないで済むのは悪いことではない。

 だがデュエルヤクザ相手では、後々のデュエル報復を避けるために利害関係で繋がっておくのが無難だった。

 

「報復もせん。この場にいた組員にもそう言い聞かせておく」

 

 それが事実であればありがたい話だ。

 

「だがそうじゃな。差し支えなければ貴様の目的について聞かせろ」

「私の目的?」

「うむ。デュエルを通して貴様は単なる金目当てのクズではないと感じた。その金を使って何かをしようとしているのではないか」

 

 事実として遊羽には達成しなければならない目的がある。

 そして、それは他人に隠さなければならないことでもない。

 特に話す理由もないため、裏社会で他者に語ったことがないだけだ。

 それでこの場が丸く収まるのであれば話してもいいだろう。

 

「私は集めた金を使って、奴隷杯(スレイブカップ)に参加する」

 

 『奴隷杯(スレイブカップ)

 それはブラックドミノシティD区で定期的に開催されている裏のデュエル大会である。

 参加費は5000万円。

 そして優勝者には賞金1億円と『決闘奴隷(デュエルスレイブ)』一人が報酬として進呈される。

 『奴隷杯(スレイブカップ)』優勝賞品の『決闘奴隷(デュエルスレイブ)』は良質であり、その相場は5000万円~1億円とされている。

 

「狙いは決闘奴隷(デュエルスレイブ)進呈後の競売タイム」

 

 奴隷杯の優勝者は入手した決闘奴隷をそのまま持ち帰るか、売却するか選択できる。

 優勝者が決闘奴隷の売却を選択した場合、奴隷杯オークションが開催されることになる。

 決闘奴隷の購入者は大会の観客たちであり、主に成金デュエリストだが、中には本物のブルジョアデュエリストもいる。

 大会の内容次第でオークションは盛り上がり、金持ち連中はご祝儀価格で決闘奴隷を購入してくれる場合もある。

 過去には2億円で決闘奴隷が落札されたこともあったそうだ。

 

「目標金額は5億円。オークションの結果次第だけど、おそらく二回か三回は優勝する必要があると思う」

 

 ブラックドミノシティでは多くの裏デュエル大会が開催されているが、下層区の大会の中でも最速で金を集めることができるのが、この『奴隷杯(スレイブカップ)』だ。

 

「そしてその5億円を使って、あるデュエル大会に参加する」

「参加費5億円のデュエル大会……まさか!」

 

 何かに気づいた様子の蛇沼ミカ。

 裏表問わず高額な参加費の大会が多いブラックドミノシティでも、参加費5億円のデュエル大会は一つしかない。

 

「貴様、本気か?」

「その大会で優勝するのが私の目的」

 

 それはブラックドミノシティF区の市民では、否、F区に限らず下層区の人間ではまず考えることもないであろう目的だった。

 

「……普通なら不可能と断じるところじゃが、ふむ。貴様、奴隷杯(スレイブカップ)の参加費5000万のうち幾ら集まっておる」

「臨時収入もあったから九割ぐらい」

 

 単に5000万集めるだけならもっと早くに達成できていた。

 だが大会で優勝するためにはデッキの強化が必要不可欠であり、高額カードの購入と大会の参加資金集めを平行して行わなければならない。

 それでも龍堂院麗華から2000万入手できたこともあって、『奴隷杯(スレイブカップ)』参加まであと少しのところまで来ていた。

 

「いいじゃろう。わしの組が抱えている企業案件を一つ紹介してやる」

 

 遊羽にとってそれは渡りに船であった。

 裏では名前が知られてきたとはいえF区市民の遊羽ではA区の大企業はもちろん、下層区の中小企業からもデュエルの仕事を請け負うのが難しい状況だった。

 中小企業であっても同じ下層区の裏のデュエリストなら、D区やE区など少しでも上の区のデュエリストを雇う。

 奴隷杯で優勝すればデュエル成金とコネを作れるチャンスはあるかと考えていたが、それよりも早く機会が巡ってきた。

 

「わしの組に上納金を支払っているアミューズメントパークの案件でのう。こちらからデュエリストを一人派遣することになっておった。貴様の実力なら問題なかろうが、どうする」

 

 遊羽の現時点における目的は金を集めることであり、既に返答は決まっていた。

 

「もちろん受ける」

「ふむ。そうか」

 

 蛇沼ミカがスマホを取り出して操作する。

 

「貴様のアドレスに詳細は送っておいた。報酬はアミューズメントパークのオーナーから支払われる」

 

 メールアドレスを教えた覚えはないが、おそらくシャークトレーダー鮫嶋あたりから入手したのだろう。

 仕事用のメールアドレスに新規メールが1通届いていた。

 

「奴隷杯の参加が決まったら、わしに知らせるのじゃ」

「応援でも来てくれるわけ?」

 

 奴隷杯(スレイブカップ)は入場料もそれなりに高額だったはずだが、デュエルヤクザである蛇沼ミカの財力なら問題はないと思われる。

 

「貴様が目的を達成できるかどうか見届けてやる」

 

 そう言ってから蛇沼ミカはデュエルベンツの後部座席に乗り込み、そのまま去っていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三日後。

 遊羽はブラックドミノシティC区にいた。

 時刻は22時を過ぎていたが、夜の街は非常に賑わっている。

 スラム街一歩手前のF区と比較すると、C区は夜の店も充実しており、仕事帰りのデュエルサラリーマンも多かった。

 表通りを歩くと『デュエル居酒屋』『デュエルキャバクラ』『デュエル風俗』『カードショップ』等の店が複数立ち並んでおり繁盛しているようだ。

 

 しかしC区は表向き華やかな反面、裏ではデュエルヤクザやデュエルマフィアの抗争が盛んな区域でもある。

 デュエルアカデミアでは学生のC区へ立ち入りは厳禁であるが、規則を破って足を踏み入れる生徒が後を絶たず、遊羽の在学中にデュエルザクザの抗争に巻き込まれてC区に出入りしていたデュエルアカデミア生が死亡する事件があった。

 

 デュエルホストやレズ専門デュエル風俗の勧誘をお断りしながら表通りを歩いて目的地に向かう。

 スマホの地図アプリで位置を調べながら移動しているが、あと10分ほどで到着予定だ。

 指定された時間は23時なので、まだ時間にかなりの余裕はあるが、目的地自体が時間を潰せそうな場所なので左程問題はないだろう。

 

 そこで遊羽の視界に懐かしくも見慣れた服装の人物が目に入った。

 それはデュエルアカデミアの制服を着た学生だ。

 デュエルアカデミアの女学生がサングラスをかけた大柄な男性に連れられて横道の路地に入っていく。

 遊羽が足を止めてそれを横目で追うと、アカデミアの女学生がサングラスの男性から注射器と白い粉を受け取り、それを学生服のポケットに入れてから金を渡していた。

 それが『デュエルドラッグ』であることはすぐに察しがついた。

 

 『デュエルドラッグ』とは法で規制された危険薬物の一種である。

 この薬物を服用してからデュエルを行うと、最高にハイな気分になれるらしいが、薬物依存が進むとモンスターを召喚して単純な攻撃を行うプレイングしかできなくなるらしい。

 『らしい』というのは、当然のことだが遊羽はこの薬物を服用したことは一度もない。

 デュエルのプレイングが破綻する薬物の服用など、デュエリストとして行ってはならない行為だからだ。

 

 デュエルアカデミア生の大半はA区やB区出身の富裕層であり、親からは多額のお小遣いを貰っているので金はあり余っている。

 そのため好奇心からデュエルドラッグに手を出す生徒が後を絶たない。

 アカデミア生が規則を破ってC区に行く理由のナンバー1がデュエル風俗、そしてナンバー2がデュエルドラッグだ。

 遊羽によくしてくれたアカデミアの講師はデュエルドラッグを断固として許さなかったし、アカデミア全体で取り締まろうという動きもあった。

 しかし現実的には、こういうものを完全に規制することはできない。

 

 もう一度目を向けると、路地にいたアカデミア生とサングラスの男性はいなくなっていた。

 僅かに間を置いてから遊羽は目的地に向けて歩き出した。

 

 

 

 目的地に到着したのは22時30分。

 指定された時間から30分前だった。

 待ち合わせ場所となっている施設は大規模なアダルトアミューズメントパークだった。

 ここのオーナーが遊羽に仕事をくれる依頼主ということになる。

 こういう店はC区では特に珍しくはないし、ここに来るまでにも幾つか同じような店はあったが、ここはその中でもかなりの大型店であった。

 

 依頼主とは店内で待ち合わせの予定となっている。

 既に顔写真を送っているので、向こうから声をかけるとメールに記載されていた。

 待ち合わせの時刻になるまでは、店で遊んでいてくれてかまわないとも記してあった。

 

 入店前に改めて店舗を見る。

 他と比較すると大型店というのもあるが、店の外観もかなり個性的である。

 入口の両側に2体のペンギンのオブジェが飾ってあり、看板プレートの店名の横にはデフォルメされたペンギンのキャラクター。

 

 そして店の名前が『ペンギンランド』

 

 アダルトアミューズメントパークとペンギンは一見すれば結びつきが皆無なので、多分オーナーの趣味だろう。

 入店して最初に目に入ったのは『ルーレット』『バカラ』『ブラックジャック』等を行っているテーブルだ。

 右側の区画には『スロットマシーン』も設置されている。

 

「いらっしゃいませー」

 

 声をかけられた遊羽が目を向けた先には、ここの店員であろう女性がいた。

 目に留まったのはその女性の恰好だ。

 露出の多い下着のような服装、ここまでならよくあるC区のアダルトアミューズメントパークなのだが、その下着みたいな服の上にペンギンを模したフード付きの前開きパーカーを羽織っていた。

 別の女性店員も同じ格好をしているので、どうやらこれがこの店の制服らしい。

 

 そして何より目を惹くのが、店の左側区画にある本物のペンギンが飼育されているガラス張りの大きな水槽だった。

 ペンギンが快適に生活できる環境が整えられており、これを維持するには相当な費用かかるだろう。

 店の個性を出すにしても、コスパが悪すぎるのではないかと思われるスペースだった。

 どうやらここのオーナーはよほどペンギンにこだわりがあるらしい。

 

 バカラが行われているテーブルの傍に歩みを進める。

 とはいえ、遊羽はバカラに参加する気はない。

 これはバカラに限った話ではなく、ルーレットやブラックジャックでも同じだ。

 

 現在の遊羽の目的は金を集めることであるが、だからこそこの手のギャンブルはしない。

 こういった施設のギャンブルは基本的に店側が有利に作られているからだ。

 ここでギャンブルするぐらいならデュエル酒場で個人相手に賭けデュエルをした方がいい。

 故に待ち合わせの時間までは、ゲームに参加せず店内を見て回ろうと考えていた。

 30分程度ならそれで時間つぶしになる。

 

 メジャーなカジノギャンブルのテーブルを見終わった後、見慣れないカードゲームのテーブルで遊羽の足が止まった。

 このテーブルでは店とではなく客同士がチップを賭けて勝負しているらしい。

 片方の客が場に出したカードに遊羽は見覚えがあった。

 

「あれはブルーアイズ?」

 

 オリジナルのカードゲームではあるが、デュエルモンスターズのキャラを使用しているようで、カードの絵柄には《青眼の白龍》が描かれていた。

 《青眼の白龍》の絵柄のカードを出した客は自信満々な様子だ。

 どうやらこのカードゲームにおいても《青眼の白龍》は強い位置づけらしい。

 

「それなら私のカードはこれです」

 

 もう片方の客が出したカードを表向きにする。

 そのカードの絵柄はペンギンだった。

 《青眼の白龍》とペンギン、普通に考えれば《青眼の白龍》の勝ちだろう。

 

「ああ、くそっ!」

 

 だがチップを支払ったのは《青眼の白龍》の絵柄のカードを出した客だった。

 近くにカードの強さの一覧表があったので確認してみる。

 見れば確かに《青眼の白龍》は上位にあったが、その順位はナンバー2であり、一覧表のトップに表示されているのはペンギンだった。

 どうやらこのカードゲームにおいては《青眼の白龍》よりもペンギンの方が上のようだ。

 

 その後もオリジナルカードゲームのやり取りを見ていたが、歓声が聞こえてきたのでそちらの方に行ってみる。

 すると広めのスペースで前開きペンギンパーカーを羽織った店員と客がデュエルディスクを用いてデュエルを行っていた。

 

「トビペンギンで攻撃、よし! これでライフを1200削ったぞ」

 

 1200ダメージ与えただけであるにもかかわらず客は異様に喜んでいる。

 するとダメージを受けた店員が身に着けていた衣服を脱ぎ始めた。

 これはアダルトエンタメデュエル、所謂『脱衣デュエル』か。

 ルールを記した看板があったので読んでみると、どうやらこれは変則ルールを用いたデュエルのようだった。

 

 お互いライフポイントは無制限。

 店員は1000ダメージ受けるごとに身に着けている衣服を1枚脱いでいく。

 客側は料金を支払った上で『ペンギンデッキ』をレンタルして3ターン(お互いのターンで数えて6ターン)の間に店員にダメージを与えて服を脱がす。

 3ターンが経過するとデュエルは終了だが、追加料金を支払うことによって、再度3ターン継続することができる。

 最終的にペンギンパーカー以外の服を全部脱がせた時点でデュエルは完全に終了。

 

 全裸にせず前開きのペンギンパーカーだけ残すのはオーナーの趣味と思われるが、見たところ観客にも受けは良いらしく盛り上がっている。

 アダルトエンタメデュエルで全裸は珍しくないので、パーカー1枚残っている方が逆に需要があるのかもしれない。

 

 遊羽にとってデュエルは真剣勝負であり、デュエリストである以上常に全力でデュエルすべきだと考えている。

 あの店員は明らかにダメージを受ける前提で接待デュエルをしているし、客もカードパワーを抑えたレンタルデッキで少しずつ服を脱がせる過程を楽しんでいる。

 こういう施設である以上仕方ないが、自分がああいうエンタメデュエルをすることはないだろうと思った。

 

 ここでスマホを取り出して時間を確認する。

 時刻は22時57分。

 そろそろ待ち合わせの時間になるはずだが。

 

「ようこそ。癲狂院遊羽、19歳」

 

 背後から名前と年齢を言われて咄嗟に振り返る。

 立っていたのは緑色のスーツにネクタイを締めた髭のおっさんだった。

 

「F区のデュエル孤児院出身。

 特待生としてブラックドミノシティのデュエルアカデミアに入学。

 在学中、二年目以降は常に上位三位以内の成績を維持。

 倒したアカデミア生は同学年、先輩、後輩合わせて200名以上。

 アンティルールによって入手したカードの枚数100枚以上。

 第58期『次席』としてデュエルアカデミアを卒業、と」

 

 髭のおっさんは遊羽の経歴を言い連ねていく。

 特に知られて困ることではないので何とも思わないが、よく調べたものである。

 

 「アカデミア卒業後は一般企業に就職せず裏のデュエル社会で活動。

  デュエル酒場等で賭けデュエルを繰り返す。

  セキュリティと組んで詐欺まがいの商売にまで手を染める。

  ふふ、いけない子だ」

 

 本当によく調べ上げているものであると感心する。

 

「そしてどんな手段を使ったのか、蛇沼組の組長とコネクションを作って、私の元に派遣されてきた。ぬふふ。あの可愛げな組長とお近づきになる方法があるなら是非とも聞かせてほしいものですねぇ」

 

 この髭のおっさんこそ、今回の仕事で遊羽の雇い主となる男。

 

「自己紹介しておきましょう。私はアダルトアミューズメントパーク『ペンギンランド』オーナー、大瀧修三、55歳。以後お見知りおきを」

 

 緑のスーツを着てネクタイを締めた中年男性、大瀧修三はいやらしく笑った。

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